猫の雨宿り。

在間 零夢

 序章あるいは終章 雨は晴れども未だ上がらず。

 


「あー……また負けた……!」

 中学生の少女――猫野珠ねこのたまはそう言って自身の着ている制服がはだけるのも気にせず仰向けに後ろから倒れて、コントローラーを手放した。

 はじめて対戦したときの猿真似よりも幾分も格闘ゲームの腕を上げたが、まだまだこの家の家主である人海空ひとかいくうに勝てるほどの腕前には達していない。

 そもそもの話年季が違う。

 猫野は中学3年生で、人海は高校2年生。格闘ゲーム暦で言えば方や3ヶ月程度であり、方や3年以上になる。これで人海の方が負けたらどれだけ自分は才能はないのか――あるいはどれだけ猫野に才能があるのか――頭を抱えたくなるところである。

「……あー……うー……」

 今の一戦の敗北で飽きたのかやる気なさそうにごろごろと――それこそ猫のように移り気に、唸る女子中学生。いささか特殊過ぎる性質を持つ人海だが、彼も健全なる男子高校生であることは変わらない。

 正直目のやり場に困る。

 人海の母校でもある三枝さえぐさ第2中学校のグレーの制服(ブレザータイプ)の制服がはだけていろいろ肌や下着的な色がチラチラと見え隠れしていて、健全な男子高校生としては”誘っているのかこいつ……!”っと鼻息荒くするのが正しいあり方なのかなのかもしれないが、生憎と人海はこれがただの罠であることは知っている。

「ほら、飽きたんだったら飯でも作るか家に帰るかしろよ女子中学生」

 なのでこうして冷静に――興味なく対処することができる。そもそも人海は女体に関心があるのは確かだが、猫野本人にに興味があるかは別問題である。

「……しょうがない、おいしいご飯でも作るとしますか。まだ家では雨が降ってるから帰れないし」

 そう言って、何かを誤魔化すように、あるいは遮るように、猫野は台所へと”おいしいご飯”とやらを作りに行った。とはいえ、安い狭いただのアパートなのでエプロンをつけたその姿は人海からは丸見えなのだが。

「……あいついつまで居る気だよ――て、んなもん決まってるか。雨が止むまで……ね」

 雨宿りをしに来た野良猫。

 猫野珠が一人暮らしである人海のアパートに居るのはそういう理解でかまわない。というよりそういう風にしか解釈できない。彼女のこの行動は一時しのぎであり、根本的解決にどうあっても繋がることはない。

 要するにただの逃避行為だ。

 そしてそれを受け入れたのが人海だというだけの話。

 雨に濡れて弱った野良猫に、屋根を貸しただけ。

 この話は要するにただそれだけの話であり、それ以上の何かははっきり言って存在しない。

 ただし。

 屋根を借りた側が、あるいは、屋根を貸した側がどう思うかという『お話』は存在してもおかしくない。

「雨は晴れども未だ上がらず――てか?」

 そう言って、人海はリスタートにカーソルを合わせ決定した。

 

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