亡き少女のサクリファイス

藤原ピエロ

少女


『拝啓


  桜の木々も咲き乱れ、花々がほころんできましたね。お元気ですか? この手紙が君に読まれているということは、「私」はもうこの世にいないのでしょう。お元気も何もありませんね。


 私は今まで、何一つ不自由しないで生きてきました。友達もいたし、両親との仲も悪くはありませんでした。可もなく不可もなくってやつですね。

 ではなぜそんな私が遺書なんてものを書いているのか。それは、今の君にならわかるでしょう

 私は今まで大きな不幸と言うものにあったことがありません。家が火事で燃えるだとか、とても耐えられないような辛いことに合うだとか。そういうことにあったことがないのです。

 その、「とても耐えられないような辛いこと」のなかに、君の死があります。君は知らないと思っているだろうけど、私、実は知っていたんです。君はずいぶんと前に病気にかかって、もう長く生きられないことを。

 君は私にとって、いつも一緒にいてくれた、大好きな幼馴染です。頭がよくて、優しい、自慢の幼馴染です。君がいなくなった後の世界を、私は想像することができませんでした。


 あれは、中学一年生の時、君は用事があったのでいつもと違い別々で帰った日のこと。私は君がいなくなったらこれが当たり前になるんだなと暗い気持ちになってしまったので、ちょっと寄り道して帰ることにしました。そして、出会ったのです。一軒の店に。

 そこの店は、簡単に言うと「感情を対価に寿命を売る」店でした。喜び、悲しみ、怒り、感謝、恐怖、安らぎ、驚き。これらを払えば、寿命をのばしてくれる店ということです。信じられないでしょう?  私も最初は信じられなくて、店を出ようと思いました。でも、その時にお店の人がこう言ったのです。

「自分の寿命だけでなく、他の方の寿命ものばすことができますよ」

 私は、この言葉を聞いて、これしかない、と思いました。私はなんとしてでも君の寿命をのばしたかった。君と一緒に生きたかった。

 一つの感情につき三年寿命が伸ばせるそうで、私はまず一つ、「怒り」を手放すことにしました。

 君は覚えているかな? 中学一年生の夏、病気の進行が遅くなったことを。それのからくりは私が感情を払って寿命を買ったからです。


 それから、私は三年周期で感情を払いにいくようになりました。悲しみ、恐怖、驚き。それらを私は払って、君の寿命にしました。


 先週、君の病気の進行がまた始まったと連絡を受けました。私は今まで選ばなかった「良い感情」を手放さなければならなくなりました。迷った末に、私は一番なくても良さそうな「安らぎ」を選びました。

 それからの日々は、もう辛くて辛くてしかたがありませんでした。いつも警戒心を抱いて生活することになったのですから。


 最初に怒りを手放したあと、私は何事も冷めた目で見るようになりました。悲しみがなくなって、泣くこともなくなりました。驚きを手放したことによって、世界はつまらなくなりました。

 人生に、色がなくなっていくようでした。


 一昨日、君は私に、好きな人ができたと相談してきましたね。良いところを語って、写真まで見せてくれて。

私はその時、君はずっと一緒にいてくれると思い込んでいたことに気づきました。そんなわけ、ないのに。


 私はこれから、残っている感情の喜びと感謝を手放しに行きます。私は「私」と言う一人の人間を手放すのです。残された私は、きっと死人のような人間になることでしょう。手放された「私」はユウレイになるのか、亡霊になるのか、無になっちゃうのか。わからないけれど、怖くはありませんよ。恐怖は私にはありませんから。 それに、こんなに辛い目にあったことがない私には、このまま生きていくことは耐えられないことなのです。君が悲しむのも嫌だけれど、私は耐えられません。ごめんなさい。


 私が私でなくなる前に、この手紙を書けて良かった。


 どうか、幸せになってください。今までありがとう。一緒にいられて嬉しかったよ。


 それでは、さようなら。

                            敬具』



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