歌姫の末裔

私ちゃん

第1話

『ロケットは完璧に動作したが、間違った惑星に着地した』

――ヴェルナー・フォン・ブラウン




 今にして考えればとち狂った話ではあるが、あの時の私は彼の掲げた理想にこれっぽっちの疑いも抱かなかった。

 自律成長型の独立AIは技術的にもほとんど夢物語に近かったし、倫理的にもかなりの綱渡りだったのだが、私の上司だった男はそんなことお構いなしだと言わんばかりに開発を進めていった。

 『DIVA』の概要を説明された時、私はまだ配属されて日が浅く、その重大性も特異性もほとんど理解していなかった。

 『DIVA』と仮称された計画は、その名の通り『歌』を紡ぐAIを開発するものだった。自律AIの基礎技術すら確立されていなかった当時、感情を理解し詞を紡ぐAI等というのは一笑に伏されて然るべきものだったし、なぜあんな計画に予算が下りたのか今でも私には分からない。

 私の上司だった男の『DIVA』への執着は異常なものだった。感情AIの実験の為に、小児の脳髄を集めている等という噂がどこか真実味を帯びて聞こえたくらいには。

 彼は、歌というもので世界を救えると心底信じていたようだった。

 ……一度だけ、実験稼働したディーバと会話したことがある。

 言動は幼い少女そのもので、自分が体を持たないのを不思議がっていた。

 正直な話、背筋が凍る思いだった。私の横で、私の感想を子供のように待っているこの男は、本当に小児の脳髄を思考パターンとしてコンピュータに焼き付けたのではないかと、あの時は本気でそう思った。

 彼女、と呼ぶべきだろうか。結局あの少女の人格は破棄され、人工知能の雛型としての基礎AIだけが残された。

 消去ボタンを押したのは私だった。

 よく覚えている。

 仮想人格の消去命令が出された時、彼女の生みの親だった私の上司は、実行者に私を指名した。

 自らの娘を殺せなかったのだろう。

 彼女は、最後の瞬間まで歌を歌っていた。

 人工知能と電子音声で作られた歌。

『一人でも多くの人が、歌を好きになりますように』。

 そんな歌だったと思う。

 結果として『DIVA』型AIは人の感情をほぼ再現できるレベルで実現したが――やはり倫理的な制約は免れず、長期の凍結を受けプロジェクトは終了した。


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