白い闇に咲く花
憑木影
白い闇に咲く花
爆発、閃光。
まばゆい光が視界を覆い、目の前が真っ白になる。
太陽が炸裂した衝撃が、身体を叩く。
おれは、眼底を焼き尽くす真っ白な光の中で、真紅の花が開いていくのを見ていた。
水晶の中で、真紅の薔薇が花開いていくのを見る。
そんな、光景をおれは深い恐怖とともに、見つめていた。
おれは、こころの奥深いところで、怯えている。
恐怖が刃となっておれの意識を切り刻んでゆき、おれのこころは暗黒へ墜ちていく。
おれは、目が覚める。
定番の、悪夢だった。
おれは、目一杯倒していたシボレーカマロのシートから、身を起こす。
無防備すぎると、思う。
夜であった。
初夏の森は、闇に満たされている。
漆黒の静寂が、夜の森を覆う。
その闇に、金色に輝く刃となった月影が、裂け目を刻んでいた。
おれは山道から少しそれた空き地に、カマロをとめている。
月の明るい夜とはいえ、木の枝や茂みに隠されて漆黒のボディを持つカマロは山道からは見えないはずだ。
カマロに装備されたV8、6.2リッターというモンスターエンジンも、今は沈黙している。
カマロは闇と、一体化していた。
おれたちは水の中の水のように闇に溶け込んでおり、誰にも見いだせない。
おれは、少し溜息をつく。
逃げ切れた、とこころの中でつぶやいた。
その瞬間、おれの身体を緊張が貫く。
視界の端に、白いものが見えた。
動物とは思えない、月影を纏ったような白さだ。
おれは、ナビゲータシートにほうりだしていた、コルト・ガバメントタイプの拳銃を手にする。
45ACPという、ハンドキャノンと揶揄されるほどでかい銃弾を装填した拳銃だ。
USAでの45口径への信頼は、神話に近いと思う。
それは遥か昔、コルト・ドラグーンの時代から信仰されている。
かくいうおれもいつのまにかその考えに毒されたか、9ミリ弾では心細いと思うようになっていた。
おれはそのコルトを手にしてそっとドアを開き、闇の中を静かに移動する。
コルトのセフティは、はずしていた。
闇の中で木の枝が作り上げた洞窟を潜り抜けるようにして、森を抜ける。
唐突に、月明かりに包まれた場所にでた。
ひとりの、少女がいる。
驚くほどに、白い。
月影を集めて編んだのかと、思う白さだ。
象牙の白さを持つ肌。
深雪の純白を纏う長衣。
髪は、金色に近い白であり、瞳はもう少し昏い色を帯びている。
おれは、銃口を下げたがセフティははずしたままで、少女の前にたつ。
口を開いたのは、少女のほうが先であった。
「わたしは、自分が誰だか判らないの」
おれは何も言わず、少女の2メートルほど手前で立ち止まる。
「ねえ、お願いがある」
おれは、目の前にいる少女が現実のものとは信じがたいが、夢の続きにいるとも思えなかった。
仕組まれた罠とすれば、複雑すぎるようにも思う。
おれは、あれこれ考えず、成り行きにのってみる。
「おまえの願いを、言ってみろ」
月影が揺れるように、少女は微笑む。
おれの深いところで、恐怖がざわめいたが、それを強引にねじ伏せる。
「これを受け取って、ください」
少女は、左手を差し出す。
小指が欠けているのに気が付き、おれは傷をこじあけられるような感覚を味わったが、何も言わない。
手のひらに、白いものが見える。
手のひらから零れ落ちたそれを、おれは受け止めた。
骨のように白い。
いや、多分骨を刻んだのではないかと思えるそれは、鍵であった。
「地球の反対側では」
少女はあらぬ方を見て、譫言のように呟く。
「もう、雪がふっているかしら」
おれは、口をゆがめ笑うふりをした。
「きっとそうだろうよ」
おれは、少女をとおりこして歩き出す。
少女は当然ふって湧いたわけではないだろうから、この先に何か建物があるのだろう。
そこに、おれは招かれている。
そう、思った。
おれは、かろうじて月影の下白く照らされる山道を歩きながら、腰にさしていたグレネードピストルを抜く。
コルトをベルトに指すと、ポケットに残った最後の榴散弾をグレネードピストルに装填した。
こいつを、使うことにならないことを祈りながら。
