第72話 第2章3 起死回生のハロイド
「もっと切り出すべきなんだろーけど…うーん、領内の木々全部切っちゃうワケにはいかないし…。はぁ~」
ハロイドへの移動の最中、ミミは抱える問題についてブツブツと独り言を呟き続け、そして大きくため息を吐いて一息ついた。
各地に復興のための指示は飛ばしているものの、基本は現地任せ。同じ仕事もどこまで結果が出せるかは各地の能力と環境に左右される。
後払いでひとまず予算に決着のついた、ジャックから仕入れた木材の山は、その全てをこれから向かうハロイドに投入し、復興には一切回さない予定だ。
なので各地の工事、特にオレス村の再建に使うための建材を新たに買い増すことはできず、比較的余力がある村にお願いして善意での調達と助け合いに期待するしかなかった。
「んー、それと後は……やっぱり南東方面をどうするか、なんだよねぇ」
「…南東って、例のモンスターの件ですかい?」
ミミの呟きを聞き取ったのか、ドンが拾う。
ホルテヘ村の村長の計らいで、馬1頭借り受けられたためミミが乗馬し、その手綱をドンが引いている。
彼の背の低さもあってミミとドンの高低差は1m半はあるが、それでも無意識に聞こえるほどの声を出してしまっていた事に、彼女の兎耳は照れるように折り曲がって垂れた。
「ん、まぁね。イフー達に直接会って詳しい話を聞かないとハッキリとした事は言えないけれど、討伐にはそれなりの戦力が必要そうだし。でも緊急性も高い案件だから、ちょっと……ううん、結構な悩みどころ」
モンスター・ハウンドの討伐は、考えただけで頭が痛くなる。今の
「(ザードさん……一人じゃ無理だよねぇ、さすがに。魔王様には頼れないし…というか、もう領内にいないだろうし。シャルールさんとこの魔獣やジロウマルさんは……うーん)」
倒せるアテがないわけでもない。
だが、今はそれぞれがそれぞれの場所で一杯一杯のはずで、モンスター・ハウンド討伐の難事を加えてお願いするには厳しいだろう。
時間に余裕があれば機を見て集うことも出来るだろうが、そんなに猶予のある問題ではない。
「(強力なモンスターの存在が確認された今、各地の防備という点で考えても安易に招集するのは…。やっぱり余剰戦力がないっていうのは苦しいなー)」
シュクリアの外壁の修復が十全を見込めない今、ザードのような戦闘力のある人材をそこから動かすのは躊躇われる。他の町や村も同様で、下手に戦力となる者を動員しては、その隙に生じてしまう被害が怖い。
ただでさえ大戦、反乱騒ぎ、食糧難という手痛い3連撃を受けているのだ。
「(一番いいのは、自分で出向いて倒しちゃえれば、なんだけど。…さすがに無理だよねぇ?)」
語り掛けるように自分の下腹部を軽くさする。
魔力がほぼ使えない今、一体どうやってモンスター・ハウンドと渡り合うというのか。自分自身というのはお金もかからず、現状況では一番理想的な人材ではあるものの、勝率は0%だ。
ましてや魔力どころか立ち回りすら怪しい。魔力を喰われて起こる全身の疲労感はもはや慢性的になってしまっており、戦闘に耐えられるだけの身体能力は見込めない。
「ドンさん。期待しないで訊ねるけれど、強い人にアテはないよね?」
その質問に小さきゴブリンは、手綱を持っていない方の手でをアゴに据えて考えた。
ミミの質問は、知り合いかつフリーで起用できる人材、という意味である。既知の強者は自然と頭の中より除外されていく。
「…何人か、心当たりがないわけでもないんですけども、このアトワルト領内でとなりやすと……申し訳ありやせん」
「ん、そっか。……って、あれ? それって、
「ええっと、その、まぁ。でも、知り合いってわけでなく、風聞で聞いた方々って感じなんで、残念ですが協力してもらえる可能性はないと思いやす。それに連絡を取ったとしても…」
「時間もかかり過ぎるし、
「そうです。すいやせん、中途半端な事を言っちまいまして」
「気にしないで。むしろ、ドンさんが聞き及んでいるくらいの人が、
今回の問題には役立たたなくとも、先々何かしらの際に有効となる可能性が高い情報だとミミは判断した。
その人たちを、お金がある時に傭兵や私兵としての雇用を検討するのもいいだろうと彼女は思考を巡らせる。…今は逆立ちしても無理だが。
「お嬢、見えましたぞ。ハロイドです」
前方およそ20mほど先を行くハウローが、片手を左右に振りながら声を上げる。街道の先にまだややかすんでいるが、ミミ達の目にもハロイドの外壁がうっすら見えてきた。
