アーカーシャ・ミソロジー2

キール・アーカーシャ

第1話

 第2話 覚醒(かくせい)の日


 忘るなかれ、失うなかれ、

 ヤクトの誇り、その魂を。

 英霊達はそう告げた。


 ・・・・・・・・・・

「皇(おう)、皇?」

 との声がする。

ああ、そうだ、この声は・・・・・・・。

白い、白い、大地。この世界は狂ってしまった。

突然、降ってきたクリスタルのせいで。

滅びゆく世界の中、強大な指導者が求められた。

だから、俺は王になった。王になるしか無かった。

戦った。戦ったんだ。

竜達が空を飛ぶ。その背に一人の黒髪の女性が乗るのが見える。

黒騎士、光の勇者。最高の能力者にして、最も頼りとなる仲間。

これから、俺達は竜達と共に奴らを殺しに行く。

血塗られし、血族(ヴァンパイア)どもを殺しに行く。

そして、人類を解放するんだ。

たとえ、敵に愛する妹が居るとしても、それでも、俺は・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・

クオン「・・・・・・・・・・・・」

 クオンは気付けば深い霧の中に居た。

クオン「俺は・・・・・・、今、何か夢を?ここは?」

 すると、目の前で扉が開いた。

クオン「貴族院の正面口・・・・・・。たどり着けてたのか・・・・・・。

    ともかく、進もう」

 そして、クオンは貴族院の中へと入っていった。すると、扉は用を成したかのように、音をたて独りでに閉まっていった。

 クオンはさらに進み、そして、委員会室の扉を開けた。

 中は一瞬、国会中継などで、おなじみの風景かと思われた。

 しかし、辺(あた)りは血まみれで、大勢の死体が隠れるように転がっていた。

 そして、奥に黒ローブを着た男が背を向けていた。

クオン「お前は誰だ。お前がこれをやったのか?」

黒ローブ「ん?何だ、お前か。へぇ、これは面白いや。よくぞ、

     ここまで辿(たど)り着いた。クオン・ヤクト・

アウルムよ。ほめてやるよ」

 と、男は大げさなジェスチャーを交(まじ)えながら言った。

クオン「もう一度言う。お前は何者だ。これをやったのは、

お前か?」

黒ローブ「まさに、その通り。狂った貴族どもを殺してやったのさ。感謝してくれよ」

クオン「何を言ってるんだ、お前は!頭がおかしいんじゃないのか?!」

黒ローブ「まぁ、いいさ。どちらが、狂ってるか、なんてどうでもいいのさ。俺は殺しが好きだ。女と同じくらいにな。ただ、どうせ殺すなら、醜(みにく)く肥(こ)え太った豚が

     いい。それだけさ」

クオン「狂ってる・・・・・・。ラース-ベルゼはどうして、ここまで

    狂えるんだ・・・・・・」

黒ローブ「あまり、俺をラース-ベルゼという枠にはめるなよ。

     皇子様」

クオン「悪いが、お前を許すわけにはいかない」

 そして、クオンは王剣を構(かま)えた。

黒ローブ「何様のつもりだッ!クオンッッッッ!年上に向かってよォ!まぁいい、     きちんと、しつけてやるよ。

     ほら、かかってくるがいい。かかって来いよ?

     どうした?」

クオン「・・・・・・」

 そして、クオンはジリジリと黒ローブに近づいた。

次の瞬間、クオンの四方を魔方陣が覆(おお)った。クオンは迷わず、

前方の魔方陣を剣で裂き、男へ向かって突き進んだ。

 クオンの一太刀を男はヒラリと跳んでかわした。

黒ローブ「ほら、後ろ、後ろ」

 次の瞬間、クオンが放置していた魔方陣が発動し、爆発が

起きた。

 クオンは後方からの爆風を喰らい、机にぶつかった。

 クオンが体勢を立て直した時には、男はクオンの眼前に迫っていた。

黒ローブ『ハッ』

 そして、男はクオンに凝縮(ぎょうしゅく)したマナを叩き込んだ。

 クオンは後ろの机ごと、吹き飛んでいった。

クオン「ッ・・・・・・」

黒ローブ「あぁ、そうだ。死んじまう前に一つ聞いておきたいんだが、どうやって、ここに入って来た?ここは

     閉ざされてたはずなんだが」

クオン「知るか・・・・・・」

黒ローブ「フーン。そうか、アトラの導きってヤツか。少し、

     思惑(おもわく)とは外れるが、まぁいいさ。さぁ、示して見せろよ。お前の実力を。偽物くん!」

 そして、再び部屋中に大量の魔方陣が出現した。

 クオンはとっさに、移動した。次の瞬間、魔方陣から魔方陣へと、レーザーが通っていった。

クオンはかわせていたが、それは全くの偶然だった。

黒ローブ『終わり、終わり、終われ・・・・・・、オメガ』

 と詠唱し、男は滅尽(めつじん)魔法、オメガを発動した。

そして、球体がクオンへと向かっていった。

クオンは机を蹴り、球体に当てた。すると、球体は机を一瞬で朽ちさせて、共に落ちていった。

 さらに、落ちた地点から、床がどんどんと朽ちていった。

 それは、広がり、浸食(しんしょく)し、ついに、床の半分近くが地下へと落ちていった。

 黒ローブは楽しげに宙を浮いており、一方のクオンは天井に

魔力で張り付いていた。

黒ローブ「へぇ、へぇ、いい状況判断じゃないか」

クオン「あの霧(きり)も、お前がやったのか?」

黒ローブ「霧?何の事だ?」

クオン「・・・・・・何でも無い・・・・・・」

黒ローブ「何だ?おしゃべりがしたいのか?まぁ、いいぞ。

     どうせ、この場は封じてある。俺を倒さない限り、

     外に出る事は出来はしない」

クオン「・・・・・・お前は本当にラース-ベルゼの人間なのか?」

黒ローブ「どうかな?違うんじゃないのかな?」

クオン「じゃあ、ニュクスか!」

黒ローブ「おいおい、真(ま)に受けてどうする」

クオン「・・・・・・」

黒ローブ「まぁ、いいさ。一つ、面白い話をしてやる。

     たとえばさぁ、お前が映画を作るとする」

クオン「映画?」

黒ローブ「たとえ話だ。聞けよ。それで、脚本ができたと

     してさ、キャスティングも決まって、さぁいざ

     撮影だという時、主演男優が死んじまったら、

     どうする?」

クオン「・・・・・・別の俳優(はいゆう)を探す」

黒ローブ「そういう事さ。クオン・ヤクト・アウルム。

     まさに、今のお前がそれなのさ。自覚してるか?

     いや、してないな。無知のままに自(みずか)らを主役だと

     勘違いしてるのさ、お前は」

クオン「俺は自分を主役だなんて思った事は無い」

黒ローブ「まぁ、いいさ。お前だろうが、誰だろうが、物語の

     結末は同じだ。世界は狂い、俺の時代が始まる。

     ハハッ、でもさぁ、見てみたくもあるのさ。お前が

     どれ程(ほど)までにあらがえるかを。なぁ、楽しませてくれよ。かかって     こいよ。悔(くや)しくないのか?自国の民を殺されて。今、この場は俺と     お前だけ。誰も助けに来れないし、誰も見ちゃいない。本音(ほんね)を見     せろよ。

     汚い部分をさ・・・・・・」

 次の瞬間、世界が黒く包(つつ)まれた。

クオン(幻覚?)

黒ローブ『そう、幻覚だ。だが、舐(な)めてると発狂するぜ』

 そして、声が消えていった。

 代わりに鐘の音が、何度も、何度も、響き、響き出した。

 白い白い、裸体の女性が幾人(いくにん)も体を重ねていた。

クオン(何だ?これは・・・・・・)

 女性達は揃って、首が無かった。しかし、その動きは艶(なま)めかしく、蠱惑(こわく)的(てき)であった。

 女性達は立ち上がり、クオンに近づいて来た。

 クオンは逃げようと思ったが、足が動かなかった。

『これは、呪いだぜ、クオン。女性達の怨念(おんねん)だ。ハハッ。

可哀想(かわいそう)になぁ、お前が相手してやんないから、こんな姿になっちまった。こいつらは、どう猛(もう)だぜ。気をつけな』

そして、声が消えていった。

 鐘の音は強くなり、女性達は自身の肌に爪をたて、苦しみながら、進んできた。

 血まみれになった女性達がクオンに迫った。

クオン(や、やばいぞ、これは・・・・・・)

 クオンは必死に体を動かそうとしたが、鉛のように動かなかった。

クオン(アアアアアアアア)

 声も出す事が出来ず、クオンは絶望した。

クオン(ヒイイイイイ)

 女性の手がクオンの頬に触れ、クオンは鳥肌がたった。

 しかも、よく見ると、女性達は、首の内側に歯が付いていた。

 そして、女性達はクオンに噛みついていった。それから、

クオンの体は喰われて、消えていった。

 しかし、次の瞬間にはクオンの体は再生していた。

 さらに、またクオンは喰われるも、また再生した。

クオン(何だよ、これ。何がしたいんだよ!)

『・・・・・・変だな?普通、そう簡単に再生しないんだが。ええい、もういいや。お前達は用済(ようず)みだ』

 そして、雷が降り、女性達は炭と化していった。


 気付けばクオンの意識は元の世界に戻っていた。

クオン「なぁ、何がしたかったんだ?」

黒ローブ「・・・・・・言うな。幻術はよく、失敗するものだ。覚えとくといい」

クオン「あの人達は何だったんだ?」

黒ローブ「俺の-使い魔さ。でもさ、元(もと)は、お前への恋に破れた

女達なんだぜ。もっとも、お前は会った事すら覚えてないだろうがな。そんな女達に快楽を教え、俺のモノにしてやったのさ」

クオン「・・・・・・本当なのか?」

黒ローブ「ああ。だが、自我が強すぎたからな。首は切っておいてやったのさ。そうする事で、晴れて、俺の

使い魔だ」

クオン「あの人達は死んでいるのか?」

黒ローブ「いや、意識不明だ。さっきのは霊体さ。生き霊(りょう)って

     ヤツさ。どうだ、勉強になったか?」

クオン「・・・・・・よく分からないが、あの人達の魂を解放して

もらう」

黒ローブ「無理だ。契約は成立している。あの女どもの魂は

     俺のモノさ。ハハッ」

クオン「解放しろと言ってるんだ」

黒ローブ「なら、力づくで、やってみな」

 次の瞬間、青い魔方陣が天井に出現した。クオンは魔方陣を避けて、天井を駆けた。魔方陣からは水柱が出現し、凍り付いていった。

クオンはなんとか、かわしていくも、徐々に追い詰(つ)められていき、とうとう、天井の角(かど)に着いてしまった。

 そして、角(すみ)にも魔方陣が現れた。

 次の瞬間、クオンは角(すみ)に出現した魔方陣を剣で突いた。すると、魔方陣はあっけなく、無力化された。

 空中魔方陣と違い、固体に定着した魔方陣を無効化するのは

難しかった。通常、剣を差して、魔方陣を破壊しても、魔法の発動までは無効化-出来ず、攻撃を喰らってしまうモノだった。

黒ローブ(あの、王剣ッ!)

 と男は思いつつも、自らの防御結界を強化した。

 すると、クオンは無謀(むぼう)にも男に突っ込んできた。

 王剣と防御結界がぶつかり、火花を散らした。

黒ローブ(カウンターのブレイズで仕留(しと)める。クオンッ、王剣が離れた段階      で、お前の負けだッ!)

 と男は防御しながら思った。

 次の瞬間、クオンは王剣を両手から片手に持ちかえ、もう片手で黒ローブの結界に触れた。そして、少し前にソウルがした

技をとっさに真似(まね)た。

クオン『奪わせてもらうぞッ!その魂、魂をッ!』

 次の瞬間、男の腹部から、いくつもの魂が出てきて、クオンの手におさまった。そして、クオンはその魂を空に放った。

黒ローブ「バッ」

 黒ローブは魂を追って、上に浮遊していったが、クオンの

放った斬撃により、吹き飛んでいった。

 クオンは一階の残った床に着地した。

 魂達は何処(いずこ)かへと消えていた。


 ・・・・・・・・・・

 魔導アルマに乗り脱出をはかるソウルは妙な感覚を覚えた。

ソウル「・・・・・・」

マナ「兄さん?」

ソウル「いや。何か、今、クオンを感じてな。あいつ、何かと

    戦ってる気がする」

マナ「そうですか・・・・・・」

ソウル「奇妙だな。今、あいつとリンクしていた気がする。

繋がっていた気がする。俺の力をアイツが使っていた

気がする。まぁ、いいさ。戯言(たわごと)だったか?」

マナ「いえ、不思議と私もそんな気がします。不思議と・・・・・・」


 ・・・・・・・・・・

黒ローブ「クオン・・・・・・、ッ、クオンッッッ!

     貴様は、貴様は絶対にやってはいけない事をした。

     ただで、済むと思うなッ」

クオン「ごたくはいい。かかって来いよ。この虐殺者(ぎゃくさつしゃ)の

ゲス野郎」

黒ローブ「ハッ、ハッハッハッハッハッ・・・・・・。死ね」

 次の瞬間、黒ローブの周囲に禍々(まがまが)しいマナが発生した。

 しかし、黒ローブが魔法を展開する前に、クオンは黒ローブに迫っていた。そして、クオンは確かに、黒ローブの胴を切断した。しかし、手応えは無く、クオンは距離を置いた。

 それから、強力な魔法が次々とクオンを襲った。今までの

攻撃と違い、本気でクオンを殺しに来ていた。

 一方、敵に大振りの攻撃が多くなった事により、クオンも

何度か反撃を加えていったのだが、やはり、手応(てごた)えが無かった。

クオン(何だ?まるで、霞(かすみ)を斬っているような・・・・・・)

 クオンは少し、焦(あせ)りを覚えた。

すると、黒ローブは巨大な二本の刃を出現させ両手に持った。

 そして、クオンへと迫った。

 次の瞬間、クオンの王剣と、男の刃がぶつかり合った。

 そして、魔力のぶつかり合いから、光が生まれ、辺り一帯を包(つつ)んでいった。そして、二人の脳裏にイメージと音声が浮かんだ。


[ハッハッハッ、どうだ?王様・・・・・・。愛する妹を寝取られる気分は?]


[お前達も滅びるんだよ、人間・・・・・・]


 そして、世界が切り替わった。


[貴様ッ!俺を・・・・・・俺を誰だと思っている!第一皇子だぞッ。

 チクショウ・・・・・・俺の、俺の腕がぁ・・・・・・]


[逃げるつもりかッ!そうやって、俺との戦いを避け、異世界に逃げるつもりかッ!本当にあの腰抜け親父と似てるな、お前はッ。いいぜ、なら、そっちの世界で見てるがいいさ。

 俺の支配するこの国が、強大になっていくサマを!そして、

いずれ、俺の国は、お前達を滅ぼす。必ず、必ずだ。覚えておけッ!]


 そして、光がおさまった。

黒ローブ「何だ・・・・・・、何なんだよッ!今のは!」

 と、頭を押さえながら叫んだ。

黒ローブ「うう・・・・・・うぐ。やっと、やっと、分かった気が

する。クオン・ヤクト・アウルム・・・・・・。

お前と俺は殺し合う運命(さだめ)なのだと。いずれ、この

ケリは必ずつける。必ずだッ!その時を楽しみにしておけッ!」

 そして、男は空中に闇を出現させ、その中に消えていった。

クオン「・・・・・・」

 そして、クオンは意識が薄れていくのを感じた。クオンは夢見る事が無い程の深い眠りについた。



 ・・・・・・・・・・

 彼は草原を、荒野を、海原(うなばら)を、砂漠を、湖を、仲間達と共に、

進んで行った。彼等は無名であった。しかし、彼等の行くところには笑顔があふれ、人々はいつしか、よそ者であるはずの

彼等を、まるで旧知のように、受け入れた。

 そして、彼等が去る時、必ず、両者は涙した。

 いつしか、人々は彼等の事を、こう呼んだ。

『無名(むめい)の英雄達』、『名も無き勇者達』と。


 ウィルは目を覚ました。見れば、草原など何処にも無く、

下水道に救出した市民達が座り込んでいた。

ウィル「・・・・・・」

トゥス「隊長、よく寝れますねぇ。この状況下で」

ウィル「夢を見てた。・・・・・・草原をさ、地鳥(チドリ)に乗ってさ、

ヒューッて、進んでくんだよ。色んな種族が居てさ。妙に懐かしかったなぁ」

 とのウィルの言葉に、トゥスとアールは顔を見合わせた。

トゥス「隊長・・・・・・・疲れてるんですよ。ええ」

アール「隊長、諦めないで下さい。大丈夫、きっと上手く抜け出せますよ」

ウィル「お前等・・・・・・なんか可哀相な人を見る目で見てないか?まぁいいや。まぁ、そろそろ行くか?」

アール「何分(なんふん)、寝てたか分かるんですか?」

 ウィルは時計を確認してなかった。

ウィル「15分強だろ?そんくらい分かるって」

トゥス「すごいんだか、駄目なんだか・・・・・・」

 しかし、確かに、その数字は合っていた。

トゥス「でも、よく考えたら戦闘許可も出てないのに、ウチラ戦って良かったんですかねぇ。今更ですけど」

アール「確かに今更だな」

ウィル「問題ないさ。正当防衛の範疇だ。敵が銃を使ってきている以上、過剰防衛にも該当しない。敵より強い武器で反撃した場合が過剰防衛だからな。

さらに緊急避難という法律があり、それは周囲で危険にさらされている人を守る際に適用される。つまり、民間人を守って戦うのは法的には問題ないんだ。本当は。

ただ、色々とそれ以外の慣習的な規則が俺達を縛っていただけだ。ヤクト軍、名ばかりの軍隊、虚しい限りだ。

それでも俺達は戦わねばならない。

仮に逮捕されたって構わないじゃないか。

民の命を救う代償に自分が捕まるだけで済むなら本望じゃないか」

トゥス「ですね」

 と、トゥスとアールは確かに頷いた。


 そして、少し後、ウィル達は再び、進んで行った。


 ・・・・・・・・・・

ソウルとマナは公園を魔導アルマで進んでいた。

 辺りは、煙と炎が残っており、ソウル達以外、誰も居なかった。

ソウル「やれやれ、大回り、しちまったな」

マナ「仕方ありませんよ。突破できそうなのが、やはり、

   公園側しかありませんでしたから」

ソウル「まぁ、急がば回れ、って言うんだっけか?ヤクトでは?」

マナ「ですね」

ソウル「しかし、とんだ、観光旅行になっちまったなぁ、全く」

マナ「全くです。兄さんとの思い出の旅だったと言うのに」

ソウル「はぁ、まぁいいや。あーあ、ホシカゲ達への土産、

    買い直さないとなぁ」

マナ「あんな物、また買い直せばいいです。せっかくの兄さん

   との時間が・・・・・・」

ソウル「分かった、分かった。後で、埋め合わせしてやるから、

    それで我慢しろ」

マナ「兄さん・・・・・・。なら、楽しみにしてますね」

ソウル「分かった、分かった。はぁ、お前、血の臭いで興奮

    してるだろ?」

マナ「少し、お腹がキュンて・・・・・・してるくらいです・・・・・・」

ソウル「全く、困った義理の妹だよ、本当」

マナ「兄さん、兄さん、兄さん、私を、私を、私を-愛と憎しみで埋めて・・・・・・。血   の繋がりが無い私達。血が、血が私を狂わせる。狂わせるの。私の背には翼   が生えている。兄さんを追うために、

   何処(どこ)までも追うための翼が・・・・・・。愛して、愛して、

   愛して、兄さん、私を愛して。それか、私を殺して。

   ねぇ、兄さん、お願い。私を・・・・・・」

 そして、マナはソウルに抱きついた。

ソウル「俺はお前を殺さないよ。殺さない。愛してるよ、マナ」

 と、ソウルは悲しげに言った。

マナ「兄さん・・・・・・」

 そう言って、マナはソウルを深く抱きしめ、兄のぬくもりを

愛おしく感じた。


 ・・・・・・・・・・

 ウィル達は相変わらず下水道を進んでいた。

トゥス『エデンの地下は迷宮って言われてるけど、まさに、そうだな』

アール『そのおかげで、こうして見つからずに済んでるんだからヨシとしようぜ』

少年「臭いッ・・・・・・」

トゥス『我慢だ。ガキんちょ。結界で靴(くつ)が濡(ぬ)れないだけ感謝しな。それと、あんま、声-出すなよ』

 と、トゥスは念話で伝えた。

少年「うん・・・・・・」

少女「何か、聞こえるよ・・・・・・」

と、少女は突然、ウィルに伝えた。

ウィル『止まれ、静かに・・・・・・』

 とのウィルの念話に一同は立ち止まった。

 すると、誰も動いてないにも関わらず、かすかに足音が聞こえた。


ウィル(気付かなかった・・・・・・。この子、大きくなったら、

    優秀な能力者になるかもな・・・・・・。って、何、考えてんだ俺は。ともかく、今は)

ウィル【見てくる。皆を頼む】

 と、ウィルは手話で示した。軍隊では簡単な手信号での合図は習うものの、手話までは習わない。ウィル達は、隊員に難聴の者が居るため、手話をマスターしていた。

アール+トゥス【了解】

 と、返事した。

ウィルは腰をかがめながら、音も無く、分岐路に出るギリギリまで進んだ。

ウィル(さて、確かに、少し離れた所から、水の跳(は)ねる音がする。誰かが近づく音がする。向こうの歩調に変化は無い。だが、あえて、気付いてないフリをしてるのかも。

    この感じでは一人に聞こえるが、もしかしたら、そいつの後ろでは無音の能力者が、ひそんでいるのかも)

 と、すぐに思考した。

 ウィルはすぐに、ハンド・シグナル(手信号)で、

『一人、右方向に、居る』、旨(むね)を伝えた。

ウィル(ともかく、こっちに来る前に確認を取らないと)

 そして、ウィルは意を決し、携帯電話のカメラ部分だけ、

通路から、そっと出した。敵に気付かれる可能性はあったが、

顔を出すよりはマシだった。

 その携帯は動画モードにしてあり、ウィルは敵が一人である

事を確認した。

ウィル(って言うか、この男の人・・・・・・)

