第18話 動機

「……何故、殺人をしたんですか?」


私は尋ねた。答えが返ってくるとは思っていなかったが、意外にも阿部さんは答えてくれた。


「……男という生物の存在が、許せないのよ……!!」

「……どういう意味ですか?」

「あいつらは、自分の欲望を満たすことだけしか考えていない。その後に何が残るかも知らない。そんな奴らが、のうのうと生きていることが許せない」


言葉の意味は理解できなかったが、阿部さんの言葉から、強い憎悪が感じられた気はした。


「……わかりました。あなたにどんな過去があったのかはわかりませんが、余程の事情があるみたいですね。では次ですが、あなたとこの館の関係はなんですか?」

「私は、十年前までこの館に住んでいたの」

「そうだとは思っていました。多分、見取り図を見つけたのも意図的でしょうし、この館が無人になった後も、あなたは頻繁にこの館に来ていたはずです。その証拠に」


私は桑原さんの部屋の中に入り、箪笥とクローゼットを開けた。


「部屋の中や箪笥、クローゼットに張ってある蜘蛛の巣が新しいんです。この館が何年も無人であるなら、普通はもっと古くなっているはず。それこそ、息を吹きかけたら簡単に破れてしまうほどに。けど新しい巣が張ってあるということは、ここに人間が来て館内を掃除しているということです。それはあなたですよね」

「ええ。毎月ここには来ているわ。母への墓参りとあの日の復讐心を忘れないために」

「復讐心? ……この館に住んでいたあなたは、一体何者なんですか?」

「私の家は、元々はこの近辺の村々を束ねていた一族だったの。所謂領主みたいなものかな。橘家っていってね。昔はかなり権力があった名家だったんだけど、どんどん落ちぶれていっちゃったんだ。あ、今は母方の性を名乗っているから阿部って言うんだけど。で、一応十年位前まではこの地を治めていたの。村人たちとの仲は、まあ衝突は数々あれど、ある程度は良好な関係は保てていたわ。けど……」


阿部さんは苦渋の表情を浮かべた。


「あいつらがここに来てからは、私たちの生活は崩れてしまった……!」

「あいつら、とは?」

「あの忌々しい祇条家のことよ!!」


阿部さんは声を荒げて叫んだ。


「あいつらさえこなければ……!!! 許すわけにはいかない! あのクズどもを殺すまでは、捕まるわけにはいかなかったのに……」

「どうしてそこまで……」

「……あいつらは最初、新しい事業展開を考えていたみたいで、この村々の近辺に様々な施設を建てる予定だったの。けど、村人達が猛反対してね。橘家は村人を意見を受け入れて祇条家が施設を建てるのを禁止していた。だけど、祇条家は何故かこの地で施設を建てることにこだわっていてね。様々な見返りを用意してどうにか交渉を成功させようと画策していた」


声を荒げていた阿部さんの表情は少しだけ和らいでいた。どうやら落ち着いてきたようだ。


「橘家……まあ私の父さんなんだけど、橘家は、不必要に村人の反感を買うのを恐れて交渉を拒否したの。だけど、祇条家は引き下がらなかった。何度も何度も交渉を持ちかけてきた。どうしてこんな辺鄙な地にそこまでこだわるのかは理解できなかったけど、祇条家は決して諦めなかった。そして、事件が起こったの」

「……」

「ある日突然、村人たちが一揆を起こしたの。突然のことだから、父さんも困惑していたわ。とりあえず代表者に一揆を起こした理由を聞いてみたけど、答えようとしなかった。村人たちは、ただひたすら要求を言ってくるばかりだった。『今すぐに領主から降りろ』という要求をね。もちろん、そんな要求を呑むことはできなかったから、しっかりと断った。けど、来る日も来る日も村人たちはこの館に押し寄せてきた。だから、父さんはとりあえず話し合いをすることにして、代表者たちを館に招いたの」

