第2話 依頼受注
事務所に電話の音が鳴り響く。
この事務所の所長である陣内孝一先生が、電話をとり通話を始めた。
「お電話ありがとうございます。こちら陣内探偵事務所でございます」
陣内先生が、ときどき頷きながら受け答えをしている。そんな先生の様子を、私はたまった雑務を処理しながら見ていた。
私の名前は、南芹香。この探偵事務所で四年ほど働いている高校一年生だ。
なぜ高校生である私が探偵事務所で働いているのかというと、四年前に起きた私の両親が殺害された事件を陣内先生が解決したのが切っ掛けだった。犯人がなぜ両親を殺したのか、先生は動機などは話してくれなかったが、先生が事件を解決していく姿を目の前で見て、私も先生のような探偵になりたいと思った。事件後、そのことを先生に話したら「君にはまだ早すぎる」と断られてしまった。それならば一人前になるまでは雑務でもいいので働かせてくれと必死に頼み込んだら、先生はしぶしぶだったが了承してくれた。
それ以来、私は時折先生と一緒に現場を訪れてはその活躍を見ている。先生の活躍を見るたびに、探偵になりたいという思いが強くなっていった。個人的に探偵としての勉強もしている。推理力を鍛えたり、護身術を学んだり、知らない人を尾行したりもした。たまに不審者扱いされ、警察に何度か通報されたりもした。そのときはよく先生に迷惑をかけたものだ。さすがに今はそんな馬鹿なことはしないが。
今ではときどきだが、先生や事務所の先輩がいろいろなことを教えてくれる。実際に起きた事件を問題として出して私に解かせたり、武術の稽古をつけてくれたりと様々だ。ヒント込みだが、実際に起きた事件を自分で解いたときの喜びは、思い出しただけでも涙が出てくるくらいだ。
そのほかにも、先生の現場についていったときにはワトソン役として行動しているつもりだ。先生の役にたったときは少ないが、私のおかげで事件が解決できたと言われたときはとても嬉しかった。
そんなことを思い出していたら、いつの間にか作業の手が止まっていた。
いけないいけない。再び作業を再開させようとしたとき、通話を終えた先生が私に話しかけてきた。
「南くん。少しいいかな」
急に話しかけられたので、私はびくっとしてしまった。
「は、はい。大丈夫です」
そのせいで少しどもってしまった。恥ずかしい。
「そうか。先程の電話で仕事の依頼が来たんだが、この仕事を君にまかせてみようかと思ってね」
「そうですか。わかりました。……ってええ!?」
軽く聞き流していたら、先生はとんでもないことを言い出した。
「し、仕事って、探偵としての仕事ですよね」
「そうだが」
「何で私なんですか!」
私は思わず大声で先生に尋ねた。
「何でって、君は探偵になるためにここにいるんだろう? 君が頑張っているのはこの事務所の誰もが知っている。最近では推理力、判断力にも磨きがかかってきた。私についてきて実際の現場なども見て経験を積んできた。そろそろ君も一人で仕事を担当してもいいのではないかと思ってね」
「で、でも、いきなり一人で仕事を担当だなんて……」
「大丈夫だよ。今回の仕事は難しいことはやらない。あるものを見張ってほしいってだけなんだ」
「あるもの?」
「ああ。これだ」
先生は一枚の写真を私に見せてきた。
その写真には、何の変哲もない鏡が写っていた。少なくとも私にはそう見えた。
「これは……鏡ですか?」
「ああ。清めの鏡というらしい。何でも鏡に写ったものの心の穢れを取り祓う効果があるとか」
「……それ本当なんですか?」
うさん臭すぎる。
「確かに俄かには信じがたいがね。まあそこは口に出さないことにしよう。どんな依頼であってもそれはきちんとした仕事なんだからね」
先生がそう言うので、深く考えないことにした。
「わかりました。でもなぜその鏡を見張るんですか?」
「何でも、その鏡を展示会に出すらしいんだ。そのときに盗まれないようにということで、護衛が何人かほしいみたいでな。警察にも頼んだらしいのだが、まだ不安だから私のところへ電話してきたのだという」
「はあ、そうなんですか」
依頼主は探偵を便利屋かなんかと勘違いしてないだろうか。
「このくらいの依頼なら、君の初陣にも丁度いいと思って君に頼んだんだ。やってくれるかな? 現場を実際に一人で体験するいい機会だと思うぞ」
私は少し考えた。
「……わかりました。私でよければ受けさせてもらいます!」
いい機会だと思ったので、私は承諾した。
「引き受けてくれるか。依頼の内容は簡単だが、気を抜いてはいけないよ」
先生は念をおしてくる。常に冷静であり、気を抜かないことは先生の教えだ。
「わかっています。探偵として、先生の名に恥じぬよう、無事依頼をこなしてみせます」
「うむ、期待しているよ。……それと」
先生は言葉を区切り、私に新聞紙の記事を見せてきた。
「君自身も気を付けるように。最近、あの場所付近では物騒な事件が起きているからね」
その記事には、最近起きている通り魔事件について書かれていた。
何でも、仮面をかぶった人物が、立て続けに人を殺してまわっているらしい。被害者に特に共通点はない。いや、一つだけあった。
「大丈夫ですよ。被害者は全て男性だから、私が狙われる心配はないと思います」
「だが、殺人を犯す狂人の考えることなどわからない。万が一ということもあるしな」
「はい、わかっています」
私は再び記事に目をやる。
仮面の人物は、すでに数十人殺害している。何が目的なのかはわからないが、危険な人物であることには違いない。
仮面の人物については、何一つわかっていない。目撃情報によると、黒いマントとアーメットヘルムを身に付けているという。情報はそれだけしかないのだ。
性別も、年齢も、日本人かもわからない。その風貌から人々は仮面騎士と呼んでいるが、警察は仮面の人物をペルソナと呼んでいるようだ。
私は記事を読み終えた後、先生に依頼についての質問をした。
「それで、依頼の場所はどこなのですか?」
「ああ。これが地図だ。展示会は二日後に行われるということだ。君は展示会の一日目の護衛をしてくれればいい。閉館時間になったら、依頼主に報告して帰宅していいそうだ。報酬は後日支払うとのこと」
「わかりました」
「期待しているぞ」
「はい!」
私は元気よく返事をした。
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