4-11 王城書庫


「――では、改装の要望は以上ですので、よろしくお願いします。納期はどうです? だいぶ色々と注文が増えてしまいましたけど……」

「なぁに、魔法工事で一斉にやりやすんで、早い内にできるでしょうぜ。幸い、この時期は改装依頼も少ないんでね。大きな仕事が舞い込んできて、むしろ助かってまさあ」

「良かったです、なら宜しくお願いします」


 祐奈が改装の為にやってきていた業者の者達とやり取りを終える後ろでは、他のメンバーが思い思いに要望が通る事について姦しく語り合っていた。

 楓と祐奈はともかく、今回がある意味初めて自分の城を持つような状況だ。


 これまでの集合住宅のような気遣いも必要ないと思えば、喜ぶのも無理はない。ただの高校生であったはずの彼らが文字通りに憚る事なく帰る場所というものを得られるのは、日本で暮らしていた頃ではまだまだ考えられなかった事なのだ。

 それぞれの仕事やスキルを考えつつも頼まれた改装費用は、一般人の年間を通した生活費の数十倍にも膨れ上がったのだが、そこは楓と祐奈の蓄財ぶりと、さらには『勇者班』によって狩られた上位の魔物の素材などのおかげで、十分過ぎる程に支払える余裕が生まれていた。


「あ、そうだ。祐奈、ちょっと俺、魔導車屋に行ってくる」

「魔導車屋?」

「あぁ。悠のヤツ、転移魔法陣の解析しててさ。せっかく拠点が手に入るんだから、今後移動する時に転移で帰れるようにしたいって言ってて。ほら、地下の空き部屋、あそこは悠が何かするって言ってたろ? その為らしいからさ」

「えっ、ちょっと。悠くん、転移魔法陣なんて調べてたの?」

「そうらしいぞ。ほら、悠が携帯電話もどきを作ろうとしてたろ? そのついでに冒険者カードと腕輪を使った召喚と送還を調べてる内に、ある程度構想が纏まったとかって」

「じゃあ、完成してるの?」

「いや、まだみたいだけどな。せっかく王城の禁書なんてものを見れるんだから、それも調べておくってよ。どっちにしても、俺らも移動用の魔導車ぐらい自分で用意したいし、善は急げってな」


 真治が言う通り、確かに悠は今もありとあらゆる魔導陣を構想し、ウラヌスを通して保存している。悠が服を魔導具した際の改良版から、魔狼ファムとの一件で有耶無耶となっていた遠距離通話用の魔導具。そして、召喚と送還を使った人体転移はもちろん、それら以外にも枚挙に暇がない程度には。


 もっとも、実際は難航しているというのが実情である。

 そもそも生物を召喚、送還するというのは非常に難しく、〈古代魔装具アーティファクト〉を模して作られた冒険者ギルドのカードと腕輪の魔導陣では、人体の転移はできないのだ。


 そういう意味でも、〈古代魔装具アーティファクト〉の情報が手に入れられるかもしれないという『空白の時代』の書物は、悠にとっても早く手に入れたい代物でもある。

 悠にとっての魔導陣は、ステータスが地球での常人レベル程度でしかなく、下手をすれば、例え敵意がなかったとしても、強く抱き締められただけで身体の骨が悲鳴をあげるレベルの者達と付き合っているのだから、手数を増やせるには越したことはないのだから。


 ともあれ、真治は一人で譲られた屋敷から貴族街を抜け、しばらく一人で歩いていた。

 以前までならば筋骨隆々の男達が武器を持って鋭い眼光を向けてくれば、思わず視線を逸らして縮こまるような素振りさえ見せていたが、今の真治のレベルは一流冒険者のそれを上回りつつある。視線に怯む事もなく、かと言って無意味に威張り散らすような素振りもなく、自然体で歩いている。

 そんな真治の向こう側から、黒いひらひらとしたドレスに身を包み、口元をスカーフで覆う白い瞳を持った女性がやってきた。

 真治が抱いた感想は、「いかにも占い師っぽい」というものであった。ゴブラン織りと似たような衣装が施された帯や、アラビアン系の踊り子の衣装にも酷似していて――けれどどこか神秘的とでも言うべきか、近寄り難い空気を放っている女性であった。


 擦れ違うように真治が視線を外して歩いていくと、ぴたりと女は動きを止めた。


「――勇者の一人、シンジ様ですね?」


 唐突に声をかけられる形となった真治が、自分と擦れ違った先で背を向けたまま立ち止まる女へと視線を向けた。


「そうですけど……」


 王都内で勇者としてパレードに出た真治の顔は、かなり知られている。もともと日本人らしい顔立ちは、西欧系の顔が多いこの世界では珍しいのだ。そういう意味で、真治は多少の警戒心こそ抱こうものの、しかし女が敵であるとは考えていなかった。


