第十話 とんだ初陣

 佐太夫さだゆうは動揺して、倒れる幸隆ゆきたかを呆然と見続けた。すると、すぐ隣にいた源心げんしんがクスクスと笑い声をあげ、それが突然爆笑に変わった瞬間、途端に冷静になり「久しぶりにワイも本気をだせそうだな。鷲塚佐太夫わしずかさだゆうよ、そこの血で気絶してる者を外まで運べ」と佐太夫に指示をだした。

 佐太夫は冷や汗をながしながら「おっさん。......コイツ、普通じゃねぇぞ」と震える声で言った。

 源心は「ワイもヒシヒシと感じるわい。オヌシら二人とも、いい目をしている!!......死ぬ気で生きろよ」と突拍子もなく、若者二人を突き放すように言った。

 佐太夫は目を点にして「おっさん!!どういう意味だ???それ!!」と困惑した。

 源心は鬼のような鋭い目で佐太夫を睨むと「走れ!!幸隆を担いで!!!」と大声を張り上げた。

 佐太夫は驚いて、あっという間に幸隆を担いで走りだした。

 源心は走る佐太夫と幸隆を見つめ優しくも、迫力のある笑顔で「幸隆が起きたら伝えておいてくれ、オヌシの目はまだ死んではいない!!その目が生きているうちは必ず、大丈夫だ!!!」と言い放った。

 佐太夫らが天幕をでると、その虎のような目をした大男は「一人なってしまったな」と言って、源心を鼻で笑った。

 源心はクスっと笑い返すと「ワイに限ってはな。」と言った。

 虎のような目をした大男は「あ?」と言うと、虎以上の恐ろしい顔で源心をにらみつけた。

 だが、源心は安らかな顔になり「しかも、さっきからずっと本気だったのに......あの佐太夫とかいう小僧」虎のような目をした大男なんか、お構いなしに独り言を言うのであった。

 虎のような目をした大男「貴様、俺の話を聞いてるのか。」とイライラを滲ませたような発言をした。

 源心は穏やかな顔から一転して真剣な顔になり「オヌシ、名をなんと申す?」と虎のような大男に尋ねた。

 すると虎のような大男は「俺の名は武田晴信たけだはるのぶ。いずれ天下最強になる男だ!!!」と叫んだ。この男は、のちに名を武田信玄たけだしんげんと改め、『甲斐かいの虎』と言われて天下から恐れられる存在となる。これより十数年後、真田幸隆さなだゆきたかは武田晴信と再会することになる。


 幸隆が目を覚ますと森の中にいて、巨木に横たわっていた。彼がふと前方を見ると、こちらに背をむけて佐太夫が仁王立ちしていた。

 佐太夫は力が抜けるようなボンヤリとした声で「あー、とんだ初陣だったわ」と言った。そして、続けて「オヌシの目はまだ死んではいない!!その目が生きているうちは必ず、大丈夫だ!!」と大声をだした。

 幸隆は目に涙を流し、震える声で「......ボケ、なんだよそれ」と言った。

 佐太夫は、そんな幸隆とは裏腹に「あ?これか。平賀源心ひらがげんしんの遺言だ」と笑っていた。

 幸隆は、怒涛の如く涙を流すと「はぁ!?あのオッサンが死ぬわけないだろ。ぶっ潰すぞ!!」と佐太夫に迫っていった。

 すると、茂みの中から武田軍が現れ、その一人がこちらを指さし「海野軍うんのぐんの残党!!見つけたぞ!!!」と大声を張り上げた。

 佐太夫は幸隆を、かなり強引に背中に乗っけると「幸隆、泣くのはあとだ。目をつぶってろ。この窮地脱するぞ。」と武田軍を目掛けて突進した。

 武田軍の部隊は開いた口が塞がらないという表情で「アイツ!?こっちに向かってくるぞ!!」あわてふためいた。

 佐太夫は、そんなのお構いなしに「突破だああああ!!」一喝すると、脚力だけで兵士を吹き飛ばした。

 佐太夫が武田軍を置き去りすると、背中の幸隆は暴れだして「丸腰で突入って、ボケか!?これで死んだらお前を恨むぞ。せめて刀抜けよ!!」とわめき垂らした。

 佐太夫は、幸隆をチラ見すると何言ってんだよという顔をして「死人がでたら、また気絶するだろ。お前」と言った。

 幸隆は虚を突かれた顔をして「......だからって」とボソッと声をだした。

 佐太夫は、そのまま小県ちいさがた海野城うんのじょうまでむかった。

 

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