第28話 閑話6 オオカミさん達のすみか



―――――魔界、アルガンド領内。ロイガル城。


 魔界においてその全土はほぼどこかの種族の種族領土、魔王直轄領、もしくは生態保護など何かの理由からあえて空白地になっているかであり、それ以外は領主なり種族長や長老といった統治者が存在する。

 個人においては別荘や屋敷の敷地など極限ごくかぎられた上では私的な個人領有地はあるものの、“ 私的領地プライベート ” といった土地はほぼ存在しない。


 そんな魔界にあってこのアルガンド領は数少ない一個人の私領となっている。しかもその広さは1万平方kmにも及んでいる。

 貴族などが与えられる領主という地位と領地は、あくまでもその土地を治めるという大前提をもとに魔王より与えられるもの。


 しかしこのアルガンド領は、とある貴族が自分の個人所有していた地に新たに民を住まわせた事によって形成されており、他の魔界各地の領主とは根本的にその成り立ちが異なる、かなり異質な土地柄であった。




「おお、久しぶりだなガジャルク。謹慎は終えたのか?」

 この城に勤める狼獣人ウェアウルフが高さ20m、幅10mという広大な廊下で1匹の魔獣と遭遇し、気さくに声をかけた。

「ツイ、キノウダ。ナガカッタガ、ノンビリスルノモ、ワルクナイ。オヤジ ノ キモチガ ワカッタ キガスル」

 ガジャルクは大型の狼魔獣だ。このロイガル城には狼系の者や魔獣がひしめいている。

 しかしそれは城内に限った話ではなく、アルガンド領内においてその領民の8割が狼系種族であるこの地は、他所よそからは彼らの楽園などとも言われていた。


「先の大戦前からだったか。丸々2年くらいは離れていた上に帰って来たと思えば数ヶ月の謹慎処分…、退屈だったろう?」

「チジョウモ、ナカナカ オモシロイ トコロダッタ。ナニヨリ セカイガ アカルイ。マカイモ ワルクハナイガ、アノ ユタカナ ダイシゼンハ マカイデハ アジワエナイ ミリョクダ。ダガ、“ ケイヤク ” ニ シバラレテイタ カラナ。チャンスガ アレバ、ツギハ ジユウニ アソビニイキタイ モノダ」

 魔獣借装の契約を結んだ上で、その身は他者に宿った状態だったガジャルクは、地上にあっても契約者の中から見聞きするだけでしかなかった。

 契約者が戦闘で死亡し、自由を取り戻しても帰還のための行動しか行えなかったため、地上を十分に堪能できなかったのが残念らしく、軽く首を降ろす。


「そうか。まぁ、機会なんていくらでもあるだろうよ。それより “ 親爺おやじ ” に謹慎明けの報告なんだろう?」

「ソウダ」

「だったらちょうどいい。親爺が注文していたものが完成したんでな、ついでに届けてくれないか」

 そう言ってウェアウルフは肩に担いでいた荷をその場におろす。

 大きさは1m30~40cmほどで重そうには見えないが地面に置かれた際、小さく金属らしき音が鳴った。

 真新しい白い布に包まれているその中身がなんであるかを、ガジャルクはなんとなくだが理解する。


「……。レイ ノ ヘヤカ、オヤジハ。ヤレヤレダナ」

「まぁそう言うな。親爺がこれほどのめりこんでいるメスなんざ、初めて見るからな。……もしかすると将来マジで俺らが仕える事になる可能性だってあるんだ、前向きに考えようぜ?」

「マァ カマワナイガナ。アマリ ナサケナイ スガタノオヤジヲ ミタクハ ナインダガ」

 ガジャルクは大きく笑みを浮かべる。アレは確かに好ましいメスではあるが、種族として劣る相手に忠誠を誓う者は果たしてどれだけいるだろうか?

