第三章
良くないモノが訪れている。
夏休みが終わって、秋が来た。
とはいえまだ暑さの残るある日、サキチがリクに警告を出した。
「どうもこの土地に良くないモノが訪れているようだ。お前は視る力が強い、気を付けた方が良いだろう」
「良くないモノ?」
「死霊術師だ。詳しいことは俺たちにもわからない。ちょっと厄介そうな相手だ」
猫たちにもわからないことがあるのか、とリクは少し感心した。
その死霊術師というのが何者なのか、興味もあった。
だが、わざわざサキチが警告してくるということは、それだけ危険な相手ということなのだろう。
トヨに聞けば何かわかるだろうかと思い、学校が終わった後、リクは神社へと向かった。
神社に続く道の途中で、案内板の前に立つ一人の少女を見かけた。
長い黒髪が美しい、恐らく中学生くらいの少女。
地図を見て、何かを探していようだ。
リクが後ろを通り過ぎようとした時、その少女が声をかけてきた。
「こんにちわ。ちょっと道をお尋ねしたいのですけど」
少女が聞いてきたのは、稲荷神社への行き方だった。
「ここからそんなに離れていないと思うんですけど、どうにも判らなくて」
確かに、案内板のある場所から神社まではそんなに距離があるわけではない。
何やら色々と疑問に思うところはあったが、リクはそのまま少女を神社へと案内した。
神社の鳥居をくぐると、そこにはトヨが待ち受けていた。
「ああリク、キミにはもう少し具体的な警告をしておくよう、サキチに伝えておくべきだったのかもしれないな」
ガックリと肩を落とすトヨに向かって、リクの横から少女が声をかけた。
「お初に目にかかります、トヨウケビメノカミ様。
この少女、各務マナこそがこの土地に訪れた良くないモノ、死霊術師であった。
死霊術師マナは丁寧に挨拶し、リクをたばかって神社に辿り着いたことを謝罪した。
「何も知らない少年の視る力を利用して結界を越えたことは申し訳ありませんでした。ですが、筋は通すべきかと思いまして、こうしてトヨウケビメノカミ様に直接ご
「堅苦しい言い方はいいよ。私のこともトヨでいい。で、お願い、とは?」
トヨは何処か不機嫌そうに応対していた。
結界という言葉から察するに、どうもマナとの接触を避けていたようにも思える。
「ではトヨ様、××町の三番地・・・いえ、暮山の西の斜面と言った方がわかりがよろしいですか」
トヨの身体がピクンと反応した。
リクもその場所にピンときた。
そこは、あの忌み地だ。
「あの場所を改めさせてほしいのです。あそこには、今の私にとってどうしても必要なものがあるかもしれないのです」
しばらく黙り込んでいたが、トヨは静かに首を横に振った。
「申し訳ないが・・・あの土地の封は簡単には解くことは出来ない。力ない神と思われるかもしれないが、一度あの土地にあるものが
「私は死霊術師です」
その言葉に、再度トヨの身体が震えた。
「何かお手伝い出来ることもあるのではないかと」
トヨはしばらくうつむいていたが。
ややあって、やはりまた首を横に振った。
「すまない。リスクは
最後にトヨが発した言葉を、リクは聞き取ることが出来なかった。
神社からの帰り道で、マナがリクを待ち受けていた。
「先ほどはどうも。ちょっと相談に乗ってくれませんか?」
マナはリクを駅前にある喫茶店に連れ込んだ。
「あなたにはかなり強い視る力があるみたいだし、あの神様とも
マナの話によると、彼女はある目的のために、あの忌み地にあるはずのものを探しているのだという。
そのものの詳細は不明だが、忌み地にあるということだけははっきりとしている。
マナの目的を達成するためには、どうしても確認を取っておきたい、とのことだった。
「その目的って?」
リクの質問に対して、マナは回答することを拒否した。
