Ⅴ-a・天使と悪魔・前

 マサヤと別れた教会からの帰り道、正確には、イェルミエルと対立が明らかになった時から、コウスケには考えていたことがある。

 彼女を退散させた『炎のつらら』をマラックスの力を借りずに使えるようになれば、より有利な立場になれるのではないか、ということだ。

 「つまり……マルコシアスを第二の使い魔にするおつもりですか?」

 「そういうこと。幸い、俺の魔力が増えたことだし、マラックスもマルコシアスとは仲が良い方なんだろ?」

 「ですが……ちょっと、いきなり彼を呼び出すのは……」

 マラックスは、それはもう苦虫を噛み潰したような渋い表情をしてから腕組みをする。言葉こそ濁したが、態度は明らかに「諦めた方が良い」と示していた。

 「マルコシアスが下手すりゃルシファーより扱いにくいってのは、俺だって知ってるさ。でも、俺たちが相手にするのって、俺よりすごい魔力を持った人から力を得ている天使だろ?多少の無理をしないと、いつかの二の舞だぜ?」

 「……どうしてもやるというなら、せめて、マルコシアスを直接呼び出すのは止めましょう。私以外に、もう一人、彼につてのある悪魔を知っています。先に彼女に交渉した方が安全です」

 「彼女?」

 「かつてマルコシアスの背に乗ることを許されていた、たった一人の悪魔ですよ」

 「そんな悪魔もいるんだなぁ」

 マルコシアスは巨大な翼を生やした狼の姿をしているらしい――らしい、と言うのは、彼をまともに召喚し、生きてその姿を伝え残した者があまりにも少ないためだ。

 件の『炎のつらら』は、その翼の中に隠されているそうだ。つまり、マルコシアスの背にまたがるということは、彼の秘密兵器の最も近くに座ることを許されたということだ。

 それは一体どれほど優れた悪魔なのか、もしくは、余程恐ろしい悪魔なのか。コウスケの想像が掻き立てられる。

 「怖い人だったらどうしよう……」

 「彼女自身は非常に穏やかで上品な方ですよ。……あ、この紋章を魔法円に書いてください」

 『グレモリー』の名が付いた紋章をマラックスが指差す。

 「オッケー、了解了解―」

 居間の家具を壁際に寄せ、床いっぱいに模造紙を広げた。

 悪魔の召喚に使う魔法陣は『魔法円』と『魔法三角』と呼ばれるものの組み合わせでできており、魔法円の方に悪魔ごとの紋章を書かなければならない。左右対称で紋章らしいものもあれば、既存の図形を全く連想させない線の集まりまで様々だ。幸いなことに、グレモリーの紋章は比較的書きやすい部類である。

 「いいですか?コウスケさんの持つ魔力量はかなりのものです。ですが、急に今までの倍量を消費することになりますから、体が慣れるまでが問題です。絶対に、無理をしないでください」

 「分かった」

 魔法三角は召喚された悪魔が最初に出てくる場なので、それなりの大きさを用意する必要がある。鯨サイズの悪魔・フォルネウスを召喚する際の難点が、まさにこの魔法三角で、あまりの大きさ故に魔法陣そのものの用意が困難なのだ。

 幸い、グレモリーはそれほど大きな悪魔ではないらしい。マラックスの指示で人間サイズの悪魔用より少し大きなものを書く。

 「天魔グレモリー、あなたに矢幡コウスケが呼びかけます。星の彼方から魔法三角への通路を通り、お越し下さい」

 魔法円の中央に立ち、コウスケは自らの名を明らかにして呼びかける。

 かつて西洋においては「神の御名によりて命ずる」という、悪魔たちを降(くだ)した神の威光によって召喚する方法もあったと聞くが、コウスケたちが使う召喚には、そんなものは必要ない。

 宙の彼方にいる天魔に呼びかけ、答えてもらうのだ。脅すことも、なだめすかして従わせるでもない方法を日本の魔女たちは定着させていた。

 「……来ない?」

 だが、呼びかけからしばらく経っても、魔法三角には影さえ現れない。

 魔力はきちんと流しているし、魔法陣も完璧のはずだ。一体何が悪いのか、一度魔法円から出ようとすると、

 「もし……今の日本は戦時下ではございませんか?」

 魔法三角の中に、女の頭の上半分だけが現れた。

 「うわあっ!?」

 床に敷いた模造紙から、さながらタケノコの如く現れたそれに、コウスケは腰が抜けるほど驚いた。魔法円の中に尻餅をつくと、床すれすれに覗いた女の目がより近くに見えて、なお恐ろしい。何というか、すごく幽霊っぽい。

