第21話 最強の無職
前衛職の三人が各々の獲物で切り込む。
上から振り下ろされた大斧は石床を破壊。
持ち手はひらりと身を躱した女の細腕に殴られ吹っ飛ぶ。
横から薙ぎ払う太刀は空を切る。
女はこれまた紙一重で見切った相手を殴り飛ばす。
背後からの槍が迫る。
難なく蹴り払われ、回転蹴りによって――同じくである。
「くそ、なんつー鬼回避」
魔法を唱えながらに、ぱっとしない光景へ愚痴をこぼす。
別に仕掛けている前衛職の奴らの腕が悪いわけじゃない。
ミロクが尋常じゃないってだけだ。
「魔法使いっ、狙われてるぞっ」
くそっだらあ――。
誰かが教えてくれた忠告とともに、とにかく横っ飛び。
瞬きすら許してくれない飛び込みの速さを相手は持っているのだ。確認していては間に合わないっ。
ブンと蹴りが掠める。
ミロクはそのまま踊るような回転を繰り返し、近くにいる者を手当たり次第に襲う。
そして、皆の頭上にあったライフとSPゲージの表示が消える。
すかさず、賢者職のおっちゃんが『ティビジョン』と叫ぶ。
一定範囲にいる者のゲージを視覚化する魔法で、また俺達やミロクの頭上にゲージが浮かぶ。
それを見て、僧侶職の二人が回復を行う――が、ち、一人やられた。
パンと発光して消える。
「ヒーラーは下がれ下がれっ、魔道士はとにかく前衛を巻き込んでもいいから魔法を撃て撃てっ」
分かっちゃいる。
回避され通常攻撃がヒットしない以上、回避不可能な魔法が有効ってことはな。
だが、巻き込んでもいいって言っているように、それはミロクも同じだ。
対人だと、恐ろしくライフを削れねえ。
SPの時間回復を確認――目まぐるしい。カレンの状態をうかがう暇もないっ。
「『ドラゴニール』っ」
くそ、くそくそくそ、なんて不公平だ。
こっちの気合入った魔法はちょっとしかライフを減らせねえのに、向こうのただ殴る蹴るの方はもらうとアホみたいにライフが減る。
通常攻撃は軽減対象になってねえからそうなんだろうけれど、この世界の恩恵が邪魔で仕方がない。
対人だと魔法使い、すんげえ役に立たない。
加えて、俺、いいや周りもそうだろ。対人戦なんて経験不足ってる素人。
対照的に、ミロクは百戦錬磨の対人玄人。
「ヴァーミリオンドライブっ」
「ヤツカミの大槌!」
「青龍雷鳴」
轟音と振動と閃光。
各職業最高のスキル技が交差し乱れ飛ぶ。
圧巻されるほどに凄まじい光景。
そして晴れる土煙のそこには、ある意味多少の亀裂程度で保たれているこの部屋もすげーなと戯れ現実から逃げたくなるような結果が残る。
首をこきこき。全然だなと言わんばかりで狂気の笑顔へと変貌しつつあるミロク。
ライフゲージは減っていたが、まだまだ気が抜けない残量のそれを頭上に浮かばせる。
「女魔道士、あと洒落た盗賊、状態異常系の攻撃は駄目なのかっ」
「やってはいるわ。けど、効果が出ない」
「こっちも一緒だ。てか、魔法性攻撃じゃない盗賊技は当たらにゃ意味ねーから、そもそもが効くのか効かねーかも分からねー」
女性魔法使いと男性盗賊の狙いは、ミロクの状態異常。
敵に毒が通じない以上、選択は眠りと麻痺、石化。
魔法使いは眠りと石化を試みて、盗賊は技スキルの麻痺攻撃。
「たぶん、無理なんじゃねーかっ」
俺は叫ぶ。
魔法使いも盗賊も、だろうな、との顔で応える。
熟練者の冒険者なら人に対し状態異常が効かないのは経験で知るところだ。
理由ははっきりしないが、効果の結果である”眠る”を仮に10とする。
人相手だと、今それらは軽減されてしまう。つまり10未満。
10にならない限り”眠る”にならないのなら、幾ら放っても意味がない。
疲労みたく蓄積されるわけでもないからな、技スキルなんて。
それでももしかしたら……。そう、すがる程の相手ってことだよな。気持ちは重々承知している。