「ごめんなさい、悪気があって説明出来ない訳ではないのです。ただ、決してあなた達とか、あなた達の周囲に害を成すものではない・・・はずです」
リクはマナの言葉を信じて良いのかどうか、迷っていた。
マナの話は正直あやふやなことばかりで良くわからない。
猫たちはマナを良くないモノとみなした。
トヨはマナに協力することを拒んだ。
マナはリクに素性を隠し、神社への道案内をさせた。
しかし、そういった要素を考慮したうえで、なおそれ以上に。
リクは、あの忌み地に興味があった。
「あなた自身は、忌み地に近付いたことが無いのでしょう?」
その心を見透かしたように、マナが問いかけてきた。
確かに、トヨから言われていたこともあり、わざわざ恐ろしい目に合うことも無いだろうと、今まで忌み地に近付いたことは一度も無かった。
そこに何があるかについて、深く考えたことも無かった。
「さっきあなたの神様にも言ったけど、筋はきちんと通すつもり。勝手に封を壊して、中に入るつもりはないわ。その場合、私だってどんな目に合うかわかったものじゃないもの」
マナからすれば、これはダメ元のお願いということだった。
断ったところで、リクに何かデメリットがあるわけでも何でもない。
「あなたにあの忌み地の中を「視て」もらいたいの。そしてそこに何が視えたのか、教えてほしい。それだけでいいわ」
マナはリクに自分の連絡先、メールアドレスを教えた。
もっと魔術めいた何かを予想していて、リクは少し肩透かしを喰らった感じがした。
「そんな目立つことはしませんよ。このアドレスもフリーメールのものですし」
しれっとマナはそう言った。
「もっと親しくなるようなことがあれば、その時は考えましょう」
ニッコリと笑った顔が、リクには逆に怖かった。
リクが家に帰ると、すぐにサキチが窓から訪ねてきた。
「あの死霊術師と会っていたな」
猫たちのネットワークは万全で、マナの動きは全て筒抜けであるようだ。
「うん、協力してくれって言われた」
リクは素直に認めた。
猫たち相手に誤魔化しても意味など無さそうだ。
「忌み地か。厄介なハナシを持ち込んでくれる」
サキチは困った、というふうに考え込んだ。
「死霊術師、ってなんなんだい?」
「そのまんまだ。死霊の言葉を聞き、その力を使役するものだ」
死霊の言葉は死者の言葉。生きている者の言葉ではない。生きている者に
死んだ者の言葉に従うのは、生きている者のすることではない。
「それに・・・」
サキチはそこで言葉を切った。
「死霊術師は月の猫の秘密を知りたがってる。それは猫の世界の大きな秘密だ。それを知られるわけにはいかん」
そういうことか、とリクは納得した。
「どうするんだ、リク?あの死霊術師に協力するのか?」
「うーん、ちょっと考えてる」
リクは腕を組んだ。
「少し話した感じだと、あんまり悪い人には思えないというか」
「ユイの病気がうつったのか、お前」
サキチは呆れてため息をついた。
「リクー、ちょっといい?」
ドアがノックされた。
リクが返事をすると、ナオが入ってきた。
「あ、サキチにゃんだ、いらっしゃーい」
サキチの姿を見つけて、ナオは大はしゃぎでサキチの前でしゃがみこむ。
にゃおう、とサキチは一声鳴いた。
「リクにばっかり懐いてさー。ご飯の出所は私なんだよ?わかってる?」
大丈夫ちゃんとわかってるよ、という言葉をリクは飲み込んだ。
ひとしきりサキチを撫でてから、ナオはリクの方に振り返った。
「リク、今度の日曜日さ、お買い物付きあってよ」
「買い物?」
「隣町にモール出来たじゃん。リサーチも兼ねて見に行きたいんだよね」
ナオの仕事は建築士だ。
近隣にこういった商業施設が出来ると、やはりその構造や設計が気になるらしい。
しかし一人で行って施設の写真などを撮りまくっていると、非常に不審がられるし、説明も面倒くさい。