 ガジャルク達は “ 親爺 ”がそうすると言うならば、いかなる話であろうと従う気でいる。しかしアルガンド領内には “ 親爺 ” への尊敬が過ぎる者も多く、それゆえに事態が極端な方向に振れかねないという小さな不安も感じてしまうのだ。


「もしもの時は俺らが支えてやりゃいいさ。それが “ 親爺 ” の望みなら屁でもない、そーだろ?」

「ソノトオリダナ。マァ、オヤジノ イシニ サカラウモノハ ヨウシャシナイ。コレガ イチバン シンプルダ」

 ウェアウルフは肩をすくめる。その通りだと軽く笑うと、片腕をあげてそんじゃよろしくと言ってその場を後にした。



「……オヤジノ トコロヘ イクカ。シンチョウニ ハコバナケレバ」

 中身がガジャルクの想像通りの品であれば僅かな傷も許されないだろう。

 包まれている布の結び目を恐る恐る咥えて持ち上げると四肢に自重をかけ、ノッシノッシと体躯に見合った迫力を漂わせながら歩きだす。

 しかしなるべく揺れないよう細心の注意を払いながら、魔獣は長く巨大な廊下を進んでいった。






―――ロイガル=ヴァン=アルガンド。


 通称ロイガル大公と呼ばれているが、大公というのは彼を知る者達が彼を呼ぶ際に、敬称としてつけているだけであり、そうした地位にあるわけではない。

 だが、その地位にあると言われても納得できるだけの人物―――それが彼なのである。


「………」

 かつては確かに魔王に次ぐ地位の大貴族であった。現在でも高い爵位をいくつも有しているがすでに隠居の身であり、ここ10年近くは魔王城に登城すらしていない。

 その態度は魔王に忠誠を誓わなくてはならない者としては傲慢かつ不遜だ。だがロイガル自身には魔王を低く見ているつもりは毛頭ないし、魔王もそんな彼をよく理解している。


 そして、何よりも彼は……


『オヤジ、イルカ? ハイルゾ』

 ガジャルクがその部屋へと入る。

 扉は両開きで魔獣の彼でも余裕で入室する事が可能だ。中は謁見の間と見間違うような広さだが、これでロイガルの私室の一つでしかない。

 それも趣味部屋にしかすぎないのだからこの城がいかに巨大であるかを思ってしまう。


「……マタ、コレクションガ フエテイルナ。……オヤジ、オヤジ!」

「………。む、…ぅ、なんじゃ? ひとが浸っておる時に……おお、“ シャカリキ ” か? 久しいのぉ」

 そう、ロイガルは既に高齢なのだ。

 その年齢は本人すらハッキリとはしないが、何千万歳とも何億歳とも言われているほどの超長寿な狼王ウルヴス・ロードである。


 神を喰らう伝説の狼神の血を引くとも、その本人であるともささやかれるがその真偽は定かではない。だがそんな噂がたつほど、高齢とて現在の魔界においても屈指の強者。

 並ぶものなき大貴族であり、現在ですら彼が一声かければ魔王が動き、魔界のあらゆる事がひっくりかえるなどとも言われるほどの発言力を有している。

 魔王すらも恐れない、怖いもの知らずなあのアズアゼルですら、ロイガルに動かれると自分の野望の全てをひっくり返されてしまうと、アンタッチャブルを貫いているほどだ。


 若かりし頃はヤンチャな性格だったらしいが、今ではすっかり温厚そのものな好々爺こうこうやとなりはてている。

 その体躯はデップリと肥えており、狼というよりかは古狸の巨大な置物のようでもあった。



「ガジャルク ダ。イツモノコト ナガラ ワザト マチガエテナイカ……」

「ほっほっほ、儂もトシじゃからな、大目に見ぃ。それよりもどうした、何用じゃ?」

「キョウデ キンシンガ トケタ。ケンサ モ イジョウナシ ダッタ。ソノ ホウコクト …ソレト コレガ トドイテイタ ト。 ツイデニ トドケニ キタ」

 そう言うとガジャルクは咥えてきた白い包みをゆっくりと降ろす。口を離すと結び目が解け、中身があらわになった。


「おぉおぉぉぉぉぉぉおおおぉぉ~、と、届いたかぁ。ウムウム、いいデキじゃあ~、コレが出来上がるのを随分楽しみにしとったんじゃぁ♪」

 解けた包みが完全に床に落ち、敷物へと役目をシフトする。その上に鎮座するのは1体の像だった。青銅でも石でも、金や銀でもない不思議な色の輝きが、ありきたりな金属で形成されていない事を理解させる。


