第3章2 策を持って現地に臨む


――――――アトワルト領西方、ハロイドの町。


 この町は今、衰退の一途を辿っている。


 戦前には、あと数年で都市シュクリア並になる可能性も示唆されるほど成長著しかった町。しかし今では人口2000人程度しか住民は残っていない。

 ミミの領内においてもっとも戦死者を出した町でもある。



「領主様。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」

 初老のワラクーン狸獣人は彼女の両手をとってしきりに頭を下げた。この町の代表者たる長には、もう廃れゆく町を救う手立てはなく、領主にすがる事しかできない。


「顔をあげてください町長さん。早速で申し訳ありませんが、詳しいお話をお聞かせくださいませんか?」

 町の入り口で出迎えてくれたのは、町長をはじめとした10数名の町人達。しかし町長を除く者達は何か倦厭したくなる気持ちを覚える風貌の男達ばかりだった。


「(これはなかなか手ごたえがありそうだなぁ……)」



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 彼女がこの町に赴く事となった発端は一枚の嘆願書。


 これまで一切送られてこなかったハロイドからの嘆願書は、なんてことはない。町の復興を助けて欲しいという抽象的で短い懇願であった。


 他の町や村からは終戦直後より、あれやこれやと具体的に要望を記した嘆願書が山と届けられてきた。しかしハロイドから一切それがなかったのは、領主ミミをみくびっていたからに他ならない。


「(……まー、逆の立場だったら、私もそう思ったかもしれないけれど)」

 時はすでに大戦終結より6ヶ月。これほど領主へのヘルプ要請が遅れたのは、ハロイドのかつての隆盛にあった。


 戦前には成長に勢いがあり、都市シュクリアに次いで多くの税金を上げたこの町の人々は天狗状態鼻高々にあった。

 若くて経験も浅い領主に政治の何がわかると、税金をしっかり納めはするものの、かわりにとばかりに町の治世への介入を傲慢にも蹴飛ばし続けたのだ。


 おそらく終戦直後は戦前の勢いを保てると思い、容易に自分達で復興が叶うと思っていたのだろう。ところがハロイドから出兵していった町民たちがあまりに多く戦死し、帰らぬ者となった事が判明するまでに、終戦から数か月の時間を要した。


 兵士が1人、故郷に帰らなくなる――――それは想像以上に大きな損失を生む。



「(まず、多くの兵士は若者が中心。働き手を失うことになるのは明らかだけど、それ以上に家族が食べていけなくなるから、遺族手当てを使ってもっと暮らしやすい土地に移っていってしまう。発展著しいところは税金も高いし)」