男「・・・・・・待て、私は敵では無い」

 と男が告げた。

ウィル「やっぱり、ヨルンさん?」

 と、ウィルは体を出し、言った。

トゥス『隊長?』

ウィル『ああ、心配ない。この人は俺の知り合いだ。ヨルンさん、っていう、この近く一帯のホームレスの親玉だ』

アール『もしかして、眼が見えないっていう?』

ウィル『ああ、ともかく、そっちへ連れて行く』

 そして、ウィルはヨルンを連れてきた。

ヨルン「ヨルンだ。眼は不自由ではあるが、心眼(しんがん)を得ている。

    ただ、突然、話しかける時には、肩を叩いてくれると

    助かる。もしくは名前を呼んでもらうか・・・・・・。

    誰が話しかけているか、分からん時があるからな」

ウィル「ヨルンさん、でも、よくぞ、ご無事で」

ヨーツ「まぁな。地下は私の管轄(かんかつ)だ。ここをしっかり-してないと妙な連中がはびこるからな」

アール「ヨルンさん、あっあの、ここらの地形には、お詳しいんですか?」

ヨーツ「まぁな、頭の中に、ほぼ全ての道が頭に入っている」

トゥス「すげー」

ヨルン「元々、ここら一帯(いったい)の設計に関わってきた身だからな。

    今も無償で業者に協力したりしている。さらに、この

    地下には自然と微量の魔石が生まれる。故(ゆえ)に、我等、

    家無き者としては、いい収入源となり得るのだよ。

    まぁ、法的にはあまり、褒(ほ)められた事ではないが。

    ともかく、自然と詳(くわ)しくもなるさ」

ウィル「ハハ、俺も前にやらされましたよね」

トゥス「え、隊長、ホームレスしてたんですか?」

ウィル「まぁな。ともかく、ヨルンさん。何処(どこ)か、落ち着ける

    ところ、ありませんか?民間人や子供達も居るんで。すこし、休憩(きゅうけい)させてやりたいんです」

ヨルン「分かった。案内しよう。付いてきてくれ」

 そして、ヨルンは黙って進んで行った。


 ウィルは歩きながら、念話でヨルンに状況を、かいつまんで伝えた。ヨルンは意味ありげに頷(うなず)きながら、それを聞いた。

それから、ウィル達は広間のような所に着いて休んだ。

すると、少年と少女がヨルンに近づいて、お礼を言った。

少年「案内して下さって、ありがとうございます」

少女「ありがとーございます」

ヨルン「いや、いいんだよ・・・・・・。オオ、しかし、そうか、

    この子か、この子供達か・・・・・・」

ウィル「ヨルンさん?」

ヨルン「ウィルよ・・・・・・、この子達は命にかえても守らねば、

    いかんぞ」

ウィル「え?まぁ、元よりそのつもりですが」


ヨルン「今なら分かる。私はこの子達を安全な場に送り届けるために、ここに来たのだと。もちろん、ウィル、

お前達や他の民間人の方を案内-出来る事は、誇りだ。

しかしだ、ウィルよ、この子達は、大きな大きな運命の鍵を握っている。

この子達を無事に送り届ける事が出来た時、風が吹くだろう。大きな風が・・・・・・。

    その風は南より北へと進み、この国を導くだろう。

    その時、皇子(おうじ)の名の下に、ヤクトの旗がなびくのだ」

ウィル「ヨルンさん・・・・・・貴方(あなた)は、神託(しんたく)を得たんですか?」

ヨルン「ああ・・・・・・。しかし、急がねばな。魔の手が徐々に

    忍び寄ってきている。異界の悪魔達が、かぎつけて

    きている。光を消そうと、ヤクトの火を絶やそうと」

 と言って、ヨルンは重苦しく、黙った。

 それから、ウィル達は再び、歩み出した。


・・・・・・・・・・

 クオンの親衛隊である、アグリオ、リグナ、ファスの三人

は無事にホテルから脱出していた。そして、彼等は秘密の通路を使い、貴族院の地下まで来ていた。

ファス「でも、本当に、こっちにクオンが居るの?」

 と、銀髪の男、ファスは言った。

アグリオ「ええ、さっき、数分、魔導ジャマーが解けた時に

     クオンに仕掛けた発信器からの信号を得ました」

 と眼鏡の男、アグリオは答えた。

ファス「いや、そりゃ、さっきも聞いたけどさ」

リグナ「なんだっていいさ、ともかく、行くぞ。お前等」

 と、体格のしっかりした男、リグナは言った。

 それに対し、二人は頷(うなず)き、貴族院の地下3階への扉を開いた。


 貴族院の地下一階は凄惨(せいさん)な状況だった。

リグナ『妙だ。敵がいねぇ』 

アグリオ『ですね、クオンも見当(みあ)たりません』

ファス『それにしても、何だよこれ。死体だらけにも程(ほど)があるだろ・・・・・・』

 と、念話で会話し合った。

ファス『っていうか、これ、クオン、やばいんじゃ』

リグナ『ファス、不吉な事、言うんじゃねぇ』

ファス『ごめん』

アグリオ『ともかく、探しましょう。死体の中は後回しで』

 そして、三人は一階に横たわるクオンを見つけた。

リグナ「クオンッ、おい、クオンッ!しっかりしろ!おい!」

クオン「う・・・・・・」

アグリオ「息があります。特に目立った外傷もありません」

 と言いつつ、アグリオは回復魔法-トリートをクオンに

かけた。

ファス「クオン、目を覚まして」

クオン「・・・・・・お前等?」

リグナ「クオン、無事か、おい、おい」

 と、リグナはクオンの体を揺(ゆ)さぶり言った。

クオン「あ、ああ。お前等こそ、よく無事で・・・・・・」

アグリオ「しかし、どうやって貴族院に?緊急用-通路を使った

     形跡はありませんでしたけど」

クオン「緊急用-通路?そんなの、あんのか?」

ファス「って、サムさん-から、聞いてないわけ?」

クオン「うーん、無いなぁ」

アグリオ「妙(みょう)ですねぇ。あのサムさん-が、そんなミスするとは

     思えませんし」

クオン「なぁ・・・・・・サムは無事なのか?」

アグリオ「分かりません。サムさん-が、そう簡単に-やられる

     とは思えませんが」

ファス「今は-クオンが無事だった事の方が重要だよ。どうせ、

    サムさん-は無事だろうし」

クオン「それも-そうだな。あのサムが誰かに-やられるなんて、

    想像が-つかないしな」

リグナ「ともかく、クオン。お前が無事でよかったぜ、本当。

一時はどうなる事かと・・・・・・」

クオン「心配かけて-ごめん。ところで、話を戻すと、その通路を使って、逃げ遅れてる一般人を助けられないのか?」

アグリオ「無理ですね。そもそも、緊急用-通路は主要施設に

     のみ存在するモノです。しかも、認証を受けた者

以外が入ると遮断(しゃだん)されます」

クオン「そっか・・・・・・。ラース-ベルゼに利用される危険は?」

アグリオ「まず、有りません。この通路は一方通行に近く、

     一度中に入ると、その出入り口は閉ざされます。

     敵に、この通路に入る所を見られても、問題ありません。もちろん、外側から破るのは至難の技です」

リグナ「もちろん、通路を知ってるヤツを脅して、中に入る事

は可能かもしれないが、そしたら、警報音が鳴る上、

アグリオが言った通り、壁が下りて、遮断される。

少なくとも、俺達が来た時、警報音は鳴って-なかった

ぜ」

ファス「まず、安心していいんじゃ無いかな?」

クオン「そっか、じゃあ、急ごう。この貴族院は閉ざされてる

    みたいだけど、いつ結界が破られるか分からない」

アグリオ「了解。通路に急ぎましょう」

 そして、4人は通路へと向かって行った。


 4人は無事に通路まで辿(たど)り着いた。

そこで、クオンは事の顛末(てんまつ)を語った。

リグナ「なる程・・・・・・、そんな事が」

クオン「ともかく、これから、どうしたモノか」

アグリオ「脱出しましょう。これ以上、首都に残っても仕方ありません」

クオン「だな・・・・・・」

 すると、足音が聞こえてきた。

リグナ『近いぞ・・・・・・』

ファス『僕が見てくる。万一の時は先に逃げて』

 そして、ファスが偵察に行った。

 しばらくすると、ファスはメガネの男を連れ、戻ってきた。

クオン「貴方は、ベン・クライン枢密院-顧問官」

クライン「こ、これはクオン皇子殿下。よくぞ、ご無事で。

     インペリアル・ガードの諸君も」

と、クラインは憔悴(しょうすい)しきった声で言った。

ファス「クラインさんは、クリスタルの塔から逃げてきたんだってさ」

アグリオ「話を、お聞かせ願いませんか?」

クライン「あっああ、いや、私もワケが分からないんだ。突然、

     エルダー・ゼノン国家副主席と従者達が攻撃して

     きて・・・・・・。ああああああ・・・・・・」

アグリオ「落ち着いて下さい。クライン顧問官。貴方以外の

     枢密院のメンバーは?何より、ケルサス国王陛下は

     どうなされたのですか?」

クライン「う・・・・・・・うう。恐らく、私以外、全滅だ・・・・・・。

     ケ・・・・・・ケルサス国王陛下も・・・・・・ううううう。

     他の入り口から誰も入って来てないんだ。そうと

     思うしか無いだろう!」

 とクラインは叫んだ。

アグリオ「落ち着いて下さい、クライン顧問官。ここは安全とは言え、あまり大声を出すのは得策ではないと、

思われます」

クライン「あ、ああ。すまなかった・・・・・・」

リグナ「嘘だろ・・・・・・まさか、ケルサス国王まで・・・・・・」

クライン「・・・・・・私は通路に逃げ込んだ後、急いで扉を閉め、

     しばらくして迎撃システムを起動した。入る前、

視界の端では何人か死んでいた。他にどうしようもなかった。あと、数秒遅れていたら、私も死んでいただろう・・・・・・」

アグリオ「最後に見たケルサス国王陛下の状況は?」

クライン「分からない。ただ・・・・・・ただ、戦っておられたとしか。うう、すまない。私は国王陛下を置き去りにし、一人、逃げ出してしまった。すまない・・・・・・」

クオン「いえ、クラインさんのせいじゃ、ありません。全ては

    ラース-ベルゼが悪いんです。それに、真っ先に逃げない親父も悪いんで     す。それに、俺には、あの親父が

    死んだとは、とても思えません」

クライン「クオン皇子殿下・・・・・・」

クオン「クラインさん、俺はこれから、クリスタルの塔へ向かうつもりです。今、決めました」

アグリオ「クオン?」

クライン「で、ですが、危険すぎます。塔は閉ざしておきましたが、ラース-ベルゼの人間が残ってるでしょうし、

     何より、迎撃システムが作動してしまっています。

     あの装置は敵味方、関係なく、襲ってきます」

クオン「それでも、行かなきゃいけないんです。クリスタルを

    封印しないと。ラース-ベルゼに利用されるわけには

    いきませんから」

クライン「確かに・・・・・・確かに、皇子殿下のおっしゃられる通りです。今の状況下でクリスタルの封印は第一に成されるべき事。そして、それが出来るのは、

ケルサス国王不明の今、皇子殿下、貴方様だけです。

クオン皇子殿下、そして、インペリアル・ガードの諸君、是非、私も協力させて下さい。迎撃システムの配置は全て、この頭に入っています。

どうか・・・・・・」

リグナ「ですが、クライン顧問官の能力値は、こう言っては

     なんですが、それ程、高く無いのでは?」

クライン「確かに・・・・・・、そう、その通りだ。ああ、認めよう。

     だから、真っ先に逃げ出した。だから、生き残って

     しまった。どうか、私に贖罪(しょくざい)の機会を与えて頂きたい。どう     か・・・・・・」

 と言って、クラインは頭を深々と下げた。

クオン「顔を上げてください。クラインさん。リグナ、迎撃

    システムの配置を知ってるのは、クラインさんだけだ。

    協力してもらおう。いいよな?」

リグナ「・・・・・・だが、また逃げ出すかもしれんぞ・・・・・・」

クライン「リグナ君、君の言う事は、もっともだ。だが、

     どうか、信じて欲しい。私はもう逃げない。決して

     逃げはしない、使命を果たすまで。どうか、信じて欲しい。どう        か・・・・・・」

クオン「俺はクラインさんを信じます。リグナ、頼むよ」

リグナ「分かったよ。これじゃ、俺が悪者みたいだしな」

アグリオ「まぁまぁ」

クオン「じゃあ、クラインさん。一緒にクリスタルの塔へ行きましょう」

 と言って、クオンは手を差し出した。

クライン「はい、はい・・・・・・」

 と、クラインは涙声になりながら、クオンの手を両手で握り、

頭を下げた。

リグナ「さて、いっちょ、やりますか」

 と言って、リグナはニヤリとした。

 そして、クオン達は通路を使い、クリスタルの塔へと向かった。


 ・・・・・・・・・・

 ソウル達は魔導アルマから、機銃を放っていた。

 周囲にはラース兵が群がってきており、彼等は次々と機銃の

餌食と化した。

 さらに、主砲が発射され、ラース兵は吹き飛んだ。

ソウル『クソッ、煙で見えねぇ、マナ、敵は?』

マナ『3時方向、20メートル先、敵3名です』

ソウル『よし』

 そして、ソウルは斜め右に対し、機銃を撃ちまくった。


 その状況を本部のレベル7能力者、レヴィアは把握(はあく)した。

レヴィア『バーサレオス中佐、我が軍の魔導アルマが敵に

     鹵獲(ろかく)、使用されている模様(もよう)です』

バレオス『ツヴァイを出せ。魔導アルマの技術をヤクトに

     取られるわけにはいかん』

レヴィア『了解。彼が到着するまで、足止めするよう、周囲の

     部隊に通達してもよろしいですか?』

バレオス『許可する。魔導アルマは最悪、破壊しても構わん』

レヴィア『了解』

 そして、レヴィアはツヴァイへと命令を伝えた。


 ・・・・・・・・・・

 一方、ウィル達は下水道を進み、広間のような所に出た。

ヨルン「ここは作業員の為(ため)の休憩所(きゅうけいじょ)だ。ここまで複雑になる    と、一々(いちいち)、地上に戻るわけにもいかん」

トゥス「しっかし、何で、こんなに下水道、複雑にしたんですかね?」

ヨルン「・・・・・・ケルサス国王の指示だと言う。いや、それより、

    昔から、ひそかに、この立体水路は作られてきた。

    何の為(ため)かは分からん。しかし、この水路、一度(ひとたび)、マナを流せば巨大な魔導器となるであろうな」

ウィル「巨大な魔導器・・・・・・」

 そして、ウィル達と民間人達は再び休憩した。

ヨルン「しかし、偉大なるかな、王の末裔(まつえい)は・・・・・・」

ウィル「ええ、クオン皇子殿下は噂(うわさ)-以上のお方(かた)でした」

ヨルン「まさしく・・・・・・・」

トゥス「ヨルンさん、あのー、少しいいですか?」

ヨルン「何かね?」

トゥス「皇子様の話もいいんですけど、ウチの隊長とは

どういう、お知り合いなんですか?」

ヨルン「それか。私が話していい事なのか・・・・・・?」

ウィル「ハハ、昔、軍を脱走した事があってさ。その時、俺は

    一ヶ月間、逃げおおせたんだけど、それが出来たのも

    ヨルンさんの-おかげなのさ」

トゥス「ゲッ、軍の情報網から一ヶ月も逃げられたんですか?

    俺なんか脱走して、一日で捕まりましたよ」

アール「俺は半日・・・・・・駅で捕まりました」

ウィル「・・・・・・ウチの中隊が、駄目-中隊って言われる理由が、

    我ながら分かった気がしたよ・・・・・・」

ヨルン「そう自らをさげすむな、ウィルよ。そういう-お前達

    だからこそ出来る事もある。私には見えるよ。巨大な

    飛翔(ひしょう)艇(てい)-空母を駆る、お前達の姿が。人は、その時、

    お前達の事を『空の神兵(しんぺい)』と呼ぶだろう・・・・・・。

    私はその時を楽しみにしているのだよ」

ウィル「ハハ、だといいんですけどねぇ。夢があって」

トゥス「いや、俺は信じますよ。夢、いいじゃないですか。

俺のジョブ(戦闘職種)はギャンブラーですしね」

アール「FX(通貨取引)で100万、損したくせに」

トゥス「・・・・・・・ッッッッ。だって、リラ安になると思ったん

だよ。仕方なくね?くぅ、ラース-ベルゼめ・・・・・・。

    ああ、ギル-リラ間の取引にしときゃよかった。

    っていうか、今頃、為替は大変な事になってんだろうなぁ。また破産者が出るぜ。まぁ、生きてるだけマシ

    だよな・・・・・・」

ウィル「まぁなぁ。しかし、あれだけ、FXは止めとけと言ってあったのに、お前    という奴は・・・・・・。普通の株なら負けても元金が無くなるくらいだ。もし    くは、元金の数倍くらいの負けで済む。だけど、FXは元金の数十倍、賭    けられるから負けたらシャレにならんわけで」

トゥス「うう、耳が痛い、ついついレバリッジ(元金の何倍、賭けるか)限界ま     で、賭けちまって・・・・・・」

ウィル「それに、FXは一日中、それにかかりっきりになるからなぁ。最近のお     前、ひどかったぞ。ずっと、携帯で、相場をチェックしてて」

トゥス「うう・・・・・・」

アール「トゥス、お前、ギャンブラー、辞めたらどうだ?」

トゥス「俺からカードを取ったら何が残るってんだよ・・・・・・」

少年「プッ、アハハ・・・・・・」

少女「クスクス・・・・・・」

 と兄妹達は口に手を当て笑った。

ウィル「お前等、ナイスだ」

 とウィルは、兄妹を笑わせたトゥスとアールをほめた。

 そして、ウィルは兄妹に話しかけた。

ウィル「さて、二人とも大丈夫かな?どこか痛いところは無い

    かな?お腹すいてたら、お菓子あるけど、いるかい?」

少年「大丈夫、足は少し痛いけど」

少女「私も、足は痛いけど、へーき」

ウィル「そうか、じゃあ、ストレッチしてみようか。こうして」

 と言って、ウィルは手本を見せた。兄妹達も、それを真似(まね)しだした。

ウィル「それと、関節部分を指で押すといいぞ。こんな風に、

    足首とか膝の周辺を」

 ウィルの仕草を見て、子供達は素直に試してみた。

少年「・・・・・・いたい」

ウィル「痛いところこそ、ちゃんと押すんだ。そうすると、

押してる時は痛いけど、元の痛みが取れてるから」

 とのウィルと子供達のやり取りをトゥス達はノホホンと見てた。

トゥス『しっかし、どうなっちまうのかねぇ。マロン、心配

    してるかな?』

アール『かもな。ただ、結果的に今回、あいつ連れてこなくて

正解だったな。あいつの能力は今回の任務に合ってな

い』

トゥス『だな。まぁ、居ないと寂しくもあるけどな』

アール『そうだな。兄弟同然に育ってきたもんな、俺達三人は』

トゥス『ともかく、早く帰って、あいつのキノコ・シチューを食わねぇとな』

アール『そうだなぁ』

トゥス『まぁ一度、毒キノコで死にかけたけどな』

アール『あったなぁ、そんな事。でも、あれは、お前が

    金無いからキノコを自分で採(と)って来て自分のに

    だけ入れたんだろう?で、病院送りと』

トゥス『・・・・・・なんか自業自得みたいじゃないか』

アール『・・・・・・まぁ、今は市販のキノコを使ってるからな』

トゥス『あっ、あたり前だ。外に生えてるキノコは絶対に、

    絶対に食わねぇと心に誓ってんだ。たとえ、キノコ

    博士が採ったヤツでもな』

アール『何だよ?キノコ博士って?』

トゥス『知らねぇのか?アニメのキャラで・・・・・・』

 と、トゥスとアールは念話でワイワイしゃべっていた。

 その様子をヨルンはジッと見ていた。

ヨルン(不思議な若者達だ。本来、絶望的な状況であるはずなのに、不思議と明るい気分となれる。だが、それが

    あの子供達には、いいのやもしれん。

    変に気を使ったり、重苦しい空気を出せば、あの子達

    に心の傷を思い出させてしまう事となるだろう。

    ヤクトの未来は明るいな。このような若者達が居るの

    なら・・・・・・)

 とヨルンはシミジミと思い、一人うなずいた。

ウィル「ほーら、花、花」

 と、ウィルは手品で出した花を子供達に見せた。

少女「すごーい」

少年「スゲー」

ウィル「どうぞ、お嬢(じょう)様(さま)、それに、お坊(ぼっ)ちゃま」

 と言って、ウィルは花をそれぞれ一輪ずつ兄妹に渡した。

少女「ありがとー」

少年「ありがとう」

ウィル「いやいや、どういたしまして。いやぁー、しかし、

    いいなぁ。子供って。素直に喜んでくれて」

トゥス(隊長、合コンの時に手品で、すべった事、まだ気にしてんな・・・・・・)


 すると、ヨルンが咳払いをした。

ヨルン「少し、いいかな?」

ウィル「っと、ごめん。二人とも。大事な話があるから」

 とのウィルの言葉に兄妹は素直にうなずいた。

ウィル「ヨルンさん。そろそろ、進みますか?」

ヨルン「その方がいいだろう。何かが近づいて来ている。

    もっとも、明確にでは無く、フラフラとだがな」

ウィル「ラース-ベルゼ兵でしょうか?」

ヨルン「分からん。先程も言ったが、私の仲間が一人、この先

    で待機している。とりあえず、そこまで急ぐ事と

しよう」

ウィル「はい」

 そして、ウィルは皆に出発を告げた。


 ・・・・・・・・・・

 ソウル達は魔導アルマから脱出して、戦っていた。

 後方では大破した魔導アルマが爆発した。

 ソウルは敵の大剣を奪い、次々と、斬っていった。

 ソウルが敵を斬る度、敵の魔力がソウルの周囲に集まり、

一定量が集まると、固有魔法『オーブ』が発動した。衝撃波が

周囲に巻き起こり、敵を吹き飛ばしていった。

ソウル(ああ、ああ、ああ。ハハッ。俺もマナの事を言えねぇなッ!奴らの血と肉と霊体が、俺を高める。さぁ、

さぁ、さぁ、俺にもっと、喰(く)わせろッ!俺は黒の獣。

    獣にして狩人。狩らせろッ!貴様等の魂、魂をッ!)

 と心の内に叫び、ソウルは獣のように、敵を裂いていった。

 次の瞬間、大量の魔弾が上空から降り注いだ。

 マナの発動した防御結界が展開し、魔弾を防(ふせ)いだ。

 しかし、周囲に居たラース兵達は魔弾をモロに喰らい、散っていった。

 ビルの上には日傘の男、ツヴァイが立っていた。

ツヴァイ[ヒッハッハッ。ツヴァイ様のお出ましだぁ、こらッ]

 そして、新たな魔弾が放たれていった。

 ソウルは、それを次々と避け、ビルの壁面を駆けた。

 ソウルを後方から魔弾が追尾していった。

 さらに、ツヴァイは新たな魔弾を放っていった。

マナ『リフレクトッ!』

 と、マナは功性結界をソウルに張った。

 次の瞬間、リフレクトに触れた魔弾が爆発していった。

 リフレクトの破片が次々と魔弾に突き刺さり、魔弾は無効化していった。

ソウル『オオオオオオオオッ』

 ソウルは大剣をツヴァイ向けて振り下ろした。

 ツヴァイはそれを軽やかに避け、距離を取ろうとした。

ソウル『逃がすかッ!』

 そして、ソウルはツヴァイを追った。

 ビルから落ちて行くツヴァイをソウルは追撃した。

ツヴァイ『バーカ』

 次の瞬間、予(あらかじ)め周囲に伏せていた魔弾が、全方位から

ソウルを襲(おそ)った。

 ソウルは、なすすべも無く、魔弾を受けた。

マナ『兄さんッ!よくもッ!』

 マナは拷問(ごうもん)器具(きぐ)をツヴァイの周囲に召喚した。

ツヴァイ『おせぇんだよッ!』

 と念話で叫びながら、ツヴァイは魔力を全方位に放ち、

拷問器具を破壊していった。

ソウル『ぐ・・・・・・』

 ソウルは何とか立つのが精一杯だった。

ツヴァイ『死ね』

 次の瞬間、ツヴァイは魔弾をソウル目がけて放った。

 しかし、マナがソウルをかばい、魔弾を受けた。

 ソウルは魔力を絞り出し、ツヴァイに向かって放った。

 ツヴァイが結界を張り、それを防(ふせ)ぎきった頃には、ソウル達の姿は消えていた。

ツヴァイ『逃げられるワケがねぇだろうがッ!そんだけ、魔力が乱れてて         よぉッ!』

 そして、ツヴァイはソウル達の魔力を探索し出した。


 ソウルはマナを背負いながら駆けていた。

マナ『兄さん・・・・・・私を置いて、逃げて・・・・・・』

ソウル『出来るか。家族を見捨てるなんて』

マナ『・・・・・・。バカ・・・・・・』

 すると、ツヴァイの魔弾が迫った。

ソウル『クソがぁッ』

 ソウルは片手で大剣を振り、魔弾を切り裂いていった。

ツヴァイ[よぅ]

 すると、背後から、突如(とつじょ)、ツヴァイが現れ、ソウルを蹴った。

 そして、ツヴァイはマナの頭に銃を突きつけた。

ソウル[やめろッ!マナに、妹に、手をだすなッ!]

ツヴァイ[おっと、ラース語、使えんのかよ。いや、そりゃ

     そうか。ウチの魔導アルマ使えるんだもんな。

     まぁ、安心しな、殺しゃしないさ。聞かなきゃ

     いけない事がありすぎる。お前達が何者か。

     何故、魔導アルマを使えるか、とかよぅッ!]

ソウル[・・・・・・俺達は]

ツヴァイ[おっと、それは尋問官(じんもんかん)の仕事さ。まぁ、脳みそ、

     能力で覗かれて狂っちまうんだろうなぁ。ハッハッ

     可哀想(かわいそう)になぁ。可哀想(かわいそう)に。だからよぅ。その前に、この綺麗(きれい)な嬢(じょう)ちゃんに喜びを刻(きざ)んでやるよッ!]

 と言って、ツヴァイはマナの上着を切り裂いた。

 マナは気丈(きじょう)にもツヴァイをにらんだ。

ツヴァイ[おっと、いいねぇ。泣き叫ばれても、面倒だしなぁッ!]

 そして、ツヴァイはマナの下着をはぎ取った。

ソウル[てめぇ・・・・・・]

ツヴァイ[ハッハッハッ!嬢ちゃん!新世界を見せてやんよ!

     新世界をォォォォッ!]

マナ(・・・・・・変態・・・・・・)

ツヴァイ[フゥオオオオオオオゥッ!乗ってきたぜェェェイ!]

ソウル[この変態め・・・・・・]

ツヴァイ[ちがーーーーーーーうッ!俺は変態じゃぁないぃぃ!狂ってなど、いなぁぁぁぁい!全ては戦争が

     悪い。戦争が悪い、戦争が悪い、戦争が悪い!]

 と、叫びながら、腰をくねらせた。

 さらに、自らの衣服を片手で破いていった。

ツヴァイ[オッシャァァァァァッ!ん?何だ?その目・・・・・・。

     違う、違うぞ。俺は日常では紳士だ。まこと、紳士だ。騎士と言ってもいい。紳士だッ!まこと、紳士

     なんだよォォォォゥゥッッッッ!そう、この非日常が俺を狂わせる。狂わせるゥゥゥゥゥゥッ!]

 とツヴァイは、裸に近い格好で叫びだした。

ツヴァイ[大体(だいたい)、穴があったら、入れたくなるのが男だろうがァァァァァッ!俺は本能に忠実、忠実なのだァァァァッッッッッ!本能、サイコーーーーーッ!本能、

     サイコーーーーーーッッッッ!]

ソウル(俺は、こんなヤツにやられたのか・・・・・・)

ツヴァイ[あーな!あーな!あーな!あーな!あーな!さぁ、段々と近づいてまいりましたぁ!]

 と、ツヴァイは腰をマナに近づけて叫んだ。

マナ(・・・・・・最悪・・・・・・)

ツヴァイ[ツヴァイ、行っきまーーーーす!]

 次の瞬間、ツヴァイに雷が落ちた。

ツヴァイ[ゴ・・・・・・]

 さらに、何度も雷が降り注いだ。

マナ(嘘、私には何のダメージも無い。攻撃の選択性?)

 すると、黒い鎧(よろい)をまとった銀の髪-美しい女性が現れた。

ソウル「あんたは・・・・・・」

ツヴァイ[あっああああああッ!てめぇ、シャイン。

     シャイン、じゃあねぇか。おい、俺は味方だ。

     ふざけんな。おいっ!ああ、もしかして、ラース語

     わかんねぇのか?おいっ!]

 次の瞬間、シャインはツヴァイの眼前に迫っており、ツヴァイの両腕と両足の神経を切断した。

シャイン[オマケだ]

 と言って、シャインはツヴァイの性器を切断した。

 さらに、ツヴァイの性器にファイアをかけた。

 そして、ツヴァイのソレは燃えだした。

ツヴァイ[お、オイイイイイイイイッ!ふざけんなっ!俺の

     キノコが無いッ。無いッ。違(ちが)ーーーーーーーウッ!

     焼きキノコになってるゥゥゥゥッ!]

 と、悲鳴をあげた。

ツヴァイ[ちっくしょーーーーーーッ!]

 そして、ツヴァイは腹で-焼えるアレを押さえつけて、消火

しようとした。

ツヴァイ[アッチーーーーー!アッチ、アッチ、アッツぅ!]