「とりあえず、この件さえうまくいけば、食糧問題はなんとかなるから、気を引き締めて取り掛からないとね」
「? ハロイドで一体何をするご予定なのですか、お嬢様? 食料の問題を解決できるほどの手のようですが…」
後衛を務めていたラゴーフズが首を傾げながらたずねてくる。領内の食糧問題は軽い問題ではない。
一大農産地のクイ村の消失、大戦と反乱のダブルパンチによる各地の被害と、今年度の収量低下に食料品価格の高騰。さらに凶悪なモンスターの出現によりナガン領との街道における流通がしばらく低迷するであろうことが確実ないま、そう簡単に解決できるほど軽い問題ではない事は、政治の素人である彼らにも理解できる事だ。
そんなお供たちにミミは、我に策ありとばかりに、クスリと微笑んだ。
「ん、もうすぐわかるから。まずは町まで周囲の警戒、よろしくね」
―――――ハロイドの町、旧市街地。
「想定よりも立派なものが出来上がってますね、町長さん」
ミミ達はそろって、まだ真新しい建造物を見上げる。木製の骨組みと
「領主さまにご指示いただいた以上のものに仕上げようと、皆頑張ってくれました。いかがでしょう? ご期待にそえられればワシらも幸いですじゃ」
「十分ですわ、驚嘆に値します。これほどの
「おぉ、お褒めいただき、ありがとうございますじゃ。まだ9割ほどの出来ではございますが、中を見てゆかれますかの?」
「ええ、案内のほどお願い致します」
一向は町長を先頭に、建物へと歩み寄る。すると建物大きさがより感じられて、ラゴーフズ達は思わず感嘆の声を漏らした。
「この入り口、…単純に出入りする種族の事を考えてこの大きさってわけじゃないですよね?」
一応公務のためか、ドンがいつもより丁寧な口調で疑問を発する。それに対して町長がええ、と短く肯定を入れ、ミミが口を開いた。
「大量の荷の搬入と搬送を行う事になりますから……うん、扉もスライド式で問題なさそうですね」
彼女が確認するように扉の動きを眺めると、まだピンときていないお供達はその視線の先を追って入り口の細部を観察する。
石材と木材を基本に造られてはいるが、扉は金属製…もしくは表面に金属板を張り付けたもののようだった。それが上下についている多数の車輪で建物側のレールと噛み合い、軽い力でも開閉ができるようになっている。
「金属の加工に一番苦労しました。町に残っている鍛冶職人は、あまり多くなく、若輩者ばかりでした故…」
「いえいえ、良い仕事をなさってます。…うん、反対側の扉も同じ仕様のようですね」
今、通ったばかりの入り口から、真っすぐにおよそ200mほど先、同じようなスライド式の巨大な扉が見えていた。
「出入口が二つ…? お嬢、
ハウローだけではない。建物内をしきりに見回すドン達。だがまだあちこちでハンマーやらノコギリやら作業の音が聞こえる内部には何もなく、ただっぴろい空間が広がっているだけで、彼らの求める解のヒントとなるものは何も見つからない。
そんな彼らの様子が少し楽しいのか、ミミは口元に手をあててクスリと微笑んだ。
「それでは、次は
「もちろんですとも。ささ、こちらですじゃ」
彼らをいささか置いてけぼりにしながら、ミミと町長は先へと進む。
建物内部を横断し、もう一つの出入口から外へと出ると、目の前にはまた新しい建築物の入り口があった。
「こちらは既に稼働しておりますれば、皆に領主様のご来訪を伝えます故、ここで少しお待ちいただいてよろしいですか?」
「ええ、わかりました」
今度は町長が一人、建物に入ってゆく。その機を見て、ドンはミミに近づいた。
「領主様、一体なんなんですかこれは? 何かを作ってる工場みてぇですけども」
「ドンさんでもまだピンとこない? …ま、ここを見れば、なんとなくわかるんじゃないかなぁ、フフフ」
自分だけ知っていて、他の者が知らないというのは、一種の優越感や面白さを覚えさせるものだ。ミミは意地悪かなとも思いつつも、素直にそれを楽しむ。
「お待たせしました、それではどうぞ中へ」
その建物の中は、先ほどとは打って変わって雰囲気が違い、ドン達は驚愕させられた。
キンッ、キンッ! ジュウウウウ…
「おーい、そっちの。まだ厚みがあり過ぎるぞー、もっと薄く延ばせー」
「こっち5枚出来上がりました。成型に回してください」
カンッ、カンッ、コォンッ!
