第28話
◇ ◇ ◇
隊の皆が集う朝は少なからずランプの明かりを灯した朝だった。
そして決起の朝にもなった――。
『生きて戻りましょう』。
カレンのこの言葉に、もしかしたら『私のために死なないで』と脳内で変換した奴がいたのかなんてのは知る由もないが、マサ隊長の言う多くの野郎共は声を上げ奮起した。
可憐な乙女がすごいのか、冒険者なるものがすごいのか……今までやってきた戦いと違い死がチラつく戦いに隊を離れる者もいるかもと思っていたが、無用の心配に終わる。
そんな士気も上々なデカルト隊は魔王の城に到着するや否や、アリーゼ隊を待たずして城内へ突入した。
予定と異なる指示であったが、功を焦るのはデカルト氏だけではなく俺達もそうである。
早くケリを着けたいと、
仮に巨人が住まうとしたら腰を曲げて暮らす城内も、人の背丈からすれば広く大きい黒き城。
堅固な石壁、長い通路。
煌々として燃える松明に誘われる――向こうからすれば羽虫の魔導士の俺、騎士カレン、獣人ルーヴァ、僧侶アッキーがドタドタと駆ける。
そんで、周りには現在モンスターもいなければ隊の仲間達の姿もない。
城内には様々なトラップがある。
その内の一つによって、俺達はパーティ単位で行動することを強いられていた。
上空から攻め入れない限り通過するしかないフロア。
そこに用意されていた転移の罠。
本来なら全員バラバラになっていたかも知れないが、パーティというシステムがトラップ効果に勝ったと考えられる。
その理由から、一応俺達の所属扱いになってはいるものの、パーティ無契約のミロクとはぐれることになった。
今頃、敵城内を一人で彷徨うことになってしまっているはず……だが、まあミロクなので大丈夫だろう。
「まったく、肝心な時に居なくなりやがって。だから契約しろって言ったのに」
この転移の罠は知り得ていたことなのである。
俺達はカレンを始めとする魔王城内部を知る者達から、ある程度の情報を知ることができていた。
だから、俺達は走ってはいるが慌てず騒がず目指せ『狭間の広間』だ。
『狭間の広間』はトラップなどもなく、以前カレンが言っていた摂理の乱れもないただの広い広間だそうだ。
魔王の玉座までの道のりの中間にあたるらしいそこは、俺達にとってはかなり都合が良く、一度バラけた隊の集合場所、確保できる安全地帯として目標に定めた。
どうしてこのようなこちら側にとってありがたいフロアがあるかと言えば、アッキー解説だと、トラップ効果などを含めた通常と違う力が働く空間を維持するためには、釣り合いを取るために必要だからと考えられます、だそうだ。
根本的な原理や理由は不明のままであるが、『狭間の広間』のような場所があるだけでかなり助かるからそれで十分だ。
先頭をゆくカレンがもうすぐです、と言うそこへ至るまで結構な苦労があった。
待ち構える強力なモンスターとの戦闘は無論、トラップに苦汁を飲まされた。
レベルが半分になる通路があった。
上限99越えの敵もいる最中、これは痛いと
おおそうなのかと思い、ならこのトラップ意味なくね? ははは、魔王って意外とヌけてんなー、などと城主を馬鹿にしてたら、物知りボクっ娘からは、通路を抜けた後にはライフとSPが半分になるから、地味に馬鹿にできないトラップですね、だった。
他には――屋部るなにさ逆。
すべてがあべこべってわけじゃなかったが、ややこしさに翻弄され戦闘に難を感じる結果になった。
音が霞む場所もあった。
五感の一つである聴覚の大切さを思い知らされた。
あとは二つの意味で、目が痛かった通路。
なんでこんな場所があるんだろうと首を傾げたくなるそこは、装備や衣類が透明になった。
ざっくり言えば、裸で通る道があったってこと。
そんなわけで俺は目隠しをされることになったのだが、俺の手を引くカレンのお尻が丸見えだったりした。
カレンだけでなく、ルーヴァやアッキーも真っ裸だった――と裸に見えたが正しい。
なんで、目隠ししてもそのような眩しい光景を目にできたかと言えば、目隠しもまた布であるからして透き通るのだ。
そして、やはりなのか俺の覗き見は即バレる。
イササのエロエロ眼が開いているにゃ、で、目つきをもらった。
強制的に盲目にさせられたのであった。
「ほんと、なんであんな場所があったんだろう」
しんがりを務める(足が遅いからとかではないぞ)俺は皆の駆ける背にそんな言葉と、あの眩しい光景を重ねた。
「あそこです。あの扉の向こうが『狭間の広間』です」
カレンの示すところ――既に重々しい扉が左右へ開き、大きな口を開けて俺達を待ち構える。
目を凝らす先は、ここからでも分かる広い空間。
ちらほら人影が見えるそこは、妄想でなくてもとても明るい。
その明るさに気が緩む時、俺の目の前が暗転した。
ぞわっと重力から開放される瞬間。
ここまで来て、なんとも定番のトラップに足元をすくわれる――いいや、足場を失う。
落とし穴だ。
ズジャザササ――滑り落ちていく感触の中、誰も気づいてくれないだろうな、とパーティの
一番後ろであったことを後悔した。
