第27話 デカルト隊への風雲急を告げる的な知らせ



       ◇ ◇ ◇




 バル高地で二日を過ごした晩のことである。

 食事兼会議の場にて、アリーゼ隊、ベルニ隊の近状報告がなされた。

 アリーゼ隊は明日の朝には、目標とする平原地帯へ到着できる見込みとのこと。

 ベルニ隊に至っては、あと五日ほどの日程を要するとのこと。


 なので、俺達デカルト隊は一週間足らず、このバル高地に留まることになりそうだ――なんてことを俺は、盗賊装備を一新したキョウカ女史の顔を見ながら考えていたのだが。


「我々デカルト隊は明日の未明、魔王の居城、黒き城へ向け出発します」


 こじんまりしたテントの中は、数名の『は?』の空気で一杯になる。

 知らされていなかったのか、隊長の任を預かるマサさんまでもが、驚きの声を上げていた。

 立ち上がる大きな体躯。


「ちょっと待ってくれ参謀役。意味が分からねえ。何のために二日もここでこの隊は戦線を維持してきた。他の隊と連携して魔王の城へ攻め込む為だろうよ」


「はい、マサ隊長の仰る通りです。しかし現状大幅に遅れているベルニ隊を待つことは、魔王の襲来に遭う危険性を孕みます。魔王討伐作戦本部としてはその脅威を考慮して、アリーゼ、デカルトの二つの隊で予定である第三作戦へと移行することを決定しました」


「ベルニ隊の進行状況から、あっちの隊を切り捨てることにしたのは理解した。だがよ、明日の朝ってのはどういうこった。アリーゼの連中はまだ予定の地点に届いていねえ」


「アリーゼ隊は予定地点を占拠することなく魔王の城へ強行します。ベルニ隊が城攻めに間に合わない以上、アリーゼ隊が前線を確保する意味はありませんので、デカルト隊との合流を作戦行動として第一とします。その旨は伝達済みであり、あちらからは可能であると返事を頂いておりますので、支障等はありません」


「そりゃ、ギルド本部から言われりゃ、はいとしか言えねだろうさ……納得いかねえな。どうにも納得いかねえ。早期決戦が最善みてえな言いようだが、焦燥感に駆られている作戦変更に思えてならねえし、中身は……ベルニ隊を煙たがっているようにも思えるが?」


 マサさんの何かを探るような目。

 それを受ける相手は、伏し目になる。

 しばしの沈黙の間。

 煙たがるの意味に思い当たる周りは、黙って指揮官と参謀のやり取りを見守る。


「……出来ればギルド内部の羞恥の事ですので、話したくはありませんけれども、ギルドは今次期代表の座をめぐり派閥争いが起きています」


 キョウカ女史はそう話し始めると、討伐隊の名前にもなっているアリーゼ氏、デカルト氏、ベルニ氏の三者による権力争いがギルドの中で激化していると説明する。

 各隊、名前だけでなくその人達の責任者としての権威も反映されているらしい。


「今回のジェミコルは最重要度の赤。このクラスのものが発令されることなどは稀で、非常に責任を問われる重大な案件となります。しかしそれゆえ、ジェミコルを成し得た後には、その功績とともにギルドや世間への影響力を得ることになります」


「裏を返せば、失敗できないってことだよな。重要ならこそ、反動として非難が殺到だろうし」


 重要ってことは期待値が高い。その期待が裏切られると憎悪になるんだよな。

 人ってのは我がまま生き物だ、とか悟った風な自分に酔いしれていると刺さる視線に気づく。

 キョウカ女史のそれは、俺のつぶやきが場の流れを阻害してる、と言わんばかりである。

 なんか、俺にだけキツくないっすかね参謀殿。


「このままいきゃ、ベルニ隊、つまりベルニ氏が管轄する隊の第三作戦への参加が行われず不名誉な結果になる。平たく言やあ、それで失脚確定、他のアリーゼ、デカルトにとっては敵が一人減るってわけだ」


「ええ、仰る通りです」


「デカルトの思惑に乗ったアリーゼは隊を強行させることに同意。デカルトとしちゃ俺達デカルト隊が魔王を倒した。その功績が欲しい。だから、恐らく魔王城の前で合流の算段にはなっているだろうが、デカルトそしてアリーゼも、腹ん中じゃ我先にと思ってるんだろうよ」


 けっ、と吐き捨てマサさんはドシンと重い体を椅子に預けた。


「ギルドの派閥争いに貴方方冒険者の善意と誇りを巻き込み心苦しく思います。しかし変更になった作戦は既に決定事項です。デカルト隊は明日、魔王の黒き城へ進軍します」


 新調されていた装備が彼女の意気込みだったと知る頃には、同じギルドの身内の取り巻きを連れてテントから去っていた。

 キョウカ参謀殿を淡々と見送って、冷めつつあるスープにスプーンを突っ込む。

 隣のカレンが、このスープ美味しいですね、と言って長い髪が邪魔だと感じたのか、取り出したシュシュで髪を縛る。

 その仕草に見惚れて、スープを味わうどころでなくなっていた時だった。


「魔法使いのあんちゃんはどう思うよ」


「うなじ、いいっすね……」


「聞き方が悪かったのか? さっきの参謀さんの話さ。あんちゃん見た目と違って目ざとがられていたからよ。どう思うってな」


 マサさんに返すでもなく、そっちねと小さく言って、


「俺、あの人から目ざとがられているんすかあ……と、無難――どころか、上手いやり口だったんじゃないんですか。今回の功績で、代表頂きだぜ的話自体は嘘じゃないみたいだし。理由があって隊を動かすことは明確にできたわけだし」


