時代錯誤
あるところに間抜けな男がいました。
男は一応職に就いていましたが、あまりに間抜けなので、仕事でドジをすぐにします。すると男の同僚や上司は、彼を罵ったり、叱ったりします。
この頃彼はそんな日常に嫌気がさしてきました。自分を日ごろ莫迦にしている同僚や上司を見返したくなりました。いつかあいつらに、自分の偉大さを見せつけて、あっと言わせてやるのだ。
彼がそんなことを思いながら職場への道を歩いていると、街頭に貼られたあるポスターに目を奪われました。そこには
『タイムトラベラー募集!
~ついに一般実用化されたタイムマシンで、あなたも時空を飛び超える!~』
と、書かれていました。
男がそのポスターをよく見ると、なんでも、タイムマシンの実用化に伴って、歴史学者がの研究の真偽を確かめようと意気込んではいるものの、長い長い時代の中をくまなく調査するのは大変だから、助手を募集している、ということが書かれています。
「これなら俺にでもできるかもしれない!俺が間抜けじゃないことを思い知らせてやる!」
男はポスターに書かれた連絡先に電話しました。
それから数か月後、彼はタイムマシンの目の前にいました。
長かった研修を終えて、いよいよタイムトラベルをする時が来たのです。
「それでは次のタイムトラベラー、マシンに入って」
タイムトラベルの脇に立った研究者が言います。
「了解」
男は威勢よく答えてマシンに入り込みました。
男はタイムトラベラーに志願してからというもの、仕事でいくら恥をかいても一向に意に介しませんでした。そのうち俺がタイムトラベラーとして世紀の大発見をして、職場の連中を驚かせてやるのだ、そう思うと、とてもわくわくして、罵声も怒号も気にならなかったのです。
「さあ、俺の時代が来るぞ!」
男はその一声と共に時空を超えました。
気が付くと、男は草木も生えていない荒野のど真ん中に立っていました。左には森、右には海が広がっています。
時代は違えど、タイムトラベルをする前とした後の場所は同じですから、ここは元の時代よりずっと離れた時代のようです。
「はて、ここはどこだろう。そういえば、いつの時代にタイムトラベルするのか聞いたはずだが、忘れてしまった」
間抜けな男はどの時代でも間抜けです。
さて、男はとりあえず、森のある左に向かって歩き始めました。彼が腕に取り付けたタイマーが鳴ると、再び同じ場所に、もとの時代に戻る扉が開く予定でしたので、男は忘れないようにと、近くにあった大きな白い石を目印に置きました。
しばらく歩くと、遠い森の手前に村のようなものが見えてきました。
「どうやら人間が住んでいるらしい。しかし、あれは木造の家だろうか、ずいぶん昔に来てしまったようだ」
彼は一度休憩のために、足元にあった岩に座り込みました。
「なんだろう、地面が揺れている…?」
男は地震かと思って再び立ち上がりましたが、すぐ近くの砂の中から姿を現したものを目にして驚きました。それは、大きな大きなワニのような爬虫類でした。
「なんということだ!こんなにも大きなワニがいたのか!これは大発見だ!」
男は持ってきていたカメラでワニを撮り終えると、ワニの神経に障らないようにゆっくりとまた歩き始めました。
やがて森の手前の村に辿り着くと、村人らしい女がおりましたので話しかけることにしました。
「こんにちは、私は未来から来たものです。すみませんが、ここの調査をしてもよろしいですか」
「未来ですって?あらそうなの。それじゃ私たちは将来タイムマシンを作ることが出来るようになるのね。ええ、いいわ。けど、その前に、ここの村長と話をしてごらんなさい」
男は村長に会ってみることにしました。
村長の家に行く途中、たくさんの写真を撮りました。毛皮を着た村人や、何かの肉を吊るして焼いているところ、それから土で器を作っているところなど、今の時代では考えられないことばかりでした。
村の中でも一際大きな家の前に村長は立っていました。白くてふわふわの髭を、お腹の前まで垂らした老人でした。
「やあどうも、未来から来たものです」
「未来だって?それはたいそうなご苦労をしたことでしょう。どうぞ中に入って話を聞かせてください」
男は村長に連れられて大きな家の中に入りました。
「ところでお客人は、どの時代からわざわざこんな時代にタイムトラベルしてこられたのですかな?」老人が問います。
「ええ、私はこの時代よりずっと後の時代からやってまいりました。この時代のここは、荒野が広がっておりますが、私の時代ではたくさんのビルが立ち並び、車が行き交い、たくさんの人でにぎわっております」
「それはなんと、すばらしいことじゃ。人間がそんなにも栄える日が再び来ようとは」
「そんなにも、ということは、以前はここにも人がたくさんいたのですか」
「そうじゃ。ここにもたくさんの人間がおったのじゃが、ある日起こった戦争によってほとんどの人間はここから立ち去ってしまった」
「それはお気の毒に。ところであの大きなワニを見たことがありますか」
「ああ、もちろんだとも。このあたりには、あのワニや、それから大きな鳥、大きなミミズ、頭が二つある牛なんかがいるが、私たちはそいつらと争わないように暮らしているから何とかなっているのじゃ」
「頭が二つある牛だって!そんなものまでいるのか!村長さん、あなたの話はとても役に立ちました。ですが私にはそろそろ帰らなければならない時が迫っています」
「おお、そうか、タイムトラベラーよ、またいつでも私たちの時代へきておくれ」
男は村長の家の扉に手をかけます。
「そういえば、タイムトラベラーさんの名前は何というのかね?」
「はい、○○○○と申します」
「なんと!○○○○!私と同じ名じゃ」
「それはすごい。ちなみに私の生年月日は2067年5月6日なのですが」
「おおなんとなんと!私と同じじゃあないか!」
「ここまで同じだとなんだか不思議ですね」
「ああ不思議じゃ。まさにあなたは来るべくしてここに来たのじゃろう」
それから男は村長の家を出て、大きくて白い石の目印の元にもどってきました。丁度腕につけたタイマーが鳴ります。元の時代に帰る時が来ました。
元の時代に帰ってきた男は、自分がカメラに収めたたくさんの写真を、仕事場の同僚や上司に見せびらかして、自慢げに、タイムトラベルの話を語りました。同僚はその話に驚嘆し、上司は興味深そうに聞き入っています。普段自分を莫迦にしている人が自分の功績を褒めているので、男はとても誇らしくなり、思わず大きく高笑いしました。
そんな男のデスクの上ではラジオ放送が流れています。
『――先日タイムトラベルを行った結果、タイムトラベラー878の持ち帰った記録により、重大な事実が判明しました。この記録によると、近い将来、核爆弾による戦争で多くの被害がもたらされ、この周辺は、巨大化したワニや二つの頭を持つ牛などが歩き回る荒野になってしまうということです。歴史学者は政府に直ちにこの研究結果を報告。政府は事実確認のあと緊急措置を行う予定です――』
間抜けなタイムトラベラー878は、自分の笑い声でラジオなど聴こえていませんでした。
間抜けな男はいつの時代も間抜けです。
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