第3話 展示会 1

展示会は、山奥にある公共施設で行われるらしい。

依頼を受けた二日後、私は目的地にいた。


「……ずいぶん遠くまで来たわね」


そう。ここに来るまでに二時間はかかった。電車とバスを使って一時間半、そこから徒歩で三十分程だ。


「でも、山奥なだけあって景色は素晴らしいわね」


まだ朝早い。日差しが私の目を刺激する。

私は朝が大好きだ。朝の空気というか、この静かな感じがとても心地よい。

私が朝早くここに来たのは、展示会の準備を手伝おうと思ったからだ。

当日だし、ほとんどやることはないと思うのだが。


「まあ早起きは三文の徳というし、何かいいことあるかもね」


私は気を引き締め、会場へと入っていった。




会場に入った私は、辺りを一通り見渡してみた。

公共施設なだけあって、やはり広い。ここでは依頼対象である清めの鏡以外のものもくるらしいので、警備は多いほうがいいという依頼人の考えは最もだった。


「どなたですか?」


不意に声をかけられた。声をかけられた方へ顔を向けると、そこには一人の男がたっていた。

男の年齢は40歳くらいだろうか。灰色のスーツを着こなしており、品の良さがにじみ出ている気がする。


「お初にお目にかかります。私は、今回この展示会の護衛をまかされました、陣内探偵事務所の南芹香と申します」


私は名刺を男に渡した。


「あなたが探偵様ですか? 失礼ですが、ずいぶんお若く見えますが」


やはり、突っ込まれたか。


「はい。年は十六です」

「これはこれは」


男はずいぶんと驚いている。無理もない。自分で言うのも何だが、女子高生が探偵だと名乗ったら私だって驚く。


「あなたの驚き、そして心配は最もだと思います。しかし、陣内先生も私を信頼してこの依頼に送り出してくれたのです。どうかお願いです。私にこの仕事をさせてください!」


私は頭を下げて懇願した。


「いや、あなたの実力を不安に思っているわけではありません。陣内先生が任されるほどの方だ。無事に依頼をこなしてくださると信じていますよ」


男は私を信頼してくれたようだ。


「あ、ありがとうございます!」

「いえ。そういえば、まだ名前を名乗っていませんでしたな。私は岡田武志と申します」


岡田さんは、私に名刺を渡してきた。

私はその名刺を見て、不思議に思ったことがあった。


「祇条家執事? 祇条家って、あの有名な財閥のですか?」

「ええ。この展示会も祇条家主催なのです」


しまった。どこが主催するのか、先生に聞いたり事前に調べておくのを忘れていた。

祇条家は、戦後の日本経済を支えた一族であり、現在の日本経済にも大きく貢献している。その祇条家が、こんな山奥に展示館を建てる理由はわからないが、祇条家の依頼だと知っていたら私は依頼を受けなかっただろう。もし失敗したら、最悪陣内先生の事務所が潰されかねない。

先生も、あえて教えなかったのだろう。もちろん、聞けば教えてくれたはずだ。だが、自分から聞くこともできないで探偵が務まるわけがない。

やはり、私はまだまだだ。


「あ、ああ。そういえばそうでしたね。私としたことがついうっかり!」


こうなったら誤魔化すしかなかった。

ここで断ってしまえば、先生の名に傷をつけるばかりか、祇条家だとわかってて受けたのではないのかと疑われてしまう。いや、その通りなのだが。


「それで、まだ開館していませんが、私にできることはありませんか?」


とりあえず話を逸らすことにした。


「いえ、特にはありません。時間まで控室でお待ちください」

「わかりました」

「ではご案内します」





控室へ向かう道の途中、私は気になることを岡田さんに聞いてみた。


「何故、こんな山奥に展示館を建てたのですか?」

「ご主人様のお考えです。ただ、ここに建てるためにいろいろと問題が起きたりもしましたが……」

「問題?」

「……」


それ以降、岡田さんは喋らなかった。




控室に案内された私は、開館時間までしばらく待っていた。

部屋にはお菓子があったので、図々しいとは思ったものの、それをつまむことにした。


「……このお菓子おいしいな」


私は感想をもらした。


「そのお菓子、気に入った?」

「うん」

「よかった。それ、うちのオリジナルの商品だから」

「へえ、そうなんだ。……って」


さっきから、私は誰と会話をしているのだろうか。

後ろを振り返ってみると、品のいい女性がそこにいた。


「うひゃあ!! あ、あなたは誰ですか!?」

「私? 私は祇条雪乃。よろしくね」


祇条雪乃。

私でも聞いたことのある名だ。

祇条家の末妹でありながら祇条家の中核的な存在である。商品のアイデアは彼女がだしているようで、いくつものヒット作品を作り出しているらしい。

見た感じだと私と同い年くらいだ。


「あなたが祇条雪乃さんですか。私は南芹香と申します」

「ふーん、芹香か。年はいくつなの?」

「十六です」


私が年を言うと、彼女は驚いた。


「えー! だって、ここにいるってことはあなたは護衛を依頼された探偵でしょ? 十六歳で探偵って、どうしてなの?」

「そ、それは……まあいろいろな事情がありまして」

「へえ、そうなんだ。あ、芹香って呼んでいい?」

「は、はい」


ぐいぐいとくる人だなあ。

このテンションに、私はついていけなかった。


「じゃあ私のことも雪乃って呼んで」

「わかりました、雪乃さん」


名前を呼ぶと、雪乃さんはにこりと笑った。


「ああ~。同い年の子に名前で呼ばれるのってこんなに気持ちいいんだね」

「そ、そうなんですか?」

「うん。今私とっても嬉しいよ!」


雪乃さんは大はしゃぎした。


「ねえねえ。開館時間までお話しようよ」

「ええ。いいですよ」


それから私たちは開館時間まで話をした。

私は先生と一緒に行った事件のことについて話した。

本物の探偵が語る話はリアリティがあるらしく、雪乃さんは目を輝かせて話しを聞いていた。

雪乃さんは会社のことや祇条家について話してくれた。特に財閥がどうやってできたかなどの歴史を知ることができたのは収穫だった。

私たちが話し込んでいた時、ドアがノックされた。


「南様、そろそろお時間でございます。……おや、雪乃様。ご一緒でしたか」

「あ、岡田。私、芹香と友達になったの」

「左様でございますか。しかし雪乃様。あまり南様にご迷惑をおかけしてはいけませんぞ」

「わかってるわよ。じゃあね、芹香。お仕事がんばって」

「は、はい。お話楽しかったです!」


私がお礼を言うと、雪乃さんは控室から出て行った。


「では岡田さん、仕事を始めましょうか」

「はい。ご案内致します」

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