 と、転がりながらも、何とか火を消すも、すでにソレは炭化

していた。

ツヴァイ[テメェェェェェッ]

 ツヴァイは空中に銃を召喚しようとした。

 次の瞬間、シャインの召喚したオーファンがツヴァイの上に

降ってきて、ツヴァイを踏(ふ)みつぶした。

オーファン『む、汚らわしいモノを踏んでしまったな』

 と、オーファンは気絶するツヴァイから足をどけながら

言った。

ソウル「助かった。礼を言う。だが、あんたは・・・・・・」

シャイン「通りかかったまでよ。じゃあね」

 そして、シャインはオーファンに乗り、去っていった。

 辺りは静寂(せいじゃく)が支配し、シャインの出現は夢のようであった。

ソウル「・・・・・・夢だったのか?いや、これは確かに現実だ」

マナ「兄さん、早く脱出しましょう・・・・・・」

ソウル「そうだな」

 そして、ソウル達も駆けて行った。


 ・・・・・・・・・・

 アグリオ達はクリスタルの塔の十三階に相当する位置に着いていた。

アグリオ「我々、四人はこれから緊急用-通路から、クリスタルの塔-内部へと潜入します。クライン顧問官には、

ここの緊急用-通路内から無線で我々に指示してもらいます。いいですね」

クライン「あ、ああ。だが、魔導ジャマーは?」

アグリオ「この内部は魔導ジャマーの効果がありません。

よって、無線が使えます。ただし、緊急用-通路と、クリスタルの塔内部が遮断されてると、当然、無線が届きませんので、通路の扉を開きっぱなしにしておいて下さい」

クライン「分かった。君達が戻るまで、ここは開けておこう」

クオン「クラインさん、あまり、無茶はしないで下さい。敵が

    来たら、閉めてもかまいませんから」

クライン「いえ、クオン皇子殿下。どうして、皇子殿下が

     命を張られているのに、私一人、臆病に逃げ出せましょうか・・・・・・。も     う、同じ過(あやま)ちは繰り返したくありません・・・・・・」

クオン「ありがとう、クラインさん」

クライン「いえ・・・・・・いえ・・・・・・」

 と言って、クラインはメガネを取って、涙を拭(ぬぐ)った。

 その瞳は意外とツブラであった。

ファス(やべ・・・・・・イメージと違いすぎでしょ・・・・・・)

 とファスは内心、笑いをこらえていた。

 すると、アグリオはカバンからコンタクト・レンズの入ったケースを取り出した。

アグリオ「クライン顧問官、これを」

クライン「これは?」

アグリオ「アイ・リンカーです。私の右眼の視界をそちらの脳に投影する魔導機で     す。分かりやすく言えば、私の

     見るモノが、クラインさんの右眼に映るようになります。あと、通信機     を。我々は念話を使えますが、

     クラインさんは使えません。通信機が無いと、

      一方的な連絡しかとれませんから」

クライン「分かった。少し、試して見てもいいかな?」

アグリオ「もちろんです。テストをしましょう」

 と言って、アグリオとクラインは機械のテストをした。

アグリオ「問題ありませんか?」

クライン「ああ。大丈夫だ。流石(さすが)だな、アグリオ君。用意が

いい」

アグリオ「いえ、当然の事です」

クオン「じゃあ、行こう」

クライン「クオン皇子殿下、そして、ガードの諸君、

     ご無事を祈っております」

クオン「ありがとうございます。クラインさんも-ご無事で」

 そして、クオン達は緊急用-通路からクリスタルの塔内へと

入っていった。

 クオン達はクリスタルの塔の十三階の通風口にひそんでいた。

 アグリオは可変式のチューブ・カメラで下を覗いた。

アグリオ(・・・・・・あるのはラース兵の死体だけ・・・・・・。

     ここのトラップは槍ですか)


クライン『そこのトラップは見て分かると思うが、槍が地面から突き出るモノだ。しかし、天井を這(は)うように進めば、問題ない。ただし、天井の摩擦は、ほとんど無いから、魔力制御をしっかりと行って、天井に張り付くんだ』

 との声がクオン達の耳に聞こえた。

アグリオ『了解』

アグリオ「さぁ、行きましょう」

 とのアグリオの声にクオン達はうなずいた。

そして、アグリオはゆっくり、通風口のフタを取り、天井(てんじょう)を

這(は)いつくばっていった。クオン達もそれに続いた。

 下では迎撃システムが反応し、次々と槍が突き出ていった。

 しかし、天井のクオン達にはギリギリ、届かなかった。

 それから、アグリオを先頭にクオン達は天井を進んだ。

クライン『アグリオ君の位置はもう大丈夫だ。まず、アグリオ君から、下りてみてくれ』

アグリオ『了解』

 そして、アグリオは真下に降り立った。それから、クオン達はアグリオの真上の部分に移動してきた。

クライン『では、クオン皇子殿下、下りられてください』

クオン『了解』

 そして、クオンも無事に降り立った。それから、リグナ、

ファスと全員、無事に着地していった。

 そして、四人はクラインの指示に従い、迎撃(げいげき)システムをかわしながら、先を進んで行った。


 ・・・・・・・・・・

 一方、ウィル達は下水道で、ヨルンの仲間のカシムと合流した。

カシムは浮き世離れした神秘的な男で、ウィル達に頭を下げた。

 すると、カシムはヨルンに耳打ちをした。

ヨルン「ふむ、この先に、どうもラース兵がいるらしい。挟まれた形だな。まだ、距離はあるが」

ウィル「戦闘は避けられませんか?民間人が居るので極力、

    戦いたくないのです」

ヨルン「分かっておる。となると、開(あ)かずの間(ま)を通るしかないやもしれんな」

トゥス「開かずの間?」

ヨルン「この先に鍵が掛けられている区域があるのだ。そこを

    通れればラース兵を上手く避ける事が出来るやもしれ  ん」

ウィル「鍵の解除法は?」

ヨルン「それが、最近、電子式に変わってしまってな、いや、元々、開けた事は無    いのだが。ウィルよ。開けれるか?」

ウィル「うーん、そういうのは、このトゥスボー(トゥス)が得意なんですよ」

トゥス「あっ。任せて下さい。こう見えて、情報技官を目指してた事もあるんすよ。まぁ、国防大学、卒業してない

    上に、昔、ハッキングして捕まった経歴のせいで、

    駄目だったんですけどね」

 と、トゥスは自嘲気味に言った。

ウィル「ともかく、トゥスにやらせてみましょう」

ヨルン「では、よろしく頼む。トゥスボー君」

トゥス「了解」

 と、トゥスは敬礼をした。

ウィル「ところで、先に逃げられた民間人とホームレスの方(かた)は

    無事なんでしょうか?」

ヨルン「分からん。だが、恐らく、無事だろう。私とカシムも

    彼等に付いていこうか迷ったのだが、予感がしたのだ。

    導くべき者達がいると」

ウィル「そして、俺達と出会ったと」

ヨルン「そういうわけだ。・・・・・・急ごう。闇の近づきが、思ったより早い」

 そして、ウィル達は再び歩き出した。


 ・・・・・・・・・・

 クリスタルの塔内の御前会議室の前には、見張りのラース兵が二人居た。

リグナとアグリオはうなずき合うと、一気にラース兵に近づき、ナイフで喉をかききった

リグナ「ふぅ、何とか、片づいたか」

アグリオ「我ながら、おそまつな、やり方(かた)ですがね。時間が

あれば、もう少し、静かに、正確に、排除できたのですが」

クオン「ともかく、中に入ろう。他の見張りが来る前に」

ファス「だね・・・・・・」

 そして、リグナは一気に扉を開け、中に入った。

リグナ「・・・・・・クリア・・・・・・」

 と、敵が居ない事を告げた。

アグリオ「これは・・・・・・本当に、何もない・・・・・・」

 辺りは血が残るだけで、死体が一つも無かった。

 しかし、そのおびただしい血の量からタダならぬ事態が起こった事が分かった。

アグリオ『クライン顧問官、この状況、何か心当たりがありますか?』

クライン『い、いや・・・・・・・ワケが分からない。すまない。私は

     真っ先に逃げてしまったから・・・・・・』

 と、クラインは無線で伝えてきた。

ファス「何が起きてるんだろう・・・・・・」

クオン「分からない。ともかく、クリスタルの間(ま)へ行こう。

あそこは広いし、親父達が監禁されてても、おかしく

ない」

アグリオ「いよいよですね」

 そして、クオン達は最上階のクリスタルの間へと静かに向かった。


 ・・・・・・・・・・

トゥスは下水道の『開(あ)かずの間(ま)』に付けられた電子錠を

スマート・フォンでハッキングしてた。

トゥス「あーあ、こんな事なら、ノーパ(ノート・パソコン)

    置いてくんじゃなかった。戦闘の邪魔かと思ったから

    なぁ・・・・・・」

 と、呟(つぶや)きながらトゥスは操作していった。

少女「・・・・・・嫌な予感がするよ・・・・・・」

ヨルン「確かに・・・・・・。禍々(まがまが)しい気配が漂(ただよ)ってきた・・・・・・。

    しかし、これは運命の背中-合わせ。大成するか、無に

    帰すか」

トゥス「おし、ギャンブルなら任せて下さいよ。いける、いけるぞ。そんな気がし    てきた。よし、よし、よし、よし。今の俺はついている。隊長、泥(どろ)     舟(ふね)に乗ったつもりでいてくださいね」

ウィル「泥舟って・・・・・・」

アール「なぁ、トゥス。メチャクチャ、不安になってきたんだが」

トゥス「ん?お、お、おおおおお。隊長、やりましたよ。成功しました。よっし。しかし、かつてない程(ほど)、さえわたる俺の腕」

ウィル「・・・・・・なぁ、トゥス。やっぱ、止めにしないか?」

トゥス「え?もう、開けちゃいましたよ」

 そして、電子(でんし)錠(じょう)は解除され、扉が音をたてて、開いた。

ウィル「ああああああ・・・・・・」

ヨルン「これも運命(さだめ)か。ウィルよ、行くぞ」

ウィル「はい・・・・・・・ん?」

 すると、足下を何かが通り過ぎていった。

 それは大量のクモだった。

少女「きゃあああ」

少年「わあああ」

 そして、他の民間人も声をあげた。

ウィル『静かに、静かに!大丈夫です。皆さんには結界が張ってありますから、この程度のクモは大丈夫ですから』

 と、ウィルは念話で伝えた。

 そして、気付けばクモ達は去って行った。

トゥス「くそ、この、あっち行け」

 と言って、トゥスは残ったクモを踏みつぶしていった。

アール「さ、流石(さすが)、ゴキブリ・ハンターと呼ばれるだけは

    あるぜ・・・・・・」

トゥス「おう、飛ばない分、ゴッキーより楽だぜ」

 と言って、トゥスはニヤリとして、さらに踏(ふ)みつぶしていった。


ウィル「トゥス、一寸の虫にも五分の魂と言ってな。無益な

    殺生は控(ひか)えた方がいいぞ」

トゥス「隊長ー。クモは虫じゃないっすよ」

ウィル「・・・・・・もういい、行くぞ。皆さん、これから何が出ても声を出さないように。いいですね。敵兵の方が怖いですからね」

 との言葉に民間人はうなずいた。

 そして、ウィル達は中へと入っていった。


 それから、ウィル達は、奥の広間の手前まで来ていた。 

カシム「居ます」

 と突然、今まで一言もしゃべろうとしなかった、カシムが

告げた。

 広間には巨大なマユがあり、それが突如、動き出した。

ウィルは準-戦闘態勢に入り、剣を召喚した。

 すると、マユが割れ、中から巨大なクモが現れた。

 ウィルは嫌な汗をかき出した。

ウィル(困ったぞ、これは・・・・・・。戦うべきか、逃げるべきか)

 すると、はるか後方の扉が勝手に閉まっていった。

ウィル「あ・・・・・・」

トゥス「って、何じゃこりゃ!おい、勝手に閉まるな」

 と、トゥスは、うろたえた。

ヨルン「クモの女王、アラクネ・・・・・・。噂には聞いていたが、

    まさか、ここに眠っていようとは」

アール「って、アラクネって、あの伝説の?ヤクト二代目

    国王、アーテルが退治したっていう?」

 すると、クモの瞳が怪しく、赤く、輝いた。

『随分となつかしい名を聞いたぞ・・・・・・。アーテル・・・・・・。

 アーテル・ヤクト・アウルム・・・・・・。なつかしき名よ。

 あぁ、あの者は真(まこと)に美男子であった。あやつの右腕は、

 まさに美味であった。あの腕と引き換えに、こうして、長い

 眠りについたが・・・・・・はて、千年はたっておらぬようじゃが。

 まぁ、よい。目覚めの時、来たれり』

 との声が全員の脳に響いた。

ウィル(ひょっとして、俺はとんでもないモノを目覚めさせてしまったんじゃ、ないだろうか?)

 と、ウィルは内心、戦慄(せんりつ)していた。

 幼い兄妹を含め、民間人はクモの女王、アラクネの威圧感に

より、悲鳴一つあげられなかった。

アール「アラクネは美形の男を好物とするんです。つまり、

     食べるんです。一方、美女には厳しく、生きたまま

     酸で溶かすとか・・・・・・」

ウィル「ま、まじか。俺、喰われないだろうな?」

トゥス「大丈夫でしょ。隊長、普通の顔立ちですし」

ウィル「そ、そうか・・・・・・。よかった、のか?」

 と、ウィルは首をかしげた。

 すると、ヨルンが一歩-前に出た。

ヨルン「クモの偉大なる女王、アラクネよ。お初にお目にかかります。私の名はヨルン・ハーバティと申します。

    安眠をさまたげてしまいし事、まことに深く、謝罪

    申し上げます。どうか、この広間を通る事を、お許し

    願いたいのです」

アラクネ『フムフム・・・・・・なかなかに、礼儀正しい者よ。それに卑屈さがないのも、好感が持てる。しかし、何事にも対価が必要。そうさな・・・・・・そこの、子供二人

     我に捧げたなら、通行を許可しよう。ちょうどよい、

     朝飯(あさげ)となろう』

ウィル「な・・・・・・」

ヨルン「偉大なる女王よ。どうか、それだけは、お許し願いたい。この老いぼれの肉なら、喜んで捧げますゆえ」

アラクネ『フムフム・・・・・・。なんと、気高き、自己犠牲の精神

     か。しかし、そなたは精霊と契約を交わしておるな。

     そのような異物を体内に取り込むわけにはいかぬ。

     そちらの戦士どもはドラゴン臭い-から駄目。

     そちらの市民どもはマナが少なすぎる。マナの豊富な子供達も駄目と来ては・・・・・・。

となると、そこの男』

 と言って、アラクネはカシムを見据(みす)えた。

カシム「・・・・・・私でよければ、喜んで・・・・・・」

 と、カシムは言った。

アラクネ『異論は無いか?』

トゥス「あるに決まってんだろうがーーーーーッ!」

 と、トゥスは叫んだ。それに対し、アラクネはジロリと

トゥスを見据(みす)えた。

トゥス「大体、ふざけんじゃねぇぞ、このババア!

    人間、喰うとか、人間なめんなよ、こらッ!」

 とトゥスはアラクネにおびえる事無く、叫んだ。

アラクネ『ほう・・・・・・しかし、そなた等、人間も動植物を

     喰らうではないか。何が違う?』

トゥス「うっせ、このバカ。マンガのボス敵みてーな事、言いやがって。あのな、俺達、人間はなぁ。しゃべれる奴

    を喰ったり-しねぇんだよ。知能が高い生物は食べねぇ

    んだよ。分かるか?」

アラクネ『何と、傲慢(ごうまん)な事か・・・・・・。魂に貴賤(きせん)など、無いと

     いうのに』

トゥス「へぇーーー。なら、聞くがよ。あんた、今、少し動く

    度(たび)に、微生物メッチャ、殺してるよな。それを、

    あんた、一々、悲しんだり、悩んだりしてんのかよ?

    あんただって、ちゃんと区別してるじゃねぇかよ!

    バーカ!」

 とのトゥスの言葉にアラクネは黙った。

アール「と、トゥス・・・・・・頼むから止めてくれ・・・・・・

トゥス「何でだよ、今、いい所なのに」

アラクネ『・・・・・・』

ウィル「すいませーーーーーん!すいませんでしたーーーー!」

 と、突如(とつじょ)、ウィルは叫び、土下座(どげざ)した。

ウィル「私の部下が、とんでもなく失礼で無礼な暴言(ぼうげん)を吐(は)き、

    まことに申(もう)しわけありませんでした。すみません!」

 と地に頭をすりつけながら、ウィルは謝った。

少年「すげ・・・・・・あやまり慣(な)れてる・・・・・・」

 と、少年も感嘆(かんたん)した。

 一方、アラクネは面白そうにウィルを見つめ、巨大な足で

ウィルの頭を何度か小突(こづ)いた。

ウィル「・・・・・・」

 すると、突如(とつじょ)、アラクネは笑い出した。

アラクネ『よかろう、中々、見事な謝りっぷり。面白いモノが

     見れた。無礼を許そう。フフ、今の妾(わらわ)は機嫌が良い。

     通行も許可しよう。感謝するがよいぞ、人間ども』

ウィル「あ、ありがとうございます!」

 と、ウィルは何度も頭を下げた。

アラクネ『しかし、そなた。面白い男じゃ。顔は全く、好みでは無いが。どうじゃ、妾(わらわ)の従者とならぬか?』

ウィル「い、いえ・・・・・・自分、ドラゴン臭いですし・・・・・・」

アラクネ『それも、そうさな。では、通るがよい』

 そして、アラクネは体を動かし、道を空けた。

 ウィル達、一行は、ゆっくりとアラクネの傍(そば)を進んで行った。

トゥス「ふぅ、一時はどうなるかと思ったぜ」

アラクネ『待て・・・・・・』

トゥス「え、俺っすか?」

アラクネ『そうじゃ。お主(ぬし)、その足の裏、どうしたというのだ?』

トゥス「え?」

アール「あ、トゥス、トゥス、そのまま止まってろ。いいな。

    足、あげるんじゃないぞ!」

トゥス「へ?」

アラクネ『足をあげよ』

トゥス「どうしろって言うんだよ。しかし、足の裏・・・・・・ゲッ」

 と、トゥスは小さなクモを踏みつけまくった事を思い出した。

ウィル「アァーーーーーー」

少年「あ・・・・・・」

 ヨルンは手を額に当てて、嘆(なげ)いていた。

トゥス「そら、皆、立ち止まってないで、先に行った、行った。

    いやー、ちょっと足がむれちゃったなぁ。ハッハッ

ハッ」

 と言って、トゥスは靴(くつ)を地面に付けたまま、脱ぎだした。

 それから、スキップして出口へと向かった。

 そして、一瞬で、古い鍵をこじ開け、扉をあけた。

ウィル「走れッ!」

 そして、ウィル達は駆けだした。

 アラクネはトゥスの残した靴をつつき、その裏にクモの死骸(しがい)がこびり付いてるのを確認した。

 そして、怒りに震え、ウィル達(主にトゥス)を追いかけてきた。

ウィル「だからッ!だからッ、俺は言って!」

トゥス「すいません、すいません、隊長ーーーーッ!後で、

    始末書、100枚、書きますからぁ!飯も食わずに、

水だけ飲んで、働きますからぁ!」

 と、トゥスは支離滅裂(しりめつれつ)に謝った。

 アラクネは通路を破壊しながら、追ってきていた。

アール『隊長?やりますか?』

ウィル『極力、逃げるッ!』

 と、ウィルは答えた。

 現在、先頭にはアールとヨルン、末尾にはウィルと

トゥスが居る形だった。

トゥス『クソッ。喰らえッ!』

 と叫び、トゥスはカードをアラクネに向かって放った。

 しかし、カードはアラクネの皮膚に少し刺さるだけだった。

トゥス『へっ?・・・・・・やべぇ、爆発しねぇ』

 トゥスが放ったカードは爆発系の効果を持っていたが、その

効果は発動しなかった。

ウィル『カードが無効化されてるのか?』

トゥス『みたいっす!』

アール『アラクネは眠りの女王とも呼ばれています。もしかし

たら、それが関係してるのかも』

トゥス『こらッ、寝るなッ、カードども!起きてくれーーー!』

 と、トゥスはカードに嘆願(たんがん)するも、当然、何も起きなかった。

 そして、ウィル達の逃走が始まった。


 ・・・・・・・・・・

 周囲には大勢のラース兵が気絶していた。

シャイン「・・・・・・」

 シャインの魔力は限界だった。心身ともに、疲れ果て、

指一本-動かす事すら、難儀(なんぎ)な程だった。

シャイン(限界かな・・・・・・ここらが)

 と、心の中で呟(つぶや)いた。

 すると、シャインの視界が歪んだ。

 シャインの意識は幻想の中にあった。

 すると、シャインの前に一匹ずつの羽ウサギと地(ち)鳥(どり)が居た。

 二匹は恨(うら)めしそうに、シャインを見つめていた。

シャイン(やめて・・・・・・そんな目で私を見ないで。ごめんなさい。ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい。でも、私のそばに居ると、あなたたちまで・・・・・・)


 風景は変わり、地(ち)鳥(どり)と羽ウサギを抱きかかえて、泣きじゃくる黒騎士の姿があった。

『ごめんね、ごめんね、ごめんね』としか言えなくて・・・・・・。


 そして、シャインの意識は闇の中に落ちていった。


 現実世界ではシャインは倒れ、深い眠りに落ちていた。

 そこに、道化師(どうけし)の頭に-スーツを着た男が現れた。

男「ホッホッホッ。筆頭騎士シャインと言え、他愛(たあい)も無い。

  どんな悪夢を見た事やら」

 と、楽しげに呟(つぶや)いた。

 シャインは男のかけた幻術にかかったのだった。

男「む・・・・・・」

 すると、シャインを守るようにオーファンが現れた。

男「これは、これは、かの名高(なだか)い召喚獣、オーファン殿では

  ありませぬか、ホホホ」

オーファン『貴様・・・・・・エルダー・トリアか。もし、我が主に

      危害を成せば、貴様の体、この都市ごと、吹き飛ばしてくれるぞ』

トリア「おお、怖い、怖い。誇張(こちょう)、無く、それが叶うであろう事が恐ろしい。まぁまぁ、落ち着いて下さいな。私も

    本音は、この嬢ちゃんの扱いには困ってるンですわよ。

    殺したり、拷問(ごうもん)すればニュクスの豚共は発狂するで

    ございましょ?」

オーファン『・・・・・・』

トリア「かといって、見逃すわけにも、いかないんですよ。

    そりゃあ、そうで、ございましょう。だから、まぁ、

    ここは私を信じて、どーか、剣をお納め下さいな」

オーファン『貴様を信じよう。だが、もし、貴様の言葉に偽(いつわ)り

      あらば、その心臓を我が角(つの)が貫く事となろう』

 そして、オーファンは消えていった。

トリア「ふー、何とかなったぜ・・・・・・」

 と、トリアはドスのきいた声で呟(つぶや)くのだった。


 ・・・・・・・・・・

 ソウルとマナは下町の居住区へと辿り着いていた。

 そこは炎と血で赤く染まっていた。

ソウル「ハッ、ハハハハハ、これは現実か?なぁ、マナ?」

マナ「でしょうね・・・・・・」

 人々が傷つき倒れていた。置き捨てられた車が次々と引火し

爆発していった。

 もう助からない重傷者を、ソウルは魂を奪い、殺していった。

ソウル「力を貸せ。仇(かたき)を取ってやる」

 すると、周囲から死者の魔力が吹き荒れ、ソウルにまとっていった。

 そのソウルの神の如(ごと)き姿にマナは頬(ほお)を赤く染めた。

ソウル「動ける人間だけを助ける。マナ、異論はあるか?」

マナ「フフ、そんな甘い兄さんも好きですから」

 そして、ソウル達は駆けだして行った。


 ・・・・・・・・・・

 クオン達は、クリスタルの間の前に辿(たど)り着いた。

 そして、クオンは黙って、扉を開けた。

 奥には一人のラース-ベルゼの男が居た。

クオン「エルダー・ゼノン国家副主席・・・・・・」

 と、クオンはその者の名を呟(つぶや)いた。

ゼノン「貴様は・・・・・・クオン・・・・・・」

アグリオ(国家副主席、ただ一人。護衛が一人もいない?)

ゼノン「何故、貴様がここに居る!いや、それより、これは

    どういう事なのだ!何が起きている。お前、お前達は、

    まさか・・・・・・」

リグナ「何、わけ分かんねー事、言ってんだ!クオン、やるぞ!」

クオン「リグナ、少し待ってくれ。エルダー・ゼノン。

    俺の父、ケルサス国王は何処(どこ)だ?」

ゼノン「何処(どこ)?奴は死んだわッ!」

クオン「死体が無かった」

ゼノン「ハッ、迎撃(げいげき)システムにミンチにでもされたのではない

    か?まぁいい、どうせ、この塔より出れぬのなら、

    貴様(きさま)等(ら)を殺して、暇(ひま)を潰すとしよう!」

 そして、ゼノンはマナを全開にした。

クオン『やるぞッ!』

 今、クオン達4人は戦闘態勢に入った。


 ・・・・・・・・・・

 ウィル達は下水を駆けていた。

アール『隊長、ヨルンさんの話では、この先に、マウラ川に通

    じる道があるそうです。しかも、そこには船がとめて

    あるようです』

ウィル『分かった、そこへ行こう。この速度じゃ、民間人が

    もたない。ともかく、外に出よう』

アール『了解』

 

 一方、トゥスは後方の空中にカードを大量に配置し、盾としていた。

 しかし、アラクネの吐(は)く毒液で、一気にカード達は溶けていった。

トゥス『隊長、この毒液、マジでやばいっす』

ウィル『だな。極力、触れないようにしろ!民間人をかばう時

    以外は』

トゥス『了解!』

 すると、アラクネから糸が飛んできた。

 ウィルは、それを召喚(しょうかん)しておいた剣で受け止めた。すると、アラクネは糸を引き、剣はからめとられていった。

 しかし、次の瞬間、剣はマナと化して散って、再召喚され

ウィルの手元に戻って行った。

アラクネ『こしゃくな・・・・・・』

トゥス『へっ、ウチの隊長のしぶとさと、せこさをなめんなよ!

    化け物グモ!』

ウィル「・・・・・・」

 ウィル達は左と直進コースの分岐路に差(さ)し掛(か)かったが、

真(ま)っ直(す)ぐに進んでいった。

 すると、左方向の分岐(ぶんき)コースから、ラース-ベルゼ兵が現れた。

 ラース兵は一瞬、とまどい、反応が遅れた。そして、ウィルが通り過ぎる頃に銃を乱射してきた。

 すると、不幸な事に、その弾丸がアラクネの目に当たってしまった。

 怒ったアラクネは、いったん止まり、ラース兵を糸でからめとっていった。


 ・・・・・・・・・・

ゼノン『どうしたッ!どうしたッ!四人がかりで、こんなもの

かッ!』

 国家-副主席の猛攻(もうこう)にクオン達は苦戦していた。

 そもそも、クオン達は、ここに来るまでで、かなりの魔力を

消費しており、疲れ切っていた。

 一方のゼノンは気力と体力に満ち満ちていた。

 ファスが次々と弾丸を放つも、ゼノンの防御結界がそれを

弾(はじ)いた。

ファス『このッ!』

 そう言って、ファスは渾身(こんしん)の魔弾を放った。

ゼノン『フンッ!』

 そして、ゼノンは、あっさりとファスの魔弾を杖(つえ)で弾いた。

 しかし、弾いた方向にリグナがおり、さらにゼノンに向けて、大剣で魔弾を打ち返した。

 魔弾の直撃を喰(く)らったゼノンは一瞬、硬直した。

 次の瞬間、クオンとアグリオの刃がゼノンを襲った。

 ゼノンは血を吹き出していた。

ゼノン『クッ、クックックッ!ハーハッハッハッハッ!

なるほど、流石(さすが)に四人相手に、この姿では厳しいか』

 次の瞬間、リグナが大剣でゼノンを斬りつけようとするも、ゼノンに張られた結界に弾き返された。

 すると、ゼノンはトカゲ人間と呼ぶにふさわしい姿に変身し、リグナを殴りつけた。

 リグナは、はるか後方へ吹き飛ばされ、壁に激突した。

リグナ「ガッ・・・・・・」

 リグナは血を吐いた。

ファス「リグナッ!」

 ファスはリグナに駆け寄った。

ゼノン『この愚か者がッ!変身中に攻撃して来るとはッ!

    もうよいッ!皆殺しだ!捕虜にしてやろうかと、

思ったが皆殺しだ!グオオオオオオオオッ!』

 と、ゼノンは人ならぬ声で吠えた。


 ・・・・・・・・・・

ソウル「走れッ!走れッッッッッ!泣いてんじゃねぇ!足を

    止めんなッ!走れッ!生き残りたくばッ!」

 と、ソウルは叫んだ。

 いつしか、ソウルの周りには人が集まっていた。

 中には民間人の能力者も居た。

マナ「兄さんッ!魔獣が来ますッ!」

 すると、車を踏みつぶしながら、巨大なモンスター、

ワーベアが現れた。それはラース-ベルゼの軍用だった。

ソウル「いいぜッ!奪ってやるよ!その魂、魂をなッ!」

 ソウルの気迫に押され、ワーベアは一瞬、ひるんだが、

襲いかかってきた。

 そして、民間人の能力者達と、ソウル達の共闘が始まった。


 ・・・・・・・・・・

ヨルン「早くッ!早く、乗り込むんじゃ!」

 と、ヨルンはボートの上で叫んだ。遊覧用に作られ、捨てられていたボートには、ヨルン達が全員、乗り込む事が出来た。

ウィル『アール、出せ、出せッ!』

 と、ウィルは下水道の中から叫んだ。

アール『了解!』

 そして、アールはウィル達を待たずに出航した。

 ウィルとトゥスは下水道から抜け出ると、魔力を足に込め、

水面(みなも)の上を駆けて行った。

 わずかに遅れて、アラクネが下水口から突き出て来た。

 一方、ウィルとトゥスは船に跳び乗った。

ウィル(これは・・・・・・)

 ウィルは外の光景に一瞬、目をうばわれた。そこでは、建物が燃えさかっていた。主要施設の少ない、下町の居住区は無残(むざん)にも焼かれていた。特に、マウラ川、周囲の火災はひどい状況で、炎が竜巻(たつまき)のように渦巻(うずま)いていた。

 川には炎から逃れようとした死体が流れていた。

 それにウィルは茫然(ぼうぜん)とした。

ウィル(熱い・・・・・・何て、熱いんだ・・・・・・。俺達も結界が無ければ、死んでる・・・・・・。チクショウ、あいつら、人を、人を生きたまま焼きやがった・・・・・・)

トゥス『隊長ッ!ほうけないで下さい!』

ウィル『すまんッ!』

 そして、ウィルは追ってくるアラクネ向けて、剣を構えた。

 はるか遠くの空中に、炎を操るラース-ベルゼの能力者が居る事に、ウィル達は気付かなかった。


 ・・・・・・・・・・

 クオンとエルダー・ゼノンは高速で移動しながら、剣と拳を打ち付けた。

 ファスの援護射撃も、二人のあまりの素早さに、意味を成(な)していなかった。

 しかも、クオンが非力な分、クオンの方が圧倒的に不利であった。

 一方、アグリオはリグナに回復魔法をかけていた。

 すると、ゼノンの尻尾がクオンの腹部に当たり、クオンが

吹き飛んでいった。

ファスは銃を、もう一つ出し、次々と魔弾を放っていくも、

ゼノンの口から放たれた炎弾を喰らってしまった。

ゼノン『ハッハッハッ!どうした?どうした、どうした、

    どうしたァァァァァァッ!弱すぎる、弱すぎるぞォォ

ォォッ!4対1で、これかッ!これだから、

    ヤクトの血は汚れているのだ!だからこそ、我等(われら)、

    ラース-ベルゼ民族が支配せねばならん!愚かな

劣等種を導かねばならん!劣等種は大人しく、家畜

であればいいのだ!』

 と、ゼノンは叫んだ。

クオン「・・・・・・あんたは・・・・・・間違っている」

 と、クオンは、ふらふらと立ち上がりながら言った。

ゼノン『何?』

クオン「どうして、人を民族でしか、判断できない?俺は多くの外国の人を見てき    た・・・・・・。ムガールの人。サーラの人・・・・・・。ハイネイルの人。ミズガル    ズの人。リベリスの人。アーテシアの人。

    そして、ウイルダの人ッ!

