4-21 赫月の一日 Ⅴ


 予想外にも、〈星詠み〉は結局最後までこちらの妨害をする事はなく、僕はそのまま『魔導浮遊版マギ・フロートボード』に乗って、ディートフリート劇場前へと辿り着いた。


 あのまま素直に行かせてくれるのは、果たして自信なのか、それとも他に何か仕掛けられているのか。

 そんな不安はまだ拭えていないけれども、今はそれどころではないらしい。


 すでに中は開演しているらしく、エントランスホールに駆け込めば演奏されているのであろう音楽が僅かに聞こえてきている。


 ここが文字通りに『王都の中心』であるとするのなら、魔導陣を作動させる為にはこの場所に魔導陣の核となる場所が存在しているはずだ。


 僕が試すべきは、魔導陣の破壊。

 禁書にあった【混沌】との融合によって得たスキル――【崩壊コラプス】と呼ばれるスキルならば、文字通りに魔導陣そのものを崩壊させる事ができると思う。


 試してはいないけれど、ウラヌスの解析によればそういう効果がありそうだと言う事だし。

 まぁ試す機会もなかなかなかったせいで、ぶっつけ本番ではあるけれども。


 ともあれ――問題は何処に核となる箇所が仕掛けてあるかだ。


 舞台上、というのはまず有り得ない。

 今頃、橘さんがステージの上で歌って踊っているのだ、そんなものがあったらさすがに目を引く形になるだろうし、わざわざ核を人に見せるような真似をするはずがないと思う。


 舞台装置に見せかけている可能性も拭えない訳じゃないけれども。


「ミミル、どう?」

《うーん。地下の方に大きな魔力が溜まってるみたいだよ》


 ミミルが言う通り、地面を伝って魔力は循環していると考えるならやっぱり地下になるんだろう。


 地下へのルートが判らない上、劇場の関係者で僕と橘さんが友人であると証言してくれる人物でもいない限り、僕は関係者専用の出入り口を歩ける程ここに入り浸ったりもしていない。


 かと言って、アシュリーさんや細野さん、西川さんなんかはまさに関係者しか入れない場所にいるだろうし、そもそもそこに辿り着けないのだから困った。


 さて――どうしたものか。


「ユウさん!」


 エントランスホールで立ちすくむ僕に向かって、後方から声がかけられた。

 振り返れば、そこにいたのはリティさんであった。


「はぁ、ふぅ……。やっぱり大通りの方は違ったみたいです……」

「うん、どうやらここが正解らしい。多分地下に魔導陣があると思うから、僕はそっちに向かおうと思ってるんだけれど、それらしい所とか判る?」

「私も何度か来ただけなので詳しくは……。それに、もう始まっちゃってるんです、ね……」

「みたいだね。ここで乱入して聞けば手っ取り早いかもしれないけれど……」

「だ、ダメですよっ!」

「へ? あ、あぁ、うん。さすがにそれはしないけど、一体どうしたのさ……?」


 僕を制止したリティさんは、ただのツッコミとは違ってどこか必死そうな表情さえ浮かべている。


 半ば冗談のつもりだったのだけれど、まさかここまで本気で止めてくるとは思わなかったので何事かと訊ねる僕に、リティさんはバツが悪いとでも言いたげに苦い表情を浮かべていたかと思えば、何やら沈痛な面持ちで口を開いた。


「……アカリさん、今回の公演でやっと皆さんと一緒に胸を張れるって、そう言って楽しみにしてたんです」

「胸を張れる……?」

「はい……。自分にはみんなみたいに物を作ったりもできないし、戦ったりもできないからって……。――だからっ、今回の公演の邪魔をするなんて、そんなの……! 急がなきゃどうにかできないかもしれないですけど、でも……!」


 ――だから、どうか今回の公演を滅茶苦茶にするような事態だけは避けてほしい。


 そう言いたげにしているリティさんの言葉を遮って、僕は一つため息を吐き出した。


「――はぁ。馬鹿げてるよ、そんなの」

「え……?」

「橘さんがみんなみたいに活躍してないからって、そんなの誰も気にしたりしてないよ。それに、少なくとも橘さんがいなかったら、佐野さん達のグループは成り立たないからね」


 ――――橘朱里という少女を見れば、大体の人が「天真爛漫で可愛らしく、けれどそれを鼻にかけたりもしなくて優しい少女。それが橘朱里だ」という印象を抱くだろう。


 ――でも、それは正しくもあり、ある意味では間違ってもいる。


 あの子は懐が深い。

 それも深すぎると言ってもいい程に。

 自分が受け入れた相手の為ならば、自分自身が犠牲になってしまってもいいとさえ思っているのか、どこまでも立ち入ろうとしてしまう節がある。


 そんな真似をされれば、誰だって彼女に対して甘えてしまう。

 優しくて一生懸命で、そんな少女が手を差し伸べてきてくれるのだ。

 本人がそれを望んでくれているのだから、甘えるのだって決しておかしな事じゃない。


 けれど――それと同時に、橘さん自身が甘えられなくなってしまうのだ。

 周りの事ばかりを考えてしまうが故に、自分が甘えたら迷惑になってしまうのかもしれないとどこかで一線を引いてしまうような、そんな悪癖が彼女には確かに存在している。


 これが例えば僕みたいに、異世界にやって来てまでぼっち街道を突っ切るような状況だったりしたのなら、むしろ橘さんにとっては気楽だったはず。


 なまじっか仲のいいメンバーと一緒に来てしまったために、自分だけが取り残されているように錯覚しつつも、けれど西川さんや佐野さん、細野さんはそれぞれの道を歩いているせいで、自分だけで不安を抱え込んでしまっていたのだろう。