そんな理由もあって、今までも何度かリクを伴って出かけたことがあった。
「いいよ。わかった」
「サンキュー。じゃあサキチにゃん、ごゆっくり」
ナオはサキチに向かって手をひらひらと振って、部屋から出て行った。
「ナオは相変わらずというかなんというか」
サキチはやれやれと首を振り、それからリクの方を見た。
「で、どうするんだ、リク?」
「どうしようかね」
リクは天井を仰いだ。
結局、リクはマナの頼みを聞くことにした。
忌み地に近付くのは初めてのことだ。
視る力を取り戻してから色々と不思議なものを視たりはしたが、この場所には近寄ることすらしなかった。
忌み地はリクにとって、いや、トヨの周囲にいるものにとって、それだけの禁忌だった。
マナに連絡すると、すぐに返信があった。
学校が終わって待ち合わせ場所に行くと、手を振ってくる。
忌み地への道筋をリクは知らなかったが、マナの方でもう調べは付いているようだった。
「猫たちの監視を抜ける道筋がありますので、こちらへ」
そんなことも出来るのか、とリクは感心するよりも恐ろしくなった。
猫の監視から外れるということは、この死霊術師との間に何かがあっても、サキチに助けてもらうことは出来ないということだ。
そのことに気が付いたのか、マナはにっこりと笑ってこう言った。
「大丈夫ですよ。私はそんな、無闇に命を取るようなタイプじゃないですから」
そんなタイプもいるのかと、むしろ余計に怖くなる。
先を歩くマナは、そんなことは露知らずと涼しい顔をしていた。
忌み地に近付くにつれて、リクは空気が重く、辺りが薄暗くなっていることに気が付いた。
地面が、まるで足にまとわりつくようだ。
「夢に沈んでいる?」
「そうね。多分その忌み地の影響だと思うんだけど、この辺り一帯が良くない夢に半分沈んでいる」
まるで暗いトンネルのような森の中を進んでいくと。
立ち入り禁止の札と。
樹々の間にやる気なく道をふさぐようにして渡されたロープが見えてきた。
その先が忌み地、だった。
「中に入るのはやっぱり危険、というか無理ね。これはちょっと、想像以上」
マナはため息をついた。
ひょっとしたら、あわよくばという考えもあったのかもしれない。
筋は通す、とは言っていたが、その辺りがどの程度信用出来るのかはわからない。
もしマナが勝手に忌み地の中に入ろうとしたならば、リクは彼女を止めるつもりでいた。
「大丈夫、約束は守るわ。それより」
マナは忌み地の暗闇に目を凝らした。
「あなたには、何か視えない?」
「何か・・・」
リクは忌み地の向こうに目をやった。
ロープの向こうは真っ暗だ。静かな闇が広がっている。
頼まれてもその向こうに行きたいなどとは思わない。そこには、何か恐ろしいモノがいる。
神様が、トヨがここを封じているのだという。
だからだろうか、何処かにトヨが感じられる気がした。
ロープの向こう、暗闇の向こう、深淵の向こうに。
誰かが。
「・・・トヨ?」
リクに見えたのは、トヨの姿だった。
ただ、いつものトヨとは何かが違う。
明るくて、自信に満ち溢れたトヨが感じられない。
そこにいるのは。
うつむいて、涙をこぼして。
何かを、叫んで。
その時、突然リクの携帯が鳴った。
驚いて電話に出ると、相手はトヨだった。
「リク、私からの電話が通じるって、今何処に・・・まあいいや、そのことは後で聞くよ」
「今すぐ神社に来てくれ。緊急事態だ。キミの助けがいる」
黙って横で話を聞いていたマナは、リクに向かってうなずいた。
「行ってあげて。神様からの頼みごとでしょう?」
リクは神社に向かって走り出した。
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