新編:第8章

第103話 第8章1 濃色一滴は始まりの欠片



――――――都市シュクリア旧商店街地区のとある隠れ家レストラン。



「へぇ~……こんな立地でもやってけるもんなんですね」

 事前に場所を聞かされていたとはいえ、ドンは実際の店内を見まわして驚きをあらわにする。

 古く入り組んだ建物の、隙間に隠れるかのような場所に建っていたその店は、中に入るとかなりキチっとした、赤色を基調とした綺麗な内装だった。


 さすがに広さの関係上、迎えられる客の数は限られるだろうが、そこは完全予約制にすることで上手く回しているようだった。



わたくしが赴任した時からお世話になっているお店です。料理人の腕も確かですよ」

 魔界の貴族出身であるミミがそう言うのであれば、本来なら料理も期待できたに違いない。

 しかし今回出されるのはミミが手配したハロイドからの各種魚の品評のための皿ばかり。表向きは普通の食事だが、今後のための仕事の一面を持っての夕食であるため、この店本来の料理を味わうことは出来ない。


「(食材が限られてるから本来の料理メニューそのものを出すのが難しいし、仕方ないんだけども……)」

 店の主人も、このところは予約もなくて店を閉めてる日の方が多いと冗談混じりに嘆いていたのが兎耳に痛い。


 イクレー湖の水産物が上手く回り始めたとしても、それはあくまで領民を飢えさせないだけで精一杯。

 こうした飲食店が本来の姿を取り戻すにはまだその先が要る。


 ミミの気が重くなりかけていたタイミングで、丸テーブルの対面席についているお客人・・・が口を開いた。




「では、アトワルト候におかれましては改めてご挨拶させて頂きたく思います」

 その女性の声を聞いた途端、ミミとルゥリィを挟むように両端に座しているドンとラゴーフズがビクリと肩をふるわせた。


わたくし……淫魔族が長、クスキルラ=ルリウス様のご下命によりこの地に参上いたしました、淫魔族のアイトゥーシィル―――どうぞお気軽にアイシルとお呼びくださいませ」


 トロリ。一言で表すのならそんな感覚。


 ネットリとした穏やかだけどよく耳に残る声。しかしすんなりと流れ落ちてしつこさを残さないようでもある。

 艶やかな世界に生きる女の熟成した甘露か何かのように、聞く者の耳と心を溶かさんとしてくる。


 同性であるミミや、まだ子供であるルゥリィにはさほどの事もないが、それでも思わず言葉や思考が止まって数舜、惚けてしまうほどだ。

 男性であるドンとラゴーフズには凄まじい影響をもたらすだろう。


「……」

「……」


「(仕方ない事だけれど、二人とも馬鹿みたいな顔になってるなー)」

 完全に固まっている上半身とは逆に、両脚がテーブルの下で居心地悪そうにモジモジしているのが分かる。おそらく今、二人の股間部は猛烈な山を張っているに違いない。

 失礼にならないよう誤魔化し隠さんと、沸き立つ性欲に抗っている真っ最中だろう。



 族長から直接の命でやってきた。それだけで彼女―――アイシルの、淫魔族内における格の高さが伺い知れる。

 淫魔の格とはすなわちその色気も同義だと言っても過言ではないだろう。異性を篭絡する力一つ取って見るだけで、並みならぬレベルのものを持ち合わせている存在と断定できる。



「(……ま、それは見た目でもう、ね)」

 まず嫌でも目につくのはその超神乳たる胸部。


 ミミ自身もE~Fカップクラスで十分にある・・方だが、周囲においてもメルロでH、メリュジーネに至っては数字で3ケタの大台のIカップの持ち主と巨美乳女性はそれなりにいる。


