第6話
妻と休日に出掛けるのは珍しいことではないが、一緒に映画館に行くのは初めてだった。あの映画は2回見たことがある。それぞれ監督も違えばキャストも全然違う。初めて見た時は主役が高校生の男女で、最後に映ったのは花畑だった。次に見た時は主役が僕らと同じくらいの夫婦で、最後に映ったのは宇宙から見た地球だった。この映画はリメイクされても大筋が同じだった。光が失われていく世界で2人の主人公が最後に見るべきものを探していく。色々なエピソードを経て最後に美しい光景を目の当たりにし、それを2人でずっと眺めつつ光の消失を迎える、というものだ。ただ最近の映画は広告で監督やキャストを明かさない風潮があり、映画を見るまでどんな作品になっているかは分からなかった。
映画館に着くと、杖で器用に人混みを避けながら中に入る。予約したのは当然個室だ。誰にも邪魔されず、2人で最高の立体映像を楽しめる。個室では杖の連動機能をオンにしていてもよいので、映画の雰囲気に合わせて杖が僕らの脈まで微調整してくれる。
今回の主役は40代後半の夫婦だった。弁護士の男と女医だ。正直恋愛物の主役としては年配すぎる気がした。これまでのリメイクと違って、男側があまりかっこよく見えなかった。弁護士は仕事にうだつも上がらない中、女医と喧嘩を繰り返しては迫り来る光の消失に絶望していた。こんな展開では映画を期待していた妻に失望されるのではないかと不安になったが、妻のほうに目をやると真剣に映画に見入っていたので安心した。
弁護士と女医は喧嘩をしながらも、結局は深く愛し合っていた。弁護士が最後に眺めたいのは女医であった。しかし女医が最後に眺めたかったのは、弁護士と一緒に眺められるものであった。女医は弁護士と、同じものを眺めて時間を共有したがった。
この流れはこれまでのリメイクとほぼ同様である。1人はお互いを眺め合って光の消失を迎えたがるも、もう1人はそれを拒む。2人で同じものを眺めることを望んでいた。この映画の最初のリメイクが公開された当時のアンケートでは、恋人や夫婦の一定数が最後に見たいものとしてお互いの伴侶を挙げていたらしい。それがしばらく後のアンケートではストーリーに感化されたためかほぼ誰も伴侶を挙げなかったというのだから、当時の反響はよほど大きかったのだろう。
弁護士は女医と共に、自然公園へと向かった。弁護士は20年前にも女医を連れてそこに来ている。弁護士になりたてだった当時、研修医だった彼女を半ば強引に連れて閉園時間を過ぎた自然公園に侵入し、勝手に手こぎボートを拝借して、池の上でダイヤの指輪を渡した。当時の弁護士の収入は少なく、ダイヤは本当に小さかった。
そして20年後の今、まだ日が沈む前だが光の消失が予報されているため自然公園は完全に閉鎖されていたが、弁護士は柵を乗り越えあの日と同じ池に向かった。自然公園は山の中腹にあり、池では運が良ければ日の入りが見える。しかしあの日と違い、ボートには無情にも鎖が掛けられていた。笑顔の中に寂しさを混ぜる女医を見て、弁護士は力の限り鎖を引いた。驚く女医をよそに、弁護士は一心に鎖を引いた。日がますます低くなっていく。そして観念した女医も共に鎖を引いた。古くなった鎖はやがて、その役目を終えた。
弁護士は血に滲む手でボートを池に浮かべ、女医を乗せて池の真ん中で止めた。弁護士は、女医から預かっておいたあの日の指輪を取り出し、女医に渡した。すると横からの光りに照らされ、小さなダイヤはとても綺麗に輝いた。日の入りの始まりだった。2人はずっと日の入りを眺めた。日が沈むと同時に、世界から光が失われた。
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