が、人が簡単に眠ったり麻痺するようなら、結構危ない世の中になるだろからってことで、潔く諦めようぜ、と思ったそこへ、
「はっはっはっ、待たせたな同胞たちよ。この薬士の僕に後は任せてもらおうか」
俺と魔法使い&盗賊の線上にメガネをキランと光らせ男が登場してきた。
サッ、と交差させた両腕。その先には数本の細い透明の瓶に緑の液体。いわいる試験官を指の間に挟む。
「藥士の技スキル調合と生成で作り出した物は、アイテム扱いになる。つまりこの痺れ薬の入る投げ瓶は、魔法や技スキルとは見なされない」
「そうかっ、アイテムなら効くかも知れない」
「魔法使いのレイディ。効くかも知れないじゃない、確実に効く。人への効果は実証済みだ。安心してくれ」
何を目的にで、安心どころか不安になるが、この際追求しない。
確かに、このメガネ薬士のアイテムならミロクの動きをどうにかできるかも知れない。
「てか薬士、痺れ薬持ってんなら早々に使えってんだよっ。麻痺系の技スキル使いまくって俺のSPカラになったぞ」
「ソウリ―盗賊君。薬士が作るアイテムには使用期限があってね、普段は作り置きしてないんだよ。だから今まで」
「どうでもいいから、とっととやれよっ。ミロクに気づかれたら真っ先に教会送りにされんぞっ」
俺はイラつきながらに言う。
「では」
スタタタタ、と駆け出すメガネ薬士。
両腕が開らかれれば、ビュッとミロク目掛けて試験官が飛んで行く――んで、軽く避けられる。
「オー、ジーザス」
「メガネ、使えねー」
魔法使い&盗賊の分も言ってやった。
「待ってくれボーイ。本当なら僕の放った投げ瓶を彼女が払い、その衝撃で割れ――」
「だああ、もういいっ、お前は回復薬作りまくってヒーラー(回復役)に徹してろよっ。なんかリズムが狂うんだよっ」
「待ちなさい、そこの魔法使い。私のダーリンの力を甘く見ないでくれるかしら」
振り向けば、テンガロンハットを被り手に長い銃を携える女銃士がいた。
「さあダーリン、私達の力を今こそ見せる時よ。この魔法使いどもに思い知らせてあげましょう」
「ああ分かった。そうだよ僕は一人じゃないんだ。僕の傍にはいつだってハニーがいるんだ。そうハニーさえいてくれれば僕は英雄にだってなれる」
「ええ、ダーリン、ダーリンは英雄にだってなれる人。だってダーリンはもうすでに私の英――」
放置。
気持ちを切り替え、ミロクを目で追う。
すると、そこへ飛来する物体。数本の試験官。
「だから、無駄だって言ってんだろっ」
それより他の連中に当たったらどうすんだよ、このトンチキメガネ。
ミロクは予想通りに難なく襲ってくる――、
「エリアルスナイプ」
掛け声と同時に、試験管が次々に破裂した。
女銃士がその武器と技『空気の弾丸』を使い、薬士の投げた瓶を撃ち抜いたのだ。
つまりは、コンビネーションアタック。
露ほども期待していなかったので、衝撃がすごい。
その衝撃の中、痺れ薬を浴びたミロクが床へと崩れる。
「やったねハニー。最高だよハーニー」
「ダーリンが私に愛の力を――」
膝をつくミロクを見て、状況を再度確認する。
カレンまでは遠い。
ライフゲージが回復する模様から、なるべくミロクを遠ざけるようにして戦っていたからな。
折角削ったライフを回復されては困るから、戦い方としては合っている。
そして、
「半分かよ……」
10人は教会送りにされていた。
と、動けないミロクは前衛職の奴らに任せて、俺はカレンに毒消しの薬を。
駆けながら横目に見た。
膝を付いたままうなだれ動けないミロク。
そこへここぞとばかりに、武器を振り上げ襲いかかる戦士達。
ライフゲージは黄色は黄色でも程なく赤色に変わりそうな残量。
恐らく、この攻撃でケリがつく。
そう勝利を確信しようとした時に、見てしまった。
女狐の笑う口元。
「待て皆っ、なんか」