 しかし人格や性分キャラクターとは不思議なもので、メリュジーネはその性格や行動のせいか、そこまで普段から色気立っているようには見えない。

 むしろサイズ的には劣っているはずのメルロが、その大人しく穏やかな性格ゆえか、色気という意味ではメリュジーネよりも異性を惹きつける女性であるように思える。


 ―――そんな全てを弾き飛ばすレベルのものをお持ちの女性が今、目の前にいるという現実。


「(測定不能クラス……かな、これは。なのに私と・・同じくらい腰が細いって……)」

 ミミはワラビット族だ。しかも、ただでさえ全体が小柄気味の種族にあって、なお細腰と言われるほどである。

 そんな細さのウサミミ領主とウエストまわりが同等というとんでもなさ。それでいてお尻はムチっと広がり、そこからスラッとした美脚が伸びているのだ。


 世の男性の性欲の全てを吸い上げるかのようなその究極美を持ち合わせるグラマラスさ―――もはや反則的に過ぎる。


 この身体付きだけでも世の男性が欲情してしまうのは当然だというのに、その顔もまた絶妙な年ごろ感ある美と可憐さを有している。


「(大人の成熟した顔立ちと、少女の愛らしさ……その両方を完璧なバランスで追及していったらこんな感じになるのかも?)」

 男を酔わせる大人の色香を纏いつつ、10代美少女の愛らしさを同居させている。


 美少女とも美女とも、どちらでも賛美できる顔立ち―――強いて言えば “ 美女 ” の方に僅かに寄っているだろうか? 恐らくは男を性的にかどわかす淫魔族ゆえだろう。


「(で、ゾッとするくらい長くて綺麗な黒艶髪。……うん、コレに勝てる魅力の女性って、この世の中には絶対にいないよね???)」

 ワラビット族は美男美女揃いであり、ミミも相応に美少女と呼ばれる容姿をしている。

 だが目の前のアイシルという女性と比べたなら、声を大にして自分は凡庸以下だと、謙遜なく大マジメに叫べる自信があった。





「……ジュルリ」

「(……クスッ、さすがにルゥリィはまだ花より団子ですね)」

 3人がアイシルの美貌に各々精神を焦がす中、幼き我が養子はそんなものよりもテーブルの上のお料理の方が魅力的と言わんばかりに見続けている。


 実際、この店に来る道中も―――


『あのオッパイお姉さんはどなたなのです??』

 といった具合で、一番目立つバストは印象深かったらしいが、それ以外はそこまで気にかからなかった様だった。


 いかに絶世の妖艶なる美貌も子供と食べ物には勝てないんだなぁと、ミミは思わず笑みをこぼした。



「長旅ご苦労さまでしたアイシルさん。この度の訪問の用件につきましては……お食事の後、ゆるりとお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「クス…ッ、ええそうしていただいた方がよろしいようです。せっかくの御馳走が冷めてしまいましては勿体ないことですから」

 ルゥリィの様子に気付いたのか、妖艶なる淫魔の女性は微笑ましいと包容力ある母性的な笑顔を浮かべる。


 正式な挨拶の緊張感から一転し、他所の子供を見守る近所の美人お姉さんとでも言うべきところまで醸していた雰囲気が意図して格下げされた。

 それをもってようやくドンとラゴーフズは、凍り固まっていた上半身を溶かす。二人の表情にはホッとした安堵が浮かんでいた。



「それではいただきましょう。ルゥリィ、お待たせいたしました、先ほどから見ていたあのお魚さんから味を見てみましょうね」

 我が養子うかがいながらニコリとしてミミは立ち上がる。


 本来なら客の前で領主自らが料理を取り分けるなどあってはならない行動だ。

 しかし肝心のその役目を担う二人は今、別の “ 立ち上がり ” のせいでとても椅子から立てない。


 視線の端だけで様子を伺うと、申し訳ないといった様子で大小二人の男はシュンとなっていた。

 さすがに領主に給仕の真似事をさせるのと、配下の者として客人にみっともない股の膨れ上がりを見せてしまうのは、後者の方が色々とダメージが大きいので仕方のない判断だろう。


 しかしここは予約制のレストラン。他に客はいないし、料理も既にテーブル上に並んでいて視界に入るところにはこの4人の他に誰もいない。


 もとより領主ミミ自らが料理の取り分けを行ったところで、さほどの問題もなかった。



 ・

 ・

 ・


「(色気で相手を圧倒するほどのプレッシャーとか、淫魔族らしいなぁ……)」

 食事中、自分にもそれほどの真似ができるのだろうかと考えるもすぐに無理だと自己完結する。


 種族としてそういったモノを才幹と生態として生まれ持っている淫魔族の真似など絶対に不可能。

 とはいえ同性として、女の魅力をそこまで武器化できるというのは羨ましくも魅力的であることは間違いない。


 特にミミは、己の性的魅力ですら武器にできるのであれば喜んで使う、という考え方の持ち主。


 ただでさえ自分が駆使できる “ 力 ” は他の貴族に比べて弱く少ない。


 色気を磨いて使う・・ことが出来るというのなら、ノドから手が出るほど……とまでは行かなくても強く欲する技術テクだ。




「まずは軽くお話をさせていただきますと、この度は私どものについてのことで、アトワルト候におかれましてはお伺いしたき事があり、此度ご訪問させていただきました次第です」