 故に――彼女から告げられた続いた一言に、真治は大きく目を見開いた。









 ◆ ◆ ◆








 ジーク侯爵さんには〈星詠み〉を名乗る者を調べてもらう事にして、僕はリティさんを伴ってそのまま王城内の書庫へと足を踏み入れた。


「うわぁ、本がいっぱい……」

「そのリアクションを見るだけで、リティさんは凄く勉強が嫌いなんだろうなってよく分かるよ」

「勉強が好きな人の方がおかしいんですっ」


 いや、断言されても困るんだけども。

 案内してくれた侍女さんの苦笑を受けても、リティさんは前言を翻すつもりはないらしい。なんでこんなに残念なポンコツなんだろうか、リティさんは。


 ともあれ、確かにリティさんが言う通り、書庫の中は広い。

 前方には何列にも渡って本棚が並び、ぎっしりと詰まった本。入り口から見て左右の壁沿いに階段が設けられ、二階部分にもぎっしりと詰まった本棚が置かれている。まさしく本だらけ、といった印象を受ける。


 一見すれば本ばかりの光景の手前、部屋に入ってすぐ右手には「L」字型のテーブルが置かれていて、そこには一人の女性がうず高く積まれた本の中で、熱中した様子で本を読み続けていた。


「リンデ」

「…………」

「フリーデリンデ! お客様ですよ!」


 案内してくれた侍女さんが改めて声をあげると、ようやく積まれた本の向こう側で本から目を離し、こちらを見た女性。波打つようなセミロングの髪と眠たげな目は淡い水色をしていて、なんとなく幻想的な雰囲気を醸し出していて、年齢も僕らと大して変わらないような印象を受ける。


 フリーデリンデと呼ばれたその女性は、首を傾げてから僕らを一瞥し、再び案内してくれていた侍女さんに視線を戻した。


「……誰?」

「異界の勇者様であるユウ様と、その護衛を任されているエルフのアルシェリティア様です。オルム侯爵閣下とアメリア女王陛下の連名で、こちらに通達が来ているでしょう?」

「…………そんなの、あったっけ?」

「……リンデ。私がお二人を軽く案内している間に、至急この一角を片付けて、命令書を確認しなさい」

「…………めんどい」

「さっさとしなさいっ! 司書をクビになりたくないのでしょう!?」


 侍女さんの叱咤が飛んで、フリーデリンデさんはやむなしと言った具合に頷き、動き出した。


「……リティさん、キミが怒られてる訳じゃないんだから、そんな背筋を伸ばして気を張る必要はないと思うよ」

「お、お母さんを思い出したんです……」

「……今ので思い出すってことは、リティさんが今みたいに怒られてたって事だよね……って、ねぇ、リティさん。なんで目をそらすのかな?」


 なんとなく想像はついたけれども、やっぱり安定のポンコツぶりのようであった。


 王城の書庫に置かれている本は、ジャンルも多岐に渡るものだった。どうやらこの国で製本されたものは検閲後に献上されるらしく、王族だって全ての本を読んだ事がある訳でもなければ、当然ながらに把握をしていないのも実情であるそうだ。

 そういった本を把握し、情報を纏め、どのような内容が記されているのかを簡単に書き出したりといった仕事を任されるのが、あの無口な少女であるフリーデリンデさんの仕事である。


 そんな彼女でも、本来ならば触れてはならない本がある。

 書庫の最奥部に位置する、重厚な扉に魔法で鍵がかけられた先に眠る、禁書だ。


 魔導書と呼ばれるような代物から、危険すぎる思想故に禁書となった品々も多く眠るらしい禁書架の存在は知っているそうだが、そればかりは実際に見た事はない。


 ――だからこそ、なのだろう。


「終わった。禁書早く」


 相変わらず眠たげな瞳ではあるものの、その瞳には爛々とした光を宿して、フリーデリンデさんは僕らのもとへとやって来るなり催促するように声をかけてきた。

 僕らを案内してくれていた侍女さんの額に青筋が立ち、リティさんがビクッと身体を震わせ、僕の斜め後ろにそっと隠れるとほぼ同時に、侍女さんの雷が落ちた。


「リンデ! この御方をどなたと心得ているのですか!」


 そのセリフだと僕は印籠を出さなくてはいけないような気がしてならない。

 とりあえず雷を落としている侍女さんが言い募るのを止めるよう、僕はリンデさんとの間に割って入った。


「まあまあ、落ち着いてください。えっと、フリーデリンデさん」

「リンデでいい」

「じゃあリンデさん。書類は見つかったんですか?」

「ん、これ」


 ぺらっと、人差し指と親指だけで何やら汚いものを摘むような持ち方で女王と宰相である二人からの命令書というか、通達書を見せてくるリンデさんの姿に、再び僕が背を向ける形となった侍女さんから怒気が溢れてくるのが分かる。