「……オヤジ。コレハ マサカ……ミスリルミックス高魔力伝導合金カ?」

 ガジャルクは予想を上回る無駄遣いに、思わずその巨体をヨロけさせるほど呆れた。


「ウム、その通りじゃ。しかし造形も素晴らしいじゃろう、くぅ~、たまらんわい」

 言われて魔獣も、あらためて像をよく眺める。


 設置の際の安定を保つための土台は10cmほどの厚みの円形で、その色艶から像とまったく同じ金属が使われている事がわかる。しかし像と一体になっているわけではないらしく、運搬時に土台と像がズレて破損しないよう、テープが像の脚部と土台を巻いて固定していた。


 細くしなやかな足首から膝にかけてが土台の上に接地しており、像は膝をついてお尻をこちらに向けている、四つん這いの体勢を取っている。しかし上体は起こし、身を捻ってお尻同様にこちらを向いていた。

 表情と両手が、見る者を誘うかのような愛嬌あるカタチに掘られており、像のモデルとなっている人物の魅力をよく表している。



「……ココマデ アノ メスヲ キニイッテ イルナラ……オヤジ、ナゼ ヨメニシナイ?? オヤジノ チカラナラ カンタンナ ハズ」

 ガジャルクは部屋を見回す。

 壁には同じ人物の大きな絵画が並び、柱にも彼女の胸像やら彫り模様やらが刻まれていた。さらには地面に敷かれている少し紫がかっている赤色のカーペットも、よーく見ると同じ人物をモチーフにした模様がついている。


 そう。ロイガルはたった一人のメスに、それも他種族の女にこの上なく熱をあげているのだ。かつてこの城に滞在し、ロイガルに貞操を捧げたそのメスは数年前に城を去っている。


 そもそも滞在していたのも、ロイガルの事実上のめかけをしていたのも、ロイガルの力を借りるためであり、貴族としての取引きの一環でしかなかった。

 今ではそのメスもれっきとした爵位を有する一端いっぱしの貴族となっている。


「わかってはいても、あれほどの娘はそうはおらんからのう。だからこそのジレンマじゃよ。心より愛しい……が故に、力にものをいわせて手に入れるなどはしたくない。儂にとってもあの娘にとっても、諦めるのが一番の選択なのじゃろうがのぉ……」