「ま、だから不明のところもはっきりと言ったようなもんだがな」


「やはり参謀殿の話の意図は、マサ隊長殿がおっしゃったベルニ隊との合流を恐れてのことでしょうか」


 カレンが加わる。


「いつかのミロクのねえちゃんの言ってたことが信憑性を増したな。隊が一緒になりゃ魔王からの死の真相に一番近い奴らの口から情報が入る。困るんだろうよ。本当に死ぬかも知れねえ戦いだって、俺達が思うことがよ」


 マサさんはもちろん、俺とカレンもこの理由から今回の作戦変更が為されたと考えてる。

 つまりキョウカ女史が、本当にある派閥争いを表に出すことで真意を隠した。目を逸らさせようとした真意から、俺達はそのように察して結論づけたのである。


 ”魔王による完全な死”。


 ベルニ隊が合流すれば、そのことが討伐隊全体に知れ渡る。

 士気の低下は無論、恐らくその事実を知りつつ隠していたギルドの権威も危ぶまれる。


 レベル上限を変更できるサーシャではないが、故意的に完全な死を与えれる存在などこの世界の理に反する。

 神の名をもって運営されるギルドがそのことを隠匿するなど、世界への背反ともとれる行為でもあるが、何よりも人々の脅威となる存在を放置していたことが問題だ。

 もし世間がそのことを知ったのなら、その反感は大きいだろうと思う。

 ギルドとは人々の安念を願う理念の元、設立された組織なのだから。






 食事をすべて済ませ、ルーヴァ達が休む場所へ移動しようとテントの外へ出た時だった。

 俺――というか、カレンに声が掛かる。

 仕切る布が捲られ、ぬうっと大きな体躯のおっちゃんが登場する。

 レベル110の戦士。我が隊、隊長のマサさんだ。


「ちょっとばかし話したいことがあるんだがよ。いいかい?」


「ええ? 構いませんけれども」


「明日ここを発つ前に、この隊の連中には魔王討伐には本当の死があること伝えるつもりだ」


 マサさんのこの宣言……。

 もしかすると、共に戦う者へ対する嘘や騙すといった後ろめたさがあったのかもしれない。

 けれど、少し違うな。

 戦いに誠実であるべきとかのものでなく――カレンへ向けるおっちゃんの目が語っているのだ、この可能性に向き合うことが今は何よりも必要なことだと。


 確たる証拠はない。

 しかし、疑い見る先は仲間の命に関わることだ。十分に伝えるべきだと俺は思う。

 だからマサさんの起こそうとする行動には全面的に賛成だ。

 そしてこれはカレンも同じだったろうが、小さく唸る態度を見せた意味も分かるところだ。

 マサさんのそれは、たぶんキョウカ女史に良い顔をされないものだからな。


「……隊長殿のお気持ちはよく理解しているつもりです。ですが、彼女の意向に背くことになるのでは?」


「参謀殿のことなら、構うことはねえさ。なぜなら今カレンちゃんも言ったろ、俺はこの隊の隊長殿だからよ。ギルド本部からの特派だろうと所詮俺の部下だ」


 あっけらかんとした物言いだった。


「それでよ、実際に魔王と一戦交えたことのあるカレンちゃんの口からもこの事を話しちゃもらえねえだろうか。俺が話し下手ってのは置いといて、あんたの口添えがあった方が信憑性があるってもんだ」


 ふーむ、なるほど……ね。

 どちらかと言えば、魔王からの完全な死を否定する存在になってしまうカレンが認めた発言をすれば、自ずと疑念要素の一つがなくなるからな。


「ま、それ以外にもカレンちゃんの誠実な人柄を見込んで頼みたいんだがよ。あんたが嘘を吐くなんて誰も思っちゃいねえし、なんたってカレンちゃんはこの隊のマドンナだからな。カレンちゃんが黒を白と言や、この隊の野郎共は、翌日から魔王の城を白き城と呼ぶだろうさ」


 夜の高地に、がははと高笑いが響く。


「どうだい。頼めるか」


「真実はどうなのか分かりませんけれど、魔王の疑わしき隠された力については、私も十二分に考慮すべきことだと思います。私自身も隊長殿の行動には賛同したい考えですから、謹んでお受け致します」


「堅いねえ。ま、品がねえ俺からすりゃそこがたまらねえけどな。おっと、こういう発言がセクハラってのになんのかね。と、冗談はさて置き」


 豪快に開いていた口が閉じれば、お硬い騎士へ向く顔は精悍なものへ。


「俺が頭張る以上、この隊から無駄死になんてくだらねえことはさせねえからよ。頼んだぜ」


 がし、と熊のような手がカレンの細い肩に乗った。

 隊長殿これがセクハラです、と小さな囁きを耳にする俺は始終蚊帳の外だった。

 けど、そこにあった守る意志、そんな何か熱いものには存分に巻き込まれた。


「俺が頭を預かる以上は……か。見た目はあれだけど、カッコいいおっちゃんだな」


「なんか言ったか、魔法使いのあんちゃん?」


「なんも。……いいや、俺は死ないから。そう言っただけ」


「そうか。なら臆病になれよ。そしたら、俺の期待を裏切らねえで済む」


 がはは。

 夜空の星にマサさんは笑う。


 臆病……か。

 大人はいろんな言い回しで語るもんなんだな。





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