 情けない格好のコウスケを余所に、マラックスは視線を合わせるように床に膝をついた。

 「グレモリー、先の大戦はもう終わっていますよ」

 「マラックス……あなた、この間は大丈夫だったのですか?突然『炎のつらら』を使うなんて……心配していたのですよ」

 「ええ、まあ。とりあえず、出てきてくれませんか?」

 マラックスが呼びかけると、グレモリーは周囲を視線で伺った後、恐る恐るといった様子で姿を現した。やがて現れた彼女の姿に、コウスケは息を飲む。

 涼やかな目元、長いまつげが影を落とす陶器のような肌は滑らかで、緩やかなカーブを描く頬をいっそう女性的に見せる。アジア人とも西洋人とも異なる、オリエンタルな美女という印象だった。

 これだけ美人ならば、かの猛将マルコシアスだって、背に乗せることを誉れと思うだろう。

 「……ラクダ?」

 美貌の悪魔は、ラクダの背にまたがってコウスケの前にその全身を現した。どういうわけか、かつてマルコシアスの背に乗せられていた彼女は、今はラクダを乗り物にしているようだ。

 「……このままでは、部屋が狭いですね」

 一人分の居住空間にはラクダはあまりに大きい。それに気付いたグレモリーは瞬く間にラクダを消して、改めてマラックスに向き直る。召喚者であるはずのコウスケではなく、マラックスに。

 「マラックス、あなたがいながら私まで呼ばれるとは、一体何があったのですか」

 艶のある唇はきゅっと引き結ばれ、まだ彼女が警戒していることを示していた。コウスケを何度もちらちらと見ては、盛んに周囲の様子を探っている。

 「すみません、呼んだのは俺です。えっと、実はマルコシアスのことで……」

 コウスケが彼の悪魔の名前を口にすると、グレモリーはあからさまに眉をしかめた。

 「なるほど……『炎のつらら』を使いたいと言うのでしょう?あの方は私の言うことに逆わないのをいいことに、私を懐柔するおつもりでしたらお止めください。私は彼の余りある力を、殺戮のために使うのは嫌なのです」

 マルコシアスとの交渉のためにグレモリーが呼び出されたのは、これが初めてではないらしい。静かながらも力強い口調には、彼女の固い意思が見て取れる。

 どうしようかとマラックスに視線を投げると、戦時中に『炎のつらら』を自国の兵器として使えるよう要請する魔女が後を絶たず、グレモリーは参っていたのだということを教えてくれた。

 召喚に素直に応じようとしなかったのも、それが理由のようだ。

 「いや、実は何というか……掻い摘んでしまうと、沢山の人命が危険に晒されることが起こるかもしれない、という状況で……」

 「……どういうことですか?」

 ようやっと傾聴の姿勢になってくれたグレモリーに、コウスケは自分の置かれている状況について一から説明する。

 ここひと月ばかりの出来事なのに、随分色々あったものだと振り返りってしまうほどの長い話を、グレモリーは静かに全て聞いてくれた。もっとも、聞き終わった後、確認するようにマラックスへ視線を移したので、まだコウスケを全面的に信用するつもりはないようだ。

 グレモリーの疑う視線に、マラックスは間違いないとコウスケの味方に立って頷いてくれる。

 「つまり、トヨツヅラヒメ様の依頼をこなしていくうちに、地上で勝手をしている天使と鉢合わせてしまったと。しかも、その問題の根底に関わっていたらしい、と」

 「そうです」

 「……けれど、天使を追い払って、それでどうするのですか?」

 粗方状況を理解してくれたグレモリーは、未だ視線を和らげることなく再び問う。

 「え?」

 「一度告白が成功してしまった以上、妹御と思い人との縁が簡単に解けるとは思えません。本来予定になかった縁とは言え、既に出来上がってしまったのですから。それに、天使を追いやったとして、その後、事件の遠因になるご友人にまで上手く作用が及ぶかどうか……」

 「……」

 グレモリーの指摘にコウスケは黙ってしまう。突然、イェルミエルという天使が現れたことで、視野が狭くなっていたのだ。イェルミエルさえなんとかできれば、事態は好転すると思い込んでいた。

 そして、その先はどうなるのだろう。グレモリーの指摘を受け、まだまだすることが沢山あるのだと初めて自覚した。そのくらいには、コウスケは現状でいっぱいになっていたのだ。

 「マルコシアスに話を通しておくことくらいはしましょう。ですが、彼に強制させることは、私はしません」

 「十分です。ありがとうございます」

 とりあえず、彼女を召喚した本来の目的は達成できそうだ。

 マルコシアスの協力はありがたいが、新たな問題が迫りつつあるコウスケの気分は晴れない。傍らのマラックスも、明るさが戻らないコウスケの表情に心配そうな顔を見せる。

 「そうだ、サヤさんのこと、グレモリーに占ってもらいませんか?」

 「え?占い?」

 「ええ。グレモリーは過去から未来まで、様々な時間を見通す占術が得意なんですよ。サヤさんがあの教会に行ったのかとか、事件が起こるのはいつ頃なのかとか、知りたいことはいっぱいあるじゃないですか」