 やめてほしいんだけどね。

 この侍女さんがちょっと本気出して僕を押しのけようものなら、僕のステータスじゃ笑えない大打撃を喰らうんだよ。


「じゃあ、早速で悪いんだけど書架の扉を開けてもらえる?」


 お客様という立場の僕がそう言ってしまえば、当然ながらに僕らを案内してくれている侍女さんもこれ以上は言えない。言いたい事は山ほどあるんだろうけれど、この王都に仕掛けられている何かが、あの〈星詠み〉とやらが裏で動いているのだと言うのなら、一刻も早く情報が欲しいのだ。

 こくりと頷いたリンデさんが、目を輝かせて頷いてから侍女さんを見やると、侍女さんも「お話は後にします」と短く了承を告げてくれた。


 禁書が置かれていると思しき扉は、左右から閉じられた重厚な鉄の扉によって閉ざされている。左右の扉には半円ずつの形で魔導陣が描かれていて、閉じられている状態で一つの魔導陣としての形を成していた。

 これは鍵となる何かを持っていなければ開かないようになっているのだと、ウラヌスが【魔導の叡智】から情報を抜粋して表示してくれた。


 リンデさんは扉に近づくと、胸ポケットにつけていた万年筆のようなものを取り出し、蓋を開けてから手でくるくると回してみせた。


「――此処に眠るは封じられた叡智。番人フリーデリンデの名に於いて、戒めを解放する」


 歌うように詠唱したリンデさんがぴたりと万年筆の動きを止め、そのまま魔導陣の中心に切っ先を差し込む。鍵穴のように開かれていたその場所に万年筆の先が差し込まれると、魔導陣に光が灯され、音を立てながら扉が左右に開かれていく。

 なんだか凄くファンタジーっぽい詠唱を久々に見た気がして、なんとなく感動しそうな気分だったのだけれど――隣に立っていた侍女さんが何やら頭が痛いとでも言いたげにこめかみに指を当てて小さく頭を振っていた。


「……リンデ、そんな詠唱は必要なかったと記憶してますが?」

「ん、気分。今のは『ジークフリート物語』の墓守のセリフ。使ってみたかった」

「……まったく、あなたは……」


 ……どうやらリンデさんが詠唱したそれは、必要な詠唱でもなんでもなく、ただの中二病と同じようなレベルで紡がれたものであったようだ。


 ともあれ、ようやく開かれた扉の向こう側には、確かに横に広がるように佇む書架があった。


「これが、噂に聞く禁書ですか……」

「結構色々ありそうですねぇ」


 侍女さんとリティさんが興味津々と言った様子で声を漏らす。

 それにしても、鎖で巻かれている本やら、如何にもといった黒魔術っぽい表紙のものだったりが色々あるのは気のせいだろうか。読んだだけで呪われそうな気がするんだけど。

 そんな事を考えていると、クイッとコートの裾を引っ張られ、振り返った先でリンデさんがキラキラとした目を向けてきていた。


「ここに置かれているのは、全て禁書。読んだらどんな本があったか、是非聞かせてほしい」

「えっと、中に入ってリンデさんも読んだらいいんじゃない?」

「無理。ここの禁書は一般人が読んだら精神を冒される可能性があるものも多い。管理しきれてない」


 ふるふると小さく頭を振って、残念そうに告げるリンデさんの言葉に、僕らよりも先に足を踏み入れようとしていたリティさんと侍女さんが即座に僕らの後方へと回り込んだ。


「そ、そんなの読んだら、ユウさんだって危ないんじゃ……」

「心配ない、と書かれてた」


 確かに、僕の【スルー】は魔神であるアビスノーツの洗脳でさえスルーしてしまうのだし、呪いだとかはまず間違いなく効かないと思う。

 だからって好き好んで自分からそんな本を読むかと言えば……まぁ、興味があるから読んでみたいかもしれないけれども。


「なるほど。読んだついでに危険そうな本とそうじゃなさそうな本の整理もしましょうか?」

「私も読めそうな本があったら、是非教えてほしい……!」


 リンデさんの言葉に思わず苦笑して、僕は「了解」と短く答えた。

 誰かに似ていると思ったけれど、細野さんだ。無口な割に意外と感情豊かな細野さんとは違って、リンデさんの場合はまさに本の虫といった傾向があって、本に対してのみ食指が動くタイプなのだろう。