 食事も進み、ルゥリィがモリモリと最後の皿の焼き魚の切り身を食べている意外は皆、食器を置きつつ思い思いに茶を口に運んでいた。


 そんなリラックスした雰囲気の中、彼女は話を切り出してきた。


「……それはもしや、シャルールさんの事でしょうか?」

 領内にいる淫魔族は彼女だけ。

 アイシルの妹とは、人違いでなければ該当する者は彼女しかいない。


「はい、その通りでございます。さすがに何万人目・・・・の妹であるかは私めにも分かりかねますが……」

 そう言ってさも可笑おかしそうにクスクスと笑う。母親の子沢山ぶりはもはや笑うしかないレベル。


 淫魔族のおさ―――クスキルラ=ルリウスの多産さは有名で、特に魔界出身のミミはアイシルに合わせて笑えるほどには知っている事実、というよりもはや常識だ。


 だが地上に生まれ育った面々には、高名な淫魔族の長とはそこまで凄いのかと、口を開いてポカンとする話だろう。

 事実、ドンとラゴーフズは “ ま、万…? " と呟きながら唖然としていた。


「この場では込み入ったお話はひとまず置いておきましょう。簡潔に申し上げますと私は今回、そんな妹より送られて参りましたモノ・・により、かの者シャルールが現在置かれている事態は深刻であると我らの長は判断なされました事により、状況の把握、および必要であれば救援・協力を行うよう命を受け、この地に参上致した次第にこざいます」

 シャルールにかけられた “ しゅ ” や染みた魔力に宿る情報は、強いセキュリティを持つ一族秘伝の情報伝達法によって、淫魔族の族長クスキルラ=ルリウスの知るところとなった。




――――――淫魔族がかつていにしえの不遇時代を乗り切った最大の力とは、敵対種族に対抗する “ 戦力 ” ではない。


 仲間同士の意志疎通において、第三者の介在を一切許さないハイレベルなセキュリティ性を有する、数多の情報伝達法の確立こそが彼女らの先祖を支えた力であった。


 たとえば淫魔族なかまの誰かが不幸な目にあったとしても、得た情報を密かに伝える魔法なり術なりがあればその後、警戒と効果的な方策をより正確に打ち立て、同じような危険を他の仲間達は避けることができる。


 現在においても淫魔族のすべての者達は、仲間や族長であるルリウスへの連絡手段をいくつも修得、あるいは持たされる。


 ルリウスにしても、<陰口は成ファミリー立たぬボンズ>のように、情報伝達のための魔法をみずからいくつも開発し、今日においても用いていた。

(※第一編「閑話1 御乳胸騒曲」参照)


 他種族から見て現在の淫魔族の、種族としての真に恐ろしき部分とは他でもない、その情報伝達と共有力の高さにあった。




「(逆に言えば本当に救援が必要と判断できるだけの情報が、シャルールさんから魔界の淫魔族長ルリウスのところにもたらされた、ということ―――十中八九、ベギィ一味の関係だろうなぁ……)」