滑り落ちた先に、剣山なりモンスターの待ち伏せが無かったのは幸いだった。
しかしそれでも、迷子という油断ならない状況下には陥っていた。
「隠れ
討伐隊に加わってからはギルドへ預けている。
邪魔だし、ダサいし、ステータスを知られることへの恥じらいとは決別するためだったし……とはいえ、失敗した。
とにかくブツブツ愚痴った。
未練たらしい感情がなきにしもあらずだが、なんか喋ってないとやってられないのだ。
一人で探索する敵地なんて心細くて仕方がない。
広い空間を十分に活用することなく、壁を這い身を小さくして移動することしばし。
俺の視界に三つほどの部屋が並ぶのを確認できた。
んで、一つだけ僅かに開く扉があったりする。
気になるよね。のぞきたくなるよね。
だから、その部屋を調べることにした。
隙間から中を確認。
明かりが揺れるそこにモンスターの気配はナシ。
ギリギリ体を忍び込ませるくらいの隙間を作るため扉を少し引く。
ぎい……。
ぴたりと心臓が止まる思いで息を呑む。
特にリアクションはないようなので、すりすりカニ歩き。
すると、カニの目に鼻ちょうちんを膨らます子供が映ります。
スヤスヤと眠る、浴衣に似た着衣の子供は、両手両足をウネウネした有機物で縛られていました。
背後には人の背丈くらいの直立したナマコのようなモンスター。
そこから生える触手によって絡められていました。
「うーん、残念」
何が残念かと言えば、触手さんに捕縛されているのが、お子様サーシャであること。
カエルをひっくり返したような格好でヨダレを垂らしている――そんな見た目のちびっ子が実は俺と同い年だったりするらしいから、なんともアホ面に思えてならない。
「なんだろうなあ……萎える」
お前、全然触手さんを活かせてない。
「おい。おい。起きろサーシャ……サチコちゃん。朝ですよー」
「……紅白……妾は出演せぬぞ」
寝起きだからか、ちょうちんを割る少女はとんと意味不明の発言.
「まあ、あれだな」
すんなり目を覚ましたので良しとしよう。
「偶然だっただけど、助けに来たぞ」
「助け……そういうことであったか、理解した。うむ、ならば遅いぞ、どっかで見たことがある魔導士。今まで何をやっていたのじゃ。妾が魔王にさらわれてどれくらい経つと思うておる……どれくらい経つのじゃ?」
「なんか、教えてやる気がこれっぽっちも湧かねーから教えね。てか、予想してたより全然元気じゃねーかお前。逆にこっちが腹立ってくんな」
「お主うつけか。何が元気そうじゃ。この格好を見よ。妾とあろうものが自由を奪われ、毎日毎日責め具に耐える日々を送ったのじゃぞ。心身ともに疲労困憊雨あられじゃ」
血色良い顔でそんなことを吐くちびっ子だった。
「責め具に耐える日々ねえ……その割には上限超えのモンスターがわんさかいたぞ。それってお前の仕業だろ」
「仕業と言われればそうじゃ。しかしじゃ。好き好んで妾の力を与えたのではないのじゃからね」
分かりづらいかったが、頬を膨らまし、ぷいっとソッポを向く仕草を見るに後半はツンデレ風味を加えたようだ。
なんだろう。古代魔導士の杖を手にする俺は、SP吸収の名目でこいつを殴っても良いような気になる。
「妾とて人間側。魔王には三食の食事を怠るのなら上限を上げられぬぞと交渉したり、1日1回の上限上げもプリンを食べれば更に力を使えるなど、なるべくモンスターどもが強くならぬように、あの手この手で画策しておったのじゃ」
「ふーん。ちなみにお前の足元に転がる鳥の羽根が付いた棒って何なの」
いかにも足の裏をくすぐる為に使われたというような物。
俺としては自分の中にあった、『まさか』を否定したくて聞いてみた。
「それは妾を散々苦しめた、くすぐり棒じゃ」
「『ティラゴ』」
俺は魔法でサーシャを焼いた。
「ぬぎゃああ、熱いっ熱いのじゃ。この戯け者――」
ゴオオと唸る火炎放射で口を塞ぐ。
んで、炎が収まればそこには黒焦げになった触手モンスターと触手から開放されたサーシャ。
「いろいろ言いたいことがあるけど、今はここから脱出するのが先だ」
たまたまとはいえ、見つけてしまったしな。
サーシャの救出もこの作戦の重要な目的だ。
「さあ行くぞ」
そう言い放ち部屋の扉をバンと開ける。
そんで部屋の外に佇んでいた、熊よりも一回り近く大きい影に固まる。
ありのままに言えば、入る時にはいなかった敵が一体いました。
頭に渦巻く角を二本こしらえて、血走るとかの比喩じゃなく赤い目を大小四つ。
四つが好きなのか、腕もその数。
上品なローブを纏っていたっしゃるもそこからのぞく体は獣のそれに似ているのかな。
あまり見ない……というか、初めて見るどことなく威厳があるモンスター。
聞き覚えのあるようなお姿。
「ええと……こちらどちらさん」
「世間じゃ魔王と呼ばれておる奴じゃの」
後ろからのサーシャの声に、はははと凍てつく薄ら笑い。
人の域を越える速さで、開け放った扉を締めた。
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