「リティさん、どうする?」

「わ、私は外で待ってますっ!」

「まぁ、呪われるかもしれないとまで言われたらそうなるだろうね。もし暇だったら先に帰ってもいいから」

「か、帰らないですよっ! 安全なとこで待ってますから!」

「別に退屈なら帰ってもいいと思うんだけどね。何時間も篭もると思うから、夕方頃に迎えに来てくれればいいよ」

「待ってます!」

「そ、そう」


 何故か待つ事を強調するリティさんを置いて、とりあえず僕は禁書が置かれた扉の向こう側へと足を踏み入れ――ミミルが僕の前に飛んできてログウィンドウを表示した。


 ――『悪魔の書による干渉をスルーしました』。

 ――『吸魔の書による魔力奪取をスルーしました』。

 ――『冥界黙示録による支配をスルーしました』。


 その下にもずらりと並ぶ、いかにもな名前の禁書による干渉やら支配やらをスルーしたというログ。

 振り返ると、リティさんと侍女さんは小首を傾げており、リンデさんは羨ましそうな顔をしてこちらを見ていた。


「ねぇ、リンデさん。ここって……」

「さすが。特殊な魔導具をいっぱいつけてないと入れないのに、無事」

「やっぱり……」

「どうしたんです?」

「この中に足を踏み入れた途端、色々な禁書から干渉だとか支配だとかを受けそうになったんだよ」

「っ!?」


 リティさんに答えるとほぼ同時に、リティさんと侍女さんがさらに数歩後退った。リンデさんは相変わらず羨ましそうに僕を見ているけれど、それでも僅かに半歩後退ったのを見逃していないからね?


「……で、では、私は案内も終わりましたので、後ほど飲み物などをこちら側に用意しておきますので」

「わ、私も適当に時間を潰してきますねっ!」

「何か面白いのがあったら、教えて。一応この扉は結界の役目も果たしてるから、閉めとく。中からなら開けられるから」


 それぞれ一言ずつ要件を告げて、そそくさと去っていく三人。やがて扉が閉まりきったところで、僕も思わず嘆息する。


「――さて、面白い本とかもあればいいんだけどね」


 アイゼンさんから教えてもらった『空白の時代』に関する書物はもちろんだけれど、僕の【スルー】があれば、魔導書から何か面白い魔法を手に入れたりもできるんじゃないだろうかという期待を密かに胸にしつつ、僕は早速とばかりに書架へと歩み寄った。

 実際、僕が最も興味を向けているのは、鎖で閉じられた本であった。


「……ウラヌス、ミミル。解析できる?」


 敬礼するような仕草を見せて、僕が持つ本へとミミルが近寄ってきた。同時にウラヌスが僕の前にログウィンドウを展開して、表紙から情報を読み取っていく。


『――解析完了。内在魔力、属性は【混沌】。遺失魔法の魔導書と判明』

『この属性は闇よりも圧倒的に危険だよー。魔力と一緒に心力――心を消耗する危険な魔法みたい』


 どうも圧倒的に性質の悪い魔法みたいだった。


『あ、でもますたーなら【スルー】で無事に使えちゃうかも?』


 ふむ、それはあれかな。

 ようやく僕にも、ステータスっていう理不尽な能力差から解放されるっていう、そういう可能性を孕んでいたりもするのかな?


『――忠告。マスターの能力値では、例え術式を理解し、その力を得たとしても魔力量が圧倒的に足りずに使えずに終わる可能性が大』

「……ウラヌスには容赦が足りないね」


 容赦ないウラヌスの一言に、まぁそうだろうなと納得する僕。

 いくらなんでも、何度も夢を見ては夢を壊されてっていう、いかにも青少年を嵌め続けるような仕打ちを受けているのだから、そう簡単には騙されたりはしないよ、うん。

 淡い期待を抱くぐらいなら、いっそ読まずに終わってしまってもいいんだけどね。ほら、こういう魔導書にはなんらかのヒントが載っていたりするかもしれないし、【混沌】なんていう属性は僕だって耳にした事はないし。もしかしたらこれが『空白の時代』の重要なヒントっていう可能性も否めないわけで。


「……こ、れって……」


 思わず声が漏れた。

 そこにあったのは、紛れもなく【混沌】の属性と言われている魔法に関しての多くの記述であって。


 そして――――


「……これ、【スルー】だ、よね……」


 ――――【混沌】の魔導書に書かれていたのは、僕の【原初術技オリジンスキル】にあまりにも近い効果の代物ばかりであった。

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