反乱編:第5章

第29話 第5章1 狼煙ーオレス村ー



 パチッ、パチ…パチ……ゴォオォオ…

 ドォンッ! ドガァッ!!



「あぁ! う、ウチの家がぁっ!!」

「そんな事言ってる場合か! 速く逃げるだっ」

「うわぁぁぁ!」「ひぃぃっ、なんだよあいつらはっ!?」


 炎が家屋の木材を焼き、さらに勢いを増して村の中を赤色に染める。爆音が連続して鳴り響き、村のあちこちで黒い煙が立ち上った。



「うわぁぁん、ママっ、ママぁ!」

「くそ、肩を貸してくれ! このままじゃ…」

「ちくしょう、これでもくらえっ!!」

 村を爆破し、火を放つ連中に向かって石を投げ、男達は壁となって女の子と負傷したその親を庇うように立ちはだかる。

 ヨロヨロとおぼつかない足取りで逃げる女子供を守りながら徐々に後退していく彼らに、襲撃者達は容赦なく矢を射放った。


「ぐっ! く……こ、これくらいっ」

「ま、まだまだぁっ!」

 最初に戦火を撒き散らされたこのオレスは非常に多種多様な種族が混在している村だ。

 スクラムを組んで敵を睨む村の男達も、矢の1、2本ではビクともしないような頑強な肉体を持つ種族の者ばかり。ただの村人とはいえ決して侮れない。


 拳大の投石も当たれば昏倒こんとうさせる程度にはダメージを与えられるし、クワスキ鶴嘴ツルハシと、手にする得物も当たれば痛い。身体能力に秀でた者もいる。

「村を…俺達の村を守るんだぁ!!」「うおおお、そこだぁぁぁ!!」

 思い思いに叫び、必死に恐怖を追い出す男達。

 アラクネー蜘蛛亜人が糸を噴いて敵の身動きを封じたかと思えば、大柄なワードッグ犬頭獣人が先の尖った木棒を両手に持って鼻息と共に鋭く投げ放つ。

 その後にチャンスとばかりに4、5人が農具を振りかざして突撃をはじめると、それをサポートするように後方から山形の大きな軌道で投石が斉射された。

 確かな連携を見せる村人達は、懸命に奮戦している。だが村は既に8分を焼かれ、彼らは村の端に追い詰められつつあった。


「はぁ、はあ……くっ、もう少しなんとかなると思ったんだがな」

「向こうは事前に計画練ってたんだ、仕方ないさ」

 確かに戦力的には劣勢もいいところだが、村人達がこうまで追い詰められているのには理由がある。最初の爆発を合図に、村の近郊からの襲撃だけでなく村の内部にあらかじめ潜んでいた連中が同時に暴れだしたのだ。

 特に最初の黒煙を伴うかなり大きな爆発は村人に恐怖を与え、不安と混乱へとおとしめる事に成功した。


 結果、村人の中でも戦える者すら後手に回り、プライトラの部隊がオレス村に到着した時には、攻撃手として理想的な勢いで村内へと雪崩れ込めた。僅か半時間もしないうちに村の半分をならず者達に制圧され、双方の死者は合わせて四、五十人に及んでいたが、そのほとんどは村人だった。