「鉄がなくなった、持ってきてくれっ」
「冷却用の水と、熱する用の石炭。切らさないように注意しろー、手が止まるぞー」
建物の内壁は、外から見た時とは違って金属で覆われていた。それもそのはず、内部で行われているのは金属加工だ。高熱を取り扱うために、火災対策として石材による壁に薄く延ばした金属を張っている。
「な、なんと…」
「これほどの人数で製鉄とは…」
ラゴーフズとハウローは、いまだ驚きにとらわれていた。なぜなら通常の金属加工は鍛冶職人らが各々の工房で行い、それぞれの規模は多くても10人前後の少数態勢が基本だからだ。人数が多いに越したことはないが、鍛冶仕事はそう簡単ではなく、少数精鋭が常識だった。
しかしこの建物内では50人以上が詰めており、それぞれ鉄とおぼしき金属を叩き延ばしている、そんな光景を見るのは初めてだろう。
「……かなり長く、薄い金属板だ……」
ただ一人、ドンはたまたま出来上がったと思しき金属の束の傍にしゃがんで観察していた。
非常に長い、1枚が3~5mはあろうか? しかしその厚みは5mmもない。その時点で武器防具の類ではない事は間違いなかった。
「幅は……きっちり全部3cmくらいで……、こりゃあ…もしかして……」
「わかった、ドンさん?」
ミミがニコニコしながら、しゃがんでるドンの頭の上から問いかける。それに対し、ゴブリンの従者は納得とばかりにハハッと短く笑った。
「…
「うん、正解。さすがドンさん」
ミミはまるで先生が生徒を誉めるように、笑顔でドンの頭頂部を軽くなでた。
―――――ハロイドの町、南端。
そこには外壁の一部に、後から固めた真新しい跡が残る穴があった。そして…
「おお!! こ、これはいったいどこまで伸びているんですか??」
ラゴーフズが地面に敷かれたものを見て、興奮気味に声を上げる。
町の中から穴を通って外へと向かう
「今はだいたい…30kmほどですかのう。あと20kmは伸ばす予定ですじゃ」
驚いてくれたのが嬉しいのか、町長はニコニコ笑顔で彼の疑問に答える。
「どうやらこちらも順調そうで何よりです。安堵しましたわ」
「いえいえ、これもすべてご領主さまのおかげでございますれば、ワシらも一層の努力を惜しみませぬとも」
ミミと町長が社交辞令じみた会話を交わしている間も、3人は線路が並ぶ光景から目を離せなかった。
5車線10本の金属の輝きがキッチリと横並んでいて、それが水平線の彼方まで続いている。見ているだけでも何かワクワクさせる気持ちが込み上がってくる中、いち早く我に返ったハウローが、素直に疑問を口にした。
「あの…お嬢。これらは一体、どこへと通じさせて…?」
「終点はイクレー湖の湖畔の予定です。貨物トロッコ用ですので、途中には休憩用および車両運用上の切り替え用の小拠点しかありませんから、事実上の直通路線ですね」
説明を聞いても、はー、と感嘆の息しか漏らせないでいるハウローを尻目に、さっそく優等生のドンが、敷設されているレールをしげしげと眺める。
「……あの薄い金属板を上に張り付けてるだけ、か。下は木で出来ていて、実質は木造の線路…いや、ところどころに石のブロックを噛ませている?? …あ、なるほど…アレを支えにして、金属板自体は木に接着してるんじゃなく、僅かに浮かせて…」
「そうです。
「ワシらの実験結果とミミ様の更なるご提案で、木製レール上の車輪が乗る箇所にのみ薄く延ばした金属板を張ったワケじゃて。ですがのう、それで再度実験を試みたものの、今度はトロッコの重量でレールが金属板ごとおし潰れてしもうたのですじゃ」
「ですので今度は、木製の線路よりも僅かに高い石のブロックを途中に置きまして、金属板をその上に架けるように設置する案を加えたのです。そうする事で金属板に
ミミと町長による交互の解説で、ラゴーフズは三度感嘆の声をあげた。
「ですけど領主様、これじゃあ長くは持たないんじゃあ?」
金属板を軽く押しながら苦言を呈するドン。ミミは満足気に口元を緩ませる。