 しかしこれはミミにとってはベストタイわたりにミング


「なるほど、そのお話でしたら深く込み入ったご相談が必要になるかと思います。ハッキリ申し上げますと、アイシルさんにご助力いただく必要があるかと」

 アイシルもそれなりに出来るのだろうが、それでも直接的な戦闘ごとに長けているタイプには見えない。

 ミミが彼女に期待するのは淫魔族の持つ魔術的な技術や知識の方だ。


 何せモンスター・ハウンドには 直接的な力 で対抗するしかない以上、ベギィ一味への対処は今持てる戦力を出来るかぎり割り当てる事は避けなければいけない。

 現状でもギリギリな以上、戦力を少しでも喪失してはモンスターへの対処が厳しくなってしまうからだ。


 なのでベギィ一味に関しては、力づく戦闘以外の方法でどうにかするしかない。

 ミミはアイシルの来訪のおかげで、まだモヤのかかっていたベギィ一味への対処策を、頭の中で明確に固める事ができつつあった。









――――――ロズ丘陵の大森林。


 ネージュ達と別れたアレクス達は、当初の予定通りに森の中へと踏み入っていた。


「地図によると、この二又に別れた大きなY字の樹木にぶち当たったら右側の枝下をくぐるようにして茂みを抜けるみてぇだ」

 モーグルは地図と現場を何度も見比べ、間違いないと頷いた。


「ここまで深く入ると森というよりは樹海という様相だな。なるほど、森の部族がひっそりと暮らし、企み持つ者が目をつけるのも頷ける」

 とりわけ体躯の大きいアレクスは四苦八苦しながら、空間を乱雑に伸びて支配している枝葉をかきわけ、周囲を警戒する。


 あまりに多くの植物と野生の生き物達が混在しているために、相応に強者であるアレクスですら死角の気配を警戒して歩くのはかなりの難儀。

 それほどにこの大森林は、余所者には厳しい環境であった。



「ただいま戻ったのぜ。この先500m程度進んだところに目的地っぽいところがあったのぜ。そこまではとりあえず怪しい奴はいなかったのぜ」

 先行してルート上に危険がないか探っていたヒュドルチが戻ってきた。

 彼の蛇形態はこの森によくマッチする。仮に見つかったとしても、野生の蛇とはそう区別がつかないだろう。


「ご苦労さん、なら進もう」

「ウム、なるべく慎重に行くべきではあるが、時間をかけすぎても危険だ。森の部族の村とやらの様子が伺える位置まで速やかに行くとしよう」

 3人は頷き合い、なるべく音を立てないように気を配りつつも、移動する速度を早めた。


「部族側の警戒網がどの程度なのかにもよるが……出来うる限り接近したいものだな」

「いや、警戒網は多分大丈夫なのぜ。念のため村らしいところにいた連中の動きをしばらく観察してたが、まるで緊張感のない顔でバカ笑いしてただけなのぜ」

「そいつが本当ならアッシらが普通に接触してもいけるかもしれねぇが……」

 だが、草をかきわけながらモーグルはそこで言葉を切った。


 なぜなら今回は完全に隠密行動である事を推奨、基本は村の誰にも見つからないことを最優先―――と、受け取ったミミからの指示書には書かれていたからだ。


「現時点で分かっている事は、かの村の真なる生き残りは少数……残りは全てベギィとやらの手下という話だ。上手く彼奴等きゃつらの目を避け、森の部族の生き残りとやらにのみ接触するのは難しかろう」

「ああ、せめてこっち側に協力的なヤツの顔形が分かっていりゃあ、アッシらなら潜入して探す事もできるんだが」

 モーグルとヒュドルチはそれぞれ村の中へと潜入するのに便利な能力がある。しかし、そんな二人にアレクスを付けた理由は非常に分かりやすい。


 潜入に際して見つかった場合、即座にベギィ一味の手下に攻撃される可能性が

高いからだ。


 情報によれば村人を装っている手下たちも、魔界本土より連れてこられた元罪人が多いとのこと。地上よりもレベルの高い戦闘力を持つ個体が混じっている可能性が十分にある。


「我々の内の誰か一人でも奴らに捕まるなどあってはならん。村に潜入できるかどうかは別として、まずは慎重に一つ一つ手順を踏むしかない。……む、見えてきたな」

 二人よりも背の高いアレクスの瞳が、木々の枝の隙間から村のかがり火と思しきものを捉える。

 距離にしておよそ100mほど。3人は足を止め、すぐその場にしゃがんだ。



「森との境界あたりはやっぱそれなりに切り開いてあるよな……」

のぜYES。ここからだともう50mほどは大丈夫のはずなのぜ」

「ならばゆっくりと距離を詰めよう。幸い日が傾いてきた。村の方からは森の中は伺いにくくなるはずだ」

 地図があってもなお半日を移動に費やす距離。

 ここまで奥深くに村を構え、生活圏を築いている相手だ。警戒に警戒を重ねるに越したことはない。


「アッシにも見えてきた。なるほど、情報通りの感じだな」

 森の部族の村は少し前、火事によって家などの建築物が焼け落ちてしまったという。

 3人の中で一番弱視なモーグルが目を細めながら伺う村の様子―――黒焦げの家屋の跡らしきものが複数見え、その近くに周囲の自然とは不釣り合いなほど綺麗でしっかりとした天幕テントが複数建てられていた。


 

