第2話 鳴らない携帯電話
ため息がこぼれた。とても重たく、ドスンと音を立ててテーブルに落ちそうなため息だ。
友人に誘われてやってきた町のハンバーガーショップの一角で、僕はフライドポテトを食べながら携帯を眺めている。
店内は昼過ぎと言う時間帯のせいか、それほど混雑はしておらず僕たちは一角をほぼ貸し切り状態で使用していた。
それでもファーストフード店特有の喧騒はあり、少し離れた女子高生や髪の毛を染めた派手な男グループの笑い声が聞こえてくる。
十分刻みぐらいでセンターにメールを問い合わせる。待っているのは恋人からの連絡。
別に女々しいわけじゃない、たぶん。
自分から電話しようかとも思ったけども、送ったメールが返ってこないせいで、なんとなく電話しにくい。
メールを送ったのは三日前だから、忙しいのか忘れているのか。こう何日も音沙汰がないと、やっぱ寂しいものだ。
「だぁー、辛気くせぇなぁ」
向かいの席に座った男が、苛立ちをあまり隠そうともせずに言い放つ。
僕はバツが悪くなり、携帯をポケットにしまってポテトを一本もそもそと齧った。
「まぁまぁ、飛馬もそう言わないの。っで、何かあったの? 遊びに来たのはいいけども、今日の太樹は確かに辛気臭いんだけど」
飛馬と呼ばれた男はは、何か言いたそうだったが自分のハンバーガにかぶりついて言葉を飲み込んでいた。
「ん、いやぁ、まぁ」
「何でもないは無しね。何でもないって言いたいなら何でもない風を装わなきゃ」
それほど長い付き合いというわけではないが、どうも色々と見透かされている節がある。
目の前に座っている磯崎 飛馬と柿本 朱里は大学に入って知り合った友人で、何かと一緒に街へ繰り出したりと付き合いが多い。
たまたまサークル見学の時に出会って、結局そのままつるむようになった。
「あぁ~、なんだろう。最近彼女と連絡つかなくてさぁ」
うぅ、なんか向かい側からの視線が痛い。ポテトを齧りながら視線を上げてみると、すごく呆れた眼でこっちを見ている。
「バカップル」
「軟弱だな、死ね」
見事二人に一刀両断された。飛馬は言いすぎな気もする。しかも軟弱って関係ない気がするんだけど、なぜか言い返せない。
「やっぱ、そう思うかなぁ」
無駄と思いながらも聞いてみた。聞いてしまった。朱里はあきれながら僕のポテトを一本とり、それを僕に突きつけてこう言い放った。
「というか、そうとしか言えないでしょ。他にあんたを見てどう言えって言うのさ。まぁ、秋野さんだっけ? 一度会って良い子だなぁとは思ったけども、でもやっぱりバカップル」
どう足掻いてもバカップルらしい。別にいいけどね、そんな言葉じゃ、僕はへこたれない。
「キモイな」
飛馬の言葉が一気に僕を貫く。負けるな僕、頑張るんだ僕。僕の心は真っ赤な血を流し、それでも懸命に立ち上がろうとしていた。
「こら、言いすぎだよ飛馬。まぁ、私も人のこと言えないけど……。でも、確かに前はべったりだったのに、連絡つかないってのは大変ね」
朱里が必死にフォローしようとするが、傷は予想以上に深い。ポテトをイジイジと少しずつ齧っていく。
「それで、どれだけ連絡とれてないの?」
「三日前に送ったメールの返事が返ってこない。会ったのは今月に入ってまだゼロ」
思い返すたびに、ため息がでる。以前は学校が終わった後、毎日のように会っていた時もあったのに。
見てみると朱里は真剣に聞いてくれているが、飛馬はすでに興味をなくして携帯電話をいじっていた。
「ふぅ~ん、まぁ確かに気になるのは分かるけどもね。かといって、こんなところでため息ついてたってしょうがないじゃん」
「うっ、そうなんだけど」
それでも、どうしても口からは愚痴のようなものがこぼれてしまう。
「けどじゃない。あんたが周りでため息つくと、こっちまで辛気臭くなるの。男なら黙って待つか、電話するとか行動あるのみ!」
「はい、すみません……」
勢いにまくしたてられ、つい謝ってしまう。まぁ朱里の言い分は、まったくもって正しいとは思うけどもさ。
「つーわけで、ここはお前の奢りな」
「まて、朱里は分かるが飛馬に奢る理由はないぞ!」
財布の中に残ってる金額が頭をよぎる。今月はいろいろ欲しいものがあるから、こんなところで奢っている余裕はなかった。
「付き合ってやってんだろ、そこは奢るのが筋だ」
「お前、途中から飽きて携帯いじってただろ。そんな奴には奢らん」
にらみ合う僕と飛馬、お互いに引く気は一切ない。
「飛馬は別段相談に乗ったわけじゃないし、そんなに食べてるわけじゃないんだから、自腹でいいじゃん。それよりもこの後どうする?」
朱里の言葉によって飛馬はしぶしぶといった感じに納得した。今さらながら、僕たちは朱里を中心に集まっているんだなぁっと実感する。
「あぁー、今日はバイトがあるから。ココから直行するよ」
僕は携帯電話のスケジュールを起動して、予定を確認する。バイトまであと一時間ほどあるが、移動の時間とかを考えるとそれほど余裕はなかった。
「そっか、飛馬は?」
「俺は新譜が発売されてるはずだから、CDショップに行く」
「じゃぁ、私は飛馬について行くかな。それじゃぁ、今日は解散っていうことで」
朱里の一言で、僕らは席を立って会計を済ませた。近くの駅まで一緒に歩いて行き、CDを見に行くという二人と別れて、僕は改札をくぐってホームの列に並ぶ。
寒さでかじかんだ手に息を吹きかけて擦り合わせる。吐いた息は、少しだけ白く染まっていた。
「もう十一月か。今年も、もう少しで終わるんだなぁ~」
少し気が早いかなとも思ったが、口に出してみると思いのほか短く感じた。
空には灰色の雲が鎮座している。雪はまだ降りそうにない。冷え切った手にもう一度息を吹きかけ、ポケットに手を突っ込んだ。
ポケットに入れた手に携帯電話の感触があった。取り出そうか迷ったが、握りしめて結局は出さないことにした。
僕は待つ方を選ぶことにする。何かあれば詩織から連絡があるだろうし、忙しかったら電話をしても迷惑になるかもしれないし。
「黙って行動か……。待つのも行動だよな」
朱里の言葉を思い出して、僕の口から言い訳のようなものがこぼれた。それがだれに対する言い話なのかはわからない。自分に対してなのか、朱里に対してなのか、詩織に対してなのか。
「まもなく、二番ホームに電車がまいります。白線より内側に、立たないでください」
電車が入ってくることを知らせるベルが、けたたましい音を立ててホームに響き渡る。押し出される人の波に、押し込まれる人の波。
電車が発車して、窓の外の風景がゆるやかにスライドし始めた。
窓の向こうは、今にも雪が降り出しそうな天気だった。
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