 そう言いながら像に視線を向けたロイガルの表情は優しさと羨望、そして真剣さが混在している。そこに欲情の念は一切感じられなかった。



「ソレデモ アキラメラレナイ、ト? オヤジ―――」

「あー! ロイガル様! また新しいのを買ってッ!!」

 後ろから突然浴びせかけられた大声に、ガジャルクとロイガルが同時に目を閉じ、両肩を上げ、そして首をすくめる。

 尊称こそつけてはいるものの、声の主がロイガルに向けている意は確実に “ 咎め ” であった。


ガジャルク我が子が謹慎解けてこっちに来てるって聞いたから来てみたら……まったくもう!」

「オ、オフクロ。マァ、オチツイテクレ」

 この辺りがロイガルファミリーのもっとも変わっている点だった。


 ガシャルクを産んだのはこのウェアウルフの女性で、もちろん産ませたのはロイガルである。

 本来、魔獣を産んでもそれはペットを得るようなもので、家族同然はあっても真に家族としてとして扱うなんて事はない。

 しかしロイガルは、魔獣産みで得られた魔獣も家族同様に扱わせており、みずからもそう扱っていた。


「無駄遣いは控えてください、っていつも言ってるのにこのヒトったら……」

 ここから始まるのはグチグチと長いお小言だ。

 今でさえ8mを越え、全盛期には12m以上もあったと言う体躯のロイガルが、首根っこを掴まれた猫のようにシュンとなってしまった。

 相手は2m以下の、ウェアウルフとしては小柄な女性だ。そんな相手に頭が上がらない父を見てガジャルクは数々の伝説や噂を思い出し、つい苦笑する。

 これが皆が狼神と囁く自慢の親爺だ、と大勢の前に示して笑いを誘いたい。彼はなんだか温かい気持ちになった。


「マァ、マァ……オヤジモ、ソレダケ アノ メスヲ キニイッテイルンダ シカタナイダロウ オフクロ」

「もう、ガジャルクちゃんは甘いのよ。そんなにご執心なら、とっとと捕まえちゃえばいいのにさ、この狼さんは」

 ロイガルには100人近いめかけがいる。だが正妻は未だに1人もいない。それは彼の長い生涯の中で、その心を射止めるほどの女性に出会えなかったからなのだが、この歳にしてはじめてそんな娘に出会えたのだ。


 最初、妾たちは夫が真に愛を覚えた相手にやはりいい気分はしなかったが、“ 彼女 ” がこの城に滞在していた頃にその愛らしさや可愛らしさにほだされ、今では “ 彼女 ” もすっかりロイガルハーレムの妾達に認められている。

 むしろ “ 彼女 ” 以外に “ 妻 ” を娶る事は許さないといわんばかりの勢いだ。


 別れに至るまでにロイガルから “ 彼女 ” へと贈られた品は装飾品から魔導具まで数多い。

 そんなプレゼントの数々を羨望の眼差しではなく “ 彼女 ” にならば当然だと納得すらしてしまう。だからこそロイガルが、己が抱いた真愛に対して慎重になりすぎているのがもどかしくてたまらなかった。





――――――ロイガル城。3Fロビー。


「おお、ロイガル様」

「よう! オヤジー、ゲンキしてるか! まだくたばんじゃネーゾ!?」

「おとーさん、遊ぼー」「あそぼー」

 2F~5Fにかけて吹き抜けになっている広大なロビーには、大小さまざまな狼系種族の者がひしめいていた。


 この城にいる者はすべてロイガルの家族……すなわち子供か妾ばかりである。ひとたびロイガルが皆の前に姿をあらわせば、それはもうテンヤワンヤの大騒ぎとなる。


「これこれ、お前達。少しは落ち着かせてくれんかのぅ、ほっほっほ、これ、ヒゲを引っ張るでない♪」

 まだ幼いウェアウルフとガルムが、一緒になってロイガルのアゴヒゲを咥え、垂れ下がってブラブラと揺れ遊ぶ。かと思えばその背中にはデスファングの子供が飛び乗ってカラダを擦り付け、ウルフマンの青年がダメだぞと注意しながらそれを引き剥がした。


 ヤンチャだったロイガルの性格が丸くなった原因……それは他ならぬ子供達とのこんな日常に他ならない。


親爺おやじさま。ご体調のほどは大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃよ、ウォセ。老いたりといえどこのロイガル、まだまだゲンキじゃて」

 自分の体調を気遣ってくれる娘。古血統の和狼族ヴォルケウという珍しい母より生まれた子供だ。子供達の中でもよく出来た娘で、容姿端麗の上に文武にも長けている。加えてのこの優しさと、まさにどこに嫁に出しても恥じない自慢の―――


「そうですね。まだ新しい母上をめとる意欲があるとお聞きしておりますし、ご心配は無用でしたね」

 ―――前言撤回。ちょっと毒舌という欠点を忘れていたとは、やはり自分はジジイになってしまったのかとロイガルは軽く気落ちした。



 魔界において夫婦になるにあたり歳の差などまるで関係ないが、それでも自分がこうまで高齢者となってしまった事を実感してしまうと、さすがのロイガルと言えども意中の相手との釣り合いや相手の幸福などを考えて、己は似つかわしくないのではないかと弱気になってしまう。