    でも、それぞれ、いい所もあれば、悪い所もあった。

    それを、全体的に優(すぐ)れてるとか、劣ってるとか、

    そんなのは無い、無いんだッ!どうして、そんな簡単

    な事が分からないんだッ!」

ゼノン『・・・・・・黙れッ!貴様が言うかッ!皇族(おうぞく)と言うだけで、

    何-不自由ない暮らしをしている、貴様がどの口で

    言うかッ!答えよ、クオン・ヤクト・アウルム。

    ただ皇族の嫡男(ちゃくなん)に生まれたから、というだけで、

    崇(あが)められている貴様に、私を否定する事が出来るか?

    答えてみよッ!』

クオン「それは・・・・・・」

ファス「クオン・・・・・・そんな奴の言う事、無視して・・・・・・」

ゼノン『貴様は黙っておれッ!』

そして、ゼノンは口から音による衝撃波をファスに放った。

 ファスはなすすべも無く-それを喰らい、目と口と耳から血を

流した。

クオン「ファスッ!」

 クオンはファスに駆け寄った。

ゼノン『どうした、皇子よ。答えよ!答えてみよッ!』

クオン「・・・・・・確かに・・・・・・あんたの言う通りかもしれない」

アグリオ「クオン?」

ゼノン『ほう・・・・・・。なら、我等が社会統一党の支配を受ける

か。劣等民族にしては、物わかりが-いいではないか』

クオン「違う・・・・・・。やっと分かった気がする。俺は皇子で

    ある事を甘んじて受け入れてきた。本当はその器(うつわ)じゃ

    なかったのに。でも、やっぱり、それじゃ駄目だったんだ。

    だから、俺は王位を捨てるよ。ヤクトが落ち着いたら、

    必ず。だからさ、エルダー・ゼノンさん、もう、

    もう、止めてくれ。俺はラース-ベルゼの人達と、これ

    以上、戦いたくないんだ」

 とのクオンの言葉にゼノンは一瞬、面食らった。

 そして、笑い出した。

ゼノン『フッ、ハッハッハッ!ハーッハッハッハッ!

    その言葉を聞き、さらに闘志(とうし)が増してきたぞ!

    この腰抜けがッ!戦いたく、ぬぁい?

    それは貴様が弱者だからだ!弱者を屠(ほふ)るのが強者の

    務(つと)めよ、ハッハッハッハッハッ!

死ね、皇子とガード達よ。王国の民も、すぐに、

そっちへ送ってくれよう』

クオン「そんな事ッ、させるかッ!」

 と叫び、クオンは魔力を全開にし、エルダー・ゼノンに

向かって行った。


 ・・・・・・・・・・

炎の中、ソウル達は魔獣と戦っていた。しかし、ワーベアは熱気の為(ため)か、動きが鈍(にぶ)ってきていた。

ソウル(しかし、この炎・・・・・・ラース兵も巻き込まれてるんじゃないのか?)

マナ『兄さん!あっちに装甲車があります。それに特殊な結界が施されています。恐らく、この炎に対する結界です。

   この炎、能力が混じってます』

ソウル『ナイスだ、マナ!よし、ひとまず、退避(たいひ)だッ!』

 と、民間の能力者達に告げた。

 すると、ワーベアが熱さで倒れた。

 それを見て、ソウル達は装甲車に向かい、駆けだした。

 装甲車から機銃が撃たれたが、ソウルは大剣でそれらを弾(はじ)き、

装甲車の上面ハッチを斬った。

 そして、中の兵士達を皆殺しにした。

 全員が中に入り、マナは斬られたドアを上手く魔力で繋げ、

閉めた。そして、ソウル達は一息ついた。

ソウル『ふぅ、何とか、なったか・・・・・・いや、待て。おかしいぞ。密閉されてるのに熱くないか?』

マナ『入る時に、熱気が外から入ったのでは?』

ソウル『いや、違う。結界と耐熱が完璧じゃないんだ。おい、

    まさか、これアルミ製じゃねぇだろうな?まずいぞ、

    あの炎、ただの炎じゃ無い。これが後、十時間とか

    続くと、この中すら危険だぞ・・・・・・』

マナ『かと言って、他に逃げ場も・・・・・・。よほど、地下深くなら話は別でしょうが。それでも、二酸化炭素は空気より

   重く、下に行くから危険です』

ソウル『じり貧(ひん)だな・・・・・・』

 すると、一人の能力者の男が軽く、手を上げた

ソウル『なんだ?』

男『あっあの、僕、見たんです。空に人が居るのを。不気味でした。あれは悪魔です。炎の悪魔です。彼が手をあげると、

  炎も巻き上がります。彼が手を下に向けると、炎は一時、

  勢いを弱めます。彼は指揮者の様(よう)に炎を操っていました』

ソウル『・・・・・・もし、それが本当だとすると、そいつが炎の

    元凶(げんきょう)っつー事か。チッ、だったら、答えは一つだ』

マナ『兄さん?』

ソウル『殺しに行く』

マナ『無茶(むちゃ)です!恐らく、それは高位の能力者です。兄さんの

   今の体力で勝てるわけがありません』

ソウル『マナ、お前の力を貸せ。お前を纏(まと)おう』

マナ『・・・・・・本気ですか?』

ソウル『いやなら、いいぞ。一人で行くまでだ』

マナ『兄さんが死ぬ時は私も死ぬまでです』

ソウル『行(ゆ)こう、共に・・・・・・』

 そして、ソウルはマナの額(ひたい)に口づけをした。

 それに対し、周りの者は、ぽかんとした。

 次の瞬間、マナの体は光と化し、ソウルに纏(まと)われていった。

 黒い鎧(よろい)を纏(まと)ったソウルは、さながら、黒の獣であった。

「気持ち悪い・・・・・・」

 との声が、した。それはヤクト人にとっては率直な意見だった。ヤクトでは兄妹(義理でも)がべたつくのは忌まわしい事とされていた。特に事情を知らない人々は二人を本当の兄妹と勘違いしていた。

 ソウルはジロリと車内を見回した。何人かが、それに対し、

ひるんだ。

ソウル『・・・・・・安心しろ。それでも、助けてやるから』

 そして、ソウルは後部のハッチを開け、外から閉めた。

 それから、燃える都を疾走していった。


 ・・・・・・・・・・

 エルダー・ゼノンの力は強大でクオン達はボロボロになっていた。

ゼノン『ハッハッハッ』

 と、ゼノンはファスの頭を片手でつかみ、遊(あそ)んでいた。

リグナ『てめぇッ!』

 リグナは大剣を振り上げ、ゼノンに向かうも、放り投げ

られたファスにぶつかり、地面を転がった。

 一方、クオンは、その隙をつき、背後から剣を振るった。

 すると、ゼノンの腕に、かすり傷が出来た。

 しかし、次の瞬間にはゼノンの拳がクオンの顔面を捕らえていた。

 そして、ゼノンは雄叫(おたけ)びをあげた。

クオン(・・・・・・・・・・・・)

 クオンの意識は薄れていた。

 すると、声がした。優しく、神秘的(しんぴてき)な声が。

『クオン、クオン・・・・・・』

クオン(母さん・・・・・・?)

 

『私は貴方(あなた)の母では、ありませんよ。

クオン、力を受け取る覚悟はありますか?

ヤクトの為に、その命、捧げる覚悟はありますか?』

クオン(あります・・・・・・。あります。ああ、そうか、貴方は。

    いえ、貴方(あなた)様(さま)は・・・・・・)

『貴方に力を授(さず)けましょう。そして、ヤクトを守るのです。

 クオン・ヤクト・アウルム。王位を継ぐ者よ・・・・・・。

 お帰りなさい・・・・・・』

 

 次の瞬間、クリスタルを納めた棺(ひつぎ)が輝きだした。さらに、

クオンの持つ王(おう)剣(けん)も、それに呼応(こおう)して輝きだした。

 そして、クオンに光が集まった。

 ゼノンは、その異変を重く見て、クオン目がけて、口から炎のブレスを吐(は)いた。しかし、そこにはクオンは居なかった。

 大量の王剣のレプリカント(コピー体)を召喚したクオンが、

いつの間にか、ゼノンの背後に居た。

 ゼノンは振り返りざまに拳を振るうも、次の瞬間、クオンは消え、再びゼノンの背後に居た。

 そして、その時、エルダー・ゼノンの右腕は王剣により、

切断されていた。

さらに、空中、漂(ただよ)うレプリカントの剣たち-による追加攻撃

により、ゼノンは血を吹き出した。

 ゼノンはクオンから距離を取ると、回復魔法トリートで、

血止めをした。

 ゼノンは戦慄(せんりつ)していた。

ゼノン『その力ッ!クリスタルと契約を交わしたかッ!

    人である事を捨てたかッ!クオンッ!

    貴様は今、人の形をした無機質な人形と化したの

    だッ!』

クオン『俺はそれでもヒトだッ!』

 と、クオンはレプリカントの剣をゼノンに向けて言った。

クオン『ヒトとして、俺達の国を守るッ!

    この国からッ、出て行けッッッッ!』

 そして、大量の剣が放たれていった。

 それらはゼノンの魔方陣を突き破り、ゼノンの体に突き刺さっていった。

ゼノン『それでもッ!私はッッッッッッ!』

 次の瞬間、ゼノンの魔法により、周囲の空間は歪(ゆが)み、

クオンとゼノンは亜空間(あくうかん)へと閉じ込められた。

ゼノン『オオオオオオオオッ』

 ゼノンは血を吐きながら、究極魔法、シグマを唱(とな)えた。

 しかし、次の瞬間にはクオンは瞬間移動をして、ゼノンの首を断ち切った。

 だが、詠唱(えいしょう)は止まらなかった。

 クオンは首だけになったエルダー・ゼノンの笑う姿が見えた気がした。


 そして、究極魔法シグマによる、時空攻撃が発動した。

 クオンは瞬間移動を繰り返し、亜空間をひたすら進んだ。

 しかし、シグマの波動はクオン目がけて、押し寄せてきた。

 すると、クオンは前方に白い光を見た。

 そして、クオンは、その光に包(つつ)まれていった。

 

 気付けばクオンは記憶の世界に居た。

 その鉱山では若いエルダー・ゼノンが働いていた。

 いや、その頃、彼はエルダー・ゼノンとは呼ばれていなかった。

 鉱山での作業は厳しかった。父親は肺をやられ死んだ。

 母は、生活の為(ため)、荒々しい鉱夫達に身を売った。

 そして、しばらくして、死んだ。

 この田舎で、まともに生き抜くには、社会統一党に入る必要があった。

 しかし、それには党への絶対的な忠誠心が必要だった。

 だから、彼は党員に付き従った。その男の言う事は何でも聞いた。朝から晩まで男に奴隷のように仕(つか)えた。男の命(めい)で薬草を探しに、夜の危険な森をさまよった事もあった。

 終(しま)いには愛する恋人をその男に差し出した。

 そこまでして、ようやく、社会統一党に入党する事が許された。ただし、それと政治家になる事は全く、別の問題だった。

 しかし、彼は持ち前の器量(きりょう)と努力で、次々と出世していった。

 彼の底にあったのは、国への忠誠心や、出世欲だけではなかった。ただ、地方の貧困を無くしたかった。

 しかし、出世すればする程に、それが無理だと言う事が分かった。膨(ふく)れあがる人口、富(とみ)の偏在。それに伴う、貧困化。

 どうしようも無かった。

 だから、最終手段に出た。ヤクトを植民地とし、

ラース-ベルゼの民を大量に移住させるという。

 そんな夢のような話に乗ってしまった。

ゼノン『クオン・ヤクト・アウルムよ・・・・・・。お前なら、

    どうする?お前なら何が出来る?私はもう疲れた。

    結局、何も成(な)せなかった・・・・・・』

クオン『分からない・・・・・・。でも、俺は・・・・・・。ラース-ベルゼもヤクトも共に、仲良く繁栄(はんえい)できる未来があると思う。

    俺はバカだから、具体的にどうすればいいかは、よく

    分からない。でも、きっと出来る気がするんだ・・・・・・』

ゼノン『・・・・・・なら、その言葉、信じよう・・・・・・。貴様の

    背後で見ておるぞ。せいぜい、あがくがいい。

    だが、どうせ私と同じ絶望を味わうだけだ』

クオン『・・・・・・ありがとう・・・・・・』

ゼノン『妙(みょう)な男だ。私はヤクトの民を殺すよう命(めい)じた者だぞ』

クオン『そうだけど・・・・・・俺はあんたが根っからの悪人に思えないんだ。あんたも、理想の為(ため)に戦ってたんだな』

ゼノン『甘い男だ・・・・・・。本当に・・・・・・』

クオン『かもしれない。でも、俺は戦うよ。ラース-ベルゼの

侵攻を止めるために。きっと、それがラース-ベルゼの

為(ため)にもなる。そんな気がするんだ』

ゼノン『好きにするがいい。出来るものならな。私はただ、

    黙って、それを見ていよう・・・・・・』

 そして、ゼノンの霊体は消えていった。


 気付けばクオンは現実世界に戻っていた。ゼノンの作った

亜空間は解け、辺りをマナの欠片(かけら)が散っていた。

 地面には人間の姿に戻ったエルダー・ゼノンの骸(むくろ)が横たわっていた。

 誰も何も言えなかった。

 クオンは黙って、ゼノンの死体に近づくと、その開いた-

目蓋(まぶた)を閉じた。クオンには心なしか、ゼノンが微笑(ほほえ)んだように見えた。それは、この数十年、彼が見せなかった、安らぎに

満ちた微笑(ほほえ)みだった。

リグナ「やったのか?」

ファス「ゴホッ、ゴホッ・・・・・・。助かったよ、クオン」

アグリオ「今のは・・・・・・本当にクオンが?」

クオン「ああ、俺がやった。いや、クリスタルの加護のおかげだ。感謝します、かつての王よ、女神アトラよ」

 すると、通信が入った。

クライン『おい、おいッ!返事をしてくれッ!おいッ!』

クオン『クラインさん。大丈夫です。全部、終わりましたから』

クライン『クオン皇子。よかった、ご無事でしたか。突然、

     通信が切れてしまい、心配しておりました』

クオン『全員、無事です。安心して下さい』


クライン『そ、そうですか。ホッと致(いた)しました。そ、それで

そちらの状況は-いかがでしょうか?』

クオン『悪い知らせと、いい知らせがあります。悪い知らせは

    恐らく親父が、ケルサス国王は亡くなりました』

クライン『・・・・・・まことですか・・・・・・。申(もう)し訳(わけ)ありません。

     申(もう)し訳(わけ)ありません、皇子殿下・・・・・・』

クオン『あまり自分を責めないで下さい。そして、いい知らせは、恐らく、塔内の制圧を完了しました。さらに、

エルダー・ゼノン国家-副主席を殺しました』

クライン『ま、まことですか・・・・・・。流石(さすが)です、皇子殿下。

     エルダー・ゼノンは軍人でこそ無ければ、相当に

     優秀な人工能力者と聞きます。いや、しかし・・・・・・』

クオン『ともかく、いったん、そちらへ戻ります』

クライン『了解しました。お待ち申(もう)し上(あ)げております』

クオン『はい』

 そして、通信は切れた。

リグナ「なぁ、クオン、お前、本当にクオンだよな・・・・・・?」

クオン「ああ、俺は俺だよ。何があっても」

ファス「ともかく、戻ろう。かなり消耗(しょうもう)しちゃった・・・・・・」

アグリオ「それが賢明(けんめい)でしょうね」

クオン「行こう、みんな」

 そして、クオン達はクラインの元へと戻って行った。


 ・・・・・・・・・・

 ソウルは炎を映すビルを駆け上がっていった。

 そして、屋上でその男に剣を向けた。

 それは見る者、全てを魅了(みりょう)するかの美男子だった。

 宙を浮く男はソウルの方をようやく向いた。

男[ほう・・・・・・・。これは私-好みのイイ男ですね・・・・・・]

 との男の言葉にソウルは、ある意味、背筋(せすじ)が凍(こお)る想(おも)いだった。

ソウル[今すぐ、この炎を止めな。さもなければ、殺す]

男[ほう・・・・・・、しかし、これ程の炎、今更、消すのは雨の神

  トロラックですら、不可能では?]

ソウル[いいから、能力を止めろって言ってるんだ。虐殺(ぎゃくさつ)が

    命令なのか?]

男[いえ、これは半分、私の趣味です。しかし・・・・・・そうですね。貴方、貴方がもし、私の奴隷(どれい)に成(な)って下(くだ)されば、考えますよ]

マナ『兄さん、こんな奴の言う事、聞かないで』

 との声がソウルの頭に響いた。

男[さぁ、どうします?]

ソウル[お前が約束を聞くという証拠は?]

マナ『兄さんッ?』

男[フム・・・・・・。では、こうしませんか?今、この場で私と、]

マナ『死ねッ』

 次の瞬間、ソウルの鎧(よろい)が独りでに変形し、黒い棘(とげ)となって、

男を襲った。

 男はそれを、空中で華麗(かれい)にかわした。

男[残念ですよ。私はネクタ・イクシオン。炎の貴公子と呼ばれているラース-ベルゼのレベル7能力者です]

 と言って、ネクタは全身に炎をまとった。

ソウル『やれやれ・・・・・・』

マナ『ごめんなさい、兄さん・・・・・・』

ソウル『いいさ、戦うべき運命(さだめ)なんだろう』

ネクタ[・・・・・・しかし、やはり殺すには惜しい。もう一度、

聞きましょう。私と交(まじ)わるつもりは、ありませんか?

そうすれば、そろそろ軍の仕事も飽きてきたし、能力による炎は止(や)めにしますよ]

ソウル[悪いが、よく考えたら、妹の嫌がる事は出来ないな。

    それに、殺しの方が楽だ・・・・・・]

 と言って、ソウルは大剣に魔力を込めた。

 それに対し、ネクタは指を鳴らし、周囲に炎を展開した。

そして、ソウルの死闘が始まった。


 ・・・・・・・・・・

 ウィル達は川を船で、ひたすらに下(くだ)っていた。

 しかし、巨大なクモ、アラクネを振り切る事は出来ていなかった。

 さらに、ラース-ベルゼの飛翔(ひしょう)艇(てい)が、上空から接近していた。

ウィル(このままじゃ、追いつかれる・・・・・・)

 すると、ヨルンが空を見上げた。

ヨルン「来る・・・・・・。炎の守護者が、ヤクトの美しき守護竜が」

ウィル「え?」

 そして、空から、それは近づいて来た。さらに、それは

ラース-ベルゼの飛翔艇を次々と打ち落としていった。

ウィル『ティアッ!』

 と、ウィルは念話で叫んだ。それは飛竜ティアナトーだった。

 そして、ティアはアラクネに向けてブレスを吐いた。

 アラクネは、それを避けるも、岸にぶつかった。

 ティアの通った風が、ウィル達の衣服をなびかせた。

トゥス『おおっ、まさに、渡りに船だぜッ!』

 ティアは船に沿って滑空(かっくう)してきた。

 すると、前方から、ラース軍の小型船が襲ってきた。

ティア『邪魔ッ!』

 次の瞬間、ティアから炎弾が放たれた。そして、ラース軍の

小型船は吹き飛んで行った。

ウィル『ナイスだ、ティア!』

ティア『来てあげたんだから、感謝なさい』

 と言って、また上昇していった。

 そして、ウィル達に向かって来たアラクネの方へと反転し、

大量の炎弾を放った。

 しかし、アラクネには、あまり効いていなかった。

アラクネ『こしゃくな・・・・・・。小娘が・・・・・・』

ティア『うっさいわね、この婆(ばあ)さん』

 そして、アラクネとティアの魔力がぶつかっていった。

トゥス『うちらの出る幕(まく)、ないっすね』

ウィル『だと、いいが・・・・・・』

 そう言って、ウィルは二匹の戦いを、ひとまず見守った。

 すると、急に、船のスピードが落ちた。

ウィル『どうしたッ!』

アール『分かりません、エンジンが・・・・・・』

ヨルン『きちんと手入れしていなかったからな・・・・・・』

ウィル(マズイな)

 と、ウィルは心の中で呟(つぶや)いた。


 ・・・・・・・・・・

 ソウルとネクタはビルからビルへと跳(と)び移(うつ)っていた。

 ネクタは宙を浮遊できるが、その場合、あまり高速で移動

出来ない為、戦闘中は極力、地に足つけて戦っていた。

ネクタ『美しい。美しい、私ほどでは無いにせよ、貴方(あなた)の魔力の輝きは何と美しい事か・・・・・・』

 とネクタはウットリとしながら言った。

ソウル『悪いが、男は趣味じゃねぇんだよッ!』

 と言って、ソウルは大量の黒い魔弾を放った。

 しかし、それらはネクタに届く前に、燃え尽(つ)き、消えていった。

ソウル『オオオオオオオッ!』

ネクタ『ハハッ!』

そして、ネクタの紅い魔力と、ソウルの黒い魔力がぶつかりあった。

 そして、二人の脳裏にイメージが浮かんだ。

 血まみれで横たわる一人の女性。そして、トカゲの姿をした男。そして、怒(いか)れる王・・・・・・。

『じきに彼女がやってくる、・・・・・・の女(じょ)皇帝(こうてい)が。クリスタル王、

 そしたら、貴方も終わりですよ。ハハッ、ハハハハッ』


『兄さん、貴方・・・・・・。私は、私は、違うの・・・・・・私は・・・・・・』

 

『殺す・・・・・・殺す・・・・・・殺す・・・・・・。全てを壊してやる。

 全てを喰らってやる。許さん・・・・・・、許さんぞッッッッ!

 異星人どもッッッッッ!』


 さらに、全く別のイメージへ移り変わった。

 燃え盛(さか)るウイルダの王宮、陵辱(りょうじょく)の限りを尽くすラース-ベルゼ軍。先導する美男子。そして、その後ろに続く、闇の皇帝。

 王である義兄(あに)に抱きつく、皇后である義妹(いもうと)。

 そして、燃えさかる炎の中、砂漠の国ウイルダは滅んだ。


ソウル(今のは・・・・・・)

ネクタ『これは、これは何と素晴らしい事か。私と貴方は繋がっている!繋がっているゥゥゥゥゥッ!』

 と、叫び、ネクタは炎の化身、ヴェスタを次々と召喚した。

 その炎の女神達は狂おしそうに、身をよじらせた。

 それから、ヴェスタは上を向き、快楽から舌を突き出した。

 次の瞬間、周囲の空間が歪み、ソウルとネクタは炎の空間へと移動していた。

ネクタ『ようこそ、私の世界へ。さぁ、ここは快楽を貪(むさぼ)る間。

    燃ゆるように、肉欲に溺(おぼ)れようではありませんか』

 ソウルは鼓動が早まるのを感じた。

ネクタ『ハハッ、感じて参りましたか?実は私、不感症でして、

    こうして、魔力で昂(たか)ぶらせないとイケないんです』

ソウル『なら、本当に昇天させてやるよ』

 と言って、ソウルは魔力を高めた。


 ・・・・・・・・・・

 クオン達は緊急用-通路で待っていたクラインと合流した。

クライン「では、皇子、急ぎ、退却しましょう」

クオン「・・・・・・」

ファス「っていうかさ、一ついいかな?」

リグナ「何だよ、ファス」

ファス「いやさ、クリスタルの封印って、いつしたっけ?」

アグリオ「・・・・・・言われてみれば。あまりに、色々と有りすぎて、失念していました」

クオン「それは大丈夫だ。今の俺は遠隔操作で封印できる。

再起動には直接、触れなきゃ駄目だけど」

リグナ「マジか」

クオン「でも・・・・・・。今はまだ、封印したくない」

アグリオ「クオン?」

クオン「感じるんだ。クリスタルが怒っているのを。封印するにせよ、奴らに一泡(ひとあわ)、吹かせてからにしなきゃ、いけない」

アグリオ「ですが、クオン。国家副主席を殺した段階で、もう、

     既(すで)に十分では?」

クオン「いや、人知れず葬(ほうむ)るんじゃ無くて、堂々(どうどう)と示さなきゃいけないんだ」

リグナ「よく分からねぇが、クオン、お前の好きにしろよ。

    リーダーは、お前だし、今のお前は何つーか、

神がかってる感じがする。俺はお前を信じるぜ」

ファス「僕も」

アグリオ「私も、信じましょう」

クライン「わ、私も当然です」

クオン「ありがとう。みんな、聞いてくれ。俺は今から・・・・・・」

 

 ・・・・・・・・・・

 竜とクモの戦いは熾烈(しれつ)を極めた。

 さらに、周囲の炎が二匹の体力を徐々に奪っていった。

ウィル『・・・・・・ティア、あれを試そう』

 と、ウィルは止まった船の上で相棒の竜に向けて言った。

ティア『正気?でも、いいわ。上手く、乗って』

 そして、ティアは船の横へと向かった。ウィルはタイミングよく、ティアに跳び乗った。

ヨルン「オオ・・・・・・。分かる、私には分かる。これが、始まり。

    彼等(かれら)の英雄譚(えいゆうたん)の始まり・・・・・・」

 とヨルンは呟(つぶや)いた。

 しかし、次の瞬間、赤い魔力の糸がティアにまとわりついた。

ティア『何これ?特に、影響ないんだけど』

 すると、突然、ティアはそれ以上、進めなくなり、落ちていった。しかし、ティアは何とか、立て直し、空を飛んだ、

ウィル『ティア。あれは、もしかしたら、アラクネから

一定距離、離れると発動する糸なのかもしれない』

ティア『クゥ・・・・・・。厄介(やっかい)ね。あいつから、離れずに飛ばなき  ゃいけないなんて』

 すると、アラクネから次々と毒の魔弾が放たれた。

 ティアは華麗(かれい)に避(よ)けて行くも、限界であった。

ウィル『ティアッ!使うぞ!』

ティア『了解!』

 次の瞬間、ティアとウィルの魔力が共振(きょうしん)した。それにより、

大気は震え、大地は揺れた。

少女「爆(は)ぜる・・・・・・」

 そして、ティアの口から巨大な炎の魔弾が現れた。

 しかし、その魔弾の速度は、いかんせん遅かった。

アラクネ『下(くだ)らん・・・・・・』

 そして、アラクネは避けようとした。

 すると、ティアはあえて、アラクネと距離を取った。

 次の瞬間、アラクネはティアに引っ張られ、炎弾へと引きずられた。ティアに付けた糸を、逆に利用された形だった。

そして、炎弾が直撃した。

 それは爆発と呼ぶにはあまりに、威力(いりょく)が強かった。

 まさに、神話級の炎であった。

 その余波を防ぐのに、トゥスは残りのカードをほとんど使い果たしてしまった。

トゥス『隊長、殺す気ですかッ!』

ウィル『すまん・・・・・・』

 船の横の水面(みなも)にティアは降り立っていた。

ティア『・・・・・・コホッ』

 とティアは血を吐(は)いた。ウィルも悪い咳(せき)をした。

アール『大丈夫ですか?』

ウィル『流石(さすが)に、体にくるな・・・・・・』

ヨルン「ウィルよ、まだだ、まだ、終わっておらん!」

 すると、煙の中からアラクネが出てきた。

 しかし、その姿は弱々しく、足が何本か欠けていた。

 次の瞬間、空間が歪み、アラクネとウィルとティアは亜空間へ移った。

 辺りはクモの糸だらけで、ティア達は動く事が出来なくなった。

アラクネ『・・・・・・終わりだ。お前達の技は驚嘆に値(あたい)する。

     だが、もう一度、使えば、お前達の体は、それに

     耐える事は出来ないであろう。さらに、逃げる事も

     もはや、不可能』

ティア『あんただって、ボロボロのくせに』

アラクネ『違いない。一つ提案がある。妥協(だきょう)しよう。あの

民間人の中から一人、我に捧げよ。さすれば、許そうぞ。年寄りでも構わぬ。どうじゃ?』

ウィル「出来るわけがない」

アラクネ『そうか、なら、お主(ぬし)達(たち)が死ぬ事となろう。命が惜しくないのか?』

ウィル「・・・・・・舐(な)めるな。国をッ、国民を守る為ッ!