「あー、タルいったらありゃしないな、メンド」

 半魔半植プランテ・エビルのプライトラは、触手のような己の手でうねうねしている緑の巨大な後頭部を掻く。

 約1200人からなる部隊の隊長としてオレス村制圧を任されはしたものの、細々としたことを考えたり行ったりするのは正直いってめんどくさかった。


「プライトラ隊長。どうします? こうも派手に立ち回っては…」

 蝿亜人インセクト・ベルゼの部下がその醜悪な見た目に似つかわしくない、落ち着いた丁寧な口調で問いかけてくる。そして同時に村人の死骸や倒壊した家屋などを見回した。

 その言わんとする事はつまり “ 村に被害を出し過ぎたのでは ” だろう。

「アレクスは “ 被害は最小に ” つってたろ。被害を出すなとは言ってねぇし。制圧すんのに “ 必要 ” な被害でしたって事でいーんだよ、楽に考えろって」

 プライトラも、そして部下達も所詮はならず者である。

 一様にニヤつき、同じ思いを共有する。言い訳はいかようにもできるから今は盛大に暴れまわりまくればいい、と。



「このおお!! くらいやがれ!!」

 プライトラ達が互いにほくそ笑みながら会話をしている隙をついて、村人達の中から男が一人飛び出し、槍を投げた。


「うげぶ!?! …がは…」

 しかし槍の穂先は狙った隊長格とおぼしき相手プライトラには突き刺さらず、その後方にいた豚亜人オークを貫いた。プライトラは植物のようなそのカラダを軟体生物のようにグニュリとうごめかせて投擲槍の一撃をかわしたのだ。

「……予想外だ。はーぁ、村攻めとか楽だと思ったのになーぁ。やる気ある村人とかさぁ……うっとおしいから死んでろよっ!」

 部下のオークに突き刺さっていた槍を触手のような手でしっかりと持って引き抜き、投擲者へと返すように投げ放つ。


 ドズッ!


 モーションはほとんどなく手のスナップだけで投げられた槍は、自らの主であった男のノドを貫き、その命を終わらせた。


 村人達にとっていかに厳しくとも自分達の村を蹂躙されていて、黙って引き下がれるはずがない。

 しかし、死者はジワリジワリと増えていき、敵を押し返すどころか女子供が避難しきるまでの決死の肉壁がやっとという戦力にまで低下しつつあった。







―――――数時間前、ドウドゥル湿地帯。


「なんでこんなトコ通っていくんだ? 歩きにくいったらありゃしねぇ」

「そう言うな、隊長の指示だろ。我慢しとけよ」

 プライトラの部隊はアジトであるドウドゥル駐屯村を出て湿地帯へと踏み出していた。

 隊長が説明した進軍ルートは湿地帯を北東に突っ切ってオレス村の東に出るというものだ。

 その時点でならず者な部下達のテンションは既にだだ下がりだったのだが、実際に湿度の高い不快な湿地帯のど真ん中というところは湿ったところを好む種族を除けば不快指数MAXで、不満の愚痴が絶えない。


「いや、プライトラさんじゃないだろ、これ考えたの。あのヒトはそんな細かい戦略とかたてるタイプじゃねーって」

「じゃ、誰なんだ? やっぱアレクスか?」

「だろーな。どこまでもうっとおしいヤツだぜ、まったく。こちとら暴れさせてくれりゃいいだけだ、戦略とかいらねっつーのによ」

 ほぼ全員が暴れ、奪い、己が満たされる事のみを望んで組織に身を置いている。

 アレクスの考えも理念も志も関係ない。それでも命令どおりに従っているのは、ひとえにプライトラが隊長ゆえだ。


「へへ、まぁ我慢だぜ。村一つ “ 落とせる ” ってんだ。こんな大暴れ、普段じゃできっこねー」

 アレクスがプライトラに命じたのはオレス村の制圧だ。

 本来なら可能な限り無血で、村人にネガティブな印象を植え付けないよう注意して当たることが望まれている。

 だが、めんどくさがりのプライトラは己の傘下たる部下1200人への説明の際、隊の目的については 村一つ落とす と端的に述べたのみで終えた。


 正直、プライトラ自身もアレクスの言うとおりにする気はない。あれやこれやと面倒な事をせず、シンプルに滅ぼしてしまうほうが簡単で楽チンだ。


「………」

 アレクスのやろうとしている事や狙いを理解してはいる。当然、村を滅ぼす方向で行動を行えば村人達からは完璧に悪者扱いされるだろう。しかしアレクスの望み通りにしようとするとなると、まず略奪の類は当然行えないし、面倒な対話による交渉なりを行わなくてはならない。


 武装したゴロツキ1200という人数は威圧と北街道の各村を抑えるための人員であり、殺戮や戦闘を主目的とした戦力ではない。

 だがそんな面倒なやり方、部下達も納得するはずがない。


「とりあえずはアレだな。ぶっ潰して力でねじふせちまってから村人に嘘の証言でもさせりゃあいっか」

 アレクスには計画通りに仕事をした証拠として、嘘でもでっち上げでもなんでもかまわないからそれっぽい報告と成果を見せればいい。


 手はずでは、村人を威嚇するための爆発を起こす要員が既にオレス村にもぐりこんでおり、その爆音と煙を持ってアトワルト領内各地に展開している同志達への合図とする事になっている。