 ――――だから、僕は「馬鹿げている」と言わざるを得なかった。


「橘さんは知らないかもしれないけれど、橘さんがいないと佐野さん達のグループは途端にぎこちなくなっちゃうんだよ」

「ユウ、さん……?」

「みんな、心の拠り所として橘さんを認めているし、必要としているんだ。何かを作れなくたって、戦えなくたって、橘さんの居場所は確かにある」


 もしも橘さんがいなかったら。

 もしかしたら佐野さんだって〈発言勇者〉になれなかったかもしれない。

 西川さんは『カエデブランド』なんて立ち上げられなかったかもしれないし、細野さんだって戦ったりしようとはせず、むしろ引き下がっていたかもしれない。


 ――「いつも通り、朱里がいる。みんなもいる」。

 そんな安心感があったからこそ、みんな不安にならずにそれぞれ自分の道を歩く事ができたんだと、僕はそう確信している。


 拳を強く握り締めながら、込み上がってきた怒りを吐き出してしまうよう、深くため息を吐いた。


「――なんて、僕が思っていたって、それを言っただけじゃ橘さんはきっと素直に受け止められないんだろうけどね」

「えっと……」

「リティさん、ここの魔導陣は絶対に僕が壊す。橘さんの公演が、橘さん自身にとっての一つの自信の根拠になるって言うのなら、僕はそれを邪魔させるつもりはないよ」

「ユウさん……!」

「僕はなんとか地下に入り込めないか探ってみる。リティさんはもし細野さんや西川さんと接触したり、他の誰かと接触できたら、地下に来るように伝えてくれないかな?」

「はいっ!」

「ミミル、ウラヌス。魔力が強くなってる場所にナビよろしく」


 リティさんが駆け出すとほぼ同時に、手元に魔宝石ジェムを召喚して僕もエントランスホールから駆け出した。

 些か強引な手を使う事になるかもしれないけれど、警備員の人達とかを説得して時間をかける訳にもいかない。


 ――――そんな事を考えていた訳だけれども。


「見張りが、いない……?」


 関係者以外立入禁止と書かれたプレートの貼られた扉を見つけて近づいてみても、ゆっくりと扉を開けて中を覗き込んでみても、どこにも見張りらしい人も、劇場の関係者と思しき人さえも見つからない。


 好都合だと割り切って走り続けつつも、あまりにも奇妙な光景に嫌な予感ばかりが膨れ上がっていく。


 そうしてしばらく走り続けていく内に、目の前に階段を見つけて――直後に僕は何者かに体当たりされて廊下を滑るように転がった。


「ふ、フヒッヒヒヒ、じゃ、邪魔、させんぞ」

「……ぐ……っ」


 口元にだらりと涎を零している男。

 何かの病気でも患っているかのように色白で痩せ細り、目は瞳孔を大きく開いてしまっているらしく、とても普通とは言い難い。お世辞にも正気とは思えない。


 目を離せば突然襲いかかってきそうな男は、確か一度ここに来た時に見かけた魔導技師の一人だったはず。

 確か魔導技師であり、今回の公演で使う魔導具管理の責任者であったモーリッツと呼ばれた男性だ。


「……あなたが、王都内で起きてる一連の騒動の犯人ですか」


 問いかける僕に、しかしモーリッツは一切の反応も見せずに哄笑していた。

 狂っている、と心の中で呟く僕に向かってモーリッツの代わりに返答してきたのは、ウラヌスによって表示されたウィンドウだった。


《――警告。男は異常な魔力を浴び、半ば魔物化していると思われます》

「魔物化……?」

《是。すでに人としての思考はほぼ停止していると推測。排除を推奨します》

「魔物化だとか、知らない単語がこんな状況で出てくる事にもツッコミを入れたいところだけど、そもそも排除って言われても、ね……」


 彼と目を離さないように、けれどちらりと――僕は自らの脇腹に突き立てられた短剣に目を向けた。深々と刺さった短剣。

 傷口からは血が溢れ、生温かい感触と激しい熱がその辺りに広がっている。


 せっかく服を魔導具化しているとは言っても、常に魔力を流している訳じゃない。

 それが仇となったとも言える傷に歯噛みしつつ、ぶつかった拍子に周囲に散った魔宝石ジェムの位置を確認して、先んじて左手を地面についた。


「――【閃光魔宝石フラッシュ・ジェム】、起動」

「ぎゃッ!?」


 以前ハンナさん達を相手に使った、目眩まし用の魔宝石を起動。同時に、さらに右手には新たな魔宝石を召喚した。

 白い光の属性を宿した魔石を使う閃光魔宝石フラッシュジェムとは異なる、黄色い魔石。

 かつて作った、僕なりの攻撃手段として用意しつつもステータス差がある相手には傷一つ負わせる事すらできない、爆発を引き起こす魔宝石――【爆発魔宝石エクスプロード・ジェム】。