 ロビーの外、暗い魔界の風景が見える大きな窓ガラスに自分の老いさらばえた姿が反射して見え、視覚からの追い討ちをくらうとロイガルはますますショボンとしてしまった。


「あーもう、ウォセ姉はこれだから男心ってのがわかってなさすぎなんだよ。……大丈夫だって親爺! 親爺ほどイケてるジイさんなんざ、この魔界にゃ他に居やしねぇからよっ!」

 二十七番目の男子、ウェアガルム多頭狼人のガルゴン。

 真ん中の頭がそう言うと左右の頭もウンウンと頷く。中央は物怖じしない竹を割ったような性格で左は冷静な諌め役、右は食いしん坊と3つの頭がそれぞれ異なる性格をしている。だが、いずれも微妙に慰めになっていない事に気付かない程、共通してオツムが弱い。


「……トホホ、ありがとうのぅ優しい子らよ」

 苦笑いを浮かべながら沈んだ心を振りほどこうと手近にいた、まだ生まれて間もないベビーウルフをひょいっと持ち上げ、高い高いをする。

 ベビーウルフはその頭に対して大きいクリクリのまなこをこれでもかと輝かせ、尻尾を振るって喜び、一番高い位置に達するたびにウォウッと可愛らしく吠えた。





――――――アルガンド領、城下町リキ・フィガルト


 城下町といえど、ここはロイガルの居城からは大きく離れた場所に位置している。それはロイガル城が切り立った絶壁の崖上に建造されているからだ。

 しかもその周囲はほりのように深い谷が走っている。谷を越えてもさらに段々に切り立ってた崖を降らなければならないというほど、城は天然の崖と谷に守られた要害の地にあった。

 それゆえ城と町の間は5kmほどの道のりがある。いくら使用人を伴っているといっても、買い物すら一苦労であった。


「ヘイ、銀6枚ちょうどいただきやした。ありがとうございやす、マムおっ母さん

 アルガンド領に住む住人は大きくわけて2種類しかいない。

 一つはロイガルの子供で、もう一つは他所から移り住んだ者だ。しかしその比率は圧倒的に前者に偏っており、この城下町の住人も大半がロイガルの子供である狼系種族である。

 それゆえ買い物にやってきた妾の一人、ウェルルをはじめとしたロイガルの妾達は、領民からは等しく “ 母 ” と呼ばれる。

 それはもはや “ ミス ” や “ ミセス ” といった女性を呼称する際の敬称のように浸透していた。


「これであらかた買い終えましたね。……持ちきれますか?」

「大丈夫です、奥様。今日は人数も多いですし、このくらいなんてことありません」

 パッと見ではウェルルは、人間種のメスに等しい外見と体躯をしている。それは彼女がトランス・ウォルフ狼変化型の種族だからだ。


 基本、妾達は誰かの子ではなくロイガルが新たにはべらせた者である。そしてその選定の基準としてロイガルは、特に変わった特徴や生態、あるいは特化した何かを有する者を選ぶ傾向にあった。

 狼系の獣人や亜人と呼ばれる種族の多くは狼が二足歩行しているような外見や人と狼の中間のような者、あるいはほぼ人に近いが、尻尾や耳、体毛などに狼の特徴があらわれている者など、その姿は出自種族の特徴に左右される。


 彼女―――ウェルルのように、狼と人の姿を自在にトランスフォームできる者は珍しく、そういった個人や少数種族は特にしいたげられるかもてはやされるかと、周囲の対応は二極化しやすい。

 だが、ウェルルがロイガルの妾になった事によって彼女の種族は安寧と栄光を約束された。

 ロイガルが何かしなくとも彼の名だけで一族は守られる。夫が同じ狼系種族の繁栄と保護を意識して娶るべき女性を選んでいた事は、彼の妾となって10年ほどの月日を経た頃、同系統種族愛の高さゆえと理解に至った。


「うーん、子供達にお土産を何かと思うのですが、さすがにもう持ちきれないですよね」

 だが同時にロイガルは、決して妾たちに対して異性―――女性として純愛を抱いているわけではない事も理解してしまった。

 哀れみと同情からくる温情。自分の血を宿す子供を作らせるという政治道具的な目的意識。性欲を晴らす相手。……妻として無二の愛を妾達に注ぐ事はない。

 だからこそウェルルら妾達はロイガルとそのファミリー……自分達が産んだ子供達のために尽くす。ロイガルのもとにあってその存在意義を、いただく事のかなわない愛のかわりに己の隙間を詰め満たすために。