 プライトラの担当範囲内では先遣隊が北街道の村や近隣の森など、各地に潜んで待機しているはずだ。

 準備万端な襲撃計画。まとまった人数が襲来するだけで村人達は抵抗もままならないはずであり、容易く各地を制圧する事ができるだろう、というのがアレクスの目論見だがハッキリいって甘すぎる。



「(村人も何千人かいるってのにな。1000ちょっとで制圧とかまっとうにやっても上手くいかねっつーの)」

 本当に面倒だ。ああ面倒だ。

 プライトラは心の底からだるそうに己の手である触手を湿地帯の地面に向けて伸ばした。


「<大自然は覚えているナチュア・マップロード>」

 脳裏にある地図を、自然物を利用してその場に描きだす魔法。プライトラが用いる事のできる数少ない魔法の一つで彼自身たいした魔法の才はない。

 しかし魔法が使えるというだけで部下達からは尊敬の眼差しが送られてくるのだから、心地よい優越感を感じてつい笑みをこぼしてしまう。気持ちも少しは高揚するというものだ。


「……進路は予定どおりだ。こっから西進すりゃいいが湿地帯抜けてもすぐ村ってわけじゃあない。けど先手うって一気に決めちまいたいんで、もし村までの間に誰かに見つかった時は遊ばず即コロすぐ殺せな」

「おう了解だぜ。じゃ、何人か大きめに外周張らせとくわ」

 話を聞いた手近な部下がバシャバシャと水音をたてながらならず者達の中へと消えていく。


 数分後にはプライトラの部隊の前後左右に数百mほどの距離をあけて4、5人からなる小隊が複数、本隊を囲うように展開した。第三者に見つかった際には、即座に発見者に対処するための布陣だ。

 そもそも湿地帯を抜けるルートを取ったのも、1200人という数が一斉に移動するのはあまりに目立つからだ。

 何せアレクスの計画の狼煙の役目を兼ねている一番槍。そこの点においてはつまづくわけにはいかない。

 計画通りに進軍するのは嫌ではあるが、失敗して後で小言を言われるのもシャクだ。


「(ま、一気に決めないといけないっつーのは面倒がなくていい。他んとこ担当になるよかオレにゃあ合ってたかもな)」





―――ドウドゥル湿地帯沿線、オレス村東20km地点。


「で、やっぱり見つかるわけね」

 プライトラは触手な自分の両手を持ち上げ、やれやれと首を振った。

 相手は大亜人オーガばかりだが数は20人程度でたいした障害ではない。が、気になる点があった。


「………この辺じゃ見たことねぇ感じだな。ま、いいや、お前ら1人も逃がすなよ?」

 プライトラの言葉の直後、ならず者達が一斉に飛び掛る。とはいえ、それは彼らにしては珍しく慎重な姿勢での突撃だった。

 それもそのはず。オーガ達の体色はたいがいが茶や紫、緑といった色で明度が低く地味なカラーリングなのだが、目の前のオーガ達は黒。アトワルト領内のみならず、近隣でもこんな体色のオーガは見たことがない。


「へっ、まずは一発…おらぁ!」


 ゴッ!!

 

 兵の一人が手に持った長めの棍棒を片手で叩きこむ。

 挨拶がわりの小手調べのつもりだったが、オーガは防御もかわす素振りもせぬままにその攻撃を受け、軽くよろめいた。


「見かけ倒しか? ……なら、これも喰らえッ」


 ドスッドスッ!!


 別の兵が放った矢が2本突き刺さり、黒いオーガは片膝を地面につく。

 まだドウドゥル湿地帯の余韻の残る平原は、整えられた芝生のように短い雑草こそ生えているものの、オーガの片足に湿気のある泥を付着させた。



「ハハ、なんてことないな! おい、全員でほふりにかかるぜ!!」

「おうよ!」「ケケ、殺せ殺せー!」

 展開していた小隊が今頃オーガたちの周囲を囲うように回りこんでいるはず。もうオーガを取り逃がす事はないだろう。

 部下が好き勝手に動くのは普通ならば咎めるべきなのだろうが、プライトラはそれも面倒だとばかりに黙したまま、経過を見守り続けた。



 フォビュッ!


