ドラゴンに呪われた少女

そらり@月宮悠人

第0話「絶望のプロローグ」

 悲鳴、怒号、狂気の飛び交う洞窟。その奥に悠然とドラゴンは居た。

「くそ! もう弾薬が尽きた!」

 血と硝煙と洞窟特有の匂い。その全てが入り混じり、吐き気が込み上げる。視線を下に落とせば、累々るいるいと築かれた死体の山。歩くのも困難なほどにしている。衛生兵や戦力外の兵士が片付けようとするも、一つ片付ける度に倍以上に増え、二次被害も起きるため死体の山は無くならない。

「た、たた、たすけ……!!」

 貴族が涙を流し、失禁して助けを請う姿はなんと滑稽で哀れなものか。普段は庶民を見下し、まるで自分が神かのように振る舞う男も、ドラゴンの前では一人の無力な人間にすぎない。

 目の前で一人、また一人と、ドラゴンに小枝のようにほふられる人間。兵士だの貴族だのは、この空間においてなんの意味も成さない。全てが圧倒的な存在の前に無力になる。

「チィ、人員もない。一旦引くか」

 遠くから見ていた男たちは、あまりの絶望的状況から逃亡を図ろうとしていた。

「だがどうやって? ここは〈孤立の洞窟〉だぞ!?」

 周りは断崖絶壁。その天辺にある洞窟にドラゴンが住まう。簡単には登れないし、降りられない。まるで外界から遮断された孤島の様から〈孤立の洞窟〉と呼ばれている。

 国から討伐軍が派遣されて早ひと月。兵糧も少なく、増援はドラゴンを討伐するよりも遥かに望み薄い。さらに周りにはワイバーンと呼ばれる小さい飛竜が数十は飛んでいる。小さいと言ってもドラゴンと比較してというだけで、ワイバーン一体を倒すのにも兵士が数人がかりでやっとのこと。それが数十もいれば、人間を閉じ込めるとしては十分過ぎる。

「……飛び降りるしかねぇ」

「馬鹿言うな! 飛び降りたら死ぬだろ!」

「だったらどうしろって言うんだよ!?」

 極度のストレス環境下で、男たちは気が狂い始めていた。この男たちは元々平和な農村の民であり、温厚な性格だった。この狂った空間がヒトとしての理性を崩壊させていた。

“もうよい。”

 どこからか、大きく響き渡る声が聞こえてきた。大地が喋るかのような、威厳ある声。

わしはここを去る。”

 それは、目の前に居るドラゴンの声だった。

「去る? 去るだと……?」

――どういうことだ?

 ドラゴンは少なくとも百年、長いと千年は同じ場所にいるはず。ここにドラゴンが降り立ってから、まだ十年しか経っていない。

“無益な殺生せっしょうも飽きた。”

 そう言うと、ドラゴンは翼を広げ、天井を壊す。轟音と共に降り注ぐ瓦礫から逃げ惑う人間にも見向きもせず、徐々に空へと浮かび上がる。

“ここは破壊する。死にたくないのなら、逃げるがいい。”

 どうやって逃げろというのか。それでは皆殺しも同然ではないか。

「……そうか、そういうことか」

 誰かが悟ったように呟く。

 ドラゴンは人間を食べることはしない。なのにこの死屍累々の洞窟で暮らすことを考えると嫌気が差す。……ということなのだろう。

 つまり、ドラゴンは汚れた部屋を引き払うことにしたのだ。

 破壊の閃光が降り注ぐ瞬間、誰もが呆然と立ち尽くした。今までの苦労はなんだったのだろう。死んでいった者達、応援してくれた人々、その全てが無駄になった。

 ドラゴン討伐とは、夢あるものと皆思っていた。しかしそのじつは直視したくない絶望を夢で覆い隠していただけだったのかも知れない。

 その日、〈孤立の洞窟〉は無慈悲な光に包まれて地図から消えた。

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