    『命、捨てます』と誓ってんだよッ!

     これ以上、民間人に指一本だって、触れさせるか、

     この化け物ッ!ティア、やるぞッッッ!」

ティア『当然』

 と、ティアは嬉しそうに返事をした。

 そして、ウィルとティアの共振が始まった。

 亜空間は不穏(ふおん)に揺れ出した。

 一方、アラクネも魔力を溜(た)め、そして、大きな魔弾を放った。

 それに対し、ほぼ同時にウィル達は巨大な炎弾を放った。

アラクネ(惜しいかな・・・・・・。お主達の炎弾は爆発力はあるが、

     貫通力は無い。故(ゆえ)に、こうして、盾のように、魔弾を放てば、炎弾は魔弾とぶつかり、妾(わらわ)にぶつかる前に爆発する。至近距離での爆発で無ければ、耐えられよう・・・・・・)

 と、アラクネはスローモーションのような時の流れの中で、

思考した。

 そして、案の定、アラクネの魔弾にぶつかった炎弾は、その場で爆発した。

 再び猛烈(もうれつ)な爆発が起きるが、アラクネは何とか耐えた。

アラクネ(勝ったッ!)

 しかし、アラクネは視界の端に小さな炎弾を映るのを感じた。

 その小さな炎弾は、ゆっくりとアラクネに近づいて来た。

アラクネ(まさか・・・・・・)

 しかし、アラクネは先程(さきほど)のダメージで動けなかった。

 そして、先程と比べものに成らない程の爆発が起きた。

 最初の一撃がファイクで、二撃目の小炎弾が本命だったのだ。

亜空間は吹き飛び、ウィル達は元の世界へと戻って居た。

ティア『・・・・・・ッ・・・・・・か、勝ったの?』

 ティアは口から血をこぼしながら言った。

ウィル「分からない・・・・・・」

 ウィルは、鼻血を押さえながら答えた。

 二人の体力は限界だった。

 煙が晴れるとアラクネの姿は無かった。

ヨルン「終わったか・・・・・・」

トゥス「あんにゃろ、逃げやがったな」

アール「隊長!大丈夫ですか?」

ウィル「いや・・・・・・すまん、少し、眠る。アール、後の指揮を頼む」

 と言って、ウィルはティアの上で倒れた。

ティア『私は、まだ大丈夫・・・・・・。でも、飛行は無理かも』

アール「となると、まずいな・・・・・・。移動手段が無い」

 とアールは壊れた船の上で呟いた。


 ・・・・・・・・・・

 ソウルは赤い世界でネクタの召喚した燃える土人形を破壊していった。

ソウル『ハッ!』

 次の瞬間、幾本もの黒い棘(とげ)が召喚され、土人形を貫(つらぬ)いていった。

ネクタ『いいですねぇッ!ゾクゾクしますよッ、ハハハハハッ!』

 とネクタは叫び、快楽に悶(もだ)えた。

ネクタ『出でよッ、ゴーレムッッッ!』

 次の瞬間、巨大な土人形が現れた。さらに、周囲で妖(あや)しく

蠢(うごめ)いていた炎の女神ヴェスタ達が、ゴーレムと融合していった。

ネクタ『ああ、素晴らしい。私は貴方とも合体したい!』

ソウル『悪いが既に合体ずみだ、諦めな』

ネクタ『なっ、アアッ!その鎧ッ、よく見れば、女ではありませんか・・・・・・。失望しましたよ。死んで下さい』

 そして、地面に魔方陣が次々と浮かんだ。

 ソウルは魔方陣を必死に避けていった。

 魔方陣が発動し、地面が空へと吹き飛んで行った。

 後にはクレーターが幾つも残されていった。

 ソウルはゴーレムの上に立っているネクタへと駆けて行き、

ゴーレムの巨大な拳を避け、ネクタに大剣を振るった。

 しかし、ネクタは、それを素早く-かわし、レイピア

(刺突用の細身剣)でソウルを襲った。

 すると、ソウルの横からゴーレムの拳(こぶし)が迫(せま)った。

 ソウルはとっさに大剣で防御するも衝撃で吹き飛ばされた。

 すると、空から何かが降(ふ)ってきた。

 先程、魔方陣で打ち上げられていった土が、燃える隕石(いんせき)と

化し、降ってきた。

 ソウルは魔方陣を上に張り、必死に防御した。

 そして、次々と爆発が起きた。

 ソウルは何とか無事だった。

ネクタ『おやおや、しぶとい事で、私の今の技、リトル-メテオを絶対防御-無しで防(ふせ)いだのは貴方がはじめてですよ』

ソウル『絶対防御は-かなり魔力、喰うんでな』

ネクタ『ハハッ、好きですよ、そういう焦(じ)らしプレイも。

    しかし、よく考えたら、私もかつて、女に墜(お)ちていた事がありましたよ。子供まで作っちゃってまぁ。若かったですねぇ、本当。どうですか?改心する気は?

    きちんと悔(く)い改めれば、許してあげますよ』

ソウル『墜(お)ちてんのはテメーだろ。一度、好きになって、子供

    まで作っておきながら、何が悔(く)い改めろだ!愛する者

    は最後まで愛して見せろッ!このクズがッ!どうせ、

    ロクでも無い理由で捨てたんだろう』

ネクタ『知ったような口を聞くなッ!小僧(こぞう)がッッッッッッ!』

ソウル『俺は見捨てはしないぞッ!愛する者を、家族をッ、

    何があろうと!それが狂った俺の、狂った誓いだ!』

ネクタ『格好(かっこう)を付けるなッ!ガキがッッッッッッ!』

 そして、ネクタの魔力が周囲に吹き荒れた。

 強大な魔法が詠唱されだした。

 周囲の狂った精霊達は、それに対しあえぎ出した。

ソウル『マナッ!解放するぞ、狂気に身を置く。後は頼んだ』

マナ『はい、兄さん。狂った世界で踊(おど)りましょう。私も、

   兄さんを見捨てませんから、何があっても・・・・・・』

 そして、ソウルとマナの霊体は手を重ね、体を重ね、より強く一体となっていった。

 ソウルの黒い鎧は変化していき、それはより、獣性(じゅうせい)を増していった。

ソウル『グオオオオオオオッッッッ!』

 との黒い獣の咆哮(ほうこう)が赤い世界に響いた。

 空からは巨大な隕石が召喚され、ゆっくりと降ってきた。

 それはメテオ・ライトという魔法であった。

 ソウルは隕石に構わず、術者であるネクタを狙(ねら)うも、ネクタはゴーレムごと、地中へと潜(もぐ)っていった。

 ソウルは地面に開いた穴に入り、ネクタを追おうとするも、

穴は途中で塞がれていた。

 ソウルは急いで、外に出ると、メテオは確実に近づいていた。

ソウル『オオオオオオオオオオオオッッッッ』

 とソウルは吠(ほ)えた。

ネクタ(無駄ですよ、ここは私の世界。仮に地中に潜(もぐ)り、

メテオをやり過ごそうとしても、衝撃波(しょうげきは)は地中を通り、

貴方の体を引きちぎるでしょう。外に出れば、爆発が

貴方を襲うでしょう。もはや、どうしようも無いのですよ。もちろん、私にはメテオの衝撃波は影響無いですがね。フフフッ。まぁ、引きちぎれた貴方の体で慰(なぐさ)めるとしましょう。肉片が残っていればですが)

 と、ネクタは地中にて思った。

しかし、ソウルは想定せぬ行動を本能的に取った。

 ソウルはメテオへと跳んだ。

 メテオの炎がソウルを焼いた。

ソウル『オオオオオオオオッ!』

 そして、ソウルはメテオの核(コア)へアクセスを試みた。

ソウル『ウバウ(奪う)・・・・・・・ウバウ・・・・・・ウバウ・・・・・・・』

マナ『兄さんッ、あと、数十秒耐えて下さいッ!そうすれば、

   この魔法を私達の制御下に置けます』

 しかし、ソウルの体は焼けていった。

 ソウルの意識は狂気と熱気で、もうろうとしていた。

ソウル(アツイ、アツイ、アツイ・・・・・・)

 すると、薄れゆく意識の中で、古代上級語の歌が響いた。


『いつか、白き天使は、白き病を、まき散らすであろう。

 赤き竜を使役す、赤き少女は、全てを燃やすであろう。

 壊れた世界で、黒き獣は、黒き牙(きば)で狩り取るであろう』

 

ソウル(イニシエノトキ・・・・・・シュクメイ・・・・・・)

 ソウルには隕石が、墜ちていく人工衛星に重なって見えた。

 心臓の音が響いた。ソウルとマナの心臓、響き、重なった。

 

マナ(届けッ!)

 マナはメテオの制御を実行した。

 次の瞬間、メテオの炎は、赤から黒へと-染まっていった。

ネクタ(遅いですね・・・・・・?何が?ヌッ!)

 すると、ネクタの腕に黒い茨(いばら)が巻かれており、ネクタは

地表へと引きずり出された。

 茨(いばら)はメテオから伸び、ネクタと繋がっていた。

 ネクタとメテオの、魔法的な結びつきを利用したのだった。

ネクタ(ヒッ!)

 次の瞬間、メテオはネクタ目がけて、墜(お)ちた。

 黒い爆発が起きた。

 そして、赤い世界は崩れ、物理世界が現れた。

 ソウルは何とか、ビルの上に乗り、転がった。

 一方、ネクタは肉片と化しながら、炎の帝都を墜ちていった。

ソウル『オオオオオオオッ!オオオオオオオオオッッッ!』

 と、ソウルは血を吐(は)きながら、叫んでいた。

 ソウルは狂気のただ中にあった。

 マナはソウルから離れ、元の人間の姿に戻った。

マナ「兄さん・・・・・・」

 マナは手を差し出した。しかし、ソウルはマナの指を

食い千切(ちぎ)った

マナ「兄さん・・・・・・。大丈夫だよ。もう、怖くないよ。

   怖くないんだよ・・・・・・」

 そう言って、マナはソウルに抱きついた。

 ソウルはマナの肩に噛(か)みついた。それでも、マナはソウルの

体を抱きしめ、頭を撫(な)で続けた。

 すると、ソウルの目から狂気が消えた。

ソウル「俺は・・・・・・」

マナ「大丈夫だよ、兄さん。私は大丈夫だから」

 マナは弱々しく微笑んでいった。

ソウル「マナ・・・・・・ありがとな、救済(きゅうさい)してくれて」

マナ「うん・・・・・・」

 そして、二人は抱きしめ合った。

 いつしか、帝都には雨が降り出していた。雨により、狂った

ように燃える炎は、落ち着きを見せていた。


 ・・・・・・・・・・

 アールとカシムは船を懸命(けんめい)に直そうとしていた。

トゥス『ちっくしょう!アール、まだか?まだなのか?』

 トゥスは上空からのラース-ベルゼの飛翔(ひしょう)艇(てい)からの攻撃を防(ふせ)ぎ

ながら、叫んだ。

アール『まだ、かかる』

トゥス『カード、後、5枚しかねぇぞッ!』

 一方、ティアも最後の力を振り絞って、炎弾を吐いた。

 しかし、敵の飛翔艇はそれを、あっさりとかわした。

 すると、飛翔艇からAPFSDS(貫通-徹甲弾)が発射された。

 トゥスはその直前に5枚のカードを使い、迂回(うかい)結界を張った。

 ある一定以上の速度を持った物体を強制的に迂回させる結界だった。(波長が短い物体を空間の歪みで移動させる)

 そして、APFSDSは結界の効果により、後方で爆発した。

トゥス『やべぇ、カードが切れた。アール、代わってくれ』

アール『あ、ああ』

 そして、アールが防御を担当した。しかし、アールは

近接攻撃タイプであり、防御には向いていなかった。

 その時、飛翔艇からミサイルが飛んできた。

 アールはミサイルを魔力を込めた拳で殴り迎撃(げいげき)した。

 ミサイルにはマナがまとわれており、その分、遅くなっていたが、それでも、十分なスピードであり、アールの技は神業(かみわざ)と言えた。

アール(だが、こんなの何度も出来ないぞ・・・・・・)

 と、アールは予感した。

 しかし、次々とミサイルは飛んできた。

 アールが両拳をボロボロにしながら迎撃している中、突如、

夜空に赤黒い光の筋(すじ)が通った。

 次の瞬間、ラース-ベルゼの飛翔艇は爆発していった。

トゥス「何だ?」

アール『あれは・・・・・・』

 夜空には一匹の巨大な竜が居た。その竜は変わった形をしており、異形と言えたが、どことなく愛嬌(あいきょう)があった。

トゥス「あっ、ありゃ、マニマニじゃねぇか!」

アール「第四戦竜-中隊が来てくれたのか?」

『さてと、大丈夫だったか?人員はこちらで運ぶから、移る

 用意をするように』

 との念話が響いた。

アール『ロータ・コーヨ大尉!アール中尉、了解しました』

 竜マニマニの上には、普段は-やる気なさげな男、それでいて気品も覗(うかが)えるロータと、部下達が乗っていた。

 アール達は船の横に降り立ったマニマニへと急いで、移っていった。

トゥス「大丈夫ですか?足場、不安定ですからね」

 と、アールは民間人の老婦人に手を差し伸べた。

 そして、つつがなく、移動は終了した。

 マニマニは同じ竜であるティアを抱きかかえ、飛び立った。

アール『大尉、助かりました』

ロータ『まぁ、お礼は無事に脱出できたらという事で。

マニマニ!ダッシュだ!』

マニマニ『マニッ!』

 そして、マニマニは空を駆けるように真っ直ぐに移動した。

トゥス『早ええ』

ロータ『ダッシュの技は直線移動しか出来ないのが難点だけどね。通常の飛行速度で比べたらティアの方が早いだろう。特に旋回(せんかい)まで含めれば。もっとも、逃げる時は

ダッシュの技は重宝するけどね』

 とロータは説明した。

トゥス『ところで、いつもみたいに仮面、かぶらないんすか?』

ロータ『民間人を怖がらせてしまうからね』

 と、ロータは少し微笑(ほほえ)み答えた。

マニマニ『マニーーーーーーーーー!』

 そして、マニマニとウィル達は無事、帝都を脱出していった。


 ・・・・・・・・・・

 装甲車の中で民間の能力者達は変化を感じていた。

女「やったの?」

男A「みたいだな。はぁ、助かった・・・・・・」

男B「しっかし、あの二人なんなんだろうな?兄妹だろ、あれ?」

男A「まぁ、高位の能力者は変人が多いって言うし」

男C「まぁなぁ・・・・・・」

 と彼等は好き勝手に言っていた。

 すると、一人の眼鏡(めがね)を掛(か)けた男が立ち上がろうとして、天井(てんじょう)に頭をぶつけた。

メガネの男「あっあの、何でそんな事しか言えないんですか?あの人達は僕たちを守る為(ため)に戦ってくれてるんですよ。なっなのに・・・・・・」

 との彼の言葉に、皆、気まずく沈黙した。

 すると、後部ハッチを叩く音がした。

 扉越しに魔力を確認し、眼鏡の男は急いでハッチを開けた。

ソウル「・・・・・・よう。無事、みたいだな・・・・・・」

 と、ささやく様(よう)に、ソウルは言った。

 ソウル自身は満身(まんしん)創痍(そうい)の風(ふう)で、マナの肩を借りていた。

メガネ「あ、ああ・・・・・・」

ソウル「どうした?」

メガネの男「ありがとう、ございます。ありがとう・・・・・・、

ございます・・・・・・」

 と、男は涙ながらに言った。

ソウル「気にすんな。さぁ、行こう。外は雨だ。火も弱ってる。

    脱出、開始だ・・・・・・」

 とのソウルの声に皆、うなずいた。


 ・・・・・・・・・・

 クリスタルの塔の正門で爆発が起きた。ラース-ベルゼの工兵によるモノだった。しかし、煙が晴れても、閉ざされた門には傷一つ入っていなかった。


兵士[参ったな、こりゃ・・・・・・。結界の解析(かいせき)から、やらないと

   駄目かもな]

 と、兵士は、すすけた門を見ながら言った。

兵士[こりゃ、相当、かかるな・・・・・・]

 と、兵士が呟(つぶや)いた時、扉が開いた。

 誰もが口をポカンと開けた。

 しかし、中から出てきた人物を見て、兵士達は銃を急ぎ構えた。

 そこには、ヤクト国-皇子である、クオンが居た。

 クオンが手をかざすと、塔周辺に新たな結界が張られた。

 その結界に兵士達は閉じ込められる形となった。

 兵士達は現状を外に伝えようとするも、空間が閉ざされているため、外には通じなかった。

兵士[隊長!発砲命令を!]

 しかし、若い士官の隊長は、どうすればいいのか分からず、

うろたえていた。

クオン[我が名はクオン・ヤクト・アウルム。ヤクト国、

    皇子にして王位を約束されし者。私は、皇子として、クリスタルの守護者として、お前達の好きにさせるわけにはいかない。お前達にも家族が居るだろう?その者達を悲しませたく無くば、武器を捨て、立ち去れ。それを約束出来るなら、結界を解こう]

 とのクオンの言葉に、兵士達は怒りで肩を震わせた。

 それは兵士達にとり、あまりに侮辱(ぶじょく)であった。

[撃てッ!撃てッッッ!]

 との下士官の副長が怒りの声で叫んだ。

彼は歴戦の兵士であり、実質的な小隊の隊長だった。

彼の判断は正しく、今の状況下ではクオンを一刻も早く、

戦闘不能にするべきであった。(逃げられる可能性がある為)

その彼の言葉に従い、兵士達は銃を撃ち出した。

 しかし、クオンの召喚してあった、レプリカント(コピー)

の剣たちが、クオンを銃弾から守った。

 雨あられの様(よう)な銃弾の中、クオンは瞬間移動で姿を消した。

 クオンは-さらに瞬間移動し、兵士達を斬り刻んでいった。

加えて、レプリカントの剣たちが一気に空中に展開され、舞うように敵兵を襲った。

 耳をつんざくような銃声と、レプリカントの剣の破砕音(はさいおん)が

響く中、クオンの周囲だけは、静寂に満ちているかのようだった。

 さらに、敵兵の背後に移動し、一瞬で、敵兵の首を切断していった。

 

怒(いか)りに燃える兵士達は惜(お)しみなく弾丸を使うも、クオンの

召喚した剣が弾丸をはね返したため、自軍の放った弾丸を喰らうハメとなっていた。

 

 その圧倒的な力に兵士達は為(な)す術(すべ)もなかった。

 彼等の信頼する下士官の副長も、真(ま)っ先(さき)に首を斬られ、殺されていた。

 若い士官の隊長は生かされており、右往左往(うおうさおう)していた。

 すると、クオンを魔弾が襲った。

 しかし、レプリカントの剣たちが、クオンを守護し、クオンは、ほぼ無傷だった。クオンを守り-砕(くだ)けたレプリカントの剣が

星屑(ほしくず)のように煌(きら)めき、舞い散っていった。

 クオンは残りの魔力をその星屑(ほしくず)に注いだ。

すると、星屑(ほしくず)は空を舞い、流星群(りゅうせいぐん)のように、ラース兵士達に降り注(そそ)いだ。

 さらに、その星屑(ほしくず)を中心に棘(とげ)が形成されていき、ラース兵達

を貫(つらぬ)いていった。

 兵士達は絶叫をあげた。

一方、クオンは、ゆっくりと門をくぐり、クリスタルの塔

の中へと入っていった。

 門がゆっくり閉ざされて行くのを、彼等(かれら)は成す術(すべ)も無く、

見ている事しか出来なかった。

 

 この日、3月13日と、その前日はヤクトにとり、いや、世界にとり、忘れられぬモノとなった。

 数えきれぬ程のヤクト人が一方的に虐殺された。

 それは、どんな災害よりも多い数であった。

 しかし、ヤクトの民は、この日を悲しみだけで、とらえなかった。

 この日こそ、伝説の始まり。新たな神話(サーガ)の始まり。

 そして、『覚醒(かくせい)の日』として、歴史に刻まれるのであった。

 だが、それは序章の始まりに過ぎなかった。

 ヤクト最後の王にして、英雄と称されるクオン・ヤクト・

アウルムの物語は、これより、真に紡(つむ)がれていく。

 しかし、そのクオンの物語すら、アーカーシャのサーガ

からすれば、ほんの断片の始まり-に過ぎないのであった。

 星々を救う物語が今、始まろうとしていた。



 ・・・・・・・・・・

 クオンは緊急用-通路に戻っていた。

クライン「お疲れ様でした皇子殿下」

ファス「クオンの視界を通じて見てたよ。凄かったね」

リグナ「お前、今、レベル7級の実力あるんじゃないか?」

クオン「そ、そんな事ないって。もう、心臓、ばくばく言ってるし」

アグリオ「はぁ、相変わらずのクオンですねぇ」

クオン「じゃあ、クリスタルを封印しよう」

クライン「皇子殿下、クリスタルの力が封印されれば、塔(とう)周辺(しゅうへん)に張られた結界も、迎撃システムも、さらに

     緊急用-通路の防御も、失われます。つまり、その」

アグリオ「クリスタルを封印したら、急いで、通路を走って

     逃げる必要があるわけですね」

クライン「そ、そういう事だ。まぁ、緊急用-通路は元々、頑丈

     に作られているから、クリスタルの加護が無くても、

     扉さえ、しっかり閉めておけば、そう簡単には入って来れないだろう。ただ、何処(どこ)に逃げたものか」

リグナ「それなら、郊外(こうがい)にセーフ・ハウスがあるぜ」

ファス「あそこか。もっと遠くがいいんじゃないの?」

クオン「いや、帝都の状況を把握(はあく)、出来る場所がいいと思う」

アグリオ「ゲリラ戦が始まるでしょうしね。ヤクト人も怒らせると怖いですからね」

クオン「よし、じゃあ、そうしよう。今からクリスタルを封印する」

 そして、クオンはクリスタルに遠隔でアクセスを試みた。

 クオンは幾(いく)つもの結晶体のイメージを得た。

 それらは魔導の力で複雑に回転していた。

 クオンは結晶体を操作し、その動きを止めた。

クオン「うん、上手く出来たと思う」

リグナ「よし、急ごう」

 そして、クオン達は扉を閉め、駆けだして行った。


 ・・・・・・・・・・

 変態の美男子、ネクタは肉片と化(か)しながらも生きていた。

ネクタ(クソッ、何て言う事だ。この私が、いくら魔力を使い

    過ぎていたとはいえ、ただの人工能力者に・・・・・・)

 ネクタの肉片は徐々(じょじょ)に集まり出していた。

 しかし、ネズミやカラスが来て、ネクタの肉を食いだした。

ネクタ(こらッ、あっち行け!このチクショウどもめ!)

