第20話 余興
「さあ、約束通りこっちは連れて来やった。しかも代表補佐である私自ら出向いてな。つまらぬ事をしでかすようなら」
「あーはいはい。分かってるよ。単にアタイが他のヤツにあれこれ話さないか心配してのことだろうにさ、恩着せがましいハゲだね。アタイはこの坊や達と魔王をぶち殺す。そしたらあんたがアタイに職を返す。あんたとはそういう取り決めだ。そうだろ?」
冷ややかな目でデカルトさんをいなし、ミロクは
俺達が作る強張った空間の中に、臆することなく入り込めばその素足を止めた。
自然と半円を描くようにして俺達はミロクを囲む。
「そうだね……、そこの髭面の戦士のあんた、レベルはいくつだい?」
ミロクからすらりと寄られ、自分の顎先を指先で撫でられる体格の良い男。
そこにある指を振り払うかと思えば、
「……俺は110、レベル110だ」
飲まれてやがる。
そして男の飲まれた感情は周りに伝染する。
ミロクはへえ、と感心したような笑みを浮かべた後、次の男に次の女にと同じことを繰り返す。
何人目かの問いは騎士装束の少女へ。
ミロクに気圧されないようになのか、カレンは一歩前へ出る。
「そう、綺麗な目のお嬢さんは教えてくれないんだね」
「いえ、そういうわけでは。ただ貴方にレベルを教えることにどのような意味があるのかと……」
「そうねえ、意味なんてないわよ。気分。じゃあアタイその気分で、貴方に決めようかしら」
ミクロの腕がゆっくりとカレンに向かう。
よく見えていた。カレンもそのはず。
しかし――目の前ではカレンが抱かれ、その唇にはミクロの唇が重なる光景があった。
「うくう、何をっ。貴方はいきなり何を、ぐ……」
相手を突き飛ばしたと思ったカレンが、いきなりドサリと床へ崩れ落ちた!?
「カレンっ」
「はいはい、慌てない慌てない。後でちゃんと相手してやるから、アタイの話を聞きな。特にそこの魔道士、アタイの話の邪魔をするなら、この嬢ちゃんの綺麗な目ん玉エグるからそのつもりでいな」
カレンを胸元まで引き上げたミロクからの脅しに、踏み込んだ足の行き先を奪われる。
蒼白のカレン。
首を締め上げられているわけでもないが、苦しそうなその口元からは唾液が泡のようにして滴り、痺れでもしているのか、両腕はだらりと下がる。
「ミロクっ、なんのつもりだっ」
この怒鳴りは俺達の囲いの外からだった。
俺は構うことなく、大急ぎで蓑笠を脱ぎ捨て背中に背負う道具箱を下ろし引っ繰り返す。
確かめたカレンの状態は毒だっ。だから――、
「あったはずだ、毒消しの薬があったはずっ」
毒はただライフゲージを減らしていくだけじゃない。そこに何かしらの症状や苦痛を伴う。
あの苦しみ方は尋常じゃない。早く、早く薬を。
「なんのつもりだと聞いているっ。冒険者への危害は許さないと言った筈だっ。早く彼女を離さないかっ」
「そう目くじらを立てなさんな、クククッ、髪に悪いよ。ちょっとした
「言っていることが分からんっ。いいかっ、お前は」
「ほんとうるせーハゲだね、少しは黙ってそこで大人しくハゲてろっ――つーの」
毒消しの薬を握りしめ顔を上げた時だった。
カレンが宙を舞っていた。
人形が落ちたかのようになんの抵抗もなく堅い床へどさり。
「今あの騎士のお嬢ちゃんが転がっているところは特別でね。ライフゲージが常に全回復するような仕掛けがしてある」
その言葉に、カレンが鉄の檻があった場所に放られていたこと。
あの幾何学模様にライフの回復効果があること。
それはミロクが自分でライフを削り、教会送りにならない対策のものであったこと。
そして今、毒でライフゲージが幾ら削られてもカレンが教会送りにならない――つまり毒で苦しみ続けるように仕向けられたこと。
これらをすべて把握する。
「鬼畜が」
強く強く奥歯を噛みしめる俺は、後ろの冒険者から肩を掴まれていた。
「落ち着け。下手にミロクの機嫌を損ねたら更に彼女がいたぶられるぞ。それにこの位置。ここから彼女へ薬を使うにはミロクの間合いを擦り抜ける必要がある。ミロクが指を咥えて呆けるなどありえん。これから起こる状況をしっかりと見極め行動する。それが君が取るべき最善だ」
煙管男の助言に俺は、前のめりになる体を渋々退らせることで返事とした。
派手な衣装が俺の視界へ入る。
「拙者がハイ・アナライズした結果、ミロク殿の特性スキル『毒の花道』には毒性の無効化の効果があった。それを踏まえれば先程の接吻時、毒薬を口移しで飲ませていた可能性が高い」
張る声は目の前のミロクではなく もっと離れたデカルトさんへ向いた。
煙管の人はこう言いたいのだろう。
ここは毒薬を手にすることが可能な環境なのか、と。
実際に”隠して”持っていたのなら、デカルトさんへ聞いたところで答えようがない。
ただ、この発言の真の狙いはギルドの管理体制へのクレームではなく、遠回しに俺達へ、ミロクが毒以外の薬や武器を隠し持っている可能性があるから警戒しろ、と伝えるものだ。
見た目からまったく予想していなかったが、この頭脳で戦うタイプの彼はアナライズの言葉から魔法使いだったと判明する。
