第17話 解決 2

私は、阿部さんたち三人を二階にある一つの空き部屋まで誘導した。


「ここに来て、一体何をするの?」

「今から、桑原さん殺しを再現するんですよ。その方が、口で説明するよりわかりやすいと思いますから。では説明を始めますね」


私はドアの前に立った。


「まずは皆さん、桑原さん殺しが起きたときのことを思い出してみてください。集合時間が過ぎても桑原さんは一向に来なかった。心配になったので全員で呼びに部屋まで向かいました。部屋の前まで行き、ドアを叩いて呼んでみましたが返事はなかったので中に入ろうとしました。しかし、ドアには鍵がかかっていました。それから何度も呼びかけては見るものの、やはり返事がないので、隣の部屋からベランダをつたって窓から入ることにしました。隣の部屋まで行ったのは、私と桶川さんと内田さんの三人です。阿部さんと横山さんはドアの前で呼びかけていました。それで、私たち三人は桑原さんの部屋の窓の前まで来ましたが、窓には鍵がかかっていたので、近くにあった植木鉢で窓を割り、中に入りました。中には、すでに息絶えていた桑原さんの姿がありました。殺人が起きたことを外にいる二人に伝えようとドアから外に出ようとしたときに、毒が塗ってあることに気づきました。仕方がないので、来た道を戻り、廊下にいた二人に状況を説明した。これが、桑原さん殺しの一連の流れです」

「……それで、犯人はどうやって密室殺人をしたの?」

「簡単な理屈ですよ」


私はドアノブを掴んだ。


「実は私たちが桑原さんの部屋の前に行ったとき、鍵はかかってなかったんですよ」

「そ、それはないでしょう。だって、私も芹香さんも中に入って鍵がかかっているところを見たはずです」


内田さんが反論してきた。


「確かに、私が見たときには鍵はかかっていました。だけど、鍵をかける時間はあったはずです」

「時間?」

「はい。つまり、私たちが桑原さんの部屋の中に入る前に鍵を閉めることができれば、密室の謎が解けるんですよ」

「で、でも、どうやって……?」

「よく考えてみてください。鍵をかけることのできる人物が一人だけいたはずです」

「え……?」


皆は考え込んでしまった。


「……もしかして、桑原さん……?」

「そう、なんです。私たちがドアの前にたどり着いたとき、実は桑原さんはまだ生きていたんですよ」

「ええ!?」


三人は驚愕した。

いや、この中の一人は驚愕したふりをしているだけだ。


「このトリックの流れはこうです。まず犯人は集合時間前にあらかじめ桑原さんを死なない程度に凶器で刺す。所謂半殺し状態にしたんです。次に皆と同じく広場に集合し、来るはずもない桑原さんを皆と待つ。いつまで待ってもこないので、私たちは全員で桑原さんの部屋に行きました。部屋の前までついたら、まず犯人はドアへ向かい、桑原さんへ呼びかける。そのときに、さりげなく『鍵を開けてください』という言葉を混ぜたんです。ドアを強く叩いたり、大きな声で呼びかければ、半殺し状態で放置された桑原さんが目を覚ますと読み、わざとそうした。そして運よく目を覚ました桑原さんは、犯人の声を聞いて鍵を開けようとした。このとき桑原さんは、鍵を見ずに犯人の言葉だけを聞いていたんです。無理もありません。半殺し状態の桑原さんに、いちいち鍵が本当にかかっているかなんて考える余裕はなかったんですから。つまり」


私は一旦言葉を区切った。


「桑原さんは勘違いしたんです。本当は鍵なんてかかっていないのに、ドアの向こう側にいる人間に『鍵を開けてください』と言われたから、開いているはずの鍵を閉めてしまった。そしてそのときに、ドアノブについていた毒に触れてしまい、そのまま亡くなってしまったんです。半殺しにされていたから、毒に対する耐性も低くなってしまっていたんでしょう。これが、犯行の一連の流れです」

「ちょっと待ってください。それじゃあ犯人って……」

「ええ。このトリックが使えたのはあなたしかいないんです。そうですよね、阿部さん」


私は阿部さんを真っ直ぐ見据えた。阿部さんは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに冷静さを取り戻し、私に反論した。


「な、何で私が犯人になるの……? そのトリックだって、本当に実行されたかどうかなんてわからないじゃない」

「そうですね。でも、あなたは他にも怪しい行動や言動をしているんですよ」

「……言ってみてよ」


阿部さんは私を睨みつけながら言った。


「桶川さんが殺されたときに、私と内田さんで呼びにいったんですが、横山さんを説得するときに横山さんとこんな会話をしたんですよ。

『そんなことはしませんよ。私はこのまま横山さんを一人にしたら犯人に狙われてしまうかもしれないと考えているんです。私と一緒が嫌なら、せめて阿部さんとでもいいので一緒にいてくれませんか?』

