第四四話 DEAD OR ALIVEなお話

 短機関銃(サブマシンガン)の連続した銃声が轟き、頭上を何か熱いものが掠めていく感覚がした。道路の左右に植えられた立派な桜の木の幹が弾け、木端をまき散らす。


「このやろ……!」


 走りながら振り返り、拳銃を発砲。ロクに狙いを定めていない上に走っているので命中は期待していなかったが、僕を追っていた人影がすかさず用水路に飛び込むのが見えた。頭を上げられないようさらに引き金を引き、三回目でハンマーが空薬莢を叩く音が鳴った。

 弾切れだった。すかさずもう一丁のリボルバーを引き抜いたが、撃っている時間も惜しい。踵を返して再び走り出すと、背後からまたもや銃声が響いた。しかし弾切れになったのか、すぐに銃撃は止む。


「あああもうやだあああ!」


 守備隊をナオミさんたちから引き離すことには成功したが、その代わり僕が追われることになってしまった。最初は何とかなるさと楽観していたものの、こうして何人もの屈強な男たちに追われていれば考えも変わる。その上彼らは僕を殺そうと、躊躇なく撃ってくるのだ。あちこち駆け回ってどうにか追手の数を減らせたものの、このままでは追いつかれてしまう。


 大通りを離れ、南へ。やはり過疎地域ということで、どこへ行っても人気を感じられない。あの大通りもバブルの金が有り余っていた時代に、利用客の数なんて考えずとりあえず作ったものなのだろう。大通りから少し離れると、すぐに農家が点在する寂れた村の風景が戻ってきた。


「どこへ逃げればいい……?」


 幸い、今いる場所には数件の家が立ち並んでいる。背後から迫りくる守備隊に追いつかれない内にどこかへ隠れなければならない。このまま守備隊員を引き連れて走り続けるほど体力は有り余っていないし、追われたままではナオミさんたちとも合流できない。


 軒先にプレハブ倉庫を備えた、広い庭をもつ平屋の洋風家屋があった。門には鍵が掛かっておらず、音を立てないように門を開けて敷地内に入り込む。カーテンが閉め切られているため、家の中の様子は伺えない。発電所をぶっ壊したため周囲に明かりもなく、月明かりを頼りに僕は立派な花壇が整備された庭を突き進んだ。


 裏手に回り、勝手口らしいドアの覗き窓を慎重に斧で叩き割る。ガラスが散らばる音が響いたが、守備隊の連中に聞こえただろうか? そう思いながらガラスで手を切らないようそっと手を窓から突っ込み、手探りで鍵を開けた。

 狭い家屋の中ではライフルは取り回しが悪いし、連発も出来ない。拳銃を構えつつドアを開けたが、家の中は真っ暗だった。カーテンの隙間から明かりが漏れる可能性があるからフラッシュライトも使えず、僕は舌打ちして暗闇に閉ざされた家の中へ足を踏み入れた。


 本来なら靴を脱ぐべきなのだろうが、悠長にそんなことをしていられない。ドアを閉めるのと同時に、割れた窓から「奴はどこへ行った!?」と男の声が入り込んできた。


「まだ遠くに行っていないはずだ、探せ!」

「この辺りの住民にも声を掛けろ! 危険な奴が外を出歩いているから気をつけるよう注意するんだ」


 どっちが危険な奴だ、と思った。僕はただ僕を殺そうとする連中から逃げ回っているだけで、最初に仕掛けてきたのは奴らだ。僕に落ち度はない、裁判を行ったら百パーセント無罪判決だ。

 この分では、すぐにこの家にも守備隊の捜索班がやって来るだろう。今の僕は連中から見れば、仲間を何人も殺した挙句村に火を放った凶悪犯だ。見逃してくれる可能性はかなり低いと言わざるを得ない。


 だが、運がいいことに僕はかくれんぼが得意だった。これだけ広い家なら、隠れる場所はたっぷりある。一軒の家の捜索に何人も割けるほど守備隊に人員はいないだろうし、やって来た隊員を一人ずつ倒していけば逃げられるかもしれない。

 勝手口から入った場所は、どうやらキッチンらしい。夜目が利いてくるようになると、ガスコンロや食器棚が置かれているのがわかった。しかしそれらのどれもが綺麗であることに、僕は嫌な予感を抱いた。


「誰かいるのか……?」


 次の瞬間突然キッチンにオレンジ色の光が差し込み、しゃがれた声が響く。すかさず拳銃を向けると、燭台を片手に目を見開く老人がそこにいた。


「動くな……!」


 やや上ずった声で、それでも外の守備隊員を警戒して声を押さえてそう言った。老人の目が驚きで限界まで見開かれ、手にした燭台を取り落す。燭台の蝋燭は床に落ちても火がついたままで、老人の顔を不気味に照らし出していた。

 焦っていたせいで、家の中に誰かがいるかもしれないなんて考えてすらいなかった僕のミスだった。どの家も住民がいなかったせいで、てっきりこの家も空き家だと思っていたのだ。


 どうやら僕と同じように、老人もてっきり誰かが自分の家に入り込んできたのだとは露とも思っていなかったのだろう。その口が開かれ誰かを呼ばれる前に、僕は重ねて言った。


「いいか、動くな。そして喋るな。さっきから銃声は聞こえてたろ、だったらこれが玩具じゃないことはわかるな? 残り少ない人生を今すぐここで終わらせたくなけりゃ、黙って頷くんだ」


