20】事後の違和感 -2

「今日はムリヤリ付き合っちまって悪かったな」


 まず切り出されたのはそのことだった。言われて、そういえばと思いだす。そういえば、理塚くんが加わったのは、僕や沢瑠璃さんにとっては予定外の出来事だった。


 そしてそれを思いだすと、僕の中で緊張感がぴりりと持ち上がった。そうだ、理塚くんはなぜ今まで見たことのない強引さで参加してきたのだろう。


 僕の緊張が伝わったのか、理塚くんの目つきが少し変わった。理塚くんが今日おでん探しに付き合った理由、その理由がここからなのだろう。


「中学の頃の沢瑠璃は口止めされたから言わねぇけど、あいつ結構明るくなってるよな」


「……あれ、やっぱり口止めだったんだね。でも、それは僕もそう思うよ。まあ、初めの頃からよくしゃべる人だったけど、なんていうか雰囲気は変わったかもしれないね」


「それについちゃ、織野、お前がいい刺激になってると思うぜ。それについてはいい感じだよ、うん」


「……」


 僕は黙ったまま手を伸ばし、理塚くんの頬をぐっとつまんだ。


「いぃっ!? いへへへ!」


「理塚くん、言いたいことそれじゃないよね」


 僕は鈍いほうだと思うけど、鈍すぎるほどでもない。理塚くんの本当に言いたいことが別にあるのはすぐに分かった。


 つまむ手を離すと、理塚くんは「おま、もうちょい手加減してくれよ」とぼやきつつ、ポケットからスマホを取りだした。これからどうするかは予想できないけれど、彼がようやく本題を切り出してくれるということは分かった。


「これ。お前から送ってもらったおでんの写真」


 理塚くんがスマホの画面に表示させたのは、先日理塚くんに送ったおでんの写真だった。それは送ったときと同じもので、特になんの変哲もない。


「? この写真がどうかしたの?」


「ん……いや、この写真そのものは特になんもないんだ。……いや。この猫にもなにかあるわけでもないかも知んね」


 僕は眉間をしかめて首をかしげる。さっきとは違って理塚くんが本題に入ってるだろうことは分かる。けれど、なにを言いたいのかがまったく分からない。


「ねえ、理塚くん。なにを言いたいの?」


 理塚くんが、なんとも言えないけれど本当に複雑そうな表情で頭をばさばさと曖昧にかきあげた。


「んー……オレんなかでもまとまってるわけじゃねぇから前置きさせてくれ。今からする話は沢瑠璃にケチつけたいわけでもないし、お前らがやってることを批判したいわけでもない。ただ、どうしても気になるんだ」


 理塚くんのその前置きは、良い前置きでは決してなかった。けれど僕はそれに対してうなずくしかできなかった。理塚くんの真剣な眼差しを拒否することはできなかった。


 理塚くんは拳と手の平でぱんぱんと二、三度打ち鳴らし、そして僕を見ないまま話しはじめた。


「お前らさ、猫探しでうちのマンション来たことあったろ」


「……うん。僕が入ってすぐのときだね。あのときは理塚くんのお母さんにウソついてゴメン」


「いやそれはいいんだよ。でもそのうちの母さんがお前らの後を追いかけてたの知らないだろ」


「え、そうなの?」


「そうなんだよ。でも、それは別にいいんだよ。ただ、その後で母さんから気になったこと言われてな。お前から猫の写真を送ってもらったのも、母さんに見てもらうためだったんだけど」


「……それで?」


 その先を促す。そんな曖昧なところでいったん切られた言葉の先を促す、妙に生まれた不安感に背中を押されながら。


 理塚くんは両手指を組み、その指をせわしなく動かした。


「……母さんは、お前らがただ走ってるだけにしか見えなかった、て言った。写真を見せたけど、おでんという前に猫の姿も見てない、て言った」


 僕はつい拍子抜けして思わずぽかんとしてしまった。あのときは初めに見つけた僕でさえ一瞬しか見てないのだから、理塚くんのお母さんが見てないというよりも見ることができなかったのは当然だろう。


 けれど、僕がそのことを理塚くんに言うと、理塚くんは背中を丸めて膝に肘を置いた。


「んなこたオレも考えたよ。だから今日、自分の目で確かめたくてムリヤリついてきたんだよ」


 その言葉で僕はようやく合点がいった、理塚くんの強引さの理由が。理塚くんは純粋に手伝いたかったわけではなく、そういうことが本当の理由だったのか。


 けれど僕は、そのことを責めなかった。おでんを見た見てないを話す意味が分からなかったし、そのことよりも、「理塚くんが確かめた」ことは一体なんなのか、それを聞くことの方が大事に思えた。


「……で、どうだったの?」


 理塚くんは、自分の爪を自分の爪でかりかりとかきながらしばらく黙りこんだ。そしてそのあと、うつむいた顔でゆっくりと僕を見あげてきた。

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