「よし、道具を使おう。預かってきた物の中に遠くを見る道具が確かあったはずだ」

「これなのぜ?」

 ヒュドルチがアレクスに渡したのは、ミミから預かってきた魔導具の一つ。元はドンとシャルールがタスアナより貰った品だが回り回って今、彼らにそのいくつかが預けられていた。

 (※「第一編 9章2 頑張れ女の子!」参照)


「うむ……。確かここをこうして、この部分に覗き込むパーツをハメ込む……と」

 アレクスは受け取った道具の一部を伸ばし、あるいは展開して形を整える。双眼鏡のような形状だが目を当てる部分がなく、上部に別途大き目の円形パーツを装着する事で完成する。


「あとはこの水晶をここにはめ込めば……よし、動いたぞ」

 水晶の中には魔導具を用いるための魔力がこめられている。それを端の穴に差し込むことで魔力の輝きと共に魔導具が起動。

 円形パーツ部分に何やら映像が出現した。前方を向いている2つのレンズが捉えた風景のようだ。


「なるほど、こうやって見ることができるのぜ」

「結構取り回しがしやすそうだな、村の奥をもっとよく見れないか?」

「まぁ待て、慌てるな。確かここを捻る、だったはず――――お」

 映像がグンッと望遠拡大される。

 思わず感嘆しそうになる3人だが、慌てて口を閉ざした。


「魔力の輝きにも注意がいるか。村側から見えぬように……この辺りか?」

 茂みの隙間から覗くような位置に持っていき、慎重に村の映像を覗き込む。拡大率は高く、この位置からでもかなり奥までハッキリと見ることが出来た。


「こりゃすげぇ。潜入の必要もなさそうなくらいハッキリ見えるな」

「……状況は? やっぱりバカ騒ぎしてるだけなのぜ?」

「いや……、やはりと言うべきか何人かは警備に当たっているようだ。何かを警戒している風でないところを見ると念のためか、はたまた命令されているから仕方なく、といった風だな。周囲への気配の配り方がいずれも雑すぎる。しかし……」

 アレクスは奥歯を噛み締めた。なるほど、連中は確かに態度や雰囲気こそ下っ端の小者ばかり。


 しかし感じられる強さは自分と互角に渡り合えるレベルが最低クラスといったところだった。

 つまり連中の大半は、真正面からでは1対1でも勝つことが難しいと、アレクスが判断するだけの強さを持っているということ。


 奇しくもミミが力でぶつかれないと判断したのと同じく、アレクスも悔しながら真正面から対抗するのは無理であると結論付けた。


「……万が一の時は全力で森に逃げ込む。連中は森には疎い可能性が高いそうだからな」

「森に棲んでるくせに森に疎いとか、お笑いなのぜ」

 あくまでベギィに連れてこられた計画要員。森の部族の協力か、ベギィの力がなければこの広大な森を移動するのは困難を極めるだろう。


「その点は地図を持つアッシらには有利だな。危険は比較的小さい……やっぱ潜入して情報を集めるか?」

 モーグルの言う通り、潜入できるならするに越したことはない。


 幸い、マグル村に戻ってきたシャルールや森の部族の協力者スティンから得た情報はミミの元にも届いている。それでもベギィ一味に対抗する情報はいくらあっても困らないはずだし、現時点では足りているとも言い難い。


 裏を返せばここでモーグル達が何か大きなモノを得られれば、ミミにとっては大きな材料となるはずだ。




「……そういえば手紙にはもう一つ指示書入ってたのぜ。そっちには “ 村に無事ついたら ” って表面に書いてあった、ここで中を確かめてみるのぜ?」

 ヒュドルチが賜った手紙の中身はいわゆる指示書。何をどうするのかを書いてあるものだが、手紙には森に入ってすぐと、村に無事到着してからの2枚の指示書が封入されていた。


「うむ、見てみよう。何か具体的な指示があるのならば先に見ておかねばなるまい」

「だな。事態が急変してからじゃあ、そんな余裕はねえだろうし」

 二人に促され、ヒュドルチは緊張の面持ちで指示書を開く。

 アレクスは周囲を警戒し、モーグルは魔導具で村の様子を探り続けた。


「………。……なるほどなのぜ、こいつは盲点だったのぜ」

「? どうした、何と書かれている?」

 真剣に、しかし驚いたと言わんばかりの呟きをするヒュドルチに、アレクスが手紙を覗き込むように上半身を傾けた。


「……む。ほう、なるほど “ 火 ” か……」

「? 火…?? 一体何のこった??」

 ミミの、森の部族の村に対する指示書には、まさかの方策が書かれていた。


 ――――――潜入が可能な場合、火災発生を工作するように。ただし、絶対に見つからないで行える事が大前提。それが指示の概要である。


 しかも指示書には、その理由までも詳しく書かれていた。


「先の火災の原因は、情報によればベギィ一味の連れてきた、この森の環境になれていない者達の単なる火の不始末、というところに落ち着いていると。そのことを利用し、村で再び火災を発生させる……」