 たとえば500人のハロイド住民が戦死すれば、その遺族およそ1500人~2000人規模で、税金の安い他の村や領地に移っていってしまう計算になる。


 もともと地上世界はいずこも開拓地である。


 はるか大昔よりご先祖代々の土地を有しているなどという者は少なく、より住みやすい場所を探して転居をかさねる者は多い。


「(それくらいはわかりそうなものだけどなー。本当にどうにもならなくなってから助けを求めてくるのって、ちょっとムッとしちゃう)」

 今さら、藁をもつかむ思いでとでも言わんばかりに助けを求めてきた彼らには、やはりまだ領主ミミに対する偏見が抜けていないように思える。


 だが、自領内の反抗的な町をしっかりと治めるためのチャンスでもあるのだ。

 ミミは鼻息を一つ吹いて自分の中の怠けたい気持ちを深く押し込み、気持ちを引き締めなおした。







 町長の屋敷に移って町の見取り図を広げながら彼らの話を聞く。が、おおよそ事前に想定していた通りの状況だった。


「まずは利用者のいなくなった建物が並ぶ区画の対策ですわね」

 人口が全盛期で2万人近くいたのが一気に10分の1になったのだ。町を形成する住居建造物およそ5000棟のうち、4200棟が無人という空家率。


 ゴーストタウン化どころか、既にゴーストタウンそのものといっても差し支えない。


「どうにか人口を増やすことはできないものでしょうか? そうすれば無人の家屋を有効利用できますし、町に活気も戻ってくるじゃないですか」

「おお、その通りだ。せっかくの建物を使わないなんてもったいないぞ」

「他所の村などから人を募集すればいい。なんだ、簡単じゃないか」

 居合わせている町人達がのたまった意見に対し、ミミは両肩を落として落胆してみせる。

 すると途端に彼らは眉をひそめて、不機嫌そうに何か我らに意見でもおありですか、とでも言いたげな表情を浮かべた。


「(なるほど、彼ら・・が問題の連中ね。ひー、ふー、みー……結構いるなぁ)」



 町の問題以前に、事前にこっそり行った調査でこの町には別の大きな問題がある事が判明している。


 実は彼らは、いわゆるあまりよろしくない思想の持ち主で、表向きは平和と繁栄を口にするその裏では、山賊や野盗の類とつながっている事がわかっている。

 それどころか彼らの中にはそうした賊の一員そのものすら潜りこんでいる。狙いは至極単純、この衰退の激しい町を乗っ取り、表向き町の体裁を整えて隠れ蓑とした、大規模なアジト化。


「(……やっぱり事前の予測どおりに、多少乱暴な手を使わざるを得ないね)」

 初老の町長がどこか浮かない表情であまり口を開けずにいるのも、まず間違いなく彼らに主導権を握られ、何も言えぬままにただ居るだけな傀儡状態になっているから。

 この場でミミの味方は皆無ということになる。それでも彼女は躊躇う事なく仕掛けることにする。


「(まずは挑発っと。さて、うまく乗っかってくれるかなー?)」

 表面上、普通の町人を装ってはいるけれど、基本は自分勝手な欲望を旨として生きている連中だ。

 であれば頭ごなしの否定とあざける態度で簡単に頭が沸騰するはず。



「夢見すぎの楽天的な発想ですわね。人が出て行くこと著しいこの町は、まず流出を止める事も難しいのが現状です。戦前の町の勢いを引きずっていらっしゃるのでしたら、今すぐにその考えを改められる事をおすすめしますわ」

 言葉を詰まらせる町人。その視線から感じるものは、“小娘が偉そうに” である。

 そんなものは意に介さず、むしろ彼らの目を一人一人まっすぐに見据えながら続けた。


「他所から人を募集する? 無人の建物を活用? 随分と安直なご意見ですね。そんなに簡単に事がなせるのでしたら、これほど長き渡って苦労なさるはずがないのでは? いまだにそんな浅ましい手法でどうにかなるとお思いだなんて……愚かしい限りですわ」


「な、…なんだとぉ?」

 今日はイフスも、ドンも、メルロも……誰も連れて来ていない。本来なら領主一人で、しかも自分を嘲るような連中の中に飛び込んでいくのは危険だ。今回はそれなりの理由があっての単独行動。


 それは決してイフー達には知られたくない、政治とは呼べない政治手法・・・・を用いるため。


「よいですか? あなた方は現実が見えておらず、かつこの町の中にしか視点が向いていません。そんな狭い知見で町を元のレベルにまで戻そうというのは愚かを通り越して、もはや罪です」

 やや高圧的な口調と態度を意識し、彼らを嘲笑あざけわらう。イメージとしてメリュジーネを真似てみたものの、考えてみると彼女のそんな鼻につく態度は見たことないなとやってから気づき、ミミは苦笑した。


 その苦笑する様も、彼らに隠すことなく行ってみせる。すでに顔を真っ赤にして憤りを覚えている連中には、これで決定打となると彼女は確信していた。


「小娘がっ! 言わせておけばッ」

「こ、これよさんか!! 領主様に向かってなんたる―――」

「うるせぇ、ジジイはすっこんでろ!!!」

 止めに入った町長が血気盛んな若者に殴り飛ばされる。そのまま部屋の片隅で彼が気を失った今、残された町人達を止めようとする者は誰もいない。


 ミミのドレスを引き千切り、彼女を後ろ手に机にたたきつけると、後はもう彼らのやりたい放題が始まった。


「ヒャハハハッァ!! ガキめ! 大人ってもんを教えてやるよッ!!」






――――――1時間後。

「大丈夫ですか、ミミ様? おカラダのほうは……」

 ミミは机や床に押し付けられてついた顔の汚れを、差し出してくれたタオルでぬぐう。


「ん、平気です。心配してくれてありがとうございます」

 町人達は部屋へと雪崩れ込んできた兵士達によって、ものの数分で蹴散らされ、捕えられた。

 至極スムーズに連行の準備が進められ、今は全員、町長の屋敷の外に繋がれている。


「しかし……もっと我々の突入は早くてもよかったのでは? メリュジーネ様のご友人であらせられる貴女様をこのような目にあわせたとあらば、我ら主にあわせる顔がございません」