ミロクが舞った。
それは乱舞であった。
技スキルでも使ったようなスピード。けれどそれは間違いなく”素”の動き。
俺はハイアナライズしていた。変わらず技スキルなんて存在しない無職だった。
だが、一度見た時と違う箇所がある。
「なんでだ、なんで動け――」
すべての文句を吐き出せず、戦士は光とともに消えた。
それに続き、ぱーんぱーんと二つ光が弾ける。
ゆらり。
フラつきでもなくゆらり。
刹那の動きから緩やかなものへとなるミロクに、残る皆は後退る。俺もカレンを諦め距離を置く。
「ヒ……ヒヒヒッ、上げて落とす快感ってのは最高だねえ、アタイを襲う時ときたら。ヒヒヒッ。その勝ち誇った顔が一瞬に間抜け面になりやがった」
「そうそう、そういやこんな感じだったな、こいつって……」
二重人格とまでは言わないにしても、戦い始めると荒々しくなる口調と性格。
「お前ら、アタイが麻痺ったとでも思ったんだろ、ええ? そうだろ。キャハハ、馬鹿だよな、馬鹿、馬鹿」
乱舞の難を逃れた騎士が、不思議そうな顔と悔しそうな顔のどっちつかずの顔。
「ミロクは『状態異常耐性』のスキル珠を隠し持ってたんだよっ。毒、眠り、麻痺、石化、すべて無効化する」
吐き捨てるように、騎士へ告げた。
誰かが言う。
すべての状態異常を無効化するスキル珠なんて聞いたことがないと。
あるんだよ。俺は持っている子を知っている。
誰かが言う。
どこにスキル珠を隠し持っているんだと。
胃の中とか、女だしいろいろ隠せる場所はある。
それで、事実の検証なんて後回しだ。
要は、このミロクがやっぱり性悪女だったことを俺からは心から叫びたい。
始めのあの毒騒ぎ。
結局あれで、毒薬ではなかった=デカルトさんの認識が正しかったとなり、何かを所持していると疑うことをどこかしら疎かにさせられていた。
たまたま念の為とアナライズしなければ、俺も今だに困惑の中にいただろう。
こいつ相手にそれは命取りになる……のだが、ミロクにとって俺達の隙なんて大した問題じゃないはずだ。
強引にでもねじ伏せる力を持っているんだからな。
だからこそ性根が意地汚い。
自分が楽しむ為だけに俺達を笑う為だけに、リスクを承知で芝居を打ったんだ。
攻撃が当たらない、毒が効かないなら、俺達は他の状態異常攻撃を考える。
戦闘開始からしばらくは『状態異常耐性』をセットしていなかったはずだ。
一度目のアナライズでは確認できなかったからな。
もうアナライズされることもないと判断した頃合いに、ひっそりとスキルをセットしたんだろう。
【レベル99 ミロク――無職】
体力値……202
攻撃力……241
防御力……218
魔法力……205
素早さ……233
器用さ……180
・特性スキル/毒の花道<*>
・追加スキル/状態異常耐性
追加スキルの影響か、『状態ステータス』から毒の印はなくなっていた。
それで、ますます最悪としか思えない感情の中、まったく理解できないことが一つあった。
「……どうして、無職のお前が追加スキルをセットできる。職があるからこそ追加スキルは使えるんだぞ」
戦士は3枠、魔法使いは2枠など職によって設定される追加スキルの
(てか、無職にあってたまるか。2枠で頑張っている有職の俺が馬鹿らしくなる)
俺の尋ねに嬉しそうな、それでいて背筋が凍るような笑顔が返ってきた。
「さあーて、どうしてだろうねえ」
纏わせる雰囲気を狂気から妖気へ変えるミロク。
次に、
「キヒヒッ、聞かれてほいほい教えるわけねーだろ、馬鹿か?」
荒々しい口調で言って俺を嘲笑う。
至極まっとうな言い草だけに反論もないので、『器が小せいのな、あんた』とだけ返した。
あからさまな俺の挑発。
そして、メリット小、デメリット大のそれである。
「クククッ、あんたアタイにいい根性だねえ」