「当然、連中のあたまのベギィって野郎にも話はいくはずなのぜ。狙いはベギィの、手下に対する・・・・・・不信や疑心を煽ること。さすがご主人様なのぜ」

 再度同じようなミスを犯せば、ベギィの手下に対する信頼は大きく落ちるはずだ。そして、そんなベギィからの不信や疑いの目に晒された者は、当然不満を覚えるはず―――ベギィ一味の結束が大きく揺らぐのは間違いない。


「あの人相……どう見ても連中は犯罪者か何かの類であろう。元より強い忠誠をそのベギィとやらに抱いているようには見えん。おそらくその策は成功する……が、問題はいかにしてその、手下どものせいであるかのように火を付けるかだな」

 アレクスの言う通り、ただ火を付けるだけでは単なる不審火で、その原因が配下の者にあるかどうかと判断させるのは難しい。

 下手すると自分達のような、第三者による放火を疑わせてしまいかねない。


「もう一つ。火を付けるって言うなら本物の・・・森の部族連中に被害がねぇようにしなきゃだな。けどアッシらにゃその見分けが付かない……」

 かといって明確に真の森の部族に一切の被害なく火災を起こせば、犯人は被害がなかった彼らの中にいるのではないか? という話に持っていかれるかもしれない。



 言うは容易く、現場で成すは難しかった。


「……火付けを敢行するにしろせぬにしろ、まずはやはり村の情報をしっかりと集めるべきだな。今のままでは拉致があかぬ」

 アレクスの言に、二人も頷く。


「じゃあ、まずはアッシらで潜入してみるか」

「けど、あまりウロチョロするのはよくないのぜ。……土の中掘ってる最中、上の様子ってわかるのぜ??」

「確かにそいつは分からねぇが……かといって、明確に定める目標もねぇからなぁ……」

 確かに二人は潜入しやすい能力を有している。


 だがモーグルの場合、地面の下を進んでも上がどうなってるか分からないと、あらぬ場所に掘り出て顔を出してしまいかねない。

 当然、村の人間に見られたらアウトだ。

 

 ヒュドルチも蛇の姿は野生の生き物を装うことが出来るが、もし村人に発見されて蛇=害獣と見なされた場合、攻撃される可能性もある。


 双方とも無計画な潜入は命取りになりかねないリスクもあるのだ。



「ならば、二人にはここからでは見えぬ位置を探ってもらおう。この魔導具で見える位置は引き続き我が注意深く観察する」

「なるほどなのぜ。それなら目標となる範囲は絞れるのぜ」

「アッシが掘り出るところも天幕の裏側あたりを目指せばいいわけか」

 しかしアレクスは首を横に振る。


「いや、堀り出る必要はない。……地表近くの浅い位置から聞く耳を立てる事は不可能なのか?」

「! そうか、考えてみりゃあ何も上に出る必要はねぇんだ。連中の会話を盗み聞きできれば……」

 比較的安全に情報収集できる。

 その可能性に今まで思い至ってなかったとモーグルは感心する。


「けどその場合、うっかり地面を踏み抜かれないように注意が必要なのぜ」

「ああ、分かってるぜ。そのためにもこっから見える位置関係と距離をしっかりと把握しとかないとな」

 地中は、見つからないという意味では最強だが、地上を視覚で確認しにくいという短所もある。

 モーグルは懸命に村の建造物の位置関係を眺め、記憶しはじめた。


「よし、俺らの方針は大方決まったのぜ。アレクスは観察で決まりなのぜ?」

「ああ。ここから観察を続けつつ、そうだな……出来るかどうかはまだ分からぬが、念のため火付けの準備も始めておこう。夜も近い―――完全に日が落ちるのを待って、それぞれ行動開始するとしよう」


 ・


 ・


 ・



―――――――そして刻限は日を越えた深夜。


 森の部族の村に、再び火の手が上がった。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る