 ザシュッ! ドガッ!!


 ドスッ! ドウッ!!



 図体の大きな黒いオーガ達が猛攻を受けてその場で舞うかのように回り、倒れていく。だが、安心してあくびをつきながら眺めていたプライトラは不意に違和感を覚えた。


「(? なんだ、ヘンだな……?? ……何かおかしくないか?)」

 だが何がどうおかしいのかはわからない。

 部下達は嬉々として攻撃を続け、オーガ達を一方的に攻撃し続けている。それは間違いない。だが目の前の光景になぜか一抹の残酷さも感じられないのだ。


「! こいつらぁ……血が、出ちゃいない……?」

 プライトラがポソリと呟き、近くにいた部下もハッとしてオーガ達を見た。


 そう。打撃に斬撃、突き刺され、強打を受け、地面を転がり、なお立ち上がって―――その身に一滴の流血も見受けられない。

 それどころかオーガの黒い体色がさらにその黒さを増している気がした。



「黒いっつーても最初は焦げ茶とかの延長上ぽかったような……おかしい、おかしすぎんぞ、そいつら!!」

 手近にいた部下が叫ぶ。

 それを受け、なぶり殺しだと興奮し、獲物たるオーガ達の異変に気付くのに遅れた部下達がようやくハッとして咄嗟に後方へと飛びのいた。

 距離をあけてはじめて理解する、オーガの体色がより漆黒に近くなっている事に。


「やっぱおかしいな。こいつら普通じゃねぇ感じだ」

 プライトラは普通に声を発したつもりだった。しかしそのセリフはその場にいる部下達の耳に漏れなく伝わる。

「……どうします? ぶっ殺す感じで―――えぐ!!?」

 部下が沈んだ。比喩でもなんでもない、文字どおりに地面へと沈んだ。

 ギョッとしたのはプライトラだけじゃない。周囲にいるゴロツキ達も驚愕して身を硬直させる。


「これはトラップだ! こいつらオークの姿してるが、魔法だ!!」



 ―――儀式魔法。

 さまざまな準備や媒体を用いたり、多人数で一定の手順を踏んで行う魔法の一種。

 その効果は術者単体で行う通常の魔法と比べて、規模の大きなものが多い。


 そしてそんな儀式魔法には特定の条件を満たすなどの工夫を凝らす事で、術者がいない状態でも自動的に発動させるための “ 仕掛け ” を施すことが可能。

 そうしたものは主にトラップに使われるため、俗に “ トラップ魔法 ” などと呼ばれている。



「(おかしいだろ。俺達がここを通るってわかってなきゃこんな何もない原っぱにッ)」

 いくら儀式魔法が大規模な魔法が多いといってもカバーできる範囲には限度がある。

 何もないこんな原っぱに、しかも普段から誰かが通るような場所でもないところに仕掛けられているなど奇妙に過ぎる。


「くそ面倒だ、魔法は……オーガは無視だ無視! 迂回してさっさと村に向かえ」

 プライトラ達には対処の必要はないし対処できる魔法の知識も力もない。儀式魔法ならば仕掛けられた位置よりその効果範囲は限られるので、その範囲外へと逃れれば問題ない。

 特に大規模な攻撃魔法を撃ち放つような類でもない限りは、黒いオーガはその活動範囲が限られているはずだ。

 黒オーガが発射される魔法弾の類と同じように仕掛けである魔力源から独立しているというのであれば、こちらの攻撃なりで効力が減衰するはず。

 なので、むしろ効果が強まっているということは魔力源を中心とした活動範囲の外までは追ってこれない。


 つまりプライトラ達がこのトラップのフィールド効果範囲から抜け出してしまえば、なんら恐れる必要はないのだ。



「助け…げぶべぼご…」

「ぐぼぼぼ…ぼ……っ…、……」

 もはや漆黒の塊となってしまったオーガの成れの果てに次々と飲み込まれてゆくならず者達。

 それでも被害は両手で数える程度。当然プライトラも他の仲間も救助などせず、無視して進軍を再開する。