「そこのカブキ役者。あんたアタイの話の腰を折るなんて、いい度胸だね、ええ?」
俺の視界から派手なものが、すーと後方へフェードアウト。
残念だ。
「おい、君達勘違いはするなよ。ここは女狐が毒薬など持ち込めるような、甘いところではない」
「クククッ、そうだねえ、あんたは余程アタイの体を気に入ったのか、事あるごとにねっとりじっくり隅々まで調べる仕事熱心な変態野郎だからねえ。今じゃアタイよりアタイの体にあるホクロの数を知っているんじゃないかい?」
ぐぬ、と喉を詰まらせる好色家。
「と、とにかく、そいつが毒薬を使うなど不可能だ。ありえんっ」
断言された言葉の傍らで、受けた辱めを辱めとも思っていないような女狐はほくそ笑む。
「でも実際にアタイの後ろでは、お嬢ちゃんが息をするのもやっとの猛毒に侵されている。クククッ、さあーて、どういう仕掛けだろうねえ」
――ハイ・アナライズ《詳しい情報取得》。
【毒の花道】
効力:毒による影響を受けない
「影響を受けない……つまり無力化、無効化……」
と、思うよな普通は。でもなら、なぜ毒耐性や毒無効となっていない。
俺の知っている冒険者に、条件付きだが毒を無効にする特性スキルのヤツがいた。
そいつのは、毒の無効とはっきり記されていた。
そして、確認するのはミロクの『状態ステータス』。
毒を始め、麻痺、石化、眠りなどの状態異常を起こした場合には、それを表す記号が状態ステータス欄に点灯する。
状況からの先入観か、煙管の人は見落としていたのだろう。
ミロクには毒の印があった。
カレンに毒を盛った時に、とも考えられなくはないが――違う。
「ミロクはずっと毒状態なんだ。こいつの特性スキルは完全な無効化なんかじゃない。ただ、毒によるライフの減少と症状がないだけで毒には侵されたままなんだ。だから、あいつの唾液が毒だったんだ。それでカレンは……」
毒状態だからそいつの体液が毒になるなんて笑える発想だが、ミロクの嬉しそうな顔がこのとんでも解答が正解だったと教えてくれる。
「魔法使いの言うとおりなら、噛みつかれたらアウトだな」
誰かが言う。まったくその通りだ、増々人間離れしていやがる。
無職故、技スキルもなく見るからに布一枚の装備であるが、そこに毒攻撃はあることになる。
それで俺達は、もう薄々どころか、はっきりくっきり気づいている。
「こいつ……」
俺と――俺達20人の上限突破者と
俺はそっと、足元で転がっていた古代魔道士の杖を拾う。
「はいはい、せっかちになるんじゃないよ、坊や達。アタイの話はまだ終わっちゃいない。ルール説明だ。アイテムに僧侶の治癒に、なんでもいい誰でもいい。坊や達が後ろのお嬢ちゃんの毒をどうにかできたらそっちの勝ちだ。ああそうそう、お嬢ちゃんを教会送りにして楽にしてやるっていうもの別に構わない。つまり、あの模様の中から連れ出すのもありだ」
にい、と口の端が上がる。
「さてさてしかし、その為にはアタイをどうにかするしかない。アタイがあのお嬢ちゃんのところへ坊や達を近づけさせないからだ。ククッ、ドゥーユーアンダースタン?」
「ミロクっ、いい加減にしろっ。貴様の相手は魔王だっ。あまり私を舐めるなよ。今回の話を白紙に戻すこともできるんだぞっ。それに冒険者の君らも、ミロクと戦うなどとんでもない。こいつを教会送りにするようなことが許されるわけがなかろうが。こいつのことだ。教会への転移を利用してここからの逃亡を企てているに違いないっ」
地下室にデカルトさんの怒号が響く。
この人、いろいろと分かっていない。
もう、後戻りできないように仕向けられてんだよ。
俺の仲間がいいように苦しめられてんだよ。
20人の腕に覚えのある奴らが、たった一人の冒険者(しかも無職)に喧嘩売られてんだよ。引けるわけがねえ。
そして、最も分かってないのが、俺達がミロクを教会送りにできるなんて買いかぶり過ぎだ。
それか、あんたこそがミロクを舐めすぎだ。
「こうして二年も大人しくここに居てあげてるのに、酷い言い草だねえ。信用しなよデカルト。心配しなくても魔王討伐はやってやるさ。まったくこのハゲには、少しくらいは幼気な女の我がままに付き合う度量ってもんがないのかね。あんたさあ、アタイを捕らえた功績で出世できたんだろ? ジェミコルの前に下手打ちたくないなら、黙ることを覚えなっ」
俺からすれば右側。
たじろぐようにして小太りの男は壁際へと消えていった。
「さあーて、そこのハゲは何かほざいていたが、どうするんだい坊や達。好きなだけ考え相談してもいいが、あのお嬢ちゃん無駄に気が強いんだろうねえ、意識を手放してしまえば楽なのに、必死になって足掻いてる。クククッ、キャハハ、いじらしねえ」
「挑発なんて意味ねーよ」
低く押し殺して言う俺の頭上には、メラメラ揺らめく巨大な炎の槍が浮かぶ。
俺が『ドラゴニール』をミクロへ撃ち放つことで、戦闘開始の鐘が打ち鳴らされる。
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