第二章

想いは、ちゃんとある。

 サキチと言葉が通じるようになって、リクはよくサキチと会話をするようになった。


 猫の目線から見た世界は新鮮で、色々と考えさせられることが多かった。


 猫は共有意識の世界を持っており、その共有意識を通じて猫同士意見のやり取りをおこなっている。

 だから遠く離れた仲間とも情報を共有することが出来るし、意見を交えることも出来る。

 それは地球規模のネットワークになっていて、猫の意識が地球全体を覆い尽くしている。


「じゃあ、地球は猫に支配されている・・・?」


「俺たちにそんなつもりはないよ。まあ、人間が自分で自分を地球の支配者だって言ってるのには、滑稽こっけいさを感じるがね」


 また、猫たちは共有意識の中に昔からの知識を全て溜め込んでいるという。

 自分の生まれる前の知識、自分の知らない場所の知識。

 そういったものを共有意識の世界の中に持ち、それを猫たち全員で共通の知識として扱っている。


「どの猫も、みんなそうなのか?」


「いや、そうとは限らないだろう。誰かに教わらなければ出来ないこともある。そうだなぁ、周波数が判らなければそこに繋げられない感じ、とでも言えば良いのかな」


 猫の不思議な力に、リクは色々と感心させられた。




 ある日、リクは神社でトヨに猫について聞いてみた。


「彼らには私も助けてもらってるからね」


 トヨを含めた所謂いわゆる土地神に限らず、神様と猫は地球規模で協力関係にある。


 トヨに限って言えば、例えばリクを追い回した黒いモノが出てきた場所、み地。

 あの忌み地を監視し、必要であればそこから溢れ出たものを始末するのも、猫たちの役目だという。


「世界をあるべき姿というか、今のことわりに従ったカタチに保つのが、猫たちの使命らしいね」


 そういえばあの時、何故忌み地の封印が弱まったのか、何故そこからあの黒いモノが外に漏れ出してきたのかは、結局判らずじまいらしい。


「私も猫たちも、あそこには入れないからね。ああ、リクも絶対に近付いちゃダメだよ。良くない夢に沈められるから」


 夢に沈める。

 これもトヨが良く使う言い回しなのだが、リクにはまだ今一つピンと来ていなかった。


 現実の中から、非現実的な別な世界に入り込む、という感じで良いのだろうか。


 あの黒いモノに追い回された時、リクは最初悪夢を見ていたはずが、気が付くと現実の町中に放り出されていた。

 それがトヨに言わせれば「夢に沈められた」状態なのだというが。


「神様やモノを見る力も、猫と話をする力も、全て基本は「視る」という力だ」


 視る力とは、大雑把にいえば、自分の都合の良いように世界を想像し、そのように作り替える力。

 その自分に都合の良い世界に自分や相手を取り込むのが、「夢に沈める」という行為であるらしい。


 モノを見ている時や、猫と意思疎通している時も、自分にとって都合の良い解釈に入り込んでいる。

 すなわち「夢に沈んで」いるという。


「猫たちはもっと大きな力を使うよ・・・そうだな、明日、夜になったら神社に来てみなよ」


 トヨに誘われたので、リクは夜の神社に行ってみることにした。




 夕刻、約束の時間が迫ってきたが、その日に限ってなかなかナオが帰って来なかった。

 ひと声かけてから出かけようと思っていたが、仕方がないのでリクはそのまま神社に行くことにした。


「あ、リク。こんばんは」


 神社に向かっていると、ユイと一緒になった。


「ユイも、猫の力を見に?」

「そう。シロさんに会えるのは、久しぶりだから」


 話しながら歩いていると、向こうから丁度帰宅途中のナオがやって来た。


「あれー、リクこんなところで・・・」


 ナオはリクと一緒にいるユイを見て、目をパチクリした。


「え、ちょ、リクあんた」


 しまった、とリクが頭を抱えそうになったところで、ユイがにっこりと笑った。


「こんばんは。橘ユイといいます。リク君とは猫仲間なんです」

「ね・・・こ?」

「はい。この先の稲荷神社で猫が集会するっていう話があって、見に行こうとしているところなんです」


 良くそんな話が簡単に出てくるものだと、リクは舌を巻いた。


「私一人だと色々と不安だったのですが、リク君が一緒に来てくれるということで、とても助かっています」


 スラスラと言い終えると、ユイはまたにっこりと笑う。

 しかし、考えてみればそれほど間違ったことではないのか、とリクはむしろ感心した。


「あー、そうなんだ・・・」


 ナオはけむに巻かれたような顔をしていたが、ぐいっとリクの肩を引っ張ると。


「ちょっと、信頼させといて裏切るとか絶対しちゃダメなんだからね」

「なんだよそれ」

「ははは、こんなんで良ければ何にでも使ってやってください。それじゃあ・・・」


 奇妙な愛想笑いを浮かべて、ナオは小走りに去っていった。


「なんなんだ一体」

「素敵なお姉さんね」


 ユイの言葉に、リクはがっくりと肩を落とした。


「ゴメン、あれ母さん」

「え?お母さん?」


 今度はユイが怪訝な顔をする番だった。




「やー、お二人さん。やっと来たね」


 神社ではトヨが待ち構えていた。


