未視感
ある日、庭で目が覚めたら一切の記憶が抜け落ちていた。
芯からずきずきする頭の痛みをこらえて、辺りを見渡してみる。
腰くらいの背丈の紅葉や楓が植えられ、こどもが砂場で作るくらいの大きさの築山が盛られ、小さな池にはひらひら揺れる尾びれが綺麗な赤い金魚が優雅に泳いでいる。
こじんまりとしたマンションに造りつけられた坪庭といった風情だ。
どこか見覚えあるかと言われれば、まるで心当たりがなかった。
自分が自分であることはかろうじて解るが、自分が誰なのかすらさっぱり解らない。
しばらくお伽話めいたその坪庭をポケーッと眺めていたものの、まったく何も思い浮かばなかったので、まん前にある窓から家の中へと入ってみることにした。
最初の居間でまず目についたテレビをつけてみる。
7chテレビ毎朝と、表示された。
出演している人々の顔も全く見覚えがない。
CHをいろいろ切り替えてみたところで、いずれも同じだった。
元のCHに戻ったところでつまらなかったのもあり、そのままテレビを消した。
これから誰を頼って訊いたらいいのか、何処へ訪ねればいいのか、ちっとも思い当たらない。
それどころか目が覚めたこの部屋が、本当に自分の部屋かどうかも解らないのでは、如何ともしがたかった。
言えるのは、自分に関すること以外、例えば用足しの仕方や、水道の使い方、電話の架け方に文字の書き方など、生理的な事柄や、生活していく上で必要最低限の事柄は理解出来た。
ただもしかしたら、いつ何どきこうしたことも含めて、総ての記憶が失われるかもしれないと思うと、とても不安でならなかった。
とりあえず、きっかけでも掴めるならと、外に出てうちの周りを散策してみようと思い立つ。
自室のドアを出たところ、表札に
“里村和希”
と書かれていることに気がついた。
果たしてこれが私の名前かしら?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます