魔法少女になりたい!

@ハナミ

1章 花見 桜桃は魔法が使いたい

1話 魔法の力は突然に!

魔法少女に憧れて

「将来の夢。……私の夢は、お父さんみたいに、お料理を作る事です。お父さんが作るカレーは凄く美味しくて、ちょっぴり辛いのが特徴です。そんなお父さんは、『俺のカレーは美味いだろ? ふふん!』と笑顔で迫ってきます。その顔を見ると、ついはにかんでしまい、笑ってしまいます。私も、誰かを笑顔にできる様な、お料理を作って、お父さんみたいになりたいと思っています」


 目の前の『将来の夢について』書いたプリントを読み終えて、机の上に置き席に座る。


「はい、とても素晴らしい夢ですね。花見はなみさんの お父さん、泣いちゃうかもしれないですね」


 教壇に立っている。メガネを掛けた女性の先生の言葉が終わると、席の後ろからは、拍手が聞こえてきた。緊張と合わさって、少し恥ずかしくなっちゃう。

 窓際から見える、窓の向こうから、桜の花弁が風に乗って教室に入って来る……季節は春。


 小学校は、今年初めての授業参観。席の後ろを見ると、クラスメイトのお父さんやお母さんが沢山来ている。勿論、私のお父さんも。黒くて短い髪をオールバックにして、黒のスラックスに白のカッターシャツ姿の お父さん。


「うおおおぉぉぉんんん!!」


 変な声をあげて泣いていた。とても恥ずかしい。



 お父さんみたいに、料理をつくる お仕事。それも一つの夢ではあるれけど……私には憧れている事がある。

 それは魔法少女。魔法の力で、困っている人を助けたい。アニメや漫画の主人公の女の子達は、とっても強くて、可愛くて……私もそんなヒロインになってみたい。

 でも、現実はそんなことも無く平和そのもの。6年生にもなって「魔法少女になりたい!」なんて言ったら、皆に冷たい目でみられちゃうよね?

 魔法少女の夢は、そっと胸の内に秘めておく事に。




桜桃ゆすら


 チャイムが鳴り、授業が終わると、私の名前が呼ばれる。後ろへ振り向くと、目元を赤く腫らした お父さんが近づいて来た。


「お父さん、今日は来てくれてありがとう」

「可愛い娘の晴れ舞台だからな。良かったぞ作文」


 そう言って お父さんは、私の頭に手を乗せる。


「……お父さん。恥ずかしいよ」

「はは、すまん。んじゃ、お父さんは、仕込みがあるから」

「はい、お父さんも気を付けて帰ってね」


 お父さんは、出口のドアに向かって歩いて行く。でも、何か思い出した様に、足を止めて振り返った。


「……ああ、そうだ。桜桃ゆすら、なにか欲しいものあるか?」

「欲しいもの?」

「もうすぐ誕生日だろ? なんでも買ってやるぞ」

「本当!?」


 私は『魔法少女マジカル☆サナちゃん』の魔法のステッキ(¥4,700‐)が欲しかった。……でも言えない。6年生にもなって、魔法のステッキが欲しいだなんて。


「ありがとうお父さん。でも、欲しい物は無いよ。お父さんがいつも傍に居てくれるだけで幸せだから」

「……お前は、本当にいい娘に育ってくれたな。何か欲しいものが出来たら言うんだぞ」

「ありがとうお父さん。早く帰らないと、仕込み間に合わなくなるよ?」

「おう。それじゃあ」


 嬉しそうな お父さんの背中を見送る。でも欲しかったな、マジカル☆サナちゃんのステッキ。……ううん、駄目。魔法のステッキは、家のお手伝いをして自分で買うの。そう、誰にも知られてはいけない。


「うん。頑張って魔法のステッキを買うぞ」


 魔法のステッキを買った所で、魔法なんか使えないのだけれど……でもいいの。振り回して魔法の言葉を口にするだけでも。そういう雰囲気が大事なの。




「はい、今日は授業参観お疲れさまでした。今日も明日も、寄り道はせずに真っ直ぐ家に帰って下さいね」


 HRホームルームが終わり、後は家に帰るだけとなった。


桜桃ゆすらちゃん。一緒に帰ろ?」


 赤のランドセルを背負うと、2つ隣の席から、青い髪をしたツインテールの犬神いぬがみ 水奈みななちゃんが声を掛けてくれた。3年生の時から友達の水奈みななちゃんは、クラスでは とても可愛らしい女の子。ふんわりとした柔らかな二つのテールは、触れると弾み、アクアマリンの様な水色の瞳はとても綺麗。長袖の白いブラウス、首元には水色のリボン。フリルの付いた赤いスカートも似合う。とても可愛いけど、クラスでのあだ名は、みずなちゃん。


「うん、みずなちゃん帰ろう」

みなな・・・よ。いい加減、その名前で呼ばないでね?」




 私と水奈ちゃんは、いつもの帰り道を歩く。アスファルトの道路に、コンクリートの壁。『止まれ』の標識に、角には、カーブミラーと、赤とオレンジ色したコンビニエンスストア。変わり映えの無い、ありふれた道は至って平和。


「それでね! とらじろうは言うの、『其方は笑った顔が一番だ』って!」


 水奈ちゃんが喋る とらじろうのセリフは、物凄い演技がかった声だった。将来は宝塚な声優になれそう。ちなみに『とらじろう』は、放映中の大河アニメ『駆ける妖刀』のキャラクター。


「えぇー? 水奈ちゃん、とらじろう派なの?」

「カッコイイじゃない とらじろう」

「だって首が取れるんだよ?」

「ちょっと! ネタバレ辞めてよ! まだそこまで観てない!」


 暫く歩くと、横目に公園が見える。

 ここの公園は、トーテムポールが沢山ある。グラウンドの中心にそびえるそれは、とても怖い顔が幾つも縦に並ぶ。小さい子供は、その顔を見て泣くし、野球やサッカーするのにも邪魔だし、夜な夜なトーテムポールを囲んで踊る人たちもいるとか。


 そんな、トーテムポールの前に白の髪をした男の子がいる。


「あれは白兎はくとくん? 何をしているのかな?」


 その後ろ姿を見て、クラスメイトの長月ながつき 白兎はくと君だと分かった。近付くと、私に気付いて、ルビーみたいな紅くて丸い目と目が合う。

 透き通る様な白の髪は、太陽の光と合わさって輝いていた。髪型もショートヘアと整った顔は、クラスではカッコイイ男子。白い髪と紅い瞳は、まるで兎みたい。上は半袖のTシャツに、腕の部分は水色で、後はシンプルな白。下は濃い藍の短パンを穿いていて、男の子のわりには細い足が見える。背中には、黒いランドセルを重たそうに背負っている。


「やぁ、桜桃ゆすらちゃん。あのね、鳥が怪我をして動けないみたいなんだ」 

「鳥?」


 白兎君の両手には、白の翼が身体を覆い隠している鳥……これは、鳥なのかな? 何かがうずくまっていた。覆われている翼は傷だらけで、羽もあちこち曲げられているみたい。凄く痛そう。


「私、お医者さん呼んで来る!」


 そう言って水奈ちゃんは、走って公園を後にした。


 白兎君の両手で抱えている、それは大きく震えると急に翼を広げた。次に、大きなエメラルドグリーンの丸い身体と、真ん丸の二つの足が見える。大きな可愛いらしい黒の瞳が二つ。翼をはためかせると宙に浮く。


「……この世界の人間か? 僕の名前は、グニグニ。この世界では無い、もう一つの世界の住人だ。……悪いけど時間がない。君に魔法の力を授ける……。もうじき、この世界に悪魔の末裔が僕を追って来るだろう。頼む! この世界を救ってくれ」


 まさか! これは……私は、心が躍った。この変な生物は、きっと私を魔法少女にしてくれるマスコットキャラクター的な何かに違いない! 魔法を授けるとか言ってたし!