 むしろ飲み込まれた仲間はいい囮と言わんばかりで誰もが足早に遠ざかっていった。


「(どー考えても狙いは俺達だよな? ルートばれてる、ってか誰にだよ?)」

 プライトラに敵対者として思い当たる人物像はない。まさかこれから向かう村人達が察知して仕掛けた、なんて事はないだろう。

 簡単な魔法ですら珍しいこの地上にあって儀式魔法なんてシロモノを仕掛けられる奴がその辺の村にいるとは考えられない。

「ぁーメンド……まぁいいや。んじゃ、サクッと速やかに村ぶっつぶしにいくぞー」

 プライトラはますます部下の手綱を握る気力を喪失した。

 誰の仕業しわざかはわからないが彼自身、これから行うオレス村制圧の仕事でたまった鬱憤を晴らしたい気分になっていた。





――――オレス村北端。


 村での戦いは、戦力差からもっとあっさりと決着がつくものと思っていたプライトラ軍のならず者達は思いのほか激しい抵抗にあっていた。


「よし、女子供の避難は済んだぞ! もうひと踏ん張りだ!!」

 ここで一気に逃げ出してしまえば敵がなだれうって追撃してくる。

 そうなると戦う男達だけでなく、逃げ延びたはずの女子供たちにも被害が及びかねない。しかも狭い村の中ならば、敵は兵数を活かした戦術を取る事ができない。


 村人側もそれなりの人数がいるとはいえ個々の戦闘能力や装備に差がある以上、敵1人に対して数人で当たらなければ戦いにすらならない。村の中ならば構造や地形を把握している分、それができる。

 しかしそれでも互角ではないがゆえに、ここまで追い詰められているのだ。


 せめて敵の襲撃に対して出遅れなければもう少しマシな戦いが……被害の抑制ができたかもしれないと何度も考えてしまう。

「後悔しても遅いか…くそっ!」

 ワーベアー熊獣人の村人が腕から血飛沫ちしぶきを飛ばしつつ、その身をひねって後方に飛びのく。

 普段ならば人の良さそうな顔にシワを寄せ、敵を睨む瞳からは村人の素朴さは消え失せ、襲撃者達への憎しみと怒りをたたえた戦闘者の表情を浮かべていた。



「ハァ、ハァ! くっう! もう少し…遠くまで逃げてゆけるまでは…ッ」


 ガギンッ! ギリリ……キンッ! キィンッ!!


 ハーフハーピー半人半鳥人の村人は低空を維持しながら手にしたロングソードを振るう。純潔のハーピーでない彼の両腕は人のそれと同じで、武器を十全に用いる事ができる。


 反面、翼の力は弱くておのが祖先のように高空を長時間飛行し続けることが出来ない。跳躍の延長上のような高さを、2、30分の間だけ滞空したり滑空するように飛ぶので精一杯だ。

 それでも飛行能力と武器による機動戦闘の相性は良く、村人達の戦闘要員の中核を成す存在として奮闘を続けていた。


 「チッ、たかが村人風情に!!」


 ガチィッ! ギチチ……ギィンッ!!


 ならず者達はそれなりにハードな日々を潜り抜けている。荒事に対するプライドから感情が高ぶり、合わせた刃を力任せに打ち払い、斬る。

 だが相手は素早く後退し、その翼の羽根を1、2枚切り離した程度のダメージしか与えられなかった。

「チィッ!! しつこいっ」

 ならず者は追撃を……しようとして足が止まった。

 翼の有無は思った以上に大きい。ただ後方に飛びのくだけの行為が普通よりも大幅な距離を逃げおおせる。同時に翼から放たれた追い風が敵の追撃のタイミングを狂わせるのだ。


 さらに足の止まった相手の隙をついた別の村人が矢を放って牽制する。突出した敵だけを近接戦の得意な村人が迎え撃ち、その後退の際の支援も完璧。

 襲撃者への恐怖と村を失うという不安。

 強い危機感を抱いた彼らの連携は、自然と高度なものとなっていた。



 だがそれにも限界がある。

 