 そう、彼らはミミの兵士ではない。メリュジーネの護衛兵達だ。いまごろメリュジーネはくだんの酒の伸び比べの後遺症で、大いびきをかいてミミの館の貴賓室にて眠っているだろう。


 兵士達を熱い一夜でもてなした翌日、彼らに協力をあおぎ、この町へとやってきて、そして現在に至る。


「 “ 領主を強姦した ” という事実がありましたら彼らを捕まえる名目としては十分ですし、領主わたくしへの不当な暴行は第一級の犯罪行為ですから、彼らはすぐに魔界本土へ送還する事ができます」

 それはイフス達はもちろんの事、勝手に兵士達を借りたメリュジーネに対しても秘密裏にこの件を片付けるためにも重要な事だった。

 単なる反抗や反意程度の言動だけでは軽く、こっそり事を運びたいミミにとっては都合が悪い。

 だがこれで、彼らは一掃してこの地上世界より排除される。


「し、しかしですね。だからといってミミ様がここまでお体を張られ―――」

「はい、そこまでです。私はこの地を治めるために手段を選ぶつもりはないのですよ。この身が有効であれば躊躇なく武器とするつもりでいますから。あまりにそう心配されますと、私の意志と覚悟を侮辱するものと捉えますので、そのおつもりでお願い致しますね」





―――ハロイドの町、町長の屋敷前。


 転送の光が拘束されている男達を包む。町人とは名ばかりの荒くれ者達は、一人残らず魔法陣の上からその姿を消した。


「(うぷ……。昨日の今日での連戦・・はキツかったかなぁ? さすがにちょっと気持ち悪いかも)」

 罪人達の転送を見届けながら、ミミは口に左手を当てつつ、右手の人差し指を空中で動かす。

 何もないところに魔力光による文字が次々と書かれていき、彼女は最後に胸元にひとまず挟んでおいた紙を取り出してそれに当てた。


 すると文字は紙面の上に刻まれて手紙が完成する。

 内容は彼らの罪状とミミの署名、そして宛て先が記されているだけ。現行犯逮捕者を引渡す上での簡素な手続き書類だ。


 それを転送の光の中へと投げ入れると、手紙もまた罪人達と同じところ魔界本土へと送られた。


「す、すごい。そのような手紙の書き方は初めて拝見いたしました」

 驚きをあらわにするのはハロイドの町長だ。

 彼らに吹っ飛ばされて出来た頭の怪我は、何重にも巻かれた包帯がその重さを物語っていた。


小祷亜人ボブ・ドルイドである町長さんは知ってらっしゃるかと思っておりましたが、意外ですね」

 別に嫌味で言っているわけではない。ボブ・ドルイドは小人系の種族で、その体躯はゴブリン達とも比肩する小柄さだ。

 ただゴブリンとは違って彼らは全個体において知能が高く、特に熱心な礼拝や儀式、知識の探求を好む傾向が強い。


 当然、あらゆる魔法を熟知しており、ミミが用いた<インクのないマギク・ドロー>のような日常的に用いられる簡素な魔法は知ってて当然で、むしろ幼稚な魔法と鼻で笑われてもおかしくないくらいだ。



「お恥ずかしいながら、ワシは一族でもあまり熱心な方ではなくてですの。ここの町長に祭り上げられたのも戦後の話ですのじゃ。連中が好き勝手するのにちょうどいい傀儡町長でしかなかった……本当に領主さまには申し訳なく―――」

 しかしミミは頭を下げかけた一頭身の町長に、それには及ばないと片手の平を向ける。


「彼らのような者がのさばっていましたのは町長さんのせいではありませんし、領主であるわたくしとしましては、彼らのような者を一網打尽にする事ができまししたこと、むしろこの町の現状に感謝いたしております。……不謹慎ですけれど」