「ええ、ですから元々この形で長く運用する事は考えてはいません。あくまでも当面は、これで行くしかないだけです。幸いなことに金属板は、1年は耐用が可能である事がわかっています」
「! そうか、商人より大量の木材を買い付けた理由は!」
ハウローがポンッと手を叩いて我理解したりと頷いた。
「下に引いた木のレールと石の支柱は取り替えがききます。当面はそれで賄う予定です……といっても、それもかなり悪あがきなやり方なのですけれど」
いかにもハロイドの人々に迷惑をかけてしまうと続けたそうに悪びれるミミに、町長は慌てて両手を振った。
「い、いえいえ! 領主さまのお役に立てるとあって、我ら町の者は大変に奮っております! 恐縮なされるなど滅相もないですじゃ、ワシらにとっては光栄極まりないお仕事ゆえ、堂々とお任せくださりませ」
線路の視察を終え、一向はハロイドの町中に戻る。主目的は達したが、ハロイドの町中の様子も見ておかなければとミミ達は町長と別れ、町の主道を歩いていた。
しかしもっぱら話題は先ほどのレールの話だ。特に衝撃を受けたラゴーフズ達からの、子供が先生に対するかのような疑問と質問が会話の中心となり、華を咲かせている。
「…できれば早いうちに、完全な金属製の線路に換装してしまいたいんだけれどね」
「なるほど……それで、デナの村に鉱脈を探す試掘を依頼したってワケですね」
最終学歴が
「そ。金属資源が
それすら希望的観測だ、見つからずに不発に終わる可能性だってあるのだから。
「町長さん達、ハロイドの人達のおかげで、計算上は運用に耐えられるモノができそうだし、金属製の高耐久なレールへと換装できれば、イクレー湖の資源活用はこの先もずっと
「ですがお嬢様。なぜ大量の木材や金属を必要とするトロッコ線の敷設を?? 湖のすぐ近くに加工場、あるいはクイ村のような産業村として漁村を設ける等をされれば、線路の敷設や運用は必要ないのでは??」
ラゴーフズの疑問に、ハウローもうなずく。だがミミが答える前にドンが口を開いた。
「イクレー湖は巨大だ。海のように波や干潮・満潮があって、湖畔に産業拠点を設けるのは、だいぶ場所が限られるんじゃねぇかな」
「ドンさんの言う通り。加えて、あの近くの地盤はドウドゥル湿地帯よりも水分が多いからね、地盤が物凄く緩いの。今回の計画だって随分通す
「なるほど…そのようなご事情が。イクレー湖とやらには参った事がない故、知りませなんだ」
ハウローが勉強になったと頷いている様子を見て、ミミはさらに付け加える。
「しかも、満潮時に水が来ない場所って、ハロイドから10数kmの地点だしね。その上、あまり
「つまり、安定して水産物を得るためには湖の、ある程度水深のある付近まで出向かなければならない、というわけですか」
それは大変だと、ラゴーフズが難しい顔をする。
実際、ミミも現計画の他に楽な方法で成果を得られるやり方はないものか、この地に赴任してきた当初より考えてきた。しかし限られた手札で大自然に向かい合うに良い方法などそうはない。加えて領内の現状を考えればもはや待ったなしだ、これ以上練っている時間もなかった。
「しかも扱う物は
言いながら肩をすくめる。
「トロッコで速度と運搬量のバランスを取り、痛まないうちにハロイドへ…ってワケですね。なるほど、ようやく全容がわかってきましたよ」
完全に理解した表情を浮かべるドンとは対照的に、ミミはやや残念そうな表情をしていた。
本当はもうちょっと効率のいいやりようもあったのだが、別の理由から彼女は現在のやり方で通す事を決めざるを得なかったからだ。
「(
以前のハロイドの町は発展の勢いに酔って自治意識が強く、領主であるミミに反発的で協力が見込めなかった。
しかし今日は大変協力的になり、ようやく計画は実行に移せた。
本当ならもうしばらくは計画を詰めて、より現地調査と試行錯誤を繰り返し、町の人々とも話し合って、時間をかけてさらに有効な形で産業の
だがそんな悠長を許してくれないものが二つ……西隣のゴルオン領主ドルワーゼと、領内に出没したモンスター。
