姓字.3
とどのつまり、私が今名乗っている姓字というのは、母の最初の嫁ぎ先の姓字なのだ。すなわち、父が母に婿入りしたことになる。
母が所有する田畑や宅地は亡くなった夫からの遺産であるから母が父の姓に変わると、その財産は放棄せざるを得ない……ということだったのであろうか。いやいや、亡くなった夫との間に子どももいるのだから彼らにも相続権はあるはずなのだが、当時はそれが一番簡単な方法だったのだろう。
現実的な話だが、女手が欲しい働き盛りで子持ちの男やもめと、住む家とささやかな田畑はあるのだが、働き手がいない子持ちの未亡人とが出会い、所帯を持つに至ったストーリーは単にロマンチックな筋書きだけではなく、かなりお互いの現実的なプラスマイナスもあったに違いない。
そしてその折、父は婿入りして姓字が変わったが二人の父方の娘は父の旧姓に留めおいたのは回りの親戚たちが許さなかったのだろう。特に母の亡くなった夫の実家が猛烈に反対したのだろうと推測する。そして父も天涯孤独の身の上であったし、姓字は残したかったのだろう。父の両親や年若く亡くなった兄弟の墓を誰かに守って欲しかったのだろうと思う。
そして私。
私はこの二人の間に生まれた唯一の子どもである。
私は旧姓
そして私は今の姓字を名乗っている。どう考えても結びつかない、血の関わりのない姓字をわざわざ出戻ってまで名乗っている。物は言い様だ。
この借り物のような一種の居心地の悪さは、借り物の誕生日と共に、常に私の心に不安定な重しのように存在し続けるのだ。
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