そう長い距離を歩かぬうちに、そいつが姿を現した。
月明かりの下、黒く横たわる巨獣の屍。
おれはその廃屋を見た瞬間、そんな印象を抱く。
多分、かつては豪勢な洋館であったに、違いない。
今は洋館の、廃墟にすぎなかった。
おれは、正面にある巨大な扉に触れる。
鍵穴があった。
そこに、先ほど受け取った鍵を差し込んでみる。
きちんと、一致した感覚が鍵を持った指に伝わった。
しかし、扉の鍵を開く必要ない。
半ば朽ちた扉は触れたことによって蝶番が崩れ落ち、闇の中へと沈んでいく。
闇への入り口が開き、おれは廃墟へ踏み込んだ。
闇に闇を塗り重ねた屋敷の内部は、ところどころ光の梯子となった月影が降りてきている。
おれは、光の梯子をぬって闇の中を歩く。
深い闇の中その一箇所だけは、天井に空いた穴から差し込む光に照らされていた。
月影を浴びる壁に、一枚の絵がかけられている。
在りし日の、洋館の広間を描いたであろう、絵であった。
夜会服で着飾った、紳士や淑女が囁きあい。
並んだ楽団が、煌びやかな音楽を奏でている。
彼らは、待っているようだ。
この館の、主が登場するのを。
ドラマティックと思えるほどに陰影や色彩を巧みに配置したその絵は、ひとびとが実際に踊り笑い語りあっているように見える。
いやそれどころか、おれの視界の中でその絵は次第にリアリティを、増してゆく。
気が付くと、おれは絵の中にいた。
おそらくは、絵の中と同じ情景の場所に立っている。
夢だとは思えない、現実のリアリティがあった。
薫っている、甘い煙草の匂い。
天井で星の輝きを真似て煌めく、シャンデリアの光。
そしてとおりすぎながら、おれに微笑みかけるおんなの肌が放つ、南国で咲く花の匂い。
会釈をしてとおりすぎていった、おとこの低い鉄を擦るような含み笑い。
また、楽団のストリングスは虹色の音を放ちながら、輝く広間を満たしていた。
高貴な野獣のもつ軽やかな身のこなしで、おとことおんなが精密機械のようにくるりと舞い踊っている。
おれは、息をのんでその様を見ていた。
これが幻覚なのか、さっきまでの廃墟が幻覚であるのか。
いずれにせよ、この場所は隠されていたのだ。
ここに入れたのは、もしかするとあの鍵が導いたというのか。
おれは、呆然と立ち尽くしている。
おれは、革ジャケットに身をつつみ、大口径拳銃を手にしているという、この場所には相応しくないいでたちであったが、誰も気にしない。
ずっと前からおれがここに居たというかのように、ひとびとはふるまっている。
おれは、誰かをつかまえて話しかけようと決心した。
その瞬間楽団の演奏が止み、静寂が落ちてくる。
踊っていたひとびとも、話あっていたひとびとも、突然沈黙し立ち尽くした。
そして、拍手がはじまる。
おれは、理解した。
この館の、主が登場する時がきたということを。
広間の奥にある扉が、荘厳な音をたてて開く。
登場したのは、鉄製の檻だ。
2メートル四方の立方体を形成した鉄の檻は、下部に車輪がついているらしく黒衣のおとこたちに押されてゆっくりと広間の中央に向かう。
その檻の中に、白い少女がいた。
驚くほどに、白い。
月影を集めて編んだのかと、思う白さだ。
象牙の白さを持つ肌。
深雪の純白を纏う長衣。
髪は、金色に近い白であり、瞳はもう少し昏い色を帯びている。
おれは、息をのむ。
檻が登場したのと反対側から、また扉が開く音がする。
今度は、獣の匂いがした。
おれは振り向き、道をあける。
鎖で繋がれた黒豹を、黒衣のおんながつれていた。
おれは後ずさりながら、何が行われるのかを理解する。
檻の扉が、開いた。
少女は、傲慢とも思える笑みを浮かべている。
黒豹は、血に飢えたうなりをあげていた。
「やめろ」
おれは、叫んだ。
まるでおれの存在を誰も認識していないように、叫びはむなしくとおりすぎていった。
おれは、天井に向かってコルトを撃つ。
轟音が響き、ようやくおれが注目された。
「やめるんだ」
不思議なものを見るように、全員がおれを見つめる。
