黎明国花伝/著:喜咲冬子
富士見L文庫
序
天津洲は、東海に浮かぶ島だ。
神代から、この島では数多の小国が絶えず争い、興亡を繰り返してきた。大陸のシャウラーダ皇国の史書『娑朝春秋東島伝』には、それらの争いが、ある盟主国の出現により止んだことが記されている。
黎明国の前身は、島の東端を国土とする小国であった。この小国の王族であったある一人の女性は、海の向こうの大国であるシャウラーダ皇国と国交を結び、その朝貢国となった。さらに皇国の皇子を婿として迎えたことで、ついには己の小国を天津洲一の強国へと変え、盟主国として君臨するに至る。この女王即位の時期についてはっきりとした記録はないが、皇国への最初の朝貢の際に、自国を『黎明国』と称している。
東海に浮かぶ小国には過ぎた名ではあるが、大陸の東に位置する天津洲の中でも、東端にあるこの小国は、近隣のどの国よりも早く日輪を迎える。また、彼らは天津洲の数多の神々の中でも特に日輪を崇めており、それに仕える巫女を女王として奉じる国でもあった。
王族の娘たちは皆、日輪の巫女として育つ。
黎明国成立以前から、この国の王族の娘には、等しく、身体の一部に痣が現れた。痣には、濃い薄いの差もあれば、形もそれぞれに違っており、その形を花になぞらえ、母親たちは娘に諱を授ける。諱は夫を選ぶ日まで外に明かされることはない。
そして、この一族には時折――主に王女に、稀に王子に――現れる能力がある。『星読』と呼ばれる『夢』を見る力だ。未来を予知するその不可思議な夢を見る力の個体差もまた大きい。生涯に渡ってほとんど夢という夢も見ず、晩年に己の死に際だけを予知し死んでいく者もあれば、大きな災害を予知し民を救った者もある。
自らの国を黎明国と称した初代女王は、強い力を持った巫女だった。
一つには、花の痣を。――肌にはくっきりと鮮やかな、桜花の形の痣があったという。
一つには、星読の力を。――天変地異を予言し、民をよく守ったという。
皇国から婿を迎え、星読の力をもって未来を占い、黎明国に繁栄を齎した初代女王は、以後この国の為政者の範となった。
女王の居城である朱暁宮には、今も多くの巫女たちが住んでいる。王族の女性の腹から生まれた子は、父親の身分によらず、すべて王族の子女として扱われた。王子であれば父親の私邸で養育される。王女は、すべて巫女として朱暁宮の奥宮に集められた。奥宮で生まれた王女はそのまま奥宮で育ち、母親が還俗して奥宮を離れている場合でも、三才になると奥宮へと迎えられる。
王女たちは、そこで巫女として祈りの日々を送るのだ。
歴代の女王は、初代女王に近い――より濃い痣を持ち、星読の力を備えた巫女の中から、政の中心である外宮の合議において選出される。
女王が決まると、同代の巫女らは還俗し、各々望む夫を選び奥宮を出ていく。
朱暁宮の奥で、巫女たちはそのように代を重ねていった。
黎明国が盟主国となって以来、天津洲には泰平の時代が続く。
そして、シャウラーダ皇国の史書に黎明国の名が刻まれてより二百年の時を経た今、この国の歴史は、一人の女王の即位を機に大きな変動の只中にあった。
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