「奥様。大丈夫です。我々はまだまだ持てます、買って帰りましょう!」

 メイド達はウンウンと頷く。

 両手はもちろんの事、頭の上まで使って器用にバランスを取りながら荷物を持っている者すらいるというのに、彼女らの瞳は荷物持ちとしてのやる気に満ちていた。


 妾として扱われてはいないものの、使用人である彼女らもロイガルの床を温め、その身に子を宿し、産み落としてきたという者は多い。

 城外で暮らすロイガルの血を引きし者は、そうした妾以外が産んだ子達だ。別に妾の子ではないからと城を追い出されているわけではない。アルガンド領の統治においてロイガルは、子供達にさまざまな道を歩ませ、かつ領内に根をはらせる事によって社会を構築している。


 もちろん、巣立った子供ら同士が つがい となり、新たな領民を増やす事もあるが、ロイガルも高齢とはいえいまだその精気衰えず、現在でも妾やメイド達は彼より子種をいただき、新たな命を随時生み出してはアルガンド領の繁栄に貢献している。

 言ってみればこうして買い物にて城外に出る事は、メイド達にとってもおのが子らの活躍を見られるに等しいイベントであり、よろこびなのだ。

 自分が直接産んだ子でなくとも、例えば今さっき買い物をした店の店主に対しても我が子の活躍を見る親のごとき幸福を感じられる。


 アルガンド領はまさに血の絆によって今日こんにちの強き狼系統社会を築き上げているといっても過言ではないだろう。


「…………」

 だからこそ、ウェルルは複雑な気持ちだった。

 いつかやってきた一人の他種族のメス―――ロイガルはその娘に今もご執心だ。


 メイド達はおろか妾達にも注がれない “ 真愛 ” を向けられている他種族のたった一匹のメス。


 正直に言えば嫉妬している。いや妾の分際で、これほど恵まれた生活を得ている分際で、一族を庇護してもらえている分際で、なおも御方の愛を望むのは欲深いにもほどがあると理解してはいるつもりだ。

 なにせ身近にいるとつい忘れがちではあるがロイガルはこの魔界における大貴族。一角の権力者である。そんな相手に自分を心から愛してくれ、などと恐れ多すぎる話。

 ロイガルが愛する者はロイガルが決める。当然だし、それに疑義ぎぎを挟める立場ではない。

 妾といえどその大半は平民出身者が多い。貴族家の出の者もいるが、ロイガルの地位からすれば目くそ鼻くそ程度でしかない。



 それでも……それでも、嫉妬に焦がれてしまう罪深い自分がいる事も事実。自分にも真なる愛を注いで欲しいという欲望を振り切る事ができない。


 それゆえにウェルルはメイド達に負担をかけてでもなお買い物を続ける。子供達へのお土産を……ロイガルの家族のために何かをしたい、成したい。

 貢献―――それによって心を慰め、ロイガルの側に居てもいいという醜い嫉妬心への免罪符を、自分で自分に発行するのだ。


 ウェルル以外の妾達も同じ気持ちを抱いている事だろう。そしてそうするのは認めているからだ、“ 彼女 ” というメスを。

 そうしなければもし……もしもこの先 “ 彼女 ” がロイガル大公の “ 妻 ” となる日がやって来たら、嫉妬の業火で狂ってしまいかねないと妾達の誰もが感じていた。






――――――ロイガル城、謁見の間。


「そうか……今日も目当ての便りは来なかったか…」

 ロイガルの一日はその大半が自由だ。

 なにせ隠居した身、大貴族といっても魔界のために日々の職務などありはしない。領内の事は大勢の我が子らがキチンと回してくれている。

 それでもロイガルには毎日行っている唯一の仕事がある。それが彼宛ての大量の便りをあらためる事だった。


「残念だけど、あの娘からはきてないんねー。地上にいったって話だし、領地経営で苦労しててそんなヒマないんじゃないの?」

 妾の1人―――白虎天狼ハーフ・シリウスのミィガルフーが、不敬にも玉座に座るロイガルを椅子にするかのように彼の股間の辺りで腰を落ち着けながら、手紙を一つづつ開けてはその辺にポイ捨てしている。