『そう言うってことは、求実ちゃんは無事ってことなんだね。……わかった。じゃあ私も一緒に行くよ』とね」

「それがどうしたの?」

「おかしいと思いませんか? 普通なら、横山さんがこんなことを言うはずがないんです」

「どういうことですか?」


内田さんはきょとんとした表情で私に尋ねた。


「桶川さんと別れたときのことを思い出してみて。内田さんがトイ……お花を摘みに行くときに阿部さんも一緒に行きましょうと私が誘ったけど、彼女は携帯のライトで一人で行くと言っていた。じゃあ、彼女はどこに行くと言っていたのかな」

「それは……ああっ! そういうことですか!」

「そう。阿部さんは一人で部屋に戻った横山さんと話してみると言った。ということは、阿部さんは横山さんとあの時に会っていなければおかしい。それなのに、横山さんの言葉はおかしいと思いませんか?」

「そうですよね。確か、桶川さんが殺されたのは横山さんが部屋に戻ってから十分くらい後ですから、その間に阿部さんと会っていたのだとすればあの言葉は少し変ですね」


内田さんが頷きながら言った。


「うん。まるで、横山さんは部屋に戻った後、私が説得するまで阿部さんと一度も会っていないかのように言っていた。横山さん、あなたは私が説得する前に阿部さんと話をしましたか?」

「ううん、話なんてしてないし、そもそも会ってすらいないもん」

「って言ってますよ、阿部さん。一体あなたはあの時どこで何をしていたんですか?」

「……そ、それは……」


阿部さんは明らかに動揺している。


「答えられるわけないですよね。本当はあなたは横山さんの部屋になど行ってないんですから。あの時、あなたは空き部屋の一つに入って待機していた。そして私たちがトイレに向かった後、すぐに桶川さんの部屋のドアを叩き、彼を呼び出した。呼び出すときは、『話忘れたことがあった』とか言っておけば、安易に呼び出すことが可能でしょう。そうしてノコノコとドアを開けてしまった桶川さんをあなたは凶器で突き刺した。その後その凶器で首を切断した。理由はわかりませんが。それにしても」


私は俯いている阿部さんを見据えて続けた。


「あなたの殺人計画は少々お粗末ですね。そもそも密室殺人なんてやる必要がないのに、何故かやっているんですから」

「どうして、密室殺人をやる意味がないんですか?」

「だって、仮面騎士や高山さんが殺人を行ったということにしておきたいのなら、わざわざ密室にする必要がないんですよ。密室殺人って、大体が自殺に見せかけるためにやるものなんです。でもこの殺人は、そうではない。偶然密室になってしまったという可能性も、トリックの内容からしてありえません。よって、やる必要はないんです」


阿部さんは俯いたままだ。この機を逃すわけにはいかない。私は畳み掛けた。


「横山さんの件も、私たちが横山さんにそのことを尋ねたらすぐにバレてしまいます。あなたの計画は、今日考えついたにしても雑すぎます。一歩間違えれば計画そのものが破綻してしまう。これはリスクが高いとかいうレベルではありません」

「……」

「そこまでして、何故こんなことをしたのでしょうか。多分、やらなければいけないというわけではないはずです。これは私の考えですが、あなたは、殺人を内心で楽しんでいたんです。あの殺し方も同じです」

「……」

「バレる、バレないの境目でそのリスクを楽しんで殺害していたんです。その他にも、どうやって殺そうか、こんな殺し方は面白いのではないか、皆の反応はどうか、どうやれば派手になるか……、などを考えていたのでしょう」

「……そんなことは……」


阿部さんは力なく反論した。

反論する部分はたくさんあると思うが、そこを指摘してくることはない。気づかないというわけではないだろう。多分、友人の目の前で自分が犯人だということを暴かれているからだ。殺人を犯した後で、必死に反論するみっともない姿を見られたくないのだろう。


「この館では殺人事件が起きています。となれば、必ず警察が介入するはずです。警察が調べれば、雑に調べた私以上の捜査結果が出るでしょう。明確な証拠だって出てくる。もうどっちにしろ逃げられませんよ」


私は、阿部さんの逃げ道を塞いだ。確実な証拠を見つけることができなかったので、そこを突かれたら危なかったからだ。少しズルい気もするが、私がやるべきことは、事件を解決することではなく、警察の捜査に協力することだ。悔しいが、今の私に一人で事件を解決する力はない。自分の非力を認め、成長の糧にすることは大切だと、先生に教わった。


「……求実ちゃん、もし犯人じゃないって言い張るなら、ちゃんと弁明すればいい。それだけだよ。でも、もし本当に殺人を犯したなら、罪を認めてほしい。もうこれ以上、そんな姿を見たくないから」

「っ! ……ごめんね、尚子……」


阿部さんは膝から崩れ落ちて泣いた。

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