第2話 「炊飯器進化論」
金曜の夜。
「明日、ヒマ?」
という無愛想なメールが来た。
だいたいこういうメールを送ってくるのはメールが苦手だという友人T美さんである。
この人の場合、たとえ向こうから振って来た話であるにもかかわらず、
返信したところで返事が来ない危険性があるので、シブシブ電話する。
話すこと約30分。
要件をまとめると「炊飯器を買いに行きたい」ということであった。
この人、メールは愛想無しなのだが、どういうわけだか電話だと話が長い。
まあ、そこらへんの話は本題ではないので、翌日、某家電量販店。
「なん~か、色々あるんですねぇ。」とT美さん。
どうにも炊飯器というと白いっていうイメージがある、
私にとっては今の炊飯器は馴染めない。
「…CD入れたら音出そうな勢いだけどね。」
そんなボケをかましつつも、
POPを見ながらすかさず製品の特徴を理解していく私。
自慢ではないが家電にはうるさいのである。
幼き日々から秋葉原に足繁く通い、電子工作はいざしらず、
パソコンなど影形もない時代、マイコンと呼ばれていた頃から
電気の流れるものには異常なまでに詳しいのである。
親戚なんかからは名前で呼ばれる事なく、
マイコン少年と呼ばれたいたくらいだ。
オタクなんて言葉のない、
そんな時代から常に勝利し続けて来た漢(おとこ)なのである。
ほーらね、うるさいでしょ?
さておき。
前日の夜にはインターネットで炊飯器の知識はたっぷり仕入れてある。
T美さんに予算は聞いて、同価格帯から一番よさそうなモノを
T美さんの意見を聞きながらピックアップしていく。
そんなとき、あからさまにパートっぽいオバチャンが迫って来た。
「こちらはねーIHで美味しく炊けるんですよー。」
はぁ、そうですか。
この価格帯ならIHじゃないのを探すのが難しいんですが。
うっとうしいので軽く無視していたら、T美さんがふと離れたところにある
パステルカラーの炊飯器に反応した。
「あー、かわいいのもあるんですねー♪」
もちろんT美さんは購入する意図などなく、ただそう思って言っただけなのだが…。
折り畳むかのように、あからさまにパートっぽいオバチャンが
T美さんにツカツカと歩み寄りさも自慢げに言い放った。
「こちらはねーマイコンですからいまいちなんですよー。」
おいこら。
今、なんつった?
マイコンだからイマイチぃ!?
お前、それは俺の輝けるオタク歴史に対する挑戦か?
もはや火がついた漏れ(←おいw)は、パートのオバチャンに
努めて冷静に言い放った。
「IHだと何がいいんですか?ぇ?」
「いえね、ですから、マイコンはダメなんですよ。」
…ここで沸点を超えました。(←わかりやすく言うとキレたとも言うw)
もはやT美さんがいることなどもはやどーでもよく、
漏れはいかにこのスカタンなオバハンに対し、
己の認識の低さ、強いては職業意識の低さを理解させるべきか、
マイコン少年(←もう少年どころではないがw)の名に恥じる事なく、
言い返した。
「では伺いますが、IHって何の略で、どんなモノなんですか?」
「えー…略はわからないんですが、マイコンよりいいんですよ。」
おいこら、説明になってない上に論点がズレてんじゃねーか。ゴルァ。
T美さん、話が長くなりそうなのを察したのか、
プラズマテレビのサッカー中継を見に行った。
よし、これで時間は確保した!
気の済むまで叩きのめしてやるぞ!!
「そもそもIHはインダクションヒーティングの略ですね。憶えといてください。」
と、オバハンに指さして言い放つ。
「そ、そうですか、すいません。」
ええぃ、簡単に怯むな。これからが長いんだぞ。
「それと、マイコンとIHを比較するのは無理があります。」
「…」黙りこむオバハン。
「マイコンは制御に使われているコンピューターの事であって、
IHは加熱方式の事です。わかってますか?」
「ですから、IHの方が美味しいんですよね。」
ようやく返事をしたオバハンだが、話を全く理解しようとしてないだろテメェ。
「あなたが言ってる事は、運転士はダメで飛行機がいい、
と言ってるようなモノですよ。意味わからないでしょ?」
ここで、なにやら不穏な空気に気づいた男の店員が来た。
「あの、お客様」
「はい。」
「IH圧力だと、もっと美味しいんですよ。」
「だから、何?」
気分よく反論している私はとてつもなく不快そうに返事をした。
「ですから…」
気配を察したのか、男の店員はひるんだ。
「ですから、何?」
こちらも若干いらだちをあらわにして返事をした。
「マイコンは時代遅れっていうかですね。」
・・・
軽いめまいにも似た衝撃を憶えた。
そのあと、しばらく記憶が残っていない。
いや、滔々(トウトウ)と論破し、店長までひっぱり出し、
炊飯器における性能の比較において、
マイコンとIHを比較することの無意味さについては理解してもらった。
そして。
T美さんが戻って来た。
「クドい話のほーは、終わったぁ?」
グサ。
「まあいい、で、たぶんこの炊飯器がいちば」
そこまで言ったところでT美さんがさえぎった。
「あのね、ママから電話があって」
「ウチは代々ガス釜で炊いてるから、ガス釜買ってきなさいって。」
私、そしてオバハン、そして男の店員、そして店長、さらに若干の野次馬。
皆がそう思ったに違いない。
ソレ、IHとかマイコンとか全然関係ないやんけっ!
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