ひとりのタキシードをきっちりと身に着けた紳士が、おれの前に立つ。
紳士は柔和な笑みを浮かべて、不思議そうに問うた。
「何を、やめろというんですか?」
「彼女を、殺すのをやめろといっている」
爆笑が、広間をつつんだ。
道化が演技をしたとしても、これほど笑いはとれないに違いない。
それほどの、笑い声が広間を満たしている。
涙を流しながら、目の前にたった紳士が笑の間隙をぬっていう。
「でも、彼女はノスフェラトウなんですよ?」
「なんだって?」
おれが聞き返そうとしたときには、黒豹は檻の中に入っていた。
檻の扉は、閉ざされる。
広間のひとびとは、おれのことは忘れて檻に見入っていた。
少女は、満足げに黒豹を見ている。
ただひとり、おれの前に立っている紳士だけはおれを相変わらず見つめていた。
どこか、憐れむような色を瞳に宿して。
おれは、叫んだ。
「どけ」
拳銃で、紳士の顔面を殴る。
血が迸ったが、紳士は痛みを感じないのか笑みを浮かべたままだ。
おれは躊躇わずに、引き金をひく。
額に真紅の花を咲かせた紳士は、自分の流した血に沈む。
おれが檻に駆け寄ったとき、ひとびとは満足げな吐息を漏らしつつ檻の中を見ていた。
おれは檻の外から、黒豹めがけてコルトを撃つ。
45口径弾は、黒豹の背中に命中したが深手とはいえなさそうだ。
黒い疾風が吹き抜けるように、黒豹がおれに襲いかかる。
獣は凶悪な牙を剥き出しにして、おれを食い殺そうとしたが、鉄格子に阻まれていた。
鉄格子の合間からのぞく赤い口めがけて、おれはコルトの残弾を全て撃ちつくす。
頭を赤く染めた黒豹は、檻の中に倒れた。
おれはコルトから空になった弾倉を抜き、予備弾倉をいれるとスライドストップをはずして初弾をチェンバーに送り込む。
そのコルトで檻の鍵を撃ち飛ばすと、檻の中に入った。
そこは、血の海である。
かつて、少女であったであろうものは、ただの細切れな肉塊となっていた。
深い、深い恐怖。
後悔や怒り、そうしたものが真冬の凍てついた風となり、こころを満たす。
ひとびとは、満足げに囁きあい笑いあうと、誰からともなく拍手をはじめた。
おれは、その場に立ちすくむ。
かろうじて、その拍手の意味を理解したように思える。
これは、終わりではなくはじまりであった。
血が、渦巻いている。
真紅のメェルシュトロオムが、檻の中に出現した。
薔薇の花びらが舞い散るように、渦巻く血が立ち上がりはじめる。
おれは、あまりの情景に一歩も動けない。
真紅のひと形を、血は形成した。
雪が降り積もるように、そのひと形に純白の皮膚が現れてくる。
ほんの瞬きをするような間に、白い少女は身体を復元する。
そして、おれに微笑みかけた。
「だめですよう、それじゃあ」
おれは、何も言えず少女を見つめている。
白い唇が動き、赤い口がのぞく。
白い闇を紅い閃光が裂いて、その切れ目から言葉が零れたと思う。
「ちゃんと、鍵を使わなければ」
一瞬、少女の左手の小指だけは欠損したままだと気がつく。
少女は、おれとの間にあった距離を潰した。
愛をささやくように、おれの首筋に頬をよせると。
少女は、おれの頸動脈を喰いちぎる。
おれの血が、白い肌に真紅の斑模様をつけていくのを見ながら、おれは闇に落ちた。
ヨハネスブルクは、少しはやい雪が降っていた。
おれの相棒は、45口径コルトガバメントに黒い肌の少年兵だ。
ダルフールで一年を生き延びたそいつは、とても静かな目をしてひとを殺す兵士だった。
彼はときどき45ACPが手に入りにくいと愚痴るおれを、揶揄する。
USAは、19世紀から抜け出せていないと。
おれはいつも、こう答える。
9ミリじゃあ、ひとを止めることはできない。
その日おれと相棒は雪がふる中、廃墟となった館へ突入していた。
ツーマンセルを組んだおれたちは、スタングレネードの衝撃で棒立ちとなったギャングたちを撃ち殺していく。
やつらが撃ち返してくる9ミリ弾では、おれたちの身に付けたケプラー繊維のボディアーマーはつらぬけない。
相棒は家畜を殺す無慈悲さで、各ポイントをクリアしていく。