俺と向き合うミロクは顎に手を添え微笑むばかり。
どうやら、即殺しの結果は迎えずに済んだ。
デメリット中へ下方修正。
「俺達冒険者はギルドへの登録時、ギルドから職についての説明を受ける。内容は職を得ることで各職業固有の技スキルが使えるようになることと、職業で得ることで使える追加スキルのスロット数が各職業で決まっていること、あとスキル珠の話なんかも聞かされたかなあ。まあ、手短いものだったから苦痛になるようなものでもなかったけど、これらは冒険者の特典だよな」
早口になる自分を抑えつつ、素早く息継ぎ。
「それで、俺は思っていた。無職になればこの冒険者の利点と失うってね。実際無職になれば技スキルを使えなくなる。だから、追加スキルも使えなくなる。そんな風に思い込みで誤解していた。恐らく、無職でも追加スキルにスキル珠は装備できる……だよな?」
「そういやあんた。アタイの特性スキルの時もケチをつけた魔道士だったね」
ミロクの突き刺さるような視線は、俺を覚えようとしているように思えた。
あはは……すげー勘弁してもらいたい。
けど、反応からして無職でもスキル珠装備できるようだな……あとは幾つ装備できるかで、戦いの結末が変わりそうだよな。
『ふんばーる』とか持ってなきゃいいけど。
「待て待て、そんな話私は聞いておらんぞ。勝手な憶測でギルドが作り上げたシステムを貶めるような発言はやめてくれないか。追加スキルはギルドへ登録する冒険者のみへ与えている。職を剥奪した者へなんぞに使わせたりするものか」
予想外にデカルトさんが話に加わってきた。
貶めようなんて気はなかったが、時間稼ぎには持って来いだ。
俺がこうしてミロクと嫌々話しているのも、さっきの騙されたことからくる動揺を失くす為だからな。
カレンを思うと焦燥感に駆られるが、あのままミロクのペースにハマてやられてお終いってわけにはいかない。
虚を突かれた前衛職の連中には気持ちを切り替える時間、ヒーラーには仲間への回復を行う隙が必要だ。
「ハゲは黙って見てるはずじゃなかったのか、ええ?」
デカルトさんは言い返すこともなく、定位置の壁際へ引っ込む。
「アタイくらい職を繰り返し剥奪されたら、なのかもねえ。それとも誰も試そうとする野良がいなかったのか。職を失えば追加スキルの枠はなくなるよ。ただね、クククッ、どうしてだが一つだけ装備できちまうんだよ」
「それはセット枠がないが、コンソールで通常操作をやったらセットできたってことなのか」
「さあ、どうだろうね。この世界はそこまで精巧にできていないのだろうさ。それよりも、時間稼ぎなんて小細工にはもう飽きたね。他に面白いことができないなら、坊やと話すことなんてないよ」
きっと俺は瞬きをしたんだろう。
目の前に、ミロクの嬉々とした顔があった。
考えるよりも先に屈む俺の体は縮地攻撃を交わす。
ジュエルドラゴンと戦いまくった成果だなと、230の素早さを凌いだ数値じゃない自分の素早さに感心した刹那――吹っ飛んでいた。
連撃だったんだろうとかの考察が即座に消えるくらい、ガチで痛え。
声が出ないほどに痛え。
頭蓋骨、イってんじゃないだろうか。
ステータスの数値がある分、車から衝突されても耐えられるくらいの身体の強度があると思っていたが、相手の数値が上回り過ぎていると関係ないようだ。
「ぐだっ――」
ゴロゴロと転がりながら、ライフゲージを確認。
気分はとっくに天に召されていたが、セーフ。
ポタポタと鼻から滴る血を拭う先では、既にミロクが他の冒険者達との戦闘を再開していた。
どうやら俺の自慢の顔は、再開のゴングとして打ち叩かれたらしい。
「ブサイクになったら、どうしてくれんだよ」
戯れて、痛みと恐怖を振り払う。
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