 月明かりに照らされて、境内の中はぼんやりとした光に包まれている。


 やがて、猫たちが続々と神社に集まりだした。

 猫の集会。たくさんの猫たちが神社の境内に揃う。


 その中には、サキチの姿もあった。


「・・・なんだ、リクも来たのか」


 なんだか少しぶっきらぼうにそれだけ言うと、サキチは猫たちの真ん中に陣取った。


 やがてトヨがおごそかにサキチの横に立ち、猫たちと一緒に夜空の月を見上げて、祝詞のりとを唱え始めた。

 何かが始まる、とリクが感じたところで。


 月から白いものが舞い降りてくるのが視えた。


 驚いて目を凝らすと、それは真っ白な一匹の猫だった。


 艶々つやつやとした白い毛並、ふっくらとした体つき。

 美しい白猫が地面に降り立つと、その場にいる猫たちが一斉にうやうやしく頭を下げた。


「定時報告です。観測の結果、土星サイクラノーシュの方面から脅威が迫っています。その中でも一つは、こちらに向かっている可能性が高いと。こちらでは何か変わったことはありませんでしたか?」


 白猫の声は、若い女の声だった。


「忌み地から久しぶりに物凄いのが出てきた。何かが忌み地の中で動いていて、そいつが呼びよせているのかもしれない」


 サキチが答える。


 白猫とサキチはそのまま事務的な話を二言三言伝え合い。

 その後、白猫がふっと相好を崩した。


「元気そうで何よりね」

「お前も・・・いや、元気なんていうのはおかしいか」

「おかしくないわ。元気にやってる」


 白猫がユイとリクの方を見た。

 それに気が付いたユイが小さく手を振る。

 白猫はユイと並ぶリクの姿を見て、目を細めた。


「そう、あの子、蓋が取れたのね。トヨ様も機嫌が良いわけだわ」

「まあ、そうだね。賑やかなのは嫌いじゃないよ」


 トヨは少し照れたように応えた。


「じゃあね」


 そう言うと、白猫はふわり、と空中に浮かんだ。


「ああ、またな」


 サキチの言葉を聞いて、白猫はぐんぐんと空の上に昇っていく。

 月明かりの中に溶け込むようにして、白猫の姿は見えなくなった。




 翌日、リクは神社でトヨとユイに白猫について話を聞いた。


「猫たちは、月の裏側に拠点を持っているんだ。星の向こう、地球の外からやってくる害悪を監視するためにね」

「星の向こうの・・・害悪?」


 地球は猫たちの共有意識に包まれることによって、一定のバランスを保っている。

 そのことわり、今の世界のことわりに従えば、宇宙は不毛の大地としてしか観測出来ない。


 しかし、そうではない世界を「視て」いるモノも存在している。


「世界は安定しているようでいて、実は色々とアンバランスなんだよ」


 トヨは少し難しい顔をした。


 猫たちはそういった宇宙からの脅威の襲来を監視するために、月の裏に拠点を設けて常に監視を行っている。

 人間から見れば月の裏は空気も何もない不毛な場所。

 しかし、猫たちはその共有意識の力で、猫たち全員の力で、月の裏に自分たちの世界を「視て」いる。


「それって、ものすごいことなんじゃないか?」


「この星にいるほぼ全ての猫の総意だからね。そりゃあすごいさ」


 昨日来た白猫は、地球の猫との定時連絡のために訪れたのだという。


「でも、実際に月に行けば、そこに猫がいたりするのか?」

「・・・いないよ。月とは言っても、それは彼らの共有意識の月だからね」


 共有意識によって月に猫を送り込むとは言っても、実際の月に猫の実体を送り込んでいるわけではない。


「だから、むしろ実体はかせになるんだ。ここにいるのに、同時に月にいることには出来ないからね」

「それは・・・」


 ユイが、かすかに悲しい顔をした。


「月にいく猫は、自らの実体を消滅させる。意識だけの存在になって、月にいる自分を「視る」んだ」


 実体の無い、モノと同じ存在。


「私と同じだよ」


 トヨの言葉は、どこか寂しげだった。




 家に帰ったリクは、サキチから白猫の話を聞いた。


 白猫、シロは、かつてのサキチの恋人であった。


 強い視る力を持つシロは、自ら月に行くことを志願し、選抜され。

 肉体を失ったのだ。


 猫たちは共有意識を持っている。それを使えば、いつでも心は通わせられる。


 しかし、それだけでは実体を失った月の猫たちは自己を猫として保つことが出来なくなる。

 猫の集会は、そういった月の猫たちが地上に一時的に帰還し、自らが猫として存在出来ていることを確認するための、一つの儀式なのだった。


「俺が、アイツを覚えている限り、アイツは消えない」


 サキチは月を見上げると。


「大丈夫、アイツは・・・元気だ」


 まるで自分に言い聞かせるように呟いた。


 リクは、以前ナオに父親のことを訊いた時のことを思い出した。


『今でも、大好きなんだ』


 今はもういない、リクの父親に向けられた言葉。


「そうだね」


 ここにいなくても。身体は無くても。

 想いはちゃんとある。


 リクにはそう感じられた。

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