 ペロッと舌を見せてウインクしてみせるミミ。場が和み、町長にも少しだけ笑顔が戻る。



 しかしまだ事が済んだわけではない。この町が衰退しているのは事実であり、本題はここからなのだ。


「さて、では次はこの町の復興についてなのですが―――」

「おや、これはなかなかいいタイミングでしたか。貴女の治世をこの目で拝見できる機会を得られようとはね」

 その場の全員が、声の主に向かって一斉に振り返る。兵士達はミミを囲うように防御陣形を敷き、声のした方向に向けて槍を構えた。


「ハハハ、まさか彼女の・・・兵士達を手なずけてしまうとはこのジャック、改めて感服いたしましたよ、アトワルト殿?」

「―――ジャックさん。驚かさないでいただけませんか? てっきり酔いつぶれて眠られていらっしゃるかと思っておりましたが」


「ええ。十分睡眠を取らせていただきましたとも。……ちなみに彼女はまだ熟睡しておりま―――……なるほど、彼女が目覚めるまでの時間すら見越しておられた、と」

 相変わらずやりにくい相手だとミミは思う。

 僅かなやり取りでこちらの思惑をことごとく読み解いてしまう彼には脱帽だが、もし敵対するような立場に立たれたなら、その脅威度は途方もない。


「……どうでしょう? メリュジーネ様の兵士の方々をお借りしたのは事実ですけれど、別にそこまで考えていたわけではありません。それはそうとジャックさんに、ちょうど今、お仕事を一つお願いしなくてはと考えていましたので、本当にちょうど良いですわ」

 話題の転換だけではない。本当に良いタイミングだった。

 別に商人ならば誰でもいいのだが、長く接するのを避けるという意味でも、ジャックに依頼するのがこの場でのベストだと判断する。


「ほう、何か仕入れごとですかな?」

「ええ。木材を少し多めに仕入れていただきたいのですが、いかがでしょう?」

 ミミの依頼にジャックは眉をしかめた。あまりにもありきたりな品物であったのもそうだが、何よりも……


「何に用いるのかは存じませんが、木材ならばこの町の未使用の家屋などを取り壊して流用なされるがよろしいのでは? 勿論、仕入れてこれないという事ではありませんが、その方がお早く調達できるかと思いますよ」

 町長もジャックの話に頷く。無用の長物と化した建物は維持もままならない以上、取り壊してしまうほうが賢明で、その際に材料取りをすれば結構な木材が賄えるはずだからだ。


「もちろんそのつもりですわ。ですが解体して得た木材では使えないものも出てきますし、後々予定の分量に届かずに慌てる事になるのもよろしくありませんでしょう? それに建物から得た木材や石材の使い道とは別に、今後、量が必要になる予定がありまして」


「ふむ、何かお考えがあるようですね。いいでしょうその仕事、お請けするといたしましょう。お望みの分量と期日はいかほどですか?」

「木材を2000包。期日は……そうですわね、半年以後に揃えていただきたいのですが、できますでしょうか?」


「? 半年以内・・ではなく、以後・・ですか。それに数も2000包とは、いかに木材といえど、相応の額になってしまいますよ?」

 商人達の間において、木材の取引は10m長の角材5本で1包となり、小売相場で銀貨3枚。しかし今はどこもかしこも復興のために需要が増えており、1包あたり銀貨8枚に高騰している。


 それが2000包ともなると、金貨1600枚約1500万円 + 運送費用がかかる。

 アトワルト領の財政を考えれば決して安くない買い物。しかしミミは自信をもってもう一声付け加えた。


「金貨2500枚まででしたらお出しできますから、その金額内におさめていただければ、細かいところはジャックさんにお任せいたします」

「(私の簡単な試算でも、今のアトワルト領にはそんなに余裕がないはず。にも関わらず町一つにそれほど高額をつぎ込むと……面白いではありませんか、貴女のお手並み、とくと拝見させていただくといたしましょうか)」



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 ジャックがミミの依頼を受けてハロイドを後にしてより小1時間後。一同は無人の建物が並ぶ区画にきていた。


「町長さん。町の人々と協力してこの区画の建物を全て取り壊し、使えるものと使えないものを区分していただきたいのですが……できますでしょうか?」

「それは構いませんが……領主さまはいったい何をなさるおつもりなのです?」


「まず、この場所に工場こうばを建てていただこうと思っております。それもかなり大きなものを……ですわ」

 縦400m×横600mの広さの区画の建物を全て取り壊す――――その跡地全てを使って建てるとなると、その工場は結構な規模となるだろう。


「工場……ですか。それでこの町に新たな雇用の捻出を??」

「いえ、この町だけではありません。近隣の村の人々も視野にいれております」

「しゅ、周囲の村々もですか。しかし、いったい何の工場をお作りになるというのです??」

 木材が大量に要る理由がなんとなくわかった気がしたが、工場といっても何を加工生産するための工場を建てるというのか?