 マラックスが気を遣って、新しい提案をしてくれたのだとコウスケには分かる。

 「そうなんだ。じゃあ、お願いできますか?」

 折角の気遣いを無駄にはできない。コウスケはグレモリーを窺った。

 「構いませんよ。召喚されたのに何もせずに帰るのは、私としても少々役不足です」

 言いながら、グレモリーは巻物を紐解き始める。豪奢な彫刻の施された芯には、羊皮紙と思われる茶色く変色したものが幾重にも巻きついていた。

 「……水晶玉とか、使わないんだな」

 「グレモリーの書です。占術や秘宝の発見のような、見えないものを探すのが彼女の得意分野なのですが、その答えは全てあの書物に書いてあるそうですよ」

 「へー。得意分野だけ聞くと全然悪魔って感じがしないな」

 「私たちを『悪魔』に貶(おとし)めた全能神にとっては、予知や透視、変身という些細なものでも、人間には過ぎたものであり、それらを人に教授できる私たちはまさしく『悪』そのものなんですよ。人間が色々できてしまうと、神は『全能』も『万能』も名乗れなくなりますからね」

 「変身は些細じゃあないんじゃないか?透視も予知も規模によっては、人間の手には負えないし」

 「意外かもしれませんが、変身には女性の化粧も含まれるんですよ。それこそ、化粧に使う鏡さえ悪魔が人間にもたらしたと言われた時代もあります。全能神はあくまでも、無力で無分別で従順な存在としての人間を愛しているようで」

 「今じゃあ、人間は美容整形に育毛にやりたい放題なんだがなぁ。うーん、現代医療が悪魔の術だとは思いもしなかった」

 何でもかんでも制限したがる神は、果たして全能なのだろうか。

 その神を信仰するマサヤのことを思い出し、複雑な気持ちになった。

 「……あの、妹御について、トヨツヅラヒメ様は何か仰っていませんでしたか?」

 思いがけず話に花を咲かせていると、グレモリーが巻物から顔を上げ、コウスケを見ていた。彼女の表情は、嫌な予感をさせるほど暗く、驚愕に満ちている。

 「いえ、何も。さっきお話したので全部です」

 「まず、確かに妹御は稲苗町の教会を訪れたようです。それと、未来のことですが……占術によると、事件の発生自体は随分先なのですが……」

 眉間に皺を寄せて口ごもり、グレモリーは続きを言うべきか悩む様子を見せた。

 「先だけど、何なんですか?」

 「……事件の被害者の中に妹御の名前があります」

 「何だって!?」

 占いの結果は、まさに寝耳に水であった。コウスケたちが驚き顔を見合わせる様を見て、グレモリーもまた彼らが何も、事件の肝心な部分を知らなかったのだと理解する。

 「そんな……俺たち何も、そんな大事なこと、聞かされてない……!」

 「トヨツヅラヒメ様の真意は分かりません。恐らくは、コウスケさんに余計なプレッシャーをかけないためだと思いますが……」

 「プレッシャーとか、そういう問題かよ!一番知っとかなきゃいけないとこじゃないか!」

 焦りと驚愕のあまり、場をとりなそうとするグレモリーにまで思わず怒鳴りつけてしまう。叫んだ後、コウスケは我に返った。

 「す、すみません……」

 「いいえ、お気持ちは想像に余りますもの」

 事件の発生そのものが、まだ先らしいことが分かったのは不幸中の幸いであった。けれど、それだけだ。グレモリーが事件の発生を占術で見たということは、今のところ、コウスケはまだ未来を変えられていない。

 「……くそっ!」

 焦りも戸惑いも湧いてくる。今はそんなものに煩(わずら)わされている場合ではないのに、苛々とした気持ちは収まりそうもない。

 勢いのまま、コウスケは靴に足を突っ込んで玄関を飛び出した。

 「え、ちょっと、どちらに!」

 「サヤんとこ!もうこうなりゃ直談判だ!」

 「直談判って……どう説明するつもりですか!?」

 「後で考えるからー!」

 落ち着くように説得する声を無視し、コウスケは駆け出す。

 呼び出したまま、魔法陣に取り残してきたグレモリーをそのままにしておけないせいだろう、マラックスは追いかけて来ようとはしない。

 それに気付く余裕もなく、コウスケは最寄駅へと向かった。ポケットに突っ込んだままのスマートフォンでキリハに連絡をすれば、外出中のサヤは間もなく返ってくるだろうとの返事があった。

 早く早く。電車を待つ時間さえもどかしく、コウスケは母にサヤが帰ってきたら用事があることだけを伝えて電話を切った。

 

