クロス・ポテンシャル
やきにく
中心世界編
須賀浜に舞い降りた天使-1
怒号と物を壊す音が周囲の団地に響き渡る。
団地にある小さな公園で、男たちが喧嘩をしていた。
厳密に言うなら、ふたりの男を、他の男たちがよってたかって喧嘩をしているといったほうが正しいか。色や柄は違えど、みんな着崩した制服を身につけており、中には髪を染めている人や顔のあちこちにピアスをしている人がいる。誰から見ても、不良同士の喧嘩だった。
その喧嘩の中心人物とも言えるのが、
誠は目の前のロン毛の男の髪を絡め取るように掴み、無理やり引っ張りながら背後から迫るもうひとりの不良に向けて一本背負いをするように投げつけ、咆哮を上げて自分自身を昂らせた。一方の涼は、襲ってくる不良の拳や蹴りを軽い身のこなしで避け、逆に不良を軽く押して同士打ちをさせている。
それだけではない。誠と涼は息のあったコンビプレーを見せる。涼が押しやった不良を、まるで流れ作業のように誠が拳で受け止め、ノックアウトさせているし、涼が不良を引きつけて、隙を突いて誠が殴る。
喧嘩のペースは、完全に二人のものだった。
「そんだけ徒党を組んでこの程度かよ? ざまあねえなあ?」
その場でひっ捕まえた男の顔面に膝蹴りを何度も食らわせながら、誠は笑みを浮かべて不良に向けて叫ぶ。
「オラ、もっと頑張れよ」
もはや動かなくなったその不良を捨てるように離し、まだ立っている不良たちに向けて挑発する。
その時、誠の背中に衝撃が走り、そのままうつぶせに倒れる。目だけ動かして衝撃の正体を見ると、さっき投げ飛ばしたロン毛が誠を押さえつけていた。このロン毛が誠の背中を蹴って倒したのだろう。
「てめ……」
ロン毛が声を上げようとした刹那、黒い影がロン毛を突き飛ばした。正体は涼だった。
「君はもう少し周りを見たほうがいい」
「あいにく前しか見ないタチでね」
言いながら、誠は真正面からバットを振りかざして襲ってくる不良に突進する。バットを振り下ろすより前に、誠は不良の顎に向けて蹴り上げた。「ギッ」という小さな悲鳴を上げて、不良はその場で倒れた。
そうだ、こうやって目の前のものをぶちのめすしか、俺にゃ能がないんだよ。
「おい、もうやめろ」
今まで喧嘩に参加せず静観を決め込んでいた、右半分に大きな傷を負ったリーゼント頭の男が不良たちに言い放った。不良たちも誠と涼も、不良のリーダー格であろうその男を見やる。
「サツ呼ばれたのが見えた。今日は引き上げっぞ」
「はァー? 逃げんのかてめーら。俺はてめーらが動かなくなるまでやってもいいんだぜ?」
「よせ、誠。ここは彼の言うとおり僕らも引き上げるべきだ」
涼が挑発する誠の肩を掴んで止める。
「知るかよ。どうせこのクズどもは日を改めてケンカを売ってくるんだ。だったら今ここで二度と人を殴れねぇように――」
「わからないのか、今ここで警察に捕まったら、元も子もないだろ! そうなったら、迷惑かけるのは君の周りの人間なんだぞ」
言われて一瞬思い浮かんだのは、中学生時代に引き起こした、「あの事件」だった。血に濡れた拳、母の泣き顔、怯えるクラスメートの顔が鮮明に蘇る。途端に、苦々しい感覚が胸の内から生まれて、さっきまで高ぶっていた感情が急に落ち着いてきた。
誠は涼と不良をそれぞれみやる。そして苦虫を噛み潰したような顔をしてツンツンと逆立つ髪を掻いて舌打ちをすると、「しゃあねぇなぁ」とつぶやく。
「……わかったよ、とりあえず帰るぞ」
「オイ誠、次はこうはいかないからな。今度会ったときは必ずこの傷の狩りは返してやるからな!」
「ハッ、負け犬め、抜かしてろ」
ニヤリと誠は不敵に笑って、涼と供に公園を後にした。
「まったく……すぐ喧嘩に走るその気性の荒さはどうにかならないのかね。付き合わされる身にもなって欲しいよ」
「喧嘩に走ったんじゃねぇよ。せーとーぼーえーだっつの」
涼がさっきの喧嘩で汚れた黒縁のメガネを制服で拭きながらぼやいた。
誠と涼は住宅街の真ん中を歩いていた。あちこちに街灯が立っており、ぼんやりと辺りを照らしている。たまに吹く風は、春の暖かさがあるが、まだ冬の残滓が残っているせいか若干生暖かい。
「だけどありがとうよ、こんなの俺自身の問題だってのに、わざわざ助けてくれるなんてさ」
「一対複数じゃさすがに分が悪いだろ。それに君を見殺しにしたら後が怖いしな」
涼の冗談に、誠は愉快そうに笑って「言うじゃねぇか」と返して続けた。
「けどお前と組んで喧嘩するってのは久しぶりだなぁ。よく俺たちゃ言ってたよな。「二人で一人」ってさ」