 だが、ネズミ達は数を増やすばかりだった。

 すると、ネズミ達が突然、逃げ出した。

 そして、一人の薄暗い雰囲気をたたえた女性が現れた。

 次の瞬間、ネクタの体は凍(こお)り付(つ)き、ネクタの意識は薄れた。


 ・・・・・・・・・・

 ウィルが気付くと巨大な竜マニマニの上だった。

トゥス「隊長!」

ウィル「ん、ああ・・・・・・お前等。ここは」

 すると、一人の、やる気なさげな男が歩いてきた。

ロータ「久しぶりだね、ウィル」

ウィル「って、ロータ。何でここに?」

ロータ「まぁ、帝都が大変になってると言うので、つい」

 と、ロータは軽く答えた。

今、彼等は高速で移動しており、雲が横を通り過ぎていった。

ウィル「みんな、無事なのか?」

ロータ「ええ。みたいだね」

ウィル「そうか、助かった・・・・・・」

ロータ「感謝するならティアにした方がいいのでは?私達は

ティアさんを追ってきただけだしね」

ウィル「はは、相変(あいか)わらずだな」

ロータ「まぁ、竜とは言え、ティアさんは女性だからねぇ」

マニマニ『マニ!』

ロータ「ああ、マニマニも女の子だったね、よしよし」

 とロータはマニマニを撫(な)でた。

マニマニ『マニ!』

 とマニマニは嬉しそうに鳴いた。

 すると、巨大な斧(おの)を持ったロータの部下のごつい女性が、

ロータの方(ほう)をジーッと見た。

ウィル「・・・・・・撫(な)でてやれば?」

ロータ「う、うん」

 そして、ロータは自分より背の高い、女性隊員の頭を撫でた。

ロータ「よーし、よし、よし、よし」

 女性隊員は恥ずかしそうに去って行った。

 すると、全身を包帯で巻いた少年に見える者が近づいて来た。

 彼はロータの部下で、年齢上は成人していた。

少年?「ロータさん、僕、高い、高い、して欲しいです!」

ロータ「あ、あのねぇ、ホシヤミ君。私はアクマで、女性に優しいのであって、君は男の子だろう?」

ホシヤミ「えー、そんなの差別ですよ、差別」

ウィル「高い、高い、してやれば?」

ロータ「仕方ないなぁ・・・・・・。ほーら、高い、たかーい。

    高い、たかーい。高い、たかーい」

 と子供をあやすように、高い高いをした。

ホシヤミ「わーい、わーい」

 と言って、そして、そのまま空中を浮遊して去って行った。

ロータ「ふぅ」

ウィル「もてもてだな」

ロータ「まぁね。うらやましいだろう?」

 と何処(どこ)か悲しげに言った。

ウィル「それで、状況は?」

ロータ「悪いね。北部方面の基地とは連絡が取れないし。帝都も敵に奪われてしまったし」

ウィル「そうか、本格的な戦争が始まったんだな」

ロータ「いや、始まって無いんじゃないか?」

ウィル「どういう事だ?」

ロータ「攻撃命令が出てないからね。まだ」

ウィル「馬鹿な、だって、俺達は攻撃を受けている。ヤクト軍

    は専守防衛に縛られているから、敵の攻撃を受けるまでは攻撃できない。    でも、今回のケースは明らかに攻撃を受けているわけで、反撃への要件(よ    うけん)は満たしているはずだ」

ロータ「まぁ、私もそう思うんだけどね。防衛大臣とかが皆、死んじゃって、命令    する人が居ないんだよ。

  いや、まぁ、厳密には生きてるかもしれないけど、

    命令を下せるような状況には無いって事だね。

    統幕監部(とうばくかんぶ)(軍の最高機関)とも連絡が取れないしね。

    まぁ、あの人達は能力者がほとんど居なかったから、残念ながら殺されて    いるんじゃないかね?」

ウィル「最悪だ・・・・・・」

ロータ「もちろん、ヤクト軍も個々に反撃はしているようですが、動きが基地ごとにバラバラで、きちんと統率(とうそつ)され

    たラース-ベルゼ軍には敵(かな)わないね」

ウィル「そりゃそうだ。防衛大臣の命(めい)が無ければ、ヤクト軍は

    戦えない。半世紀-以上、平和だったから、平和ボケ

    してたんだ、俺達ですら」

ロータ「まぁ、残った軍上層部では色々と、きな臭(くさ)い事になってるみたいだけどね」

ウィル「参ったな。大丈夫なのか?ヤクトは」

ロータ「駄目なんじゃ無いかねぇ?」

ウィル「そう、はっきりと言わなくても」

ロータ「いやぁ、これで合衆国、ヤクト州の誕生かねぇ。胸熱(むねねつ)

    だ。軍備を侮(あなど)っていた罰だよ」

 と、ロータは皮肉げに言った。

ウィル「やっぱ、北部のリベリス基地を撤退させたのが、マズ

    かったんだよなぁ」

 ヤクトはリベリス合衆国と軍事同盟を結んでおり、ヤクト国内にはリベリス軍-基地が幾(いく)つも存在していた。

ロータ「でしょうね。与党の社国党もやってくれましたよ」

ウィル「ああ・・・・・・。それでも、戦わないとな」

ロータ「まぁ、何とかなるんじゃないかなぁ。最悪、死ぬだけだし」

ウィル「ネガティブなのか、ポジティブなのか・・・・・・。まぁ、

    いいや。やるだけ、やるさ。俺達に出来る事は全て」

 すると、日が地平線より出(い)で、世界が光に照らされた。

 そして、彼等(かれら)は日の出を背に-飛び進むのであった。


 ・・・・・・・・・・

 焼(しょう)死体(したい)を超え、ソウル達は進んだ。

 辺りにはラース-ベルゼ兵はおらず、ソウル達は問題なく、

帝都の端まで辿(たど)り着いた。

 燃えるような朝焼けの中、彼等は走り続けた。

 雨の匂い、血の匂い、焼けた死体の匂い、全てが入り混じっていた。

 ソウルとマナは、いつしか手を繋ぎ走っていた。

 手を通じ互いの鼓動(こどう)が響いた。

 ソウルには鐘の音が痛い程(ほど)に響いた。

ソウル(鐘?誰が鳴らしている?)

マナ「兄さん?」

ソウル「いや、鐘が響いて・・・・・・」

マナ「そうですね、心地(ここち)いい響きです」

ソウル「かもな。もう少し、音が小さいといいけど」

 との二人の会話に周りの者はギョッとした。

メガネの男「あっあの、鐘の音なんて聞こえないんですけど」

ソウル「え?・・・・・・ああ、そういう事もあるさ」

マナ「・・・・・・素敵(すてき)です。私達、二人だけを祝福してる鐘・・・・・・」

 とマナはうっとりと言った。

 すると、前方に人々が、のんびりと歩いていた。

 老人達が重い荷物を背負い、懸命に歩いていた。

ソウル「無視するぞ」

マナ「ですね」

女「待って下さい!」

 と民間の能力者の女性が言った。

 それに対し、ソウルとマナは立ち止まった。

ソウル「民間人を一々、助ける趣味はねぇぞ。そんな事する奴

    から死んでくんだ」

女「でも、市民を守るのが私達、能力者の役目で」

ソウル「ハッ、笑わせるな。ああ、あんたは、あれか。自分が

    力を持ってるからって、非能力者を馬鹿にする奴か」

女「私はバカにしてなど」

ソウル「俺はレディー・ファーストが嫌いだ。何故なら、それは逆差別だからだ。あれは一見、紳士的に見えるかも

    しれないが、その根底には差別的な意思がある。女性

    は弱いから守ってやらなきゃいけないってな。そんな

    男性のエゴなのさ、あれは。あんたの態度は、それと

    同じさ」

女「なッ・・・・・・」

ソウル「非能力者は弱いから守ってやらなきゃいけない。そう

    やって、見下してるんだろ?笑わせる。能力者だろう

    が非能力者だろうが、皆、弱いんだよ。逃げなきゃ、

    死ぬんだ。こうして、話している間にも、奴らは追って来ている。くだらない。まぁいいさ。俺は人の意思を尊重する。お前等もそうだ。ここに残って、老人共(ども)を救いたいなら、救えばいいさ。そうやって、若い命を無駄に散らすがいいさ。さぁ、どうする?決断の時

    だ。決めろ。自らの運命を」

 とのソウルの言葉に、ほぼ全員がソウルを否定した。

 女の周りに彼等は集まった。

ソウル「そうかよ。だが、言っとくぜ。あんたらは必ず、後悔

    する。これは津波と同じだ。老人をかばい、若者が

    飲み込まれていく。愚かな事だ。あいつらを見ろ。

    自らの体力もわきまえず重い荷物を背負い、トロトロ

    歩いている。そして、誰かが助けてくれるのが、

当たり前と思っている。ふざけるなッ!あの老人達は本当 は走れるんだ。でも、走ろうとしない。

面倒だからな。

    だが、あいつらは走るぞ。ラース-ベルゼの兵士が奴らの視界に入ったらな。その時、お前等は置き去りに

されるんだ。それでもいいのか?」

女「早く、あっちへ行け!このクズッ!気持ち悪いんだよ!」

 と、女は叫んだ。

ソウル「そうかよ・・・・・・。俺はお前等を、仲間と思ってたんだぜ。まぁ、いいさ。裏切られるのには慣れてる。行くぞ、マナ」

マナ「はい・・・・・・」

 そして、ソウルとマナは駆けだした。

 ソウルとマナは置き去りにされた車の上を、跳び進んで行った。歩く気力の無い者達が恨めしそうに、ソウル達を見た。

ソウル「マナ、泣いてるのか?」

マナ「兄さんが、不憫(ふびん)で・・・・・・」

ソウル「お前が、そう言ってくれるだけで十分さ」

マナ「兄さん、私は兄さんの味方ですから。何があっても。

   世界が兄さんを、どれ程(ほど)、否定しようと」

ソウル「ああ、俺も同じだよ、マナ」

 と二人は駆けながら、会話した。

「おーーーーーい。待ってくださーーーーーい」

 との声が後ろからした。

ソウル「何だ?」

 すると、後ろではメガネの男が小太りの体を揺らしながら、

追って来ていた。ソウル達は車の上で立ち止まった。

ソウル「お前、いいのか?」

メガネの男「僕は、僕は貴方達に付いてきます。一生ッ!」

ソウル「ハハッ、なら、来い。俺達は仲間だ。いいよな、マナ」

マナ「もー、いいですよーだ」

 と、マナは少しすねた風に言った。

ソウル「それで。お前の名前は?俺はソウル、こっちがマナだ」

メガネの男「ティオです。ティオ・グランツです」

ソウル「そうか、じゃあ、ティオ、よろしくな」

 とのソウルの言葉にティオは目をうるませた。

ソウル「さぁ、行こう。いい天気だ」

 そして、ソウル達はあまりに澄(す)んだ青空の中、駆けだして

行った。


 ・・・・・・・・・・

 牢屋にはニュクスの筆頭騎士シャインが繋がれていた。

 彼女はまだ、眠っており、スヤスヤと寝息をたてていた。

 その姿を上官であるノワールは見ていた。

ノワール「のんきなモノね。本当に。分かってるのかしら?

     あんな事をしでかして、ただで済(す)むと思ってるの

     かしら?はぁ、とうとう貴方ともお別れね、

シャイン。

     何て言うか・・・・・・、そう、せいせいするわね」

 と言ってニヤリとノワールは笑った。

ノワール「全く、あんたには本当にむかついてたのよ!

     ミス陸軍を決める時だって、あんたは出場しないし。

     しかも、あのレザン(教官)のアホは、あんたの

水着が見れなくて、ションボリしてたって話だし!

しかも、何よりも、許せないのは、出場してない

くせに、あんたは二位になってたって事よ。私は

一位だったからいいけど・・・・・・クゥ・・・・・・」

ノワール「ああ、むかついてきたわ。私はあんたより、魔法学  

     の成績がはるかに良かったけど、模擬(もぎ)の魔法戦では

     ボロ負けしたし・・・・・・。ああああああ、最悪だった

     わ、あれ。あの時は、あんたの無詠唱-魔法のあまりの速さに、こっちの詠唱が集中、出来なくて・・・・・・。

     しかも、あんたが使う魔法は初級魔法ばっかだから、

     あんたの魔力は全然、減らなくて・・・・・・。私の上級魔法は不発に終わって、魔力だけ消費しちゃうし」

ノワール「しかも、何よりムカつくのは、あんたは士官学校

     時代から結局、国境警備-戦を想定して、訓練してた

     って事よね。モンスターと味方が入り乱れる中、

     効果範囲の広い中級、上級魔法は使えないモノね。

     あんたは、わざと魔法が下手(へた)な振(ふ)りして、初級魔法

     の腕を磨(みが)いてたのよね」

ノワール「で、その結果、対人戦でも通用したって事よね。

     あんたの実力は。何せ、クリスタルの守護者、使徒

     をも倒してきちゃうんですものね。これには参(まい)った

     わ。でも、愚(おろ)かね。結局、ラース-ベルゼを裏切るん

     ですものね。どうなるか、分かってるくせに」

ノワール「しかも、ご丁寧(ていねい)に、ラース-ベルゼ兵を殺さなかった

     ってのも、シャクに触るわ。正義の味方のつもり?

     いきなり、裏切って不意打ちするから、殺しまでは

     しないって事?ふざけんなよッ!あんたは、あんたは、何で、そうやって死に急ぐんだッ!」

 と、ノワールは感情的に叫んだ。

シャイン「うるさいわねぇ・・・・・・ファァ」

 とシャインはアクビしながら目を開けた。

ノワール「なっ、お、起きたの?」

シャイン「起きてた、というのが正しいわね。面倒だから、

寝たふりしてたけど」

ノワール「どこから聞いてたわけ?」

シャイン「最初っから。聞いてて恥ずかしくなったわね」

ノワール「・・・・・・うっさい、このバカ!あんたなんか、さっさと死んじゃえばいいのよ」

シャイン「それが中々(なかなか)、死ねなくてね。何か、また生きてるし」

ノワール「うっさい。あんたはねぇ、見せしめに殺されるのよ。

     そうに違いないわ。もう、メチャクチャに犯されて、

     拷問(ごうもん)されてから、殺されるのよ」

シャイン「いや、別に感覚、遮断(しゃだん)できるから、好きにしていいけど」

ノワール「へ?何よ、それ。初耳なんだけど」

シャイン「そりゃ、言ってないからね」

ノワール「抑制石、付けてても使えるの?その能力」

シャイン「そりゃ、そうじゃなきゃ、意味ないからね」

ノワール「あんたは本当に、あっぱれよ」

シャイン「そりゃ、どうも」

ノワール「もう、いいわ。あんたはゴキブリ並にしぶといから、

     心配してやんないから」

シャイン「ひどいなぁ、黒い服だからって、ゴキブリなんて。

     まぁ、でも、心配してくれてたんだ。へぇ、嬉しいかも」

ノワール「うっさい、心配なんかしてないんだからね!」

シャイン「はいはい」

 と言って、シャインはクスクス笑った。

 すると、憲兵に連れられ、一人の男が引きずられて来た。

 その男は、生粋(きっすい)の騎士、バーサレオスだった。

ノワール「もう、行くわ。さよなら、シャイン」

シャイン「ええ。また会えたら」

ノワール「ふん」

シャイン「それと、私の装備、札(ふだ)が入ってるから、それだけは

     大切に保護しておいて」

ノワール「ああ、あの、仏教の?ミロク教だっけ」

シャイン「そう。よろしく頼むわね。ノワール」

ノワール「・・・・・・分かった、分かったわよ。まぁ、確かに、

     宗教的なモノは当然、処分されるでしょうからね。

     ラース-ベルゼは共産主義者で無神論だからね。

     まぁ、やって見るわよ」

シャイン「ありがとう、ノワール。もし、私が死んだら。

イザヨイ寺院に届けておいて」

ノワール「自分でやりなさいよ、それくらい。じゃあね」

 そして、ノワールは去って行った。

 シャインの隣の房(ぼう)にはバーサレオスが入れられていた。

 すると、シャインの耳には彼のため息が何度も聞こえた。

バレオス「いいでしょうか?」

 との声が壁越しに聞こえた。

シャイン「脱出は出来ませんよ」

バレオス「分かっています。今更、あがく気もありません」

シャイン「それは、諦(あきら)めのいい事で」

バレオス「シャイン殿、私は貴方がうらやましい」

シャイン「そうでしょうか?バーサレオスさんが何をしでかしたかは知りませんが、私は死刑、間違い無しですよ」

バレオス「まぁ、そうかもしれませんが。それよりも、

シャイン殿、よく私の名前をご存(ぞん)じで」

シャイン「まぁ、主要国のおもだった騎士は把握していますよ。

     大体は。それに、ウチには剣聖に成れなかった子が

     居ますから。剣聖である、貴方の事はよく知っていますよ」

バレオス「ジュノ君、ですか。まぁ、あの子はまだ、若い。

     何とでもなりますよ。ただ、惜しいですね。恐らく

     腕だけなら、私と互角(ごかく)か、それ以上ではないのですか?」

シャイン「可能性はありますね」

バレオス「はは、それ程、彼を信頼なされているのですね。

     しかし、彼がうらやましい。彼は貴方という、仕えるべき主君を得る事が出来た。私には、それが無い。

     主なき騎士が剣聖など、こっけいなモノです」

シャイン「だとしても、ジュノもまた、主を失う事になる。

     あの子には、いつも可哀想な事をしてしまう」

バレオス「まぁ、シャイン殿、元気を出して下さい。まだ、

そうなると決まったわけでは、ありません。貴方を天が見殺しにするはずが、ありません」

シャイン「だと、いいのですが・・・・・・」

 と、シャインは憂(うれ)いた声で答えた。

バレオス「私の方(ほう)も微妙な所です。上官を気絶させてしまいました。彼は最初     に決めた命令を次々と変更していました。魔導ジャマーによる、無線封     鎖の中、それは絶対にやってはいけない事でした。ジャマーが無くて      も、指揮官は、そう容易(ようい)に命令を変えてはいけないというのに」

シャイン「人は追い詰められると、現状を変えようとします。

     そして、安易に変えて、より悪い結果を得る。

     今まで通りにしていれば、滅びるにせよ、もう少し、長続き出来たとい     うのに。そうすれば、思いもせぬチャンスが訪れたかもしれないのに。     それでも、自らの首を絞(し)める方向へと動いてしまう」

シャイン「たとえば、ヤクトがそうでしたね。ヤクトは長年、

     資本主義である自由党が与党(第一党)を占めて

     いました。しかし、景気が悪くなり、色々と不満が

     出(で)だすと、今度は共産主義である社国党へと、

     ヤクト国民は投票してしまった。社国党には、政権を運営するノウハウ     も無く、理想論ばかりで、

     上手く行くはずが無いのは、目に見えていたのに。波、時代の波に流さ     れてしまった。愚かな大衆達は」

シャイン「そして、滅びが始まった。かつてない程(ほど)の危機が

     ヤクトには訪れたわけです」

バレオス「シ、シャイン殿、あまり、共産主義の批判(ひはん)は・・・・・・」

シャイン「大丈夫ですよ。虫(盗聴器)はありません。看守(かんしゅ)

からも聞こえないようにしゃべっています」

バレオス「そ、そうですか。それでも、私には、そのような事

     を口に出す勇気はありません」

シャイン「でも、これでヤクト国民も目が覚めたのではないでしょうか?共産主義がいかに恐ろしいか。そして、完全ではないにせよ、資本主義の方がどれ程(ほど)、マシか」

バレオス「ま、まぁ・・・・・・」

シャイン「あとは、ニュクスの民も気付いてくれるといいのですが・・・・・・」

バレオス「私には、何と言っていいか、分かりません。これまで、ずっと、社会統     一党の為(ため)に働いて参(まい)りました。

     これからも、上からの命(めい)があれば、戦うでしょう。

     ですが、かつてのように、喜んで任務を受けると

     言う事は私にはもう出来ぬかもしれません」

シャイン「それが人、ですよ。私達は無人機じゃありません

     から、自分達で考える事が出来る。だから、苦しいし、だからこそ、間     違いを正す事も出来るのだと思います」

バレオス「シャイン殿。やはり、貴方はこのような場で死ぬ

べき方(かた)ではない。必ず、生きるべきです。必ず」

シャイン「ありがとうございます。私も、本心は生きたいですが」

 と言って、シャインは黙ってしまった。

 その沈鬱(ちんうつ)な空気を察(さっ)し、バレオスも押し黙ってしまった。


 ・・・・・・・・・・

 ウィル達は帝都エデンから少し離れた所に位置するレガイア

基地に到着した。

 そして、マニマニは管制官(かんせいかん)の指示に従って、着陸した。

 見れば、滑走路を隊員達が駆けてきた。

「おーーーーーい!」

 と、彼等はウィル達やロータ達に向かって手を振りながら、

駆けてきた。

ウィル「あれ・・・・・・何でだ?涙が・・・・・・」

 ウィルの両目から涙が頬(ほお)を伝っていった。

ロータ「これからだよ。戦いは」

 と言いつつも、ロータはティッシュを渡した。

ウィル「ありがとう」

 そして、ウィルはティッシュで目を拭(ぬぐ)った。

「ティアーーーーーッ!」

 と一人の女性が竜であるティアに向かって、駆け寄った。

ティア『リリー?!』

 とティアは、その女性の名を言った。

リリー「ティア、ティア。もー、心配したんだから」

 と言って、リリーはティアに抱きついた。

ティア『ごめん・・・・・・』

 さらに、小柄の青年マロンが、ウィル達に向かって飛び込ん

でいった。

トゥス「おいおい、マロンッ。はしゃぎ過ぎだぜ」

マロン「だって、だってさぁ・・・・・・・」

 と、マロンは半べそをかきながら、答えた。

ロータ「さぁ、感動の再会はここまでだ。戦いは始まったばかりなんだから」

 とのロータの声に、皆が敬礼した。

 そして、彼等の反攻が今、始まろうとしていた。


 ・・・・・・・・・・

 レオ・レグルス陸軍幕僚長は首都エデンに近接する、ラバオ

県にある、エルシア基地に居た。

 そこは第一空挺団や特殊作戦群と言った、ヤクト軍の中でも

名だたるエリート達が存在していた。

 しかし、レオ・レグルスは、あえて、帝都に彼等を派遣(はけん)しなかった。

 一つには敵の戦力を把握-出来ていなかった事。

 一つには防衛大臣等(など)からの命令がなかった事。

 そして、一つにはリベリス合衆国から・・・・・・。


 結局、レオ・レグルスはヤクト南部へと、全軍を撤退する

ように命じた。これは、すなわち、ヤクト北部を見捨てる事を意味した。

 これに反発する将校も多かったが、ラース-ベルゼが総力戦を挑んでいる事が分かると、皆、従わざるを得なかった。

 政権をとったヤクト社国党のせいで、ヤクトの北部は戦力に欠けていた。

 さらに、勢いづくラース-ベルゼに対し、今、戦いを仕掛(しか)けるのも愚策と言えたかも、しれなかった。

 一般に侵略戦争は攻める方が不利であり、奥地に進めば、

進む程(ほど)に、自軍は分散しがちになる。

 故(ゆえ)に、レオ・レグルスの策は確実に勝利するモノと言えた。

 きちんと、準備を整え、リベリスと合同軍を形成し、ラース-ベルゼを叩けば、数年もせずに、戦(いくさ)が終わる事は予想された。

 ただし、おびただしい数の犠牲者は出るだろうが。

 いずれにせよ、レオ・レグルスはそういう選択をしたの

だった。

 しかし、これが、彼の運命を歪(ゆが)めていってしまうのであった。


 エルシア基地から撤退する輸送機の中で、レオ・レグルスは

ため息をついた。そして、呟(つぶや)いた。

レグルス「これでいい。これで・・・・・・」

 すると、一人の男、ビッグス中佐(ちゅうさ)が声を掛けた

ビッグス「始まりましたね・・・・・・。ついに」

レグルス「こうなる事は分かっていた。無念だ。ヤクトの民が

     ここまで愚かとは・・・・・・」

ビッグス「まぁ、そうおっしゃらずに。許せないのは

ラース-ベルゼじゃないですか」

レグルス「そうだな・・・・・・。しかし、いっそ、この国は

リベリスの一部と化した方が幸せかもしれぬな」

ビッグス「フゥ・・・・・・。そう思う時はあります。特に向こうに

     留学させて頂いた時に、切(せつ)に感じました。情報・

諜報(ちょうほう)からして、全然、違いますからね」

レグルス「その通りだ。だが、それでも私達はヤクト人なのだ。

     どうしようも-なくな・・・・・・」

 とレグルスは苦々(にがにが)しく言った。


 ・・・・・・・・・・

 人が死んでいった。ソウルの忠告を無視した者達は次々と

死んでいった。

 老人達は重い荷物を捨て、信じられない速さで走って逃げていた。

 ラース兵は銃剣できちんと、動かなくなった人間を刺して、

トドメをさしていた。死んでるかどうかは、一見、判断がつかないので、弾薬の消費を抑える為にも、剣で刺して回るのだった。

 一方、運良く生き残った一人の女性は当然の如(ごと)く、犯(おか)されていた。女性は声ならぬ悲鳴をあげていた。

兵士[しかし、こいつ、ガリガリだな。なんか、なえるわ]

 不幸中の幸いな事に兵士は、あまりレイプにやる気を出して

いなかった為(ため)、女性は痛みをほとんど感じていなかった。

 すると、男の首から剣が生えた。そして、男は地面に倒れた。

 さらに、次々とラース兵士が切断されていった。

 女性は、その能力者のあまりの速さに、目で捕(と)らえる事が出来なかった。

 そして、辺りに静寂(せいじゃく)が満ちた。

 血まみれの死体達と、衣服をちぎられた女性。

 女性は、こっけいに思った。

 そして、そこには黒いフル-ヘルメットをかぶった青年が居た。

 青年は女性と結合している兵士をどけた。

 兵士はあっさりと女性から抜けた。

 兵士のモノが半ダチだったのが印象的だった。

 そこまで来て、ようやく、女性は先程まで共に戦った仲間が

自分を除き皆、死んだ事に気付いた。

 あまりに、馬鹿らしくて、あまりに、滑稽(こっけい)で、女性は乾いた

笑いと共に、涙をこぼした。

 青年は衣服を女性に掛けた。

 すると、仲間とおぼしき者達が駆けつけて来た。

「クオンッ!無茶し過ぎです!」

「ごめん、アグリオ。この人を連れて、急いで通路に戻ろう」

「はぁ、クラインさんが、ビクつきながら、待ってるだろうからなぁ。あの通路、いったん閉めると、その扉は使えなくなるから、開けっ放しだしな」

「そうだな、リグナ。戻ろう」

 との会話が女性には遠く聞こえた。

 そして、女性は意識を失った。


 ・・・・・・・・・・

 クオン達は気絶している女性を連れ、緊急用-通路に戻っていた。

アグリオ「クオン、今回だけですからね。もう二度と、助けに

     行っちゃ駄目ですからね」

クオン「・・・・・・分かったよ。でも、声が聞こえたんだ。助けて、

    助けてって。結局、一人しか助けられなかった」

リグナ「いや、ガチで、これ以上は無理だからな。隠れ家にも

入りきらねぇし」

ファス「まぁ、クオンのそういう甘い所は好きだけどね」

クオン「ありがとう、ファス」

クライン「しかし、ヒドイものだ。平然と女性を犯(おか)すとは・・・・・・」

リグナ「戦争じゃ、それが日常なんですよ。うざったい事に」

クライン「嫌になるよ。本当に・・・・・・」

アグリオ「今はセーフ・ハウスに急ぎましょう」

ファス「だね」

 そして、一行は再び駆けだした。


 ・・・・・・・・・・

 数日が経過した。

 ヤクトにとり、戦況は最悪だった。北部は-ほぼ、ラース-ベルゼに奪われた。さらに、中部の帝都付近も奪われていた。

 北部方面のヤクト軍は必死に退却するも、陸軍は逃げようが無かった。多くの部隊が死を覚悟に、殿(しんがり)で遅滞(ちたい)行動(こうどう)(敵の

進軍を食い止める)をおこなった。そして、味方を逃がすのだった。

 一方、軍事同盟を結んでいるリベリス合衆国は、ここに来て

傍観(ぼうかん)するのみだった。

 これにはヤクト国民は絶望した。

 リベリス国民の中には、ただちにラース-ベルゼを叩くべきだ

という声もあったが、予想されるリベリス軍人の戦死者-数が

公表されると、押し黙るしか無かった。

 それ程までに、ラース-ベルゼの軍事力は、あなどれなかった。

 ただし、このデータは信憑性(しんぴょうせい)に薄く、リベリス政府が国民を

落ち着かせる為(ため)に発表したモノ、という意見もあった。

 いずれにせよ、リベリスはラース-ベルゼの侵攻を黙って見ているだけであった。

 しかし、ヤクト南部にはリベリス基地があるため、ラース-ベルゼも南部には未だ、手を出せていなかった。

 

 ・・・・・・・・・・

 ヤクトの空軍は怒(いか)っていた。何故、これ程までに、戦況が

悪いのかを。空戦はヤクトが連戦連勝だった。

 ラース-ベルゼの戦闘機、爆撃機は次々と落とされていった。

 要(よう)は制空権は完全にヤクトが得ていると言ってよかった。

 しかし、陸戦が駄目だった。ラース-ベルゼの人海戦術に

ヤクト陸軍は翻弄(ほんろう)されっ放しだった。

 この時代、魔導ジャマーがあるため、空中から地上への攻撃は精度が悪かった。レーダーは、ほとんど使えない上、赤外線-等(など)もぶれてしまうので、ロクに照準がきかないのだった。

 なので、陸戦においては、空中からの支援は、そこまで期待

出来ないのであった。


 一方、ヤクト海軍は何とも言えない心地だった。

 海戦は次々と勝利し、敵-潜水艦も沈めていくも、

ラース-ベルゼに怯(おび)えが無かった。

 というか、ラース-ベルゼの艦隊は民間の輸送船に毛が生えた

レベルの物ばかりで、ヤクトが勝って当然なのであった。

 しかし、数だけは多く、全てを撃破するのに時間がかかった。

 そうしている間にもラース-ベルゼは一気にヤクトの国土を

浸食していった。

 

 冷静に、この戦況を見つめれる者が居れば、ラース-ベルゼは

一時の勝利に酔いしれているだけだと、分かっただろうが、

それに気付く者は、ほとんど居なかった。

 

