19】沢瑠璃-2

「わ、分かってるわ! 部活引退したら集中すんだよ」


「お前の集中の程度も知れてる気がするけど、まあ頑張れ」


「なんで上から目線!? くそ、憶えてろよ」


「私は憶えてる。お前は忘れそう」


「反論したいけどそうなりそうだから反論できねぇよ!」


「大丈夫、理塚くん忘れそうになったら僕が注意するよ」


「織野、お前はオレの保護者か?」


「え? 僕は理塚くんのこと保護できないよ」


「いやそうだけど! 頼むから普通に返してくるな!」


「みんな、また追い払われそうだからそろそろ帰らない?」


 「そうだな」と言って、私は二人に背を向ける。……楽しくて思わず笑ってしまいそうになって、その顔を見られたくなかった。


 ……ホントにダメだ。ここまでスナオになるのがヘタになってたなんて思いもしなかった。中学の頃は、こんなことで悩むことすら、と言うよりそもそも考えつきすらしなかったのに。


 中学の頃の私は、こんな性格じゃなかった。こんな性格になったきっかけは、分かってる。中学三年の夏、トイレの個室で偶然? 運悪く? 聞いてしまった友だちの会話だ。聞こえてきた三人の声が友だちだとすぐに分かって早く出ようとしたそのときに聞こえた、「さりぃってウザいよね」という言葉。さりぃ、は私の苗字の始めと終わりを取ったあだ名だ。


 三人は洗面台の蛇口をひねったまま、「さりぃはウザい」話でひとしきり盛り上がったあと、そのままトイレから出ていった。


 友だちにとって「さりぃはウザい」の会話は悪口ではなくただの『楽しい会話の一つ』なだけだったようで、私はイジメにあうわけでもはみ出しにあうわけでもなく、それまでどおりみんなとは友だちだった。


 けれど「ウザい」という小さな針は私の心へ確実に刺さっていた。私がつい明るくしてしまったりはしゃいでしまったりするたびにそれは少しずつ少しずつ、小さな痛みとともに深く刺さっていく。


 そして、その針が抜けないほどになってしまったのが、高校入学だった。

 私としてはそれを機に、これまでの私をもう一度やり直そうと考えていたのだけれど。……自分でもびっくりした。初めての人になんと話しかけていいかわからなくなってしまってたのだ。中学の頃、友だちと思ってた人にはみんな私から声をかけたのがきっかけだったのに。


 私はもう焦ったというかパニックになったというか。でもそうなればそうなるほど話しかけ方が分からなくなってしまう。やばいやばい、と思って、私のように地元だからとこの高校を選んだ中学時代の友だちにとにかく話しかけようとしたけれど、私のクラスには残念ながらそういう人が一人もいない。他のクラスを覗きにも行ったけれど、だいたいの人たちはそれぞれのクラスメートたちと楽しく話をしていて、とてもじゃないけれど入っていけそうな雰囲気じゃなかった(たぶんこれも追い打ちになった)。


 そうして焦っているうちに、私はクラスメートから話しかけられるタイミングを得られた。その彼女は「ねえ、沢瑠璃って名前、変わってるね」と話しかけてくれた。


 ……私は、まさか声をかけられるとは思っていなくて、焦りすぎてついやってしまった。今のこの性格やこのしゃべり方を決定づかせることを口走ってしまった。


「私はこの名前を気に入ってるんだ、バカにしたら許さないぞ」


 今でもなんでこんなことを言ってしまったのか分からない。分からないけれど、その一言が今の私を作ってしまう全部だった。


 それからは、私は独りだった。……だった、じゃないな。独りになった、と言うべきかもしれない。

 私の友だちといえるのは、小さな頃からいつも一緒だった、おでんだけになった。


 司とのおでん探しが楽しくなり始めてから、私はよく自分へ訊くようになった。中学の頃の私がホントの自分なんだろうか、それとも今の私がホントの自分なんだろうか。けれど結局答えは出なくて、行き着く結論は、「ホントの自分がどっちだろうと、今の自分が今の自分」。

 スナオに気持ちを見せてくれる司を見てると、羨ましくなったりする。そして……ええいくやしいけれど百歩譲ってやる、理塚のやつのような友だちを見てるのも、羨ましくなったりする。


 ……司といると、私も今の私から変わりたいという気持ちになれる。司のことを司と呼びはじめたのも、そんな気持ちからだ。


「じゃあね沢瑠璃さん、帰り気をつけてね!」


「じゃあな。またヒマがあったら手伝いに来てやるよ」


「来てやるならいらないぞ」


「ぐっ……手伝わせてもらうよ。……なんだよこれ手下じゃねぇか!」


「じゃあ理塚くんは僕の下だね」


「やめろ織野、沢瑠璃に乗っかんじゃねぇよ! 沢瑠璃じゃあな!」


「じゃあね沢瑠璃さん」


 最後の最後まで騒がしくしながら、二人がコンビニの駐車場から去っていく。

 二人の背中が見えなくなるのを見届けて、私も家へある方向へ歩きはじめる。


 ちょっと、さびしい。

 そんな気持ちから、ふと考えてしまった。


 おでんが見つかったら、どうなるんだろう。

 司とは会わなくなるんだろうか。でもだからと言って、このままおでんが見つけられなければ、なんてことは思わない。


 おでんはもう、私の一部だ。小さい頃引っ込み思案だった私のそばにいつもいてくれたおでん。明るくなれた小学生の頃友だちと遊んで帰ってきても私にいつも甘えてくれたおでん。独りになった高校入学の頃、小さいころのように私の友だちになってくれたおでん。……とケンカ……まみれ……まま……じゃったおでん。


 私のそばに、おでんはいつもいてくれた。だから、見つけられないなんて選択肢なんかない。でも、だからおでん探しはいつか終わる。そのとき、司とはどうなるんだろうか。


 司は、なんで私に付きあってくれてるんだろうか。


 でも、ホントはそんなことはあまり関係ないは分かってる。その時が来たとき、私が言えるかどうか、大事なことはホントはそれだけだと思う。……でも、私は言えるんだろうか。……今はあまり、自信がない。


 ええい。そのことは今は後回しにしよう。今はとにかくおでんを見つけるのが先だ。



 ――それにしても、おでんはなんであんなに逃げるんだろう。私はおでんに戻ってきてほしいだけだ。おでんには、私の所へ帰ってきたくない、帰ってこれない理由があるんだろうか。

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