 エメラルドグリーンの生物の身体が仄かに光り出した。それは優しく、暖かい光だった。


「これは一体!? 桜桃ちゃん、離れよう!」


 白兎君の手が、私の手を掴む。


「……大丈夫だよ、白兎君」


 強く引く私の手を、踏み止まる。……ずっと、この日を待ち侘びていたのだから。


「君の事も、今から起きる災厄も、私が守って見せる」


 光が羽となって、私達を包み込む様に覆う。……感じる——魔法の鼓動を。


「……今日から、君が魔法少年・・・・だ」


 …………え? 今なんて言ったの? よく見たら、どうして白兎君が裸なの? え? どういうことなの?


「君に僕の魔力を授けた。お願いだ。この世界に訪れる危機を救ってくれ!」

「僕が? ……僕にしか出来ない事なんだね」


 白兎君は、見違える様な服装に変身していく。金の縁取りをした、白のスラックスに、襟を立てたカッターシャツ。胸元ははだけて、少しやんちゃっぽく見える。その優しそうな紅い瞳とのギャップが胸を高鳴らせた。小さな褐色のマントが踊る様に、白兎君の肩と背中を覆う。


「ふざけんなぁぁぁぁぁ!!」


 私はキレた。この世に生まれ落ちて、もうすぐ12年。初めてむちゃくちゃキレた。


「どういうことなの? なんなの? どうして? なんで? なんで私じゃないの!?」

「ん? 君は誰だい? ごめんだけど、僕はこの少年に話があるんだ。静かにしてくれると助かる」

「お前、マジでふざけんなよ!? 私さっき『私が守って見せる』って恥ずかしい事をしゃべっていたじゃない? なんでシチュエーションを無視するわけ?」

「そんなことを言われても……」

「それに何? 魔法少年? そんなん初めて聞いたわ!」


 うわ……駄目だ……泣きそうだ。込み上げて来る涙が止められない。


「ひどいよ。こんなのってない。……私、魔法を使う為なら、恥ずかしいけど裸になる覚悟もしていたのに!」

「君は露出狂か何かかい?」

「うるせぇ! 私にも魔法をよこせぇ!」


 エメラルドグリーンの生物を捕まえようと飛び掛かったが、さらりと避けられてしまった。


「……残念だけど、君には魔法の波動を感じない。諦めて?」

「やだぁやだぁ! 私も魔法使いたい! 魔法返してよ! 私の魔法!!」

「君の魔法じゃないだろ」

「……ひっく……魔法少女になったら、決め台詞もコスチュームも考えていたのに! 私の貴重な時間も返してよ!」

「どんなセリフを考えていたんだい?」

「……ひっく……輝く魂を持って、正義をたっとぶ。閃の花を咲かせて魅せます……魔法少女 花見 桜桃……只今参上……」

「ダッサー!!」

「うるさい! 真剣に考えたのよ!!」


 膝を地に着けて、抑えきれない涙を拭いて、エメラルドグリーンの生物を睨みつける。


「桜桃ちゃん、魔法少女になりたかったんだ!」


 白兎君の一言に、私は急に恥ずかしくなってきた。知られてしまった、心の内に隠していた秘密がバレてしまったんだ。


「……私、絶対諦めないから!」


 そして、立ち上がって、私は公園に背を向けて走り去った。込み上げて来る涙と恥ずかしさで、視界がボヤけてしまう。




 家に帰るなり、玄関を掃除をしていた お父さんの胸に、勢いつけて飛び込んだ。


「おかえり、おお? どうした? なんで泣いてるんだ?」

「お父さん! ……私、魔法が欲しい! 誕生日に魔法を買って!!」

「……はぁ? 魔法?」

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