「……」

「その時は気づかなかったけど、父さんは罠にはめられていた。実は館の使用人も村人たちに協力していてね、お茶を出すときに父さんのにだけ毒を入れたの。遅効性の毒だから、その時は何もなかったけど、父さんの体を徐々に蝕んでいった。目に見えてわかるくらいにやつれていたわ。お医者さんを呼んで薬をもらっても、一向に治らなかった。これも後で知ったことだけど、その医者もグルだったの。医者に処方してもらった薬も毒だったってこと。要するに橘家は家族以外の人間全てに裏切られていたというわけ。それに気づいたときには、もう父さんは亡くなっていた」

「……そんなことが」

「でもね、それだけでは終わらなかったの。父さんが死んだ後は、母さんをも殺そうと村人たちは企んでいたのよ! その方法は、思いだすだけでもおぞましいものだったわ……」


阿部さんは唇をかみしめていた。


「あいつらは、私たちを暴力で気絶させ、そして、私の、目の前で、母さんを……」


阿部さんは目を見開きながら震えていた。それは怒りからか、恐怖からかはわからなかった。


「お、大勢の男たちが群がって……あ、あああああああああっ!!!」


阿部さんは座り込んでしまった。もっとも、その先の話の内容は想像がついた。


「男なんて、皆クズなのよ……。この世に生かしておいてはいけない生物なんだわ!! あんな奴らが私たちと同じ姿をしているのが、同じ人間として扱われているのが許せない!」

「……」

「だから、男は全員殺す。桑原たちも、汚い足でこの館に無断に入りこんだ。そんな奴らを生かしておく理由はない」

「……彼らは、そんな理由で殺されたんですか?」

「……ふふ、そんな理由? 芹香ちゃんにとっては大した理由じゃないかもしれないけど、私にとっては許しがたい行為なのよ。この気持ちは、誰にもわからないでしょうね」

「……」

「もちろん、この付近の村人どもは老若男女問わず殺すよ。でも、最初はクズから殺していく。部屋を掃除するときだって、最初はゴミを捨てるところから始めるでしょ?」

「……求実ちゃん、どうして……」

「ふふ。不思議なの。男なんて近寄りたくないし、視界に入れたくもないけど、この仮面をつけると平気なの。迷わず躊躇わず殺すことができる。仮面って便利ね。自分の本性を隠しながら殺すことができるんだもの」


突然、阿部さんは豹変し、狂気を帯びた笑い声をあげた。


「ああ。話が脱線しちゃったね。それで、母さんは男たちの欲望を叩きつけられていった。最期はリンチされていたわね。橘家への恨みつらみを母さんにぶつけていた。私が最後に見た母さんの姿は、とても同じ人間だとは思えなかった。でも、その時の私は母さんが死んだことの悲しさより、次に自分がどうやって殺されるのかということを考えていたの」


先程と違い、落ち着いた様子で語っている。何かが吹っ切れてしまったようだ。


「奴らは一人ずつ人間を殺していた。でも、その気持ちは今の私ならわかるな。村に火を放って全員まとめて殺すより、一人ひとりこの手で殺す方が楽しいもん」


阿部さんはくすくすと笑った。


「村人たちを殺してるときは、ほんとドキドキしたわ。いつバレるんだろう、もしバレたら捕まっちゃうのかなって。私が村人たちを全員殺すのが先か、捕まるのが先か……。そう考えただけで楽しくならない?」


そんな疑問を私に問いかけてきた。楽しくなるわけがない。


「殺されるのを待っていた私の前に、一人の男が現れた。祇条正影と名乗っていたわね。あいつの悪魔みたいな顔面は脳裏に焼き付いているわ。今すぐに殺してやりたい気分よ。あいつは私に全て説明してくれたわ。村人たちを焚き付けて一揆を起こしたのは俺だと。橘家が滅んだ後、祇条家が領主につき、今以上に暮らしやすい村にしてやると言ったって。その前払いとして、村人全員に多額のお金を渡したとも言ってたわ」