 とはいえ、ヤクト軍人は何処(どこ)か、安心していた。制空、制海権をヤクトが得ていた為(ため)、何とかなるだろうと。

 しかし、彼等の期待は、ラース-ベルゼの非人道的な作戦に

より、打ち砕かれる事となる。

 

 この後、ヤクト軍人は苦渋(くじゅう)の決断を迫られる事となる。

 それは、すなわち、勝利の為(ため)に、自国の民間人を殺せるか、というモノだった。


・・・・・・・・・・

 戦況は早くも小康(しょうこう)状態に入っていた。

 ラース-ベルゼ、ヤクト双方に時間が必要だった。

 ラース-ベルゼ側は占領する準備が、ヤクト側は軍を再編する

準備が必要だった。

 中部の一部を除き、陸での戦闘は停止していた。

 しかし、その中部での撤退戦こそが、最も過酷な戦いであった。

 そして、そのただ中に、戦竜部隊であるウィルやロータ達が

居た。

 

 ウィルは空を駆り、地上の敵を炎弾で屠(ほふ)って行った。

 そして、敵がひるんだ隙(すき)に、味方の兵士をティアの背に乗せ、

撤退させていった。しかし、どうしても、多くを置き去りに

しざるを得なかった。


ロータ「やぁやぁ、お帰りかい」

ウィル「ああ・・・・・・」

ロータ「この一週間、ロクに休んで無いだろう?まぁ、でも

もう大丈夫そうだけどね。この基地とも今日でお別れみたいだ」

ウィル「馬鹿なッ!俺達まで撤退したら、誰が前線の兵士達を

    輸送するんだ!」

ロータ「まぁまぁ、これ以上は危険だよ。兵士を救出するのも大切だけど、我々の本職は、あくまで戦闘だよ。

    しかし、こんな負け戦に戦力を投じても意味が少ない。今は退(ひ)くべきだ。退(ひ)いて、調子づいた敵を屠(ほふ)ればいい」

ウィル「それはそうかもしれないけど」

ロータ「ともかく、少し、休んむといい。数時間程(ほど)ね」

ウィル「分かった・・・・・・」

 

 そして、数時間後、ウィルは司令部に呼び出された。

 そこには将校が居たが、通常に比べたら、はるかに少なかった。非能力者の将校が、数多く暗殺されたからであった。

 一人の初老の男、サージェン(サージ)が口を開いた。

サージ「さて、諸君(しょくん)等(ら)にも通達してあると思うが、正式に基地よりの撤退が決定した。これは、暫定-統幕議長に就任された、レオ・レグルス閣下よりの厳命である」

ロータ「閣下ねぇ・・・・・・」

サージ「コホン。ともかくだ。既に撤退の準備は進めている。

    あと3時間後、10・30に第一陣を、11・30に第二陣  

    をそして・・・・・・」

 とサージェンは作戦の概要(がいよう)を説明した。

サージ「以上だ。ただちに、取りかかるように」

一同「了!」

 そして、敬礼をした。

サージ「それと、ロータ・コーヨ大尉。貴様は別行動を許可する。思う存分、戦って来い。この馬鹿者が・・・・・・」

ロータ「ハッ!」

ウィル「おい、どういう事だよ、ロータ」

 他にも隊長達が尋ねた。

 対して、ロータはそこに居る全ての人々に対して告げた。

ロータ「私は逃げるのは、あまり趣味じゃ無いんですよ。

    私は戦いますよ。たとえ、相手が誰でも。

それが、ラース-ベルゼでも、モンスターでも、

リベリスでも、果ては宇宙人でも。

私は戦って見せますよ。でも、私が出来るのは戦う事だけなんですよ。戦術面だけなんですよ。

    戦略面に関しては何も出来ません。戦略は、ここに

居る私以外の方(かた)が得意な事でしょう。だから、私は私の仕事をするだけです」

ウィル「ふざけるなッ!俺も戦うぞ!一人で行かせるかよッ!」

ロータ「悪いけど、それは駄目さ。ウィル、お前にはお前にしか出来ない役目がある。ここは格好良く、私の部隊だけで行かせてくれよ」

ウィル「だが・・・・・・」

サージ「ウィル!貴様を行かすわけにはいかん!これは命令だ」

ウィル「・・・・・・了解・・・・・・」

 とウィルは血がにじむ思いで返事をした。

ロータ「まぁまぁ、何とかなるかもしれないしさ。そう悲観するなって」

ウィル「クソッ。帰ったら、何かおごらせろよ」

ロータ「ハハッ、楽しみにしてるよ」

 と言って、ロータは笑った。


 夜の飛行場にマニマニとロータの中隊10名が居た。

 彼等一人一人が精鋭であり、わずか十名でも中隊なのであった。

ロータ「さて、行きますか」

 とのロータの軽い声に、皆が『了(りょう)』と、嬉しそうに答えた。

マニマニ「マニッーーーーーー!」

 との竜、マニマニのかわいい咆哮(ほうこう)が夜空に響いた。


 戦場は煙に満ちていた。暗闇を曳光(えいこう)弾(光を発する弾)の

軌道が映った。それを目当てに、兵士達は着弾を確認するのだった。

 しかし、経験の浅い兵士は、敵味方、入り乱れる状況に加えて、暗闇により、何が起きているか把握(はあく)-出来ていなかった

 そんな中、ヤクトの兵士ドリスは必死に部隊を率(ひき)いていた。

ドリス『ボサッとすんな、撃て、撃つんだよ!訓練みたいに、

   弾をケチる必要ねぇ。撃つんだッ!』

部下『はっはい」

 そして、部下の兵士は必死にドリスを真似(まね)て撃ち続けた。

『レベル5ッ!』

 との声が響いた。レベル5以上の敵能力者が現れた事を意味した。

 ヤクトの兵士達に緊張が走った。

 そして、絶叫すらあがらず、ヤクト兵士が殺されていった。

ドリス『クソッ!ふざけんなよッ!』

 すると、その者が現れた。槍を持ったラース-ベルゼの能力者だった。

 ドリスは銃を撃つも、片腕を切断されかけた。首を斬られなかったのは行幸(ぎょうこう)だった。

ドリス『逃げろッ!』

 しかし、部下の兵士は足がすくんで、動けなかった。

 すると、魔力が何処(どこ)からか、敵兵に向かい飛んできた。

 そして、迷彩のかけられた仮面を付けた者が現れた。

 敵兵は仮面の男に一瞬、ひるんだが、声をあげ、突撃して

いった。

槍使い[キエエエエエエエッ!]

 しかし、仮面の男は、まともに槍使いと打ち合おうとしなかった。それなのに、槍使いの体には傷が付いていった。

槍使い[え?]

 そして、槍使いは唐突に倒れた。毒が体に回っていた。

 しかも、その呪われた刃に斬られた傷口からは、血が止まらなかった。

 仮面の男は無慈悲(むじひ)にも槍使いの首を切断した。

仮面『マニッ!焼けッ!』

 そして、インビジブルの魔法で隠蔽(いんぺい)していたマニマニが夜空に現れ、敵陣に向かって、赤黒いレーザーを放った。

 一瞬-遅れて敵陣で大爆発が起きた。しかし、反撃にマニマニに対しミサイルが放たれた。

マニマニ『マニ!』

 マニマニは結界をさらに張り、ミサイルを耐えていった。

 戦場には仮面を付けたヤクト兵士達が現れ、敵を恐怖に

突き落としていった。

 斧を持った女性隊員が敵を粉砕(ふんさい)していった。

 宙を浮いて進む少年の外見をした隊員が、敵を魔法で壊していった。

 他の隊員も狂気に満ちた戦いで、ラース兵を退却させていった。

 すると、上空に戦闘機が現れた。

マニマニは必死にレーザーを放つも、戦闘機を捕らえきれなかった。

 戦闘機は強力なミサイルでマニマニを攻撃した。

 マニマニの結界は破れ、戦闘機の機関銃が直撃した。

マニマニ『マニ・・・・・・。マニーーーーーーッ!』

 次の瞬間、上空を大量の光線が満ちた。

 戦闘機はその一つに当たり墜ちていった。

 しかし、マニマニも相当なダメージを受けていた。

仮面『マニマニッ!ミクロッ』

マニマニ『マニッ!』

 そして、マニマニは縮小魔法で自らの体を縮めた。

 手のひらサイズになったマニマニは仮面の男の肩にチョコンと乗った。

仮面「後で、治療(ちりょう)してやるからな」

マニマニ「マニ」

 と、マニマニは嬉しそうに鳴いた。

仮面『ここの指揮官は?私は第4戦竜中隊のロータ・コーヨ

   大尉だ。今の内に、急いで撤退を』

ドリス『あの狂戦士ロータ・・・・・・。神(かみ)宿(やど)る地の魔刃(まじん)を扱うと

いう』

 と、ドリスは流れ出る血を止めながら念話で呟(つぶや)いた。

ロータ『そんな事はどうでもいいから、指揮官は?』

ドリス『失礼しました。それが、指揮官とも連絡が取れなくなり。現在、数(すう)線(せん)に亘(わた)る遅滞行動をおこなっていたのですが』

ロータ『上級指揮官がやられたか。敵戦力を見誤ったな。敵の

    戦闘力が勝っている場合は、数線では無く、予備陣地

    による遅滞行動にすべきだと言うのに。まぁ、嘆(なげ)いても仕方ない。ここは私が指揮を執る。念話で伝えろ』

ドリス『了解!』

 そして、ロータ・コーヨ大尉による、後世の戦術書にも残る

イアンナ撤退戦が始まった。


 ・・・・・・・・・・

 一方、クオン達は地下の隠れ家で潜んでいた。

 そして、体力を回復させていた。

ファス「いやぁ、しかし、よく生き残ったよね」

アグリオ「ファス。そういうのは、無事に戦争が終わってからにして下さい」

ファス「はいはい。ところで、クラインさんは?」

アグリオ「寝てるんじゃないですか?」

ファス「女性と一緒に?」

アグリオ「みたいですね」

ファス「やるねぇ、伊達(だて)に40で枢密院(すうみついん)の顧問官(こもんかん)になったわけじゃないねぇ」

アグリオ「まぁ、ケルサス国王の推薦(すいせん)と聞きますが・・・・・・。

     すいません」

 とアグリオはクオンの方を見て言った。

クオン「いや、いいよ。親父とは元々、疎遠(そえん)だったし。それに

    ・・・・・・。まぁ、いいや」

ファス「クオン、調子はどう?」

クオン「平気だよ」

アグリオ「この一週間、ずっと寝込(ねこ)んでましたからね」

クオン「マナは回復したよ。ただ、体は少し、なまってるかな」

ファス「まぁ、あれだけの戦いを一日でしたら、そりゃ寝込みたくもなるよね。でも、回復したならよかった、よかった」

 すると、クラインがメガネをかけて、リビングに入ってきた。

ファス「昨晩(さくばん)は、お楽しみのようで」

クライン「なっ、気付いてたのか。イヨナと昨日その・・・・・・」

ファス「うわ、名前、呼び捨ててるし」

アグリオ「赤飯(せきはん)、炊(た)きましょうか?」

クライン「そういう配慮(はいりょ)はいいから」

クオン「いや、でも、めでたいですよ。悲しい事だけしか無い

    わけじゃないって。戦争で生まれる絆もあるって」

クライン「ありがとう、ございます、皇子」

クオン「いえ・・・・・・。多くの人が死にました。だから、新しく

    多くの命が生まれて来るのは嬉しいんです」

 とのクオンの言葉にクラインはギョッとした。

ファス「ていうかさ、流石(さすが)に、ゴムくらいしたでしょ?」

クライン「いや・・・・・・それが」

ファス「なんじゃ、そりゃ!生(なま)、生ですか、あんた!」

クライン「彼女がゴムを嫌がって・・・・・・」

アグリオ「これは、孕(はら)んだかもしれませんね」

クライン「かもしれん・・・・・・」

クオン「いい事ですよ」

クライン「俺も父親かぁ・・・・・・」

 とクラインは感慨-深く言った。

ファス「いやいや、気が早すぎでしょ。っていうかさ、聞きたい事があるんだけど、イヨナさん、喰(く)いまくってるよね、食事。お菓子とかさ。いや、備蓄がいっぱい、

有るからいいけどさ」

アグリオ「フム。まぁ、ストレスじゃないんですか?そりゃ、

     あんな事されたら、精神も不安定になりますよ」

クライン「そうだな。昨日なんか、ハチミツ、飲んでたぞ」

ファス「うわ、何かエロいんすけど」

クライン「そ、そうだな」

ファス「って言うかさ、イヨナさんは、どんどん、ふくよかに

    なって健康的だけどさ、クラインさんの方が心配なん

    だけど。何か、頬(ほほ)がこけて来てるというか」

クライン「そ、そうかな・・・・・・」

ファス「吸い取られてるんじゃ、ないですか?」

クライン「う・・・・・・確かに、昨日は、かなり、やってしまったからな」

クオン「元気でいいじゃないですか」

クライン「あ、ありがとうございます、皇子」

ファス「全く、リグナじゃないけど、よくやるよ」

クライン「そう言えば、リグナ君は?」

アグリオ「外に偵察に向かいました」

クライン「大丈夫なのか?」

クオン「あいつは、プロですから。インビジブル(姿隠し)の

    魔法も使えますし、何とかなるんじゃないですか?」

クライン「そうか、なら待つしか無いな。しかし、話を戻させてもらうと、確かに体がだるいんだよなぁ」

アグリオ「・・・・・・クラインさん。もしかしたら、クラインさん

は亜鉛が欠乏してるのかもしれません」

クライン「亜鉛?」

アグリオ「ええ、亜鉛です」

ファス「亜鉛って、何(なん)か、男性を元気にするってヤツだっけ?」

アグリオ「ええ。そもそも、精液には多量の亜鉛が含まれています。一回の射精ご     とに約1mgの亜鉛が失われると言われています。その分を補わないと当      然、亜鉛が不足する事になります」

クライン「なっ。なら6mg足りないじゃないか!」

ファス「あんた、何回やってんだ、このバカッ!」

クライン「す、すまん。つい、燃えてしまって」

クオン「でも確かに、少しやり過ぎなんじゃないですか?」

クライン「うぅ・・・・・・すみません皇子。あっ、でも、サプリとかで摂ればいいん      じゃ」

アグリオ「いえ、ミネラルは過剰摂取を起こしやすいですし、あまりサプリでは上     手く補えませんよ。下手に飲むくらいなら飲まない方がマシだと思うく     らいですし」

ファス「そもそも、ここのセーフ・ハウスには亜鉛のサプリと

    か置いて無いですしね。マルチ・ビタミン・ミネラル

    なら置いてあって、そこに少し亜鉛も入ってますよ」

クライン「それでいいから一粒くれ」

ファス「ほいほい。あんまし気にしても、しょうがないと思いますけどねぇ。大     体、サプリとか副作用ありそうだし。

    僕とか-このマルチなんちゃら飲むとお腹の調子が悪くなるし・・・・・・」

 と面倒くさそうに、それでもファスはクラインに渡した。

クライン「あぁ、でも6mgまで全然足りない」

アグリオ「まぁまぁ、少しくらい大丈夫ですよ」

クライン「そ、そうか。以後は気をつけよう。もう、無茶の

     出来る歳(とし)じゃないしな」

ファス「しかし、結構、年の差あるんじゃないですか?」

クライン「まぁ、私が42歳で、彼女が24だからな」

アグリオ「確か、女子-大学院生でしたよね」

クライン「う、うん」

ファス「犯罪、犯罪ですよ、これ」

クライン「いっいや、その・・・・・・駄目かな?」

クオン「真に愛し合ってればいいんじゃないですか?」

クライン「で、ですよね」

ファス「しっかし、どうやって、口説(くど)いたんですか?」

クライン「聞きたいか?」

アグリオ「いえ、別に」

ファス「確かに、ノロケ話を聞くってのもね。やっぱ、いいです」

クライン「語らせてくれよ!」

クオン「じゃあ、俺が聞きますよ」

クライン「あ、ありがとうございます、皇子」

 そして、クラインは嬉しそうに語り出した。


 その時、部屋ではイヨナは泣きじゃくっていた。

イヨナ『私、私のせいで。皆、死んでしまった。私が残ろうって言ったから』

クライン『そう、自分を責めないで』

イヨナ『で、ですが』

クライン『私は貴方と逆です。私は守るべき人を見捨て、真っ先に逃げてしまった。だから、私は貴方がうらやましい。貴方の、その勇気がうらやましい』

イヨナ『え・・・・・・』

クライン『イヨナさん・・・・・・』

イヨナ『クラインさん・・・・・・』

 そして、二人は唇(くちびる)を重ねた。


クライン「というわけだ」

ファス「ふーーーん」

 と言って、ファスは床を転がった。

アグリオは何度も頷(うなず)いていた。

クライン「も、もう少し、話そうか?」

ファス「いえ、いいっす」

アグリオ「確かに、これ以上は生々(なまなま)しいでしょうしね」

クライン「話させてくれよ!」

クオン「ま、まぁまぁ、俺は聞きますよ」

クライン「あ、ありがとうございます、皇子」

クオン「いえいえ」

 そして、クラインは話し出した。


 クラインとイヨナは貪(むさぼ)るように、互いを求めた。

 互いの心の傷を埋め合わせるかのように、繋がりを求めた。

 しかし、どういうわけか、クラインは涙が出そうになった。

クライン(ああ、分かってるさ。これは傷の舐め合いだって、

     でも、それでも私は・・・・・・)

 そして、クラインは果てた。

 クラインは、いつしか泣いていた。

 それに、つられてかイヨナも涙をこぼしていた。

 そして、二人は互いの涙をキスで、ぬぐった。

 

クライン「というわけだ」

ファス「へー、すごいですね」

 とファスは梱包材(こんぽうざい)をプチプチしながら答えた。

 アグリオは何度も、うなずいていた。

クライン「いや、それでさ」

ファス「あ、もう語らなくていいんで。際限なさそうですし」

クライン「何でだよ。これから、イヨナの魅力を語ろうと思ったのに。お、皇子ー」

クオン「え?いや、まぁ、語って下さるなら聞きますけど」

クライン「あぁ、やんわりと拒絶されてしまった・・・・・・」

アグリオ「私としては年の差-婚(こん)が本当に上手く行くのか気になりますね」

クライン「やめてくれよ。まるで別れるの前提なの」

ファス「20年後、クラインさんは一人で・・・・・・」

クライン「やめてくれ・・・・・・」

 すると、リグナが戻ってきた。

リグナ「よう、戻ったぜ」

ファス「あっ、リグナ。無事でよかった、よかった」

クオン「どうだった」

リグナ「おう。ちゃんと情報収集してきたぜ。いや、それがさ、

ラース-ベルゼの女性と仲良くなっちゃってさ」

ファス「ふざけんなッ!何だよ、それ。くぅ、どいつも、

こいつも」

アグリオ「まぁ、ハニー・トラップは最も効果的な情報収集の

     一つですからね」

リグナ「気の早い事に、ラース-ベルゼからの移民がたくさん

    来ててさ。ヤクトの生き残りと、ごっちゃになって、

    カオスな事になってたんだ」

クオン「なる程、人数が多すぎて、ラース-ベルゼも統治しきれてないって事か」

リグナ「ああ、それと、移民を盾がわりに考えてるらしい。

    つまり、ヤクトのゲリラが狙う対象を増やしたって

    事だ。移民を狙わせる事で、軍隊への攻撃を少しでも

減らそうって事だろうな」

アグリオ「しかし、動きが早すぎますね。ラース-ベルゼの民を

     移住させるにせよ、もう少し、時間をかけても、

     いいものを」

リグナ「ラース-ベルゼも焦(あせ)ってるみたいだ。リベリスが本格的に参戦して来る前に、北だけでも占領しておきたいんだろうって事だ」

アグリオ「なる程。すると、今回の戦、ラース-ベルゼは北側を

     占領するだけで満足したって事ですかね?」

リグナ「そこは何とも。だが、どうも、ラース-ベルゼの軍部は、

まだ戦いたがってるみたいだ」

クオン「確かに、今、風はラース-ベルゼに吹いているからな」

アグリオ「ところで、ニュクス国の軍人がラース-ベルゼに加担

     しているという噂(うわさ)は?あと、クーデターの噂(うわさ)は?」

リグナ「あぁ、どうも、そうみたい-だが。ニュクスの軍人なんて一人も見なかったぞ。そのラース-ベルゼの女兵士も、

    ニュクス軍人を見た事が無いみたいだ。どうも、王宮に少しの人数が居るだけ-らしい」

アグリオ「なら、ニュクスは今回の戦争では-ほとんど関わって

     ない-という事ですね」

リグナ「とはいえ、ニュクスでは、ニュクス・社会統一党が、

    軍事クーデターを起こして、親ラース-ベルゼ政権を

    樹立したってのは本当らしい。もっとも、ニュクスは

    自分達の国の方(ほう)で手一杯(ていっぱい)な状況らしく、実質的には、

これ以上、ラース-ベルゼに味方する-つもりは、無い

らしい。ニュクスは-ほぼ傍観(ぼうかん)に入ったって事だろう」

ファス「それは良かった。でも、僕も民族的にはニュクス系だ

    からなぁ、この銀髪、黒く染めといた方が-いいかな?」

アグリオ「確かに、その銀髪はニュクス民族だと分かりますからねぇ」

クオン「うーん、でも、黒く染めて、生(は)え際(ぎわ)が銀髪だったら-

余計に怪しくないか?いっそ、今のままの方が、潔(いさぎい)いと思うけどな」

アグリオ「まぁ、我々が身分を保障するから、平気でしょうけど。まぁ、とりあえずは現状維持で。ただ、一人では絶対に行動しないで下(くだ)さい」

ファス「分かったよ。僕もヤクト軍人に敵だと思われたく無い

    からね」

リグナ「まぁ、あんま気に-すんなよ。明るく-いこうぜ。そうだ、

ファス、何か聞きたい事あるか?ラース-ベルゼの風習

とか-どうでも良いことも、色々-聞いてきたからよ」

ファス「ていうか、どうやって、その娘(こ)、口説(くど)いたのさ」

リグナ「気になるの、そこかよ。何か、ヤクトの男に犯され

    そうになってるのを助けたら、いい感じに」

クライン「何とも言えない話だ」

クオン「じゃあ、ラース-ベルゼ人とヤクト人は同じ所に住んでるって事か?」

リグナ「いや、ラース-ベルゼ人は居住可能な所に-住んでる。

    一方、ヤクト人は戦闘で廃墟と化した一帯に追いやら

れつつある。さながら、ゲットー(隔離区域)だ。

    ヒドイ有(あ)り様(さま)さ」

 すると、アラート(警報)が鳴った。

アグリオ「リグナ!つけられましたね!」

 アグリオは隠しカメラで地上の映像を見て言った。

 そこにはラース-ベルゼ兵士が何人も居た。

リグナ「マジか。クソッ、すまねぇ」

クオン「いいから、逃げよう」

クライン「イヨナを起こしてくる」

ファス「早く!」

 そして、クオン達は急いで地下通路へ逃げ出した。

 ラース-ベルゼ兵士達が隠れ家に侵入した瞬間、トラップが

作動し、兵士達を巻き込み、辺りは爆発した。

リグナ「ゲットーに行こう。あそこには、ヤクト解放戦線が

    あるみたいだ」

 とのリグナの声にクオン達はうなずいた。


 ・・・・・・・・・・

 ヤクトの西海岸の港町カラビアにはリベリスの空母が到着していた。

 そして、空母と付随する艦隊に次々とヤクト人が乗り込んでいた。

 ただし、この船に乗れるのは聖堂協会-信徒だけであり、行き先もヤクトではなく、リベリスだった。

 人々は原書と呼ばれる聖典と、聖なる十字に似た聖霊架(せいれいか)を見せ、甲板にあがっていった。

 そして、ソウル達は、それを眺めていた。

マナ「兄さん、行きましょう。船が出てしまう前に」

ソウル「ああ、そうだな」

 すると、眼鏡の男-ティオが慌てて言った。

ティオ「あっあの、僕、聖堂協会の信徒じゃないんですけど」

ソウル「そんなもん、どうにでもなるって。それより、俺達、

    聖霊架すら持ってねぇのは、まずいなぁ。ちょっと、

    そこらから、拝借させて頂きますか?」

マナ「うーん。仕方ないかもしれませんねぇ」

ティオ「だ、駄目ですよ。そんな事しちゃ。盗(と)られた人が乗れなくなっちゃうじゃないですか」

ソウル「はは、面白い事、言うなぁ。まぁ、いいさ。今回は

    お前に免(めん)じて、そういうのは無しだ」

マナ「兄さん?」

ソウル「堂々(どうどう)と行こう。恐(おそ)るるモノなど何もないさ。今の俺達は何だって出来る。前を進めば道が開かれる。それが海だろうとな」

マナ「はいはい。じゃあ、兄さんの強運を信じて、進みましょうか、とりあえず」

 そして、ソウル達は歩き出した。

 すると、ソウルの細胞中に、異邦(いほう)の女神の声が響いた。

『ソウル・・・・・・。ソウル・フォン・トゥルネス。未来の王よ。

 王の運命を約束されし者よ。移民の国が貴方達を拒み、排除

 して来(こ)ようとしたら、どうしますか?その時、貴方は、母国

 に対し、何を行いますか?』

 との言葉にソウルはニヤリとした。

ソウル(リベリスが俺を裏切るって?ハッ、決まってる。だったら、俺は新天地を目指すだけさ。仲間達と共にな)

 と、ソウルはハッキリと告げた。

『フフッ、期待していますよ。お兄さん・・・・・・』

 そして、声は消えた。


 一方、リベリス兵達に、新たな命令が出された。

兵士A[おい、命令だ。聖霊架(せいれいか)と原書で選定するのは、無しだ。

    讃(さん)霊歌(れいか)を歌わせろ、との事だ]

兵士B[了解]

兵士B「ヤクトの皆さん、讃霊歌を歌って下さい。讃霊歌を

    歌えた者は無条件で乗船を許可します」

 との兵士の声が響いた。

ソウル「ははッ、な、マナ。ほら、上手くいきそうだ」

マナ「全く、兄さんは」

 とマナは優しく微笑んだ。

ティオ「あの、僕、讃霊歌も知らないんですけど」

ソウル「なら、マナに教えてもらえ。な、マナ」

マナ「やれやれ、面倒な事は全部、私に押しつけて」

ソウル「慈愛の心で許せよ」

マナ「はいはい」

 そして、マナはティオに讃霊歌を教えだした。

 ティオが何とか、歌える様(よう)になるのを見ると、ソウルは歩き出した。

ソウル「さぁ、讃(さん)霊歌(れいか)を歌おう。神を讃(たた)えよう。偉大なるかな

    神は、と。そして、俺達は歌に導かれ、新天地へと

    赴(おもむ)くんだ」

 と歌うように語るソウルを祝福するかのように、雲の割れ目からは光が彼を差し照らしていた。

 

 これにて、ソウル達の物語は小休止に入る。

 彼等(かれら)の物語が再び紡(つむ)がれる時、それはクオン達の物語が終幕を迎(むか)えた後だった。

 そして、その時、真にソウル達の神話(サーガ)が始まる。

 それは再生の物語。失われた、竜と王の絆の、再生の物語であった。

 そして、物語は今、彼等に縁(えん)深(ふか)き者へと移る。

 

 ・・・・・・・・・・

ロータ『何しているッ!弾を無駄に撃ち過ぎだッ!カッコウだ。

    カッコウが木をつつく時の音のように、撃てッ!

