22】立ち止まって、しまった -1
『今日の集合はここで』
次の日の朝、教室の自分の席へ腰掛けると同時に届いたそんな短文と、それとともに送られてきたマップを見て、沢瑠璃さんが今日は学校へ来ていることを僕は悟っていた。
悟って、おもわずため息をついて、そしてそんな自分にびっくりする。まさか、沢瑠璃さんが学校へ来ていることに気を重くすることがあるなんて。
昨日のドラッグストアでの一件で引きずっている違和感、そしてこれまでこれっぽちも抱かなかった沢瑠璃さんに対する違和感の感情Wスープ、けれどそれは昨日からの寝不足も相まって悪い方向での化学反応しか起こらず、そんな感情の味はエグ味しかなく実に気分の悪いものだった。これは後で理塚くんから聞いた話だけれど、この日一日の僕は、特賞と分かった瞬間にその当たりくじを風で飛ばされた人並みに声をかけづらかったそうだ。
集合場所は、地図で見れば一昨日とは正反対の位置にあるホームセンター。……今だから気がつける。一昨日といえおでんを見かけられた場所から遠く離れた場所で探すのは、明らかおかしいとしか思えない。
そんなだから今日一日の授業内容が頭に入ってくるはずもなく(今日に限っては僕のせいで断じてない)、だからと言って時間の過ぎるのが早く感じられたわけでも、どころか逆に遅く感じられたくらいで、終業のホームルームを迎える頃には心の芯まで疲れてしまっていた。僕は教科書やノートをのそのそと鞄へしまうと、学校を後にした。向かうのは実家でなく、集合場所のホームセンターだ。
途中で道に迷ってしまってホームセンターに着かなかったらいいのに、なんてなんかもう自分でもよく分からないことを考えつつ、けれどそのホームセンターは何度か利用したことがあるので、迷うことなく順当に着いてしまう。僕はおもわず、自分の足を軽く叩いてしまった。
沢瑠璃さんはどこだろう。
彼女がもしどこかへよじ登ろうとしていれば、彼女にも周りの人にも申し訳ないけれど止めに入るようなテンションに僕はなかった。
……見つけた。
沢瑠璃さんを見つけた。店外で売りに出されているスチール製三脚ハシゴ、それも高さから見て間違いなくプロ用の本格的な三脚ハシゴを、あごに指を置きながら上から下まで何度も見回していた。運よく登ってはいなかったけど、どこから見ても女子高生がプロ用の三脚ハシゴを興味深く見回している光景を第三者はどう見るのだろうか。三脚ハシゴの芸術的外観と高度な利用性に感動しその雄姿を眼球の角膜と水晶体と網膜に焼きつけようとしている。……そんな風に思ってくれる心優しい人は、たぶんいないな。
「お、来たな司。待ってたぞ」
「……そのハシゴ、興味あるの?」
「ん? 欲しいな、と思って」
値札を見る。二万九千八百円。
「……やめた方がいいんじゃないかな」
「んー……そうだな。買っても持って帰れないし」
論点そこじゃなくて。
という言葉も、今の僕は思うだけで口から出ていかない。……どうやら僕は、重症らしい。
「よし、じゃあ早速行くぞ!」
「もう行く場所決めてるの?」
「ふふーん、私を甘く見るなよ? もちろん自分にも厳しくいろ?」
「……教訓をありがとう」
と、沢瑠璃さんが僕をじっと見つめてくる。どうしたんだろ、と思っていると沢瑠璃さんは僕を見つめたまま近づいてきて、今までにない至近距離までおもむろに顔を近づけてきた。その距離、前髪同士が触れるほど。
「な、な、な、」
予想もしなかったいきなりの行動におもわず後ずさりながらどもりにどもってしまうと、後ずさりで距離の離れた沢瑠璃さんが眉尻をさげた。
「なんかいつもと雰囲気違うぞ? 風邪ひいたか?」
僕はおもわず身体を硬直させた。沢瑠璃さんにまさか気づかれるとは考えてもなかった。すると当然それにも沢瑠璃さんは気づいて、「お前、ホントに風邪? 今日はやめとく?」と言われ、僕はおもわず頭を横に振る。「うん」と頷いていれば、これからの時間を先延ばしにできたのに、と気づいたのはその直後だった。けれど、もう遅い。そんなだから、「ちょっとキャラ設定が変えられちゃったみたい」という自分で考えても不思議な言い訳が口からこぼれ出た。まあもっと不思議だったのは、沢瑠璃さんが「ああ、分かる。途中の安易な思いつきで、結局キャラ設定破綻させたりとかね」という意味は分からないけど妙にリアルな理由で同意したことなのだけれど。
「大丈夫なら、そろそろ行くぞ」
「う、うん」
本当なら、今このときに昨日のことを切り出すべきだったのかもしれない、けれど歩き出してしまった沢瑠璃さんの背中になんという一声で引き止めるべきか分からず、僕は返事とともにその後ろをついて歩き出してしまった。
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