「……何故その人は、そこまでしてでもこの地に施設を建てたかったんですか?」

「さあね。それはわからないけど、あいつは気持ち悪い笑みを浮かべていたのは覚えているわ。それで、私はあいつに尋ねたの。『私はどういう方法で殺すの』って。そしたらあいつは、『お前は生かしておく。惨めに生き永らえていろ。どうせ自殺などすることはできないのだから』と言い、私に多額の金を渡して立ち去ったわ」

「……」

「私のもとに残ったのは、この館と多額の金だけだった。祇条家が残した金なんて使いたくなかったし、あの時は生きたいとも思わなかった。けど、いざ自殺しようにも勇気が出なかった。館にあった包丁やロープを使って自殺しようとしても、寸前で恐怖してしまうの。あいつの言った通りだった。私は自殺すらできなかった」

「それは、仕方ないでしょう」

「仕方ないとは思わないな。それで、自殺することすらできなかった私は、あいつを殺すために生きることにした。プライドも捨てて、あいつが残した金を使って必死に生きてきた。いつか、あいつと村人たち全員を殺すために。その復讐心を忘れることは一時もなかった」


阿部さん拳を強く握りしめた。その様子から、怒りを必死にこらえていることが伝わる。


「この十年間を生きてきて、祇条家についていろいろなことがわかったよ。あいつらは大勢の人間から恨みを買っている。あいつらを殺してやりたい人間はいくらでもいるんだ。もう私はあいつを殺すことはできないだろうけど、あいつが死んでくれるなら私が殺さなくてもいいかなって思ってる」

「どうしても、復讐したいという思いは止めることはできないのですか?」

「無理だね。私は十歳から今までの十年間、ずっとあいつらを殺すために生きてきたんだ。復讐のために生きてきた時間の方が長いんだもの。芹香ちゃんは私に生きる意味を失えと言うの?」

「でも、ご両親はそんなことを望んでいるのでしょうか?」

「はあ? じゃあ芹香ちゃんは周りの人間全てに裏切られても、辱めを受けて、挙句の果てにはリンチされても、その光景を目の前で見せられても、そいつらを殺したいとは思わないの? 確かに、死んだ父さんや母さんの本心はわからない。けど、普通はそんな状況になったら殺したいと思うはずよ。それとも何? 芹香ちゃんは死んだ人間の本心がわかるとでも言いたいの? 私がもってる本心にだって、三人殺されるまで気づかなかったくせに?」


その言葉に、私は何も言い返すことはできなかった。


「……まあいいよ。私の人生はここで終わりかな。こっから逃げたって、警察の手から逃げられるとは思わないし、誰かが祇条家を滅ぼしてくれると信じて大人しく捕まっとくよ。ほら、私を拘束した方がいいんじゃない? 通信手段はないから、朝になるまで助けは呼べないし、このまま夜を明かすわけにもいかないでしょ」

「……そうですね」


私は近くにあったカーテンで阿部さんを拘束した。簡単にほどけそうな拘束だが、本人に抵抗する気はないようだし、私が徹夜で彼女を見張っておけば問題ないと判断し、そのままにしておいた。


「では、横山さんと内田さんは部屋に戻って休んでください。彼女は私が見張っておきますから」

「ねえ。求実ちゃんはどうなるの?」

「はっきりとは言えませんが、無期懲役は確実的でしょうね。村人を殺したことについては情状酌量の余地はあるかもしれませんが、桑原さんたちについては完全に非があるので、死刑になる可能性もありますね」

「……そっか。ありがとね」


横山さんは悲しげな表情で部屋に戻って行った。内田さんもその後に続いていった。


「徹夜で見張るの? 頑張るねえ」

「ただ見張るわけではありません。あなたに聞きたいことがあるんです」

「まだあるの?」

「ええ。祇条家について、です」

「……ふーん。まあいいよ、話してあげる」


阿部さんから祇条家について聞きだし、その夜は明けた。

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