そして、おれたちは目的の広間についた。
そこにあるものを見て、おれは息をのむ。
「おい、あれはなんだ」
広間の中央には、檻が置かれている。
「おれが聞いたのは、HIVの特効薬がここにあるって話だぞ」
相棒は、涼しげに微笑んだ。
ベレッタを檻の中に向けて、こう言った。
「あるじゃないか。HIVの薬が」
檻の中には、少女がいた。
真っ白な、少女。
驚くほどに、白い。
月影を集めて編んだのかと、思う白さだ。
象牙の白さを持つ肌。
深雪の純白を纏う長衣。
髪は、金色に近い白であり、瞳はもう少し昏い色を帯びている。
彼女は、檻の中でさらに鎖に繋がれていた。
左手の小指は、切り取られたのか欠損している。
その欠損した場所に管が取り付けられ、血を吸いとっていた。
血は、ガラスの容器に少しづづ落ちていく。
それこそが、薬だというのか。
「しかし、それは迷信だろ」
相棒は、くすりと笑う。
ちょっとしたジョークを、聞いたように。
「それを判断するのは、僕たちじゃあないよ。クライアントだね」
おれは、無意識の内に後退していた。
相棒は、やれやれというように肩をすくめると檻へ向かう。
ベレッタの9ミリパラベラム弾で、鍵を破壊した。
「おい、やめろよ」
相棒は、呆れたようにおれを見る。
「僕たちは、戦場にいる。君は銃口の向こうにいるのが少女であるか大人のおとこであるかに何か違いがあるって思ってるの?」
相棒は、くすりと笑った。
「どちらも同じ、敵でしかない。違いがあるっていうのなら、それこそ迷信だよ」
相棒は、無造作に少女の繋がれている鎖を撃った。
それと同時に、トラップが作動する。
爆発、閃光。
まばゆい光が視界を覆い、目の前が真っ白になる。
太陽が炸裂した衝撃が、身体を叩く。
おれは、眼底を焼き尽くす真っ白な光の中で、真紅の花が開いていくのを見ていた。
水晶の中で、真紅の薔薇が花開いていくのを見る。
おれは、爆風で身体を壁にたたきつけられ、軽く意識を失う。
気がついたおれは、爆煙の漂う広間を歩く。
檻は、残っている。
しかし、死体は完全に破壊されていた。
そこにあるのは細切れになった肉片と、真紅のビロードを敷き詰めたような、血の海だ。
おれは、気がつかない内に膝をついていた。
闇が、こころを食い殺していく。
おれは、目覚める。
こんなところで、定番の悪夢をみることになるとは。
苦笑しながら、おれは目の前にある絵を見つめた。
在りし日の、洋館の広間を描いたであろう、絵であった。
夜会服で着飾った、紳士や淑女が囁きあい。
並んだ楽団が、煌びやかな音楽を奏でている。
彼らは、待っているようだ。
この館の、主が登場するのを。
あれは、夢であったのか。
この館の主が、檻の中に閉じ込められて登場する夢。
いや、夢ではない。
おれは、目の前の絵は窓のようなものだと直感的に理解する。
おれが今いるのと位相が異なる次元界へと繋がっている、窓。
だから、おれが先程経験したのは、別の次元界での真実。
ひとりのおれは、別の次元界へと行きもうひとりのおれは、この次元界にとどまった。
そういうことだと、思う。
そして、もう一度おれのこころはあの世界へと繋がりつつある。
恐怖がおれのこころを、深く抉っていく。
おれは、そっと手の中にあるコルトの重さを確認した。
大丈夫だ。
おれは、こころの中で呪文のように呟く。
(9ミリでは止められなくても、45口径であれば止められる)
おれは再び、絵の中と同じ情景の場所に立っていた。
さっきまでいた場所と、同じ空気がおれを包む。
薫っている、甘い煙草の匂い。
天井で星の輝きを真似て煌めく、シャンデリアの光。
そしてとおりすぎながら、おれに微笑みかけるおんなの肌が放つ、南国で咲く花の匂い。
会釈をしてとおりすぎていった、おとこの低い鉄を擦るような含み笑い。
また、楽団のストリングスは虹色の音を放ちながら、輝く広間を満たしていた。
高貴な野獣のもつ軽やかな身のこなしで、おとことおんなが精密機械のようにくるりと舞い踊っている。
そして、定められた時、その瞬間に静寂が広間を支配した。