 彼女は珍しい、白虎族の娘とロイガルの間に生まれた非狼系統の混血獣人である。

 しかもロイガルの娘でありながら彼の妾となる事を自ら望んだ変り種で、ロイガルに言わせればヤンチャだった頃の自分の積極性を一番受け継いでいる子だと言わしめている。


 事実、ミィガルフーはロイガルの妾でありながら、かなり性に乱れた娘としても城内では有名で、老若問わず、他の兄弟や使用人達、果ては男女の区別なく肌を重ねる事もあるほどのフリーダムさで知られている。

 そんな性格ゆえか、ロイガルも若い頃の自分の一端を見ているようで愛着があり、無礼な態度なども大目に見ていた。


「ミィフよ、少し退いてくれんか?」

「はいはーいっ、よっと」

 そしてよくロイガルの意を汲む。

 ヤンチャしていい時、ワガママ言っていい時、言う事をちゃんと聞くべき時をわきまえている良い娘だ。

 ほとんどの者が彼女の乱れた風紀や性格は、少し問題ありではと危惧しているが、ロイガルだけが彼女の真に良いところを理解している。

 ミィガルフーがロイガルの妾になる事を望んだのも、不良娘の本当のところをロイガルだけが理解し、受け止めてくれたためだ。


 だから彼が望む事はなんでも叶えてあげたいし言う事もしかと聞く。子供でありながら妾にして、長年仕えた忠臣の如き信頼と忠節心を抱いていた。



「はい、パパ。とりあえず目、通しといたほうが良さそうなのは今日はこんだけかなっ」

 立ち上がったロイガルに山とあった手紙から5,6通を選定して渡す。

 これこそ城内におけるミィガルフーの仕事である。物事をスパッと割り切れる彼女は、山のような案件を迷う事無く仕分けられる。他の兄弟姉妹たちではこうはいかないだろう。


 もちろん残りの山も他でチェックはさせるが、彼女にまず見落としはない。

 不良娘に見えておさめるべきを修めている頼もしい我が娘の頭を軽く撫でると、ロイガルは謁見の間から出て行った。


「あーあ、アタシもまた “ あの娘 ” に会いたいなー。パパってば案外プラトニックだし、まだしばらくはムリそーだけど」

 ミィガルフーも狼系統ではない他種族の母から生まれた混血だ。同じ他種族である “ 彼女 ” がロイガルの下に滞在していた時、それはもう親近感を覚えたものだ。

 故にロイガルが “ 彼女 ” を妻に迎える事には妾達の中でも最速で大賛成の意を示していた。

 彼の望みも叶うし、自分も “ 彼女 ” と共に暮らせるのだから反対する理由などまったくない。



 ジュルリ……


「……あー、ヤバ。考えただけでもよおしてきちゃった。テキトーなの捕まえて発散しなきゃっ」

 この城に滞在していた時は、ほぼロイガルが常に一緒だったこともあって手出しできなかったが、今後もし機会があれば “ 彼女 ” を………

 父親ロイガルの想像以上の情欲を滾らせ、我が身を悶えさせる娘妾ミィガルフー

 残った手紙の山の引継ぎを終えるや否や謁見の間から飛び出し、母親譲りの黄金の虎瞳で廊下をトコトコ歩いていた四足歩行の弟を見つけると、父親譲りの狼系の瞬発力で彼の身を抱き上げ、そのまま適当な空き部屋へと転がり込んでいった。


 謁見の間から僅か数歩。


 比類なき跳躍がなしたわざは、僅か5秒の内に弟の貞操を奪い去り、快楽をもって幼い彼にイケナイ遊びを教授し、オスのなんたるかを大いに学ばせてあげるのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る