    トッ、トッ、トッ、トッ、トッ、と』

 と、ロータは仮面を付けながら怒鳴った。

兵士達『了解!』

ロータ『違うッ。それじゃ、遅すぎる。最低限、弾幕を張らねば、敵は調子づく!いいか、敵が突撃すべきか、身を

    隠すべきか、迷うくらいの間隔で撃て!愚かな敵兵が

    ヒョロッと顔を出してしまう位(くらい)の間隔で!』

 と、さらに怒鳴った。

兵士達『了解!』

 最初はロータの怒鳴り声に辟易(へきえき)していたヤクト兵達も、彼の

指示が正確である事に気付き始め、素直に従い出していた。

 ロータはよく怒(いか)り、怒鳴(どな)った。しかし、それは誰よりも職務に忠実であったから、であった。

 平時には受け入れられなかった、彼のスパルタも、戦時に

おいて、ようやく実(みの)りを見せていた。

ロータ『よし、撤退ッ!撤退ッ!』

 と、手を振り、ロータは命じた。

 そして、ロータ達は煙のごとく消えていった。


 ・・・・・・・・・・

 銀髪の黒ローブの男はヤクトの地下へと足を運んでいた。

 そして、閉ざされた扉を開けた。

 中では巨大なクモ、アラクネが泣いていた。

アラクネ(うう、冗談だったのに、あそこまで攻撃してこなくても・・・・・・。うう、アーテル・・・・・・)

 とションボリするアラクネを、小さなクモ達が心配そうに、

見ていた。

アラクネ『誰じゃ!』

 と、アラクネは、ようやく侵入者に気付き、言った。

黒ローブ「これは、これはクモの女王、アラクネ。お初にお目にかかります。私の名はクレス・クレプスリー。

     ラース-ベルゼのレベル5能力者です。階級は一応、

     中尉-待遇となっております」

アラクネ『ほう、ラース-ベルゼの者が何の用か?』

クレス「アラクネ様、貴方のその傷、ヤクトのクズ共につけられたのでは、ありま    せんか?」

 と、クレスはアラクネの傷ついた足と腹部を見て、言った。

アラクネ『だとしたら、何じゃ?』

クレス「我々と共闘しませんか?ヤクトに滅びを与えるのです」

アラクネ『妾(わらわ)にヤクトを裏切れと?』

クレス「そもそも、貴方はヤクト側の存在では無いでしょう」

アラクネ『ふん、いいじゃろう。力を貸してやろう。ただし、

     妾(わらわ)は帝都よりは動かん。さらに、細(こま)切(ぎ)れの鶏肉を用意     せよ』

クレス「承知しました。ああ、それと。一応、私の上司に会って頂きたいのです     が」

アラクネ『面倒な・・・・・・』

クレス「貴方(あなた)は人型に変化(へんげ)、出来ると聞きますが?」

アラクネ『仕方ない。行くとしよう』

 そして、アラクネは人間の女性の形に変化した。

 そこには妖艶(ようえん)な女性が現れた。

クレス「フ・・・・・・では」

 そして、クレスは先導していった。


 ・・・・・・・・・・

 変態の美男子、ネクタは何とか再生に成功していた。

ネクタ(ふぅ、やれやれ、何とか生き返る事が叶(かな)いましたか)

 と、ネクタは心の中で、ため息をついた。

 すると、一人の女性がやって来た。

ネクタ『お前は・・・・・・アンナ・・・・・・』

 と、ネクタは肉声を出せない為、念話で言った。

アンナ「久しぶりですね、ネクタ」

ネクタ『何をしにきた』

アンナ「ずいぶんな言い方ですね。お見舞いですよ。一応、私が助けたわけです     し」

ネクタ『お前が?』

アンナ「ええ。ああ、礼は要(い)りませんよ。レベル7能力者が

    減るのは許されませんから」

ネクタ『そうか・・・・・・』

アンナ「やれやれ。なら、私は戻りますよ。お大事に」

 そして、アンナが去って行こうとした。

 すると、ネクタの脳裏に、ソウルの言葉が蘇(よみがえ)った。


 戦闘中の能力者の言葉は、波動と共に伝わるので、いやがおうにも、心に残ってしまうのだった。

『墜ちてんのはテメーだろ。一度、好きになって、子供まで作っておきながら、何が悔い改めろだ!愛する者は最後まで愛して見せろッ!このクズがッ!どうせ、ロクでも無い理由で捨てたんだろう』

 とのソウルの言葉がネクタの頭に響いた。

ネクタ『待って下さい』

アンナ「どうしたんです?あれほど、私を毛嫌いしてたくせに、

    呼び止めるなんて?」

ネクタ『その・・・・・・元気でしたか?』

アンナ「本当に、どうしたんですか?まぁ、私は相変わらずですよ。朝は辛いですよ。寝起きに服やシーツを急いで綺麗に、たたむのも」

ネクタ『はは、本当に、相変わらずだ・・・・・・』

アンナ「でも、いい事もありましたよ。あの子に会いました。

    少し遠目からでしたが、あの子でした。とても、美人

    に育っていましたよ」

ネクタ『きっと、君(きみ)似(に)の美人なんでしょうね・・・・・・』

 ネクタは遠い情景を思い出しながら言った。

 それは二人が離婚する前のわずかな期間だった。

 稲穂(いなほ)が揺れていた。そして、若いネクタとアンナと、アンナに抱きかかえられた赤子が、そこには確かに居た。居たのだ。

ネクタ『・・・・・・』

 ネクタは泣きそうになるのを、こらえた。

 アンナも悲しげにうつむいた。

アンナ「ええ。でも、貴方の血が入っている分、私より美人でしたよ。私より背、高くなってて・・・・・・」

ネクタ『そうですか・・・・・・』

 そして、二人は沈黙した。

アンナ「もう行きますね。さようなら・・・・・・」

 とアンナは名残惜(なごりお)しそうに去って行った。

 それをネクタは黙って見ている事しか出来なかった。

ネクタ(それも、そうさ。今更、ヨリを戻すわけにもいかない。

    壊れた卵は、壊れた皿は二度と戻る事はないのだから)

 と、心の中でネクタは呟いた。


 ・・・・・・・・・・

 ロータ・コーヨ大尉の元には数百名の兵士が集まっていた。

 その兵士達は下士官ばかりであった。

 この規模はヤクトでは準大隊クラスであり、通常は佐官(さかん)が 指揮するものだった。しかし、ロータは大尉であり、明らかに大隊規模を率いる者としては階級が低かった。

 とはいえ、これには理由があった。

 大隊長クラスの兵士は基本、前線に出ない。

 そして、後方から中隊や小隊に指示を送るのだった。

 なので、中隊長-達は基本、自らの意思で撤退する事は許されない。どんなに戦況が不利であってもだ。

 ただし、これは建前であり、実戦では多くの中隊長、小隊長

は独自に判断を下している。だが、半世紀以上、実戦経験がないヤクト軍人は、元々、根が真面目なのもあり、撤退命令が無ければ、どれ程、不利な状況でも戦い続けてしまうのだった。

 そして、魔導ジャマーによる無線-封鎖の状況では、中隊以下は孤立してしまう事が、まま有るのだった。

 そんな孤立した彼等を集めたのがロータだった。

 そして、この状況下では、取り残された者は必然的に、階級が低くなるのであった。


ロータ(しかし、これは本気で見捨てられたようだな・・・・・・)

 とロータは確信していた。

ロータ(レオ・レグルス、恐ろしい男だ。恐らく、奴は最前線

    に出ている中隊規模の兵士達を見捨てて撤退するよう、

    大隊長以上に命(めい)じたのだろうな。そして、大隊長-達は、それに素直に従い、何の連絡を送る事-無く、南へ逃げていったと・・・・・・)

ロータ(まぁ、ヤクトは平和だったからなぁ。士官で成功する

    ような人間は官僚的(かんりょうてき)な奴ばかりで、命令に背(そむ)けない    奴ばかりなんだろうな)

ロータ(もちろん、まともな士官も居るけど、ともかく、状況

    は最悪。軍上層部からは見捨てられ、ラース-ベルゼと

    ヤクトの暫定(ざんてい)-軍事境界線までは近いようで遠い。さて、

    この状況下、どうしたものか・・・・・・)

ロータ(一つは一目散(いちもくさん)に逃げる事だけど、恐らく、民間人は南

    へ逃げ切ってないだろうし。なら、私達に敵の注意を引きつけて、民間人が少しでも遠くへ避難出来るようにする、というのが軍人の務めだろうねぇ)

 とロータは考えを、まとめた。

 ただし、実際には中隊を見捨てずに残ろうとした大隊も有ったが、ラース-ベルゼの奇襲に遭(あ)い全滅していた。

 ロータ達は包囲網(ほういもう)の中から懸命(けんめい)に脱出していたので、その事

に気付(きづ)けていなかったのだ。

ロータ(さて、私達はイアンナ盆地の中南部に居るわけだけど、

    今、居る林を抜けたら、見晴らしが良すぎるのが、

    難点なんだよなぁ。かといって、山間部をのんびりと

    抜けていけば、敵に遭遇(そうぐう)する確率は低いだろうしなぁ。

    遅滞(ちたい)行動(こうどう)で敵の進軍を遅めるという当初の目的が失われるわけで、目的をたやすく変更するのは許されないからなぁ)

 とロータは自分の中で再確認した。

ロータ(まぁ、とりあえず、ライル川を越えてから考えるか。

    まずは、橋を全部、落として敵の進軍を阻害(そがい)しないと)

 そして、ロータは立ち上がった。

 

・・・・・・・・・・

 ラース-ベルゼ軍は石橋を叩くように進んでいた。これは、

作戦の目的が敵の追撃では無く、殲滅(せんめつ)だからであった。

 つまり、支配しようとする地域は完全に制圧する気だったのだ。不用意に早く進めば、取り残されるヤクト軍人が大勢-出てくる。そうなれば、そのヤクト軍人達はゲリラのように戦う事が予想された。

 ラース-ベルゼの第一目的は北部の制圧であり、敵が南部に逃げるなら問題は無かったのだ。むしろ、北部に居る、ヤクト軍やゲリラをいかに殲滅(せんめつ)するかが課題だった。

 ただし、ラース-ベルゼ人はせっかちで、功をあげる事に執着する者も多く、命令に比べたら、早いスピードで進んでいると言えた。

(当初、一気に北部を制圧したのは第一段階であり、今は第二

 段階。第一段階と違い、第二段階は、ゆっくりと慎重に進める必要があったという事)


 そんな中、ロータ達を追う部隊は数千名の規模だった。

 これはラース-ベルゼでは大隊規模だった。ヤクトで数千名は

連隊規模だったが、ラース-ベルゼは兵員が異常に多い為、一つの大隊が数千名なのだった。

 そして、その大隊を指揮する准(じゅん)佐(さ)がボルドという男であった。

 ボルドは元々ヤクト軍人であり、ラース-ベルゼに亡命したのだった。彼は血筋的にはラース-ベルゼ人であり、亡命後に軍属に入る事が認められたが、それでも異例の出世であった。


ボルド(ククク、ようやく、ここまで来たか。真偽(しんぎ)-能力者に頭を探(さぐ)ら    れ続け、それでも、精神を何とか保ち続け、

    ついに、ここまでの出世を果たした。本来、少佐で

    あってもいいはずだが、まぁ、元ヤクト人をちゃんとした佐官にするのは    奴らも嫌なのだろうな・・・・・・。

    まぁ、いい。さぁらに、戦功をあげれば、必然的に

    階級もあがるだろう。クックックッ)

 すると、一人の兵士が駆けて来て、敬礼した。

兵士「ボルド・ホプキンス准(じゅん)佐(さ)。報告です!」

ボルド「何だ?簡潔にな」

兵士「はっ、敵の指揮官が判明しました」

ボルド「ほう、誰だ?」

兵士「ロータ・コーヨという男の模様です。彼は」

ボルド「ぬぁにーーーーーーーーーッッッ!」

 とボルドは突然、叫びだした。

兵士「じゅ、准(じゅん)佐(さ)?」

ボルド「ほ、ほぉんとぉうに、ロータだと?」

兵士「は、はい。生存した兵士の証言によれば、確かに、彼が

   使う、『神宿る地の魔刃』と呼ばれる武器を目にしたそう

   です」

ボルド「か、『神宿る地の魔刃』だぁぁぁぁとぉぉぉぉぅッ!」

兵士「はっはい、ぐ、ぐえ・・・・・・・」

 兵士はボルドに首をつかまれながらも、何とか答えた。

 すると、ボルドは兵士を放り捨てた。

ボルド「ふんッ。もうよいわ!しかし、そうか、とうとう、

    この時が来たか。ふっはっはっはっはっ、この傷の

    恨み、はらさで-おくべきか、と誓い、苦節(くせつ)7年!

とうとう、この時が来たか」

兵士「は、はぁ?」

ボルド「俺がヤクトの軍人だった事は知っているな」

兵士「は、はい。存じております。ヤクトの弱点も知り尽くしておられるとか」

ボルド「そのとーーーーーりだ!しかし、当時、俺は若く、愚かで、まぁ、それで    も神級(かみきゅう)に天才であったわけだが。

    ともかく、深く考える事-無くヤクト軍人をやっていた。

    そんな時、奴、ロータが現れたのだ」

 兵士は直感的に、これ以上、ボルドの傍(そば)に居たくなかったが、

去れる雰囲気ではなかった。

ボルド「奴は俺の先輩にあたった。しかーし、俺は奴が気にくわなかった。奴は何    かと俺の事を怒り、俺が自らを神だと言えば、『お前は人間だ』と、反論    してきやがった。

    信じられん。この現人神(あらひとがみ)に向かって!」

兵士「は、はぁ・・・・・・」

ボルド「そして、怒(いか)れる神の俺は奴に決闘を申し込んだ。だが、

    奴は、ひ、卑怯(ひきょう)にも毒を使ってきやがった!その結果、

    俺の顔は、こうだ!」

 そして、ボルドは仮面を外した。そこに出てきたのは、半面

が醜(みにく)く歪んだ顔面だった。

兵士「お、男前ですよ。准佐」

 と兵士はオベッカを使った。

ボルド「まぁな。貴様、見る目があるな」

 そう言いながら、ボルドは仮面を捨ててしまった。

兵士「い、いえ・・・・・・」

ボルド「そんな貴様には、このボルドの肖像画をプレゼントし

    してやろう」

兵士「ど、どうも・・・・・・」

 と言って、兵士はボルドの上半身-裸が映ったポスト・カードを受け取った。

ボルド「とぉもかく、奴だけは、奴だけは、許さん!食事を

    済ませ、睡眠をとったら、追撃だ!」

兵士(今すぐ、追撃ってわけじゃ、ないんだ・・・・・・)

 と内心、兵士はホッとした。

ボルド「ふっふっふっ、胸がたぎるぞ。よし、お前、これを喰 え」

 と言って、ボルドは煮込んでいる鍋を示した。

兵士「ど、どうも・・・・・・」

 と兵士は茶碗(ちゃわん)を受け取り、答えた。

兵士「あ、これ、おいしいですね。何の肉を使っているんですか?」

ボルド「決まっておる。ヤクト人の肉だッ!」

 とのボルドの言葉に兵士は吹(ふ)き出した。

兵士「ゴホッゴホッ」

ボルド「何だ?むせる程、美味(うま)いのか?まぁ、今のは冗談だ。

    ただの豚肉だ。はっはっはっ、どうした、もっと喰え、遠慮は要らんのだ    ぞ」

 そう言って、ボルドは兵士の茶碗に、よそり出した。

兵士「あ、ありがとうございます・・・・・・」

 と答えて、兵士は全く食欲が無くなっていたが、ハシを

進めた。


 ・・・・・・・・・・

 ロータはリベリス陸軍戦闘マニュアルを読み返していた。

 これはポケット・サイズの本であり、小部隊の運用方法が記(しる)された本であった。

 もっとも、現在、ロータが率(ひき)いるのは準大隊-規模であって、

小部隊とは言えなかったが、そこに書かれている内容は普遍的(ふへんてき)

なモノであり、応用すれば十分に使えた。

 ちなみに、ヤクトは過剰な平和主義の為(ため)、ヤクト語の戦術書がほとんど存在しなかった。すると、必然的に、軍内部で使う、戦術書の質も落ちるわけで、リベリス語が堪能(たんのう)なロータは

リベリスの戦術書を原本で持ち歩いていたのだった。

(とはいえ、ヤクト軍の使う《陸戦教令》の本などは良く出来ていたが、結局の所、リベリスの後追いとも言えた。話を戻せば、もし一般向けに戦術書を出す場合、テロリストや武装組織に悪用されないように、微妙な誤りを仕込んでおいたり、重要な所は簡略化したりしておくべきであろう)


ロータ(・・・・・・何か、寒気がするな・・・・・・)

 と、ロータは嫌な予感を覚えた。

 その予感は、間もなく的中する事になるが、少し先の事だった。

 すると、包帯をまとった少年、ホシヤミが宙(ちゅう)を浮きながら、

進んできた。

ロータ「ホシヤミ君、無駄な魔力は使わないように」

ホシヤミ「あっ、すいません。地雷が怖くて」

ロータ「大丈夫、君は堅いから、地雷ぐらいじゃ、死なないから」

ホシヤミ「ええ、そんなぁ。いくら僕でも地雷なんて喰らったら、足が生えてくるまで時間が、かかりますよ」

ロータ「うん、大丈夫そうだね」

ホシヤミ「なんだかなぁ・・・・・・」

ロータ「ともかく、君の出番は用意してあるから、今は魔力を

    温存しておくように」

ホシヤミ「はーい」

 そして、ホシヤミは滑るように去って行った。

ロータ「さて、夜明け前には出発するかな」

 とロータは呟(つぶや)いた。


・・・・・・・・・・

 ヤクト南部の安全圏の街クルルトでは、避難者が仮設テントに寝泊まりしていた。もちろん、仮設住宅や、公共施設にも

人々は泊まっていたが、あまりの人数の為、あぶれてしまう

人達が続出したのだった。

 そんな中、地元の民は高台にある家から、その様子を眺(なが)めるのだった。

 クルルトの街は元々は山間部で、高低差が激しく、移動しづらい街であった。しかし、そのおかげで、避難民が、あまり、

居住区である高台の部分に立ち寄らないため、そこは治安が

良かった。

 ヤクトの民は基本、大人しく、多少の災害でもパニックを起こさないが、今回の件ではタガが外れたのか、略奪がチラホラ

起きていた。

 また、避難所には大勢の人々が住んでおり、プライベートが

全くと言っていい程、無いため、性欲のたまった男共がレイプを繰り返した。彼等の性欲は凄まじく、老女であろうと、穴があれば問題が無かった。

 なので、避難所では夜、女性がトイレに行きたい時は、必ず

家族の男性に護衛を頼むモノだった。

 さらに、あまりにレイプが横行(おうこう)するため、市の職員が男性達に、仮設トイレで抜いておくように、と推奨(すいしょう)している程だった。

 一方、元から-その土地に住んでいる者にとり、そんな薄暗い

事情は関係なく、戦争も何処(どこ)か遠くの事のようであった。

 その家には、くたびれた中年女性が居た。

女性「あぁ、もう、こんな時間。床(とこ)ずれを変えないと」

 と言って、女性は立ち上がった。

 彼女は意識不明の娘をかかえていた。意識不明の者は、同じ

姿勢を取り続けてしまうため、放っておくと『床ずれ』という病気を引き起こしてしまう。これは体の一部が壊死したりするモノであり、これを防ぐため、定期的に意識不明者の体を動かす必要があった。 

 厳密には『床ずれを防止する為、姿勢を変えなければいけない』と言うべきなのだろうが、女性に取り、そんな事は些細(ささい)な問題だった。


部屋には眠る娘の姿があった。しかし、その姿は童話の眠り姫とは違い、口には流動食-用のチューブが差し込まれていた。その姿は、あまりに痛(いた)ましかった。

 彼女は数ヶ月前、原因不明の病で意識不明となった。

 何らかの人工能力によるモノが原因とされたが、解決法が

見つからなかった。

 そして、数日前まで、病院で治療を受けていたが、ラチがあかないのと、病院が負傷者で一杯になったのを受けて、自宅に

引き取る事となったのだった。

女性「戦争なんて、どうだっていい・・・・・・神よ・・・・・・。

女神アトラよ、どうか、この子を、お救い下さい」

 と言って、女性は祈りを捧(ささ)げた。

 しかし、無慈悲(むじひ)にも何も起こらなかった。

女性「ああ、だから、あんな男と付き合わせるんじゃ、なかったのよ・・・・・・。あん   な、素性(すじょう)も知れない男・・・・・・。あの

   男、何だったのかしら。顔を思い出せない。確かに

   会ったはずなのに・・・・・・」

 女性は、銀髪をした、その男の顔を再び思い出そうとしたが、やはり、煙がかかった-かの様(よう)に、記憶の中の-その顔は、ぼやけていた。

女性「そう、あの男。確か、クオン皇子殿下に、どことなく

似ていて・・・・・・」

 と女性は呟(つぶや)いた。

女性「・・・・・・。ああ、でも、もう駄目なのかしら。お医者様も

   数ヶ月を超えると意識不明の症状は固定されると、

おっしゃられてたし・・・・・・。実際に、意識が戻った人達も長くても、一ヶ月や-そこらみたいだし。もう・・・・・・」

 すると、娘がかすかに声をあげた。

 そして、パチリと目を開けた。

 彼女は声ならぬ声で、『母さん』と呟こうとしていた。

女性「イーシャ!イーシャ?イーシャ・・・・・・?」

 と言って、女性は、儚(はかな)く崩れ去りそうな陽炎(かげろう)を触るように、

娘の頬(ほほ)を撫(な)で確(たし)かめた。

『か、ぁさん』

 との念話が女性の脳に響いた。

女性「イーシャ。よかった。今、お医者様を呼んでくるからね。

   寝ちゃ駄目よ。起きてるのよ」

 と涙ながらに言った。

『ま、って』

女性「ど、どうしたの?」

『ゆめ、みたの・・・・・・。おうじ、でんかの・・・・・・。わたしを・・・・・・、

 たすけて、くれた・・・・・・わたし、たちを・・・・・・』

 彼女こそ、かつてクオンが銀髪の黒ローブの男から魂を解放

してあげた娘の一人であった。

女性「そう、そうだったの。ともかく、お医者様を呼んでくるからね」

 と言って、女性は部屋を出て行った。

 一人残された娘は、いつの間にか涙していた。

『やさしいな・・・・・・。あのヒトは・・・・・・』

 との念話の呟(つぶや)きが、部屋に木霊(こだま)し、消えていった。


 ・・・・・・・・・・

 ヤクト中部の山の中にも人々は居た。彼等は民間人だった。ただし、能力者が何人も居た。

 そこは首都エデンに、ほど近い場所であり、首都での虐殺(ぎゃくさつ)

から逃げ出した人々が隠れているのだった。

 ただし、食料は無く、水も無く、ひたすら薄暗い森の中で、

じっと息をひそめているだけだった。

 水を取りに川に行った者は戻って来なかった。

 それでも、この場所が見つからなかったのは奇跡と言えた。

 そして、何日も何日も水無しの生活が始まった。

 人々は自らの尿(にょう)を飲んだ。そうする事で、何とか喉(のど)の渇(かわ)きを

うるおした。それをしなかった者は弱り、木の窪(くぼ)みにたまった

雨水を飲み、腹をこわして死んだ。

 最初はうるさかった赤ん坊が、いつしか泣かなくなっていた。

 しかし、母親は、その子を離そうとしなかった。

 青年が、それを注意すると、母親は子の亡骸(なきがら)を抱え、

いつの間(ま)にか消えていた。彼女が戻って来る事は無かった。

 絶望的な状況の中、それでも彼等(かれら)は理性を保(たも)っていた。

 それはリーダーであるリオルの存在が大きかった。

 彼女は高校の教師であり、一流の能力者であった。

 そんな彼女には一種の統率力があった。

 しかし、限界が来た。

 水が無かったのだ。

 渇(かわ)きに耐えられなかった者達が一斉(いっせい)に山を降りた。

 そして、残った者達の場所がラース-ベルゼ軍に、ばれた。

 戦闘が始まった。

 リオルの夫であるダコスは魔法で応戦していた。

ダコス『駄目だッ。敵の数が多すぎる』

リオル『クッ、撤退ッ!撤退!』

 と叫び、リオル達は山を必死に降りていった。

 これだけで半数が死亡した。

 そして、山の麓(ふもと)で、さらなる絶望が彼女等(ら)を襲った。

 そこには戦車と魔導アルマが、そびえて居た。

リオル「あ・・・・・・ああ・・・・・・」

 と、リオルはニホン刀を片手に絶句した。

ダコス『リオル・・・・・・これはもう、投降するしか・・・・・・』

リオル「ダコス。私は死ぬわ。自害するわ。あいつらに辱(はずかし)めを受けるくらいなら、潔(いさぎよ)く死ぬわ・・・・・・」

ダコス「そ、そんなの駄目だ」

リオル「じゃあ、どうすれば」

 次の瞬間、砲弾がリオル達に撃ち込まれた。

 幸い直撃こそしなかったが、不幸な事に木々が破裂して人々に突き刺さった。

 絶叫が、あがった。

 すると、その者は来た。

 何かが次々とラース-ベルゼの兵士達に突き刺さった。

 そして、その者は一瞬で戦車に移動し、戦車を斬った。

 信じられない事に、戦車はバターのように斬り刻まれていった。

ダコス「あ、あれは・・・・・・」

リオル「あの剣・・・・・・まさか」

 そして、戦車は爆発していった。

 さらに、その者に続き、彼の同胞達が攻撃を仕掛けた。

 大男が大剣を振り回した。

 何処(どこ)からか銃使いが狙撃をした。

 後方で、何者かが指揮をとっていた。

 そして、戦況は一気に変わっていった。

リオル『何をしている!反撃の時だッ!進めッ!』

 そして、リオル達も魔力を全開にして、防御を完全にして、

突っ込んでいった。

 その者により、さらに、魔導アルマが大破していった。

 それを見て、敵の指揮官は怒りの声をあげた。

指揮官[このッ!化け物がッッッ!]

 そして、怒りにまかせ、高速で移動しながら、次々と魔弾を

放っていった。

 しかし、次の瞬間、指揮官の首は切断されていた。

クオン「構わないさ。化け物でも・・・・・・。それで、国を守れるのなら」

 と呟(つぶや)くのだった。

『状況、終了。付近に敵は居ません』

 との女性の民間能力者イヨナの念話が響いた。

 それを聞き、クオンは黒いヘルメットを取った。

 辺りにドヨメキが湧(わ)いた

「皇子(おうじ)殿下(でんか)・・・・・・」

 と皆が呟(つぶや)いた。

 そして、涙をこらえながら、リオルはかつての教え子に近づいた。

クオン「リオル先生。遅くなって申し訳ありませんでした。

    でも、こんな場所に隠れてらしたとは」

リオル「いえ、いえ・・・・・・。皇子殿下。皇子殿下。よくぞ、

ご無事で。よくぞ、ご無事で・・・・・・。そして、感謝

いたします。真(まこと)に感謝いたします・・・・・・。どうか、

我等(われら)の剣を、お受け下さい。貴方(あなた)様(さま)と共に戦う事を

お許し下さい」

 と言って、リオルは、ひざまずいた。

 それを見て、ダコスや、ほかの能力者もそれに従った。

クオン「ありがとう、皆(みんな)。共に戦おう。そして、俺達の国を

    取り戻そう」

 とのクオンの言葉に、彼等(かれら)は肩を震わせ、涙した。

 

そして、ヤクトの反攻(はんこう)が真に始まる。

 今、風は南から北へ流れ出したのだった。


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アーカーシャ・ミソロジー2 キール・アーカーシャ @keel-a

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