 これまでハロイドの町は商業によって発展してきた。


 近くには鉱山も田畑もなく、工場で加工するための材料となる鉱物資源も生産資源も他所から仕入れなければならない。

 はっきりいってそれはかなり効率が悪い話であり、町長ばかりでなく町の住民達も不安そうに彼女に視線を注いでいる。


 しかしミミは一言、ある地名を口にした。


「……イクレー湖」

「!!? ま、まさか……いやしかし。確かにこのハロイドは他の町や村に比べ、かの湖には一番近いやもしれませぬし、あそこの水産資源は非常に豊富です。されど、かの湖まではこのハロイドからでもゆうに50km以上は離れておるのですぞ!?」

 ただでさえ痛みやすい水産物を運んでくるのは容易ならない話である。


 転送の魔法でも使えるなら話は別だが、さきほど罪人を魔界に転送した際でも数人がかりで1時間近く魔力を練り、難しい魔法陣を準備してようやくなしえるという高度な儀式系魔法を用いた。

 常用は出来ないし、そもそも術者であるミミに日頃からこの町で転送魔法を用いてもらわなければならないが、そんな事は100%不可能だ。


 であれば、どうしても湖からハロイドの町まで資源を運んでくる物理的な運搬の手が必要になる。

 飛行能力を有している者を配したとしても、1度に運べる分量には限界があるし、陸を運んでも時間がかかり、モノが痛んで使い物にならなくなってしまう。


 地上に住む者には有効性の高い魔法を使える者が少なく、運搬中の水産物を保護するといった魔法の使い手もいない。


「それにつきましてはまた別の考えがありますわ。そのために木材がたくさん必要になってくるのですが……町長さん、建物の解体はゆっくりで構いません。確実にこなしていって欲しのです」

「? まあ、急いでといわれましても町のものはこれだけしかおりませぬゆえ、ゆっくりでよいと言われればこちらは助かりますが……何か理由が?」


「木材が届くまで時間がかかりますし、加えて今回はタイミングが重要なポイントになりますの。あまりに早くに事を進めすぎても厄介な問題が舞い込んできてしまいますし……もしわたくしの身に何か起こりましても、作業は続けていって欲しいのですが、お願いできますか?」

 妙なことを言われて町長は困惑する。まるでこの先に何かハプニングが起こるとでも言わんばかりの言い回しだ。


 まだ戦後という事もあって、戦争の恐怖がこびり付いている中、彼らの不安がくすぶる。


「万が一の話ですわ。そんなに重く受け止めないでください。ただ……私を信じていただけるのでしたら、しかとお願いしたい事なのです」

「……わかりました。ワシらこの町のため、何があっても領主さまを信じてがんばらせていただくこと、ここに御誓い申し上げますじゃ」







――――数日後、アトワルト領内北東。とある村の宿の一室。



「そう、ハロイドは失敗と……まぁ仕方ありません。何、すべてが上手く進むとは思っていませんから、そう暗い顔なさらずに」

 ハロイドから駆けて来た賊の男が、ドミニクの前で膝をつき、失敗の責任を感じて頭を深く下げたまま面を上げない。


「申し訳ありやせん。せっかく町の権力者どもを始末して・・・・お膳立てしていただきやしたのに」

「なに、町の人数はもはや少ないと聞いていますから、後からいくらでも手は打てます、心配には及びません。それに本命の柱は着実に太くなっていますからね。いってしまえば他は全て失敗したとしても、彼ら・・が成功すればそれで良いのですよ」