 早速とばかりに、目を押さえて悶絶しているモーリッツの足下に投げつけて転がった魔宝石が、起動と同時に激しく爆発。


 もっとも、この程度で倒せるとは思えなければ、そもそも結果を見届けるつもりなど僕にはなく、痛みを訴える脇腹に苦労しつつも『魔導浮遊板マギ・フロートボード』を召喚。


 天井すれすれを飛んで奥へと突っ切って逃げてしまうつもりだったのだけれど……。


「……あれ?」

宿主様マスター、大勝利ー!》


 爆発が収まったかと思えば、モーリッツはすでに倒れたままぴくりとも動かず、白目を剥いてそのまま倒れていた。


 ……何この、激闘になるかと思いきやあっさりと終わっちゃう感。


 いや、そもそも直接戦闘に向いていない僕にとっては好都合なんだけれど、だからってほら。もうちょっとこう、ドラマチックな戦いとかがあってもいい訳で……さ。


「……ま、まぁいいや。とにかく急ごう」

《告。傷の手当を優先した方が良いかと思われます》

「そんな時間はないよ。引き抜いたら血が溢れちゃうだろうし、かと言って刺しっぱなしも痛いけれど、今は血がなくなって頭が回らなくなる方が困る」


 モーリッツがあっさりと倒れてくれたのは有り難いけれど、彼を倒せば全てが解決するという訳でもないしね。


 ともあれ、この先にはモーリッツが守ろうとした何かが確実に存在しているはずだ。

 そう考えて、僕は傷口となった脇腹の短剣があまり動かないように気をつけつつ、召喚した『魔導浮遊板』に乗って奥へと向かった。





 ――――何度、意識を失いかけただろう。

 ふらりと体勢を崩しかけては、それでも唇を噛んでどうにか前だけを見据えて進む内に、ようやく目的地へと辿り着いた。


 綺麗に着地する事もできず、速度を緩めた『魔導浮遊板マギ・フロートボード』が地面に着地すると同時に、僕は力なくぐしゃりと音を立てて崩れ落ちた。


 地下倉庫。

 そう評するのが相応しい地下の一室、その中央には煌々と輝く魔導陣が光を放っていた。


「……これ、が、原因……だね……」


 僕の脇腹に突き立てられた短剣には、毒が塗られていたのかもしれない。


 ミミルとウラヌスがさっきからウィンドウを表示させて何やら声をかけて――と言うより、文字を見せて訴えてはくるのだけれど、すでに意識は朦朧としていて、思考が纏まらない。


 文字さえも何が書かれているのか判然としない中、それでも僕の中にあったのは、目の前のコイツを壊してしまえばいいという、ただそれだけの単純かつ明確な答えだけしかなかった。


 這いずりながらようやく目的のそれへと辿り着いて手を伸ばす。

 どうやら傷口を押さえている内に、僕の手はすっかり血で真っ赤に染まっていたらしい。

 魔導陣に触れた僕の手に付着していた血は、魔導陣を赤黒く塗り潰していて――朦朧とした視界の先では何やら黒い靄のような何かが血のついた場所から立ち昇っているように見えた。


「……【崩壊コラプス】」


 ――たった一言。

 それを呟いたと同時に、付着していた血の赤黒から黒い靄が強烈な勢いを伴って、噴き上がった。


 それは僕の触れていなかった箇所にまで侵食するかのように広がっていくと、はたしてその力を遺憾なく発揮させてみせた。


 ――まるで腐食だ。

 腐り朽ち果て崩れていく光を放っていた魔導陣。


 ……なんとか、間に合ったのだろうか。

 ほっと胸を撫で下ろしつつ、もう少しすればみんなが来てくれるだろうという安堵に意識を失いかけていた――その時だ。


 一際激しい光が周囲を塗り潰したかと思えば、何者かが僕の目の前に佇んでいた。









「――迎えに来たわ、愛しい旦那様」








 黒い髪に、赤い瞳。

 相も変わらず赤黒い、しかしさっきまで目にしていた魔力を可視化させて佇む、異質の存在。


「……魔王、アルヴィナ……」

「魔王だなんて、つまらない肩書きはいらないわ。あなたは私の旦那様になるのだから」


 甘ったるく愛しげで、優しい。

 けれど狂気を孕んでいるかのようなアルヴィナの声。

 どうにか意識を保とうにも、どうやら【崩壊コラプス】のせいで余っていた力は全て出し切ってしまったらしい。


 出涸らしよろしく力を使い果たした僕の意識は強制的に閉ざされた。 




「――ふぅん。旦那様ってば、やっぱりとしての力に馴染み始めているのね」




 先程までとは一転して寂しげに呟くアルヴィナの声は、僕にはしっかりと聞こえてこなかった。

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