特にモンスターは、発生していなければナガン領からの物流で、現在の食糧難を緩和できていたはずだっただけに苦々しい。
「……とにかくこれが上手くいって、魚介を中心に保存食を量産。領内の町や村へ流通させさえすれば、来年度の収穫期までは乗り切れるはずだから」
「領主様としちゃなんとしても成功させたい、ってワケですね。何かやれる事がありやしたら、遠慮なく言ってくだせぇ」
頼もしいドンの言葉に続いて、ラゴーフズとハウローも頷く。ならばさっそく、彼らのやる気に甘えさせてもらおうと、ミミは少し真面目になった。
「でしたら、まず一つ。このトロッコの件は内密にしてください。部外者には特に」
「? ………っ」
ミミが " 部外者には " に重きを置いた口調であったことから、ドンはにわかに察した。
思えばミミのこの西方視察には一貫したものが含まれている。デナの鉱脈、ハロイドの産業振興、そして…ホルテヘ村の対西を意識した防衛力強化指示。
「(そうだ、トロッコなんて地上じゃ鉱山にしか使われちゃいない。イクレー湖の案件は結構な話だ。領主様が警戒している相手…)」
ミミが今、領外の誰を危険視しているか? それは他でもない西のゴルオン領主である。デナでの不審な旅人の件を受けて、よりその警戒心を強めたに違いなかった。
「ま、そうそう隠し通せるとも思ってはいないけれどね。それでも知られるまで時間が長ければ長いほど、こっちには利益になるから」
お隣の領主ドルワーゼがよからぬ動きをしているのは間違いない。それも市場の値動きからして食料品関連……今のアトワルト領にとっては泣き所だ。
「(ゴルオン領主。本人もしくはその手の者にこの事はなるべく知られちゃマズイってわけだ。当然だな、食料品で困ってるお隣さんがいれば足元見ての有利な取引のチャンス。けど、自前で解決されてしまえばそれも消える。もしもこのハロイドの加工場とトロッコの事を知ったら……そのためのホルテヘ村の防備強化…)」
嫌がらせや邪魔、あるいは潜入工作。考えられる動きはいくらでも思い浮かぶ。だが地理上、ゴルオン領から直接アトワルト領にやってくるには、必ずホルテヘ村を通る。
「ホルテヘ村で防備強化のみならず、検閲しやすいように指示していたのもそういう事なんですね」
「……まぁね。できればあの村だけは私の指示が空ぶりに終わってくれればいいんだけど」
ゴルオン領の領主ドルワーゼ。その悪い風聞はこのアトワルト領にもそれなりに伝わってきている。
だからこそ反乱騒ぎが終息した後の隙を狙って妙な事をしてこないかを警戒し、先の反乱騒ぎの責任も兼ねてアレクスと、いざとなれば正規の道以外からでも穴を掘って逃げかえってこれるであろうモーグルに、ゴルオン領の様子を探るようお願いした。
より正確なところを知る事が出来れば、先んじて対策が立てられる。
「(といっても、立てられる対策なんて限られてるんだけど…。んー、なんとか食糧だけはメド立てておかなくちゃ)」
領内統治において問題が山積しているなど、それだけで弱みとなってしまう。少なくとも、自分に悪意ある者が接触ないし牙を向けてくるまでには、それを緩和しておかなければいけない。
そんな事を考えていると、不意に目の前が真っ暗になった。だがすぐに回復する。
栄養失調――――個人的な問題も、いまだ抱えたままである事を思い出させられて、ミミは深く息を吐きながら心の底より呟く。
「…もめ事は遠慮したいなぁ、少なくとも今は」
――――――ロズ丘陵の大森林。
「……ああ、族長に伝えてくれ。上物の女が手に入った、ってナァ」
深い森の中、一人がその場から風のようにより奥深い方向へと走ってゆく。
残された
「“ 渡りに増える ” …だったか? なんだったか忘れたナァ。また長老にキチンと教えてもらわないとナァ」
ブツブツと独り言を呟きながら、二人もまた森の更なる深部の方へと消えていった。
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