 準備も、戦力も、勝利条件も、あらゆる点で劣る彼ら村人達がいくら善戦してみせたところで勝利は不可能。それは誰もが理解している。

 だからこそ今、悔恨を残しつつも逃走の決断をせねばならない。


「ぐ、ぐぅぬぅぅう……これ以上はもう無理じゃッッ! ……み、みなの者! 退け、退くんじゃあ、撤退じゃあ!!」

 村長らしき老人が悔しさに歯噛みしていたその口を大きく開き、精一杯の声を放つ。村人達が後退していく速度が早くなり、プライトラは体を揺らして笑った。

「はじめっから、そーしてればいーんだ。こっちは面倒しなくて済むんだからよォ」

 戦力の差は歴然でどうしようもないとはいえ村長はいきどおる。

 こんな無法者達に村を明け渡すなど、先の大戦にも生き延びたというのになんたる不甲斐のなさかと、敵への怒りのみならず、村長として情けない自分自身にも怒りを感じ、悔し涙を流しながら村外へと走り去っていった。





 オレス村。


 それは街道に沿って北西へ向かえばマグル村が、北東へ向かえばオリス村が、そして南方のシュクリアへも街道がのびているというアトワルト領における北方の要衝たる村である。


 人の往来が多く、村に住む種族も多種多様に富んでいる。

 ロズ丘陵の大森林を北に擁し、その立地環境も上々。アレクス革命軍にとってまず抑えておきたい場所であった。


『この地を抑えておけば北街道の村々を抑えたも同然。いわばアトワルト領の北方を一手で切り崩せるのだ。その任の重さ、しかと理解して臨め』


 アレクスの戦略はわからんでもない。が、やはり面倒だというのがプライトラの正直な意見だった。

「なんでもいいからとっとと終わらせちまおう。最低限、やる事やっちまえさえすりゃあとは好きにやれるからよ」

 まだ炎が残る中、部下数名を伴って村内を歩くプライトラ。

 無事な家屋には部下達が入り込み、略奪の限りを尽くしている。が、別に止める気は起こらない。自由にすればいい。



「で、プライトラさん。次はどうするんで?」

 手揉みをしながら伺ってくる卑屈そうな大亜人オーガはかなり上機嫌だ。


 長いことドウドゥル駐屯村にて待機状態だった荒くれ者たちは、久々に暴れられてスカっとした上に、村内での略奪による実入りが、彼らの欲求不満を解消していた。

 しかしオーガの表情に見てとれるのはさらなる欲望を満たしたいという願望と期待だ。所詮は下衆な犯罪者―――欲を満たせばさらなる強欲を抱くのは当然だった。


「あー、とりあえずはこの村固める……だっけかな。んで、街道行き来するヤツはー…なんだっけか? まー面倒だし片っ端からとっ捕まえていーんじゃね」

 プライトラの指示はまさに彼らの本業だと言える。

 オレス村周辺の街道を見張り、道ゆく者を捕らえて一切を強奪。なんて素晴らしい指示なんだと、部下たちはよろこびをあらわにした。



「とにかくだ、この村をしばらくアジトにするっつー感じでそこらの瓦礫から木とか石とか使って、まずは防壁固めたりするよーにってとこで」

「了解ですぜ、さっそく取り掛かりまさぁ!」

 わかりやすい収穫が先に待っているとあれば、誰もが眼前の仕事にも身が入り、早く終わらせようとする。

 そして部下はそう来ると思っていたとばかりに高揚して指示を伝えに他の連中のところへと向かってゆく。


 特にプライトラは、面倒が嫌いで物事万事ドンブリ勘定を良しとする性格である。

 部下達に規律や秩序などを押し付けず、略奪にも寛容で、隊長としての人望はアレクス陣営でもピカイチだった。

 北街道を任されたのもそんな部下達からの人気ぶりから多くの兵を与えてもまとめられる者と評価されたからだが、プライトラ自身に部隊をまとめる気は毛頭ない。

 そんなめんどくさい事、やる気も起きないとばかりに走り去っていく部下を眺めながらその場で大あくびをかくのだった。