「それは喧嘩だけに限った話じゃないだろう」
「二人で一人」と聞いて、涼は思い出したように笑みを浮かべながら、拭いた眼鏡を掛ける。
「それにその言葉を盾にしてしょっちゅう僕からテスト勉強を教えてもらったり、金を貸しているのはどこのどいつだったか。僕にとっては悪い印象しかないんだが」
「うっ、あ、いや、悪いとはそりゃ思ってるけどよ」
そういえば、財布を忘れてバス代と昼飯代を借りたときや、去年数学の単位がピンチだったときに、これを言い訳にして、なんとか助けてもらったことがあったっけか。
無論、涼の冗談であるのはわかっているが、「二人で一人」という言葉は、誠と涼にとって、誠は知力、涼は腕力というふうに互いに欠けたところを補い、まるでひとつの完璧な人間を表現するようなものであり、幼い頃から心を通してきた二人の友情を象徴するような言葉だった。若干、涼が誠の保護者になりつつあるが。
会話が途切れてしまい、誠はきまずい雰囲気のなかで反省していると、ふとあることを思い出した。
「話題が変わるけどさ、俺たちのクラスに転校生が来るのって明日だっけか」
「そうだよ。それがどうかしたのか?」
「いやぁ、俺たちの学校に外からの転校生が来るなんて珍しいなーと思ってさ」
誠たちの住むこの須賀浜市は、海に面した自然豊かな面と人が行き交う、人口が密集した地帯で成り立っている。その一方で、大都市と比べると過疎化が進み、あまり市の外からの行き来がない郊外(悪く言えば田舎)である。誠が生まれた頃は都市から離れた人が住んでいたことがあってもっと賑わっていたらしいが、現在は都心回帰とかなんとかで、ずいぶん人が減ってしまったそうだ。
誠の言う「外」とは文字通り須賀浜市の外からやってきた転校生を指す。今まで須賀浜高校――それだけではなく、誠が通った小・中学校で転校生がやってきたケースと言えば、せいぜい隣のクラスで、名も知らぬ誰それが近所の学校から転校してきたとかその程度だ。
だからこそ、須賀浜の外から転校生がやってくるという事例が珍しい。誠のクラスでも、さすがにそれで持ち切りになったというわけじゃないが、たまに会話を盗み聞きしていると、チラホラ「転校生はどんな人だろう」「なんではるばるこんなところまで来たんだ?」
とか、そういう憶測を耳にしたことが何度かある。
「まぁ、気にはなるよな。大学じゃあるまいし、都会の方がもっと風紀のいい高校はあると思うけどね。そいつはよっぽどの須賀浜好きか、変わり者かも」
「さりげなく自分の学校をディスるなよ……」
確かに、誠たちの通う私立須賀浜高校は、若干風紀が悪いところがある。今日のような喧嘩騒ぎなんて滅多に起きないが、一部の粗暴な生徒が威張ったり、トイレとか学校の裏側とか人の出入りの少ないところでたむろしているところを何度か見たことがある。(というか、不良と喧嘩をしている誠なんてその最もたる例なのだが)
さすがに私立の高校というだけあって頭髪検査ぐらいはしているものの、並みの学校と比べると風紀が乱れている部分が目立つ。誠や涼が気付いていないだけでひょっとしたらタバコとか吸ってるのかもしれない。
「お前、これからどうするんだ。晩飯にどっか食べに行くか?」
「いや、今日はやめとくよ」
こんなカッコだしな、と涼は両手を広げて不良たちの喧嘩で泥や血で汚れた制服を誠に見せつける。
「それで遅く帰ったら親に何を言われるかわかったもんじゃない」
「あー、そうだなぁ」
涼の家庭はとてもルールに厳しいところがある。彼から聞いた話では、高校生の今でも門限の厳守、成績はどうとうか、ゲームとかSNSはしちゃダメとか、そういうのばっかだ。そのほとんどのルールを小学生の卒業時にサヨナラしてしまった誠とはえらい違いである。
それ以上に、涼の両親は誠もその家族も、あまりいい目で見ていない。どうしてかと言えば、誠の振る舞いが粗暴とか、不良っぽいというのもあるが、中学生の時に起きた事件で、不良がらみの事件で涼が大怪我を負ってしまったことから起因している。
それでも当の本人である誠に対して、こうして今でも友達として接してくれるのだ。誠としては本当にありがたい。しかも今回のように下手したらまた大怪我しかねないほどの出来事にもわざわざ付き合ってくれるなんて。
「それじゃ、そろそろ気をつけて帰れよ」
「ああ、誠もな」
住宅地を出た街道のそばにポツンと立っているバス停で、誠と涼はお互い手を挙げて、別れた。
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