 ドミニクは冷笑してはいるが、内心面白くないだろう。計画が思い通りに進まないのは誰だって苛立つものだ。たとえそれが天使であろうと。


「(あの領主ならば火付けは容易いと、少々甘く見すぎましたか。確かにハロイドの件は、仕掛けが雑であったかもしれませんね)」

 ドミニクが苛立つ原因は何もハロイドの失敗ばかりではない。この村でうまく火付けができないでいるのも、彼の冷静な精神に波立たせる一因であった。


「あの……オレはこれからどうすればいいでしょうか??」

「アレクスさんのところに合流するのが最善でしょう。今は下手に動かない方が懸命です。アレクスさんに、まだ事を荒立ててはいけませんと伝えてください」

「わかりやし―――」




 コンコン。


 ドアをノックする音に、二人は反射的に身構える。だが次に声がかけられた瞬間、ドミニクはすぐさま警戒を解いた。


「アッシだ、モーグルだぜ。ドミニクさん、いるんだろ?」

「モーグルさん。どうぞ、開いてますよ」

 ドアを開いて入ってきたのは小柄な土竜人族だった。ドミニクが軽やかに迎える様子を見て賊の男も全身から力を抜く。


「お久しぶりです、よくここに私がいるとわかりましたね?」

「いるのがわかったわけじゃねえよ。アンタらを探してたんだ、しらみつぶしにな」

 モーグルは努めて卑屈にならないように格好つける。

 天使達を手引きした時もそうだった。なるべく堂々とした態度の方が怪しまれないし、関係を築く上では重要だと理解している。たとえ虚勢であってもかまわない。


「我らを? ……何かあったのですか?」

「ああ。なんか向こうの・・・・お偉いさんから、変更があるとかで全員に伝えてくれって頼まれてな。ほら、これがその手紙だぜ」

 そういってモーグルは手紙を渡す。

 ドミニクは受け取るそばから早速開いて、文面に目を通した。



 ―― 緊急事態の発生をもって、全工作員は直ちに帰還せよ。

 ―― “ モーグルの抜け穴 ” 手前に集結し、迎えの者を待て。



 内容はほんの2行程度。

 だが最後に記されている署名を目にした瞬間、ドミニクの表情にはじめて驚愕の色が浮かんだ。


「な、なんですと!! ……モーグルさん、他の方々には?」

「全員に伝え終わってる、ドミニクさんで最後さ。アッシはこの後、一応アンタの後を手伝えって言われてるけど、どうすりゃいい?」

 不自然なほどドミニクがうろたえている。賊の男はこんな彼は見たことがないと驚いていたが、当のドミニクはそんな怪訝な視線も意に介さずに考え込んでいた。


「(手紙の内容はちょっち変えられてるはずだけど、驚くとこがあるっつーと、差出人の名前か? あの優男っぽい男は神側のかなり偉ぇヤツなのか……)」

 しかしモーグルからすれば手紙を受け取った相手よりも、手紙を書き換えた相手の方が恐ろしかった。

 何せ自分達の最高位の主たるあの魔王様なのだから。



 ・

 ・

 ・


「いろいろ世話んなったな、骨の旦那。おそらく後であの方々もさっきの天使の件を片付け次第ここに来るはずだぜ。そん時はエスコート頼むな」

 モーグルの差し出した手を取り、ホネオはこくりと頷く。ドミニクの扇動からこの村を守っていたのは他ならぬ彼だった。

 この村でもかなり領主ミミに対する不満は高まっていたが、ホネオが文字通り骨を折りながら村民達を説得してまわったため、ドミニクの言葉が人々に刺さる事はなかったのだ。



 ドミニクが慌てて村を後にした後、彼の要請を受けてアレクス達の一行に合流するため、モーグルもまた村を出発する。


 恐れや不安がないわけではないが、あのアズアゼルよりも上位の御方と繋がりを持ったという事実が、彼の心を幾分か楽にしていた。


「(ホント、アッシは運がいいんだろうな……っと、いけねぇいけねぇ。おさえねぇと、調子にのったらいけねぇや)」

 自身の悪運の強さにもたれかかってしまうと、一気に転がり落ちそうな気がしてモーグルは己を戒める。


 ホネオと村の人々が手を振って見送る中、彼はしっかりとした足取りでドウドゥル駐屯村に向けて歩きはじめた。







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