―――――オレス村の北、ロズ丘陵の大森林への入り口付近。


 そこにはかつて、大戦時の防空壕として掘られた穴がある場所の近く。

 たった一人のリザードマンが村人たちのために作り上げた避難所に、オレス村の生き残った人々が詰めていた。



「村長、俺達はこれからどうすれば……」

「村長っ」「村長!」

 プライトラ分隊に村から追いやられ、とりあえずこの場所に逃れたものの、村長の中には悔しさの火が灯ったままだった。


「村を取り返す……事ができれば最高なのじゃがのう」

 それができない事を村人達の誰もが理解している。

 実際に敵の何人かは村人達の抵抗で倒す事は出来ているのだから、個々の力で絶望的な差があるわけではない。だが村人の中から戦える男達を集めたとしてもケガ人を除けば100人いるかどうかだ。あきらかに数が違う。


「くうう……なんなんだ、奴らは?!」

「神界側の軍隊が攻めてきたのかと思ったけどゴロツキばっかだったしな」

「ワケがわかんねぇよな、どっかの賊の集団にしちゃ規模でかすぎだろ」

 いわゆる盗賊団や山賊団といった類の犯罪集団は仕事の分け前の関係上、あまり多人数で徒党を組むと一人あたりの取り分が減り、個々が十分な見返りを手にできなくなってしまうので、不平不満が募る。

 ただでさえ欲深い者達だ、人数が過ぎれば空中分解は必至のため、群れるにしても50人そこいらが限界である。


 ところが村を襲ってきたのはパッと見ただけでも500以上。賊の集団としては常軌を逸している。


「とにかくじゃ、ケガ人も多いゆえ他の村に助けを求めるしかない。誰かオリス村とマグル村に走ってくれる者はおらぬか?」

 しかし誰も名乗り出るものはいない。

 オレス村を制圧された今、その周囲は連中の目があると見て間違いないし、他の村までの道のりも決して近いものではない。

 高い確率で危険に晒される役目を進んで行おうとは思う者はいなかった。


「街道でとっつかまっちまったらどんな目にあわされるかわかったもんじゃねぇしな……」

「けど、せめてケガ人の治療は必要だろ。こっちから運ぶのはそれこそ絶望的だぜ? ここには手当てのためのモンなんてほとんどねぇんだしどっかの村から貰ってくるしか」

「ならテメェが行けよ、誰だって危ねぇ橋は渡りたくねぇんだからよ」

「んだと!? なんでそんな薄情なんだよ!」

 不安が不和を呼び、状況が彼らを追い詰める。

 言い争いが激化しはじめかけたその時、村長は大声で喝を放った。


「いい加減にせい! 大戦の時もそうじゃったが、まったく懲りとらんのかお前達は! こういう時こそ皆で力をあわせねばならん、それを無益に言い争うなどと愚かな――――」

 そこまで言うと村長は不意にデジャヴを感じて言葉を止めた。そして記憶の底から浮かび上がってくる一言とその発言者の姿形を思いだして目を見開いてゆく。



 ―― テメェら!! これほどの規模の戦だ! 死ぬ時は死ぬもんだ、男ならグダグダ抜かしてんじゃねーよ!! ――



「あ、あああ!! そうじゃ、そうじゃよ!! おい、おぬしら!!」

 村長は言い争いをしていた二人の若者を指差し、興奮した様子で使命を与える。

「マグル村じゃ! あそこまでゆくのじゃ!! あそこにはこの洞穴を掘った主がおる!! 彼の事をなぜ忘れておったのか! 彼に……ザドザドーンに我らの窮状を伝えて助けを求めるんじゃ!!!」

 つい最近、マグル村の村長と手紙のやり取りをした際、配達員との雑談からザードが今はマグル村に滞在している事を知っていた村長は、希望の星をその手に掴んだような気持ちの高揚を周囲に振りまきながら、その場でピョンピョンと元気に跳ねる。


 そして腰をギックリさせ、ただでさえ手当てが出来ないのにケガ人を増やすという愚を犯すのだった。



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