 拳銃からクロスボウに持ち替えつつ、しかし照準は老人の胸に合わせたままそう念を押した。クロスボウは一発ずつしか撃てないし、長いからあちこち引っかかるかもしれない。しかしここで銃を撃てば老人が騒ぐまでもなく、外の守備隊員に気づかれてしまう。


「わ、わかった。だからその物騒な代物を仕舞ってくれ。わしは何も持っとらん」

「そう言われても、この村の人間に殺されかけたもんでね。生憎誰も信用できないんだ」


 口は勝手に動いていたが、頭の中ではこれからどうするかを考えるのに必死だった。

 ここで殺しておくべきか? いや、彼は武器を持っていない、明らかに非戦闘員だ。手当たり次第に殺していたのではただの殺人鬼だ。僕が今まで殺したのは武器を持ち、僕を殺そうとしていた連中ばかり。いわば正当防衛だ。

 だが生かしておいては騒いで守備隊を呼び寄せる可能性もある。その不確定要素を排除しておくべきか否か迷っていたが、近づいてくる別の足音がその思考をかき消した。


「秋山(あきやま)さん、どうしたんです? 何か……」


 そう言って顔を覗かせたのは、主婦と思しき中年女性だった。彼女もまた僕の姿を見るなり持っていた懐中電灯を取り落とし、その口が悲鳴を上げる前に僕は行動を起こしていた。


「動くな、静かにしろ! 騒いだらこいつだけじゃなくお前も殺す!」


 そう言って仕舞いかけた拳銃を、女性にも突き付ける。右手にクロスボウ、左手に拳銃を構えていては重いどころではなかったが、女性は目の前で繰り広げられている事態を理解したのだろう。物凄い勢いで頷いたのを確認した僕は素早くクロスボウを下ろし、もう一丁の拳銃を右手に握った。

 両手に拳銃を構え、「他に誰かいるのか?」と問いただす。女性は恐怖で何も考えられないのだろう、「もう一人……」と答えていた。


「そいつはどこにいる?」

「この先のリビングに……」

「わかった、案内しろ。騒いだらお前ら二人だけでなく、そいつも殺す。言っておくが僕は本気だ」


 さっきから鳴り響いていた銃声と爆発音が、僕の持っている拳銃が偽物ではないと証明してくれる。女性は恐怖に引き攣った顔で頷くと、懐中電灯を拾い上げ、板張りの廊下をゆっくりと歩き始めた。


「あんたもだ、爺さん」

「わしはどうなってもいいから、美智子(みちこ)さんたちは助けてやってくれないか。頼む」

「あんたらが生きるか死ぬかは僕への協力次第だ。もし協力を拒めばこの場で殺す。大人しく言うことに従ってくれれば何もするつもりはない。僕はただ、この村から生きて脱出したいだけだ。あんたらがその邪魔さえしなければ、僕たちは大人しく出て行くだけだ」


 廊下は狭く、一列になってでしか進めない。僕は左手の拳銃を下ろすと代わりにフラッシュライトを構え、「進め」と促した。しばらく進むと襖があり、女性と老人はその部屋の前で立ち止まる。


「いいか、あんたが先に入れ。それで中の奴に騒がないよう伝えるんだ。もし騒いだりすれば、この人を殺す」


 そう老人に言い、僕は女性に銃口を向けた。女性の足元に水溜りが広がり、彼女が失禁したのだと分かったが今はどうでもいい。老人は大人しく頷くと、襖を開けて部屋に足を踏み入れた。

 どうやらもう一人いるというのは本当らしく、他に女性の声が聞こえてくる。


「いいか明美(あけみ)さん、絶対に大声を上げたり騒いだりしないでくれ」

「いったい何が……」

「いいから。頼む、でないとあなたの命も危ないんだ」


 その言葉を最後に室内が静まり返ったのを確認し、銃口を振って女性に「入れ」と指示する。恐怖のせいか身体の動きはぎこちなく、彼女に続いて僕も部屋に入ると素早くドアを閉めた。


「あなたは……」

「黙れ、騒いだら殺す。守備隊がいなくなるまでここに隠れさせてもらうだけだ。あんたらが騒がなければ何もしないし、守備隊がいなくなれば大人しくここを出て行く。僕だって人を殺したいわけじゃない、頼むから言うことを聞いてくれ」


 完全に悪役のセリフだなと思ったが、僕は何一つ間違っちゃいない。僕らを騙し、殺そうとしてきたのはこの村の住民たちだ。目の前の3人も直接とは言えないにせよそれに加わったのだ、本来なら殺されても文句は言えまい。

 女性が頷いたのを確認した僕は、部屋の中を確認した。部屋の中央には照明用の蝋燭が数本置かれた背の低いテーブルと、それを囲むようにソファーが配置されている。南側は窓になっていて、そこから庭を一望できるらしいが今はカーテンが閉め切られていた。蝋燭の炎でオレンジ色に照らし出される部屋の隅には今や置物と化したテレビが鎮座していて、3人はその前に固まっていた。


「ソファーに座れ」


 幸い部屋は広く、再びクロスボウに持ち替えて3人にそう促す。3人同時に襲い掛かってきたら……と思ったが、その時は拳銃に持ち替えて全員撃ち殺すだけだ。もっともそうなっては守備隊が集まってきてしまうので、出来るだけ銃は使いたくないのだが。

 3人がのろのろとソファーに座り込むのを確認し、僕は内心安堵の溜息を吐いた。武器も持たない3人の老人と女性に銃口を突き付けて人質にとり、家に籠城。まるで凶悪犯だな、というのが偽らざる気持ちだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る