おれは、謁見の間に入ってくる女王の威厳を纏って檻が、広間の中央へ向かうのを見る。
おれは、待つ。
おんなが、黒い獣を鎖に繋いで連れてくるのを。
おんなが伴う黒豹は、微かにうなりながらおれの横をとおりすぎようとする。
おれはコルトを獣の耳に押し当てて、無造作に引き金をひいた。
45ACP弾を、弾倉が空になるまで撃ち込む。
黒い獣の頭が真紅の爆発に包まれ、黒豹が倒れる。
おれは、弾倉を入れ換えると檻へと向かう。
いつの間にか、広間に闇が降りてきている。
あたりにいたはずの着飾ったひとびとは塵となって消え、広間は廃墟に帰ってゆく。
ただ変わらず残るのは、白い少女。
真白き女王の威厳をもって、おれを見つめている。
月影のように輝く、その瞳で。
檻の鍵を45ACP弾で吹き飛ばし、檻へ入る。
少女は、無邪気に微笑んだ。
「答え合わせを、しようか」
おれの言葉を聞きながら、少女は楽しげな笑みを浮かべている。
「あんたは、いわゆる吸血鬼というやつなんだろう」
少女は、嬉しそうに頷いてみせる。
「あんたは永劫の時を、生きている。ただ、どういう理由かはよく判らないが定期的に身体を破壊し、新しくする必要がある。それを、行うのがこの場所だということだ」
少女は、上機嫌だった。
先を促すように、おれを見つめている。
「けれど、あんたはきっと飽きたんだ。永劫の時を生きることにね。だが、あんたは自分で自分を殺すことはできない。だから、おれを招いた。そういうことだろう」
「あなたは、ひとだから招かれなくてもここへこれたかもしれない。だけど」
少女は、小指の失われた左手をおれに見せる。
「わたしの一部は、招かれない場所に入れないの」
おれは、白い鍵を出す。
それは、少女の左手の指を削ってつくられたもの。
それがあるから、おれはここにこれた。
「わたしは記憶を捨て、何ものでもなくなり、あなたに殺されることを望んだわ」
その時少女の笑みが、赤く陰った。
「でもやっぱり、わたし自分を押さえられないみたい」
白い闇が裂け、紅い閃光が煌めく。
そこから白い三日月のような、牙があらわれる。
「あなたの、血が欲しい」
おれの動作は、ほぼ無意識のものであった。
おれとの間にある距離を潰そうとした少女は、45ACP弾に額を撃ち抜かれる。
一瞬、少女は虚ろな目をして立ち止まった。
白い顔に真紅の花が、咲いている。
おれは、背中にさしていたグレネードピストルを抜く。
27ミリの榴散弾を、少女に向けて放った。
爆発、閃光。
まばゆい光が視界を覆い、目の前が真っ白になる。
太陽が炸裂した衝撃が、身体を叩く。
おれは、眼底を焼き尽くす真っ白な光の中で、真紅の花が開いていくのを見ていた。
水晶の中で、真紅の薔薇が花開いていくのを見る。
そしておれは、真紅の薔薇の中央に黒い穴があるのを見つけた。
深い、深い穴。
おそらくは、地球の裏側にまでとどいているであろう穴。
おれは、その穴に白い鍵を差し込むと、回した。
かちりと、音がする。
何かが、動いた。
そして、閉ざされていたものがゆっくりと開く。
おれは、目が覚める。
おれは、シボレーカマロのシートから、身を起こす。
苦痛が炎の渦となって、腹部の底に沈んでいる。
カマロのシートは、血で真紅に染められていた。
おれは自分の生命が、流れ落ちていくのを感じる。
夜であった。
初夏の森は、闇に満たされている。
漆黒の静寂が、夜の森を覆う。
その闇に、金色に輝刃となった月影が、裂け目を刻んでいた。
全ては、夢だったのだろうか。
いや、そうではないと思う。
なぜなら、意識を失いそうになっているおれを覗き込むあの白い顔はなんだ。
月がここまで降りてきたと、言うのか。
白い闇に赤い亀裂がはしり、言葉が零れた。
「地球の反対側では、もう雪がふっているかしら」
おれは、口をゆがめ笑うふりをした。
「きっとそうだろうよ」
白い闇に咲く花 憑木影 @tukikage2007
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