駿河の長五郎
鶴見の文吉と利兵衛は箱根の関を避けて駿河に入るため、地元の猟師兼博徒の足柄の銅太郎を頼った。銅太郎は熊太郎の実父である。
「親分、息子を立派にして頂いてありがてえ」
「なに、あいつは度胸もあるし、面倒見もいい。当然の事だ。それより跡取りを遠くにやっちまって悪かったな」
「いや次男の鹿次郎がいるから大事ないっす」
「へえ、熊に弟がいたのか。会ってみたいな」
「ようがす。奴が狩りから帰って来たら、皆で山越えをしましょう」
銅太郎が言った。
一刻後、鹿次郎が戻って来た。熊太郎と違い痩せている。しかし体中筋肉だらけで力はありそうだ。現に今も、大きな猪を担いで平然とやってきた。
「あんたが熊の弟さんか。俺は鶴見の文吉。こっちは利兵衛だ」
「ああ、兄貴の親分さんか。おれは鹿次郎です。よろしくお願いします」
挨拶が済み、早速山越えをする事となった。
「険峻な山を越えるだ。気をつけねえと谷に落ちるぞ」
銅太郎が言う。
「年寄りだからって舐めて貰っちゃ困るぜ」
文吉が笑った。しかし利兵衛は不安そうである。
「いざとなったら俺が担いでやるさあ」
鹿次郎がおどけて言った。
実際、山はきつかった。なんと大口を叩いた文吉がねんざをし、鹿次郎におぶられて山を越えた。これは恥ずかしい。
どうにかこうにか山越えをした文吉と利兵衛は銅太郎親子と別れ、熱海に辿り着いた。文吉のねんざは重く、温泉で療養する事にした。
「やっぱ年だね。情けねえ」
文吉はぼやいた。
半月後、怪我の癒えた文吉主従は駿河の大親分がいる清水湊へ向かった。
駿河の大親分の本名は丸山長五郎。略して丸長と呼ばれている。元は米屋の倅であったが、喧嘩と博打が大好きで身上を崩した。その後、叔父にあたる、佐和島久右ヱ門が博徒だったので客分になり、度胸の良さでメキメキと頭角を現した。武芸の方は自己流だったが、たまたま久右ヱ門の食客になっていた尾張の伊藤政治郎に厳しい手ほどきを受け、免許皆伝の腕前となった。
やがて自身の子分が増え出した丸長は清水湊に戻り駿河一家を上げた。はじめは小さな所帯だったが、槍の大波、居合いの小波を始めとする《駿河二十五人衆》という一騎当千の子分に恵まれたこと、駿河、遠江の水運を抑えたこと、人柄がよく庶民にも愛されたことなどから、いつしか《駿河の大親分》と呼ばれるようになった。
文吉と丸長の関係は、文吉が諸国を放浪して剣と男の修行をしていたころ、どうにも飯にあずからなく、困って敷居を跨いだことが発端だった。そのころは二人とも若い。それにお互い伊藤政治郎の弟子であると分かり、刎頸の交わりを結んだ。文吉はこの時のことを恩に感じて年下の丸長を大親分と慕っているのだ。
文吉は丸長ののれんを上げた。すると、子分達が喧嘩装束を着ている。すわ出入りの場面に来ちまってか、と自分もたすき掛けして助太刀しようとする。そこへ、
「鶴見のう、なに早とちりしてるんだよ。喧嘩は終わったんだよ」
と駿河の大親分、丸長が現れた。
「よく来たな文吉に利兵衛」
穏やかに微笑む丸長。この微笑みが他の博徒とは違う安心感を誘う。もちろん喧嘩となれば尾張伊藤流の剣で容赦なく相手を倒すのだが。
「ところで、どいつと喧嘩したんです?」
利兵衛が聞くと、
「また竹安よ」
丸長が答える。
「竹竿の安五郎」
「ああ、もっとも本人は出て来なくて代貸の鶴太郎が大将でな。こてんぱんにやっつけて遣ったよ。もう当分襲ってはこないな」
「そうですか《狂犬》の安五郎ですぜ。またきっと」
「いや、どうも奴らこっちを諦めて相州を狙っているらしいぜ……いけねえ、茶もだしてなかったな。お丁、酒の支度を」
安五郎の話しはこれまでとなった。今度は文吉が話す番である。
「なに、引退したって」
文吉の話しに丸長がびっくりする。
「回状が来てないぜ」
「ええ、あんまり話しを大きくしたくなかったんで回状は恩州だけにとどめました。ただお世話になった貸元筋にはお礼を言おうと利兵衛と旅烏でさあ」
「あとは何処へ行くんだい」
「三河の小川武骨先生。京の合図大鉄貸元くらいです」
「ならゆっくりしていくといいや。清水湊でとれた、いきのいい魚をたら腹ごちそうするぜ」
丸長はにっこりと笑った。
その晩の酒席には《駿河の二十五人衆》が勢揃いした。
「大波でございます」
「大波は元武士で槍の遣い手だ。俺の軍師をして貰ってる」
丸長が一人一人紹介している。
「小波」
「無口ですまねえ。こいつは居合いの天才だ」
「鯨だもす」
「こいつは相撲崩れ」
「神主京太郎です」
「神社の倅なのに博徒になった馬鹿なやつさ」
「舟太郎でがす」
「船頭の倅さ」
「銭湯の吉蔵だ」
「風呂屋の倅。湯を炊いてれば良いものを」
以下説明は省略。
「鯛平です」
「銛三だ」
「大漁丸どす」
「海老造です。よろしく」
「錨市です」
「鴎内林太郎でございます」
「岸壁の颯太だ」
「砂浜の多吉ってもんです」
「一本松の松太郎です」
「置網の五平」
「海豚の杉蔵だす」
「沢蟹の鋏」
「大時化の難太郎だ」
「西瓜の暴吉」
「氷河の利助」
「雲丹の幾羅でやんす」
「栄螺の壷太郎」
「貝殻衆乃助」
「茶蕎麦の露郎です」
ふう、こんなに子分が多いと挨拶だけで疲れてしまう文吉であった。
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