 「お兄ちゃん、私に用があるんだって?」

 息を切らせて到着した実家で、サヤはいつもの通りに出迎えてくれた。既に部屋着に着替えて寛いでいる様子が、コウスケを安心させてくれる。

 「どうしたの?……もしかして、急に土曜日の手伝いやめちゃったから、迷惑だったとか?」

 「いや、それは大丈夫だ。それとは全然違うんだけど……いいか?大事な話があるんだ」

 「?」

 心配そうにこちらを窺うキリハを手で制し、サヤの部屋へ入る。

 二人きりになるのは、コウスケとサヤの間で特に大切な話をする時の習慣みたいなものだった。サヤが小さい頃、年の離れた兄に親には言いたくない秘密や相談を持ちかけるときに始めたのだ。

 「これから、俺はすごく突拍子もないことを言い出すかもしれないけれど、最後まで聞いて欲しい」

 「どうしたの、お兄ちゃん。なんか、おかしいよ……?」

 「うん、いつもと違う。……いや、そうだな、まずは今までサヤに黙っていたことから話そうか」

 「?」

 「……実は、俺は魔法使いなんだ」

 言った。言ってしまった。

 魔女会の『手引き』にも、魔女や魔法使いではない、ごく普通の人間へ正体を明かさないよう注意書きがしてあるのに、コウスケはそれを破った。

 少しでも、これからの自分の言に説得力を持たせるため、道中で決めたのだ――自らの立場を包み隠さず明かし、サヤに魔法使いの目で見た未来を知ってもらおうと決めたのだ。

 「……」

 「驚くのも無理はないと思う!でも、本当に俺みたいなのがいるんだ。魔女だっている。それで、実は今……」

 「知ってるわよ、お兄ちゃん」

 「は?」

 必死の説得は、他でもないサヤによって遮られた。

 むしろ、「知っている」という彼女の発言の方がコウスケの意識を奪ってしまい、説得が続けられなくなってしまう。

 「ふふ……うふふふ、まだ気付いてないのね!お兄ちゃんったら!」

 「!……お前、サヤじゃないのか!?」

 「あったりー!イェルミエルよ!」

 抑えきれない笑いを漏らしたサヤは、彼女が本来知り得ない者の名を口にした。いや、サヤ自らがその者だと名乗った。

 「お前、サヤの中に入ったのか!?サヤは、大丈夫なんだろうな!?」

 「あっはっはっはっ!何をするのかと思えば、自分から魔法使いだなんて言い出すとはね!次の手に窮したのかもしれないけど、あんまり浅はか過ぎない?」

 「答えろよ!サヤの意識はどうなってる!?」

 大口を開けてひとしきり笑った後、サヤは、もといサヤの姿をしたイェルミエルは、「大丈夫」だと言う。

 「ちょーっと体に入らせてもらっただけよ。この子の意識は隅に追いやってるだけで、無事だからね」

 妹の意識までも奪われてしまったわけではないらしい。だが、ほっと胸を撫で下ろすことはできない。イェルミエルがサヤの体を自由にできる以上、いくらでも危害を加えられるのだ。

 「何が目的だ?」

 「何がって?分かりきってるでしょ、そんなの」

 イェルミエルがサヤの顔でせせら笑った時、部屋のドアを引っ掻く音がした。キャンキャン甲高い鳴き声は、やがておっさんの声に変わる。

 「何かあったか!?お嬢の気配がおかしいんじゃが!」

 グラシャラボラスが異変を察し、やって来たのだ。

 「おい!コウスケ、われ何をしとるんじゃ!?」

 「……な、なんでもない……!」

 「何でもないことあるか、バカタレ!ここを開けろ!」

 開けろと体当たりで催促するグラシャラボラスは、コウスケが言ったところで引き下がりはしない。

 どうしよう。グラシャラボラスに話してしまおうか。いや、ダメだ。下手をすれば、サヤは無事では済まない。

 「何でもない、だってぇ!ふふ、下手を踏んだらまずいって気付く程度の賢さはあるのね。ふふ、この子が大事なら、もうイェルミエルの邪魔はしないことね!」

 コウスケの懸念を読み取ったイェルミエルは、やはり逆らったらサヤを無事では済まさないつもりらしい。にこりと笑顔を作ったところで、サヤの体はふらりと崩折れた。

 「サヤ!?」

 「ちょっとコウスケったらどうしたのよ?サラちゃんがすっごい騒いでるんだけど!」

 「あ、ああ……うん、大丈夫だから」

 ドアを開けて室内に踏み込んできたキリハとグラシャラボラスは、コウスケに支えられて目を白黒させているサヤを見る。

 「……あれ、お兄ちゃん?私、え?」

 「……話してる途中で、ふらついたんだよ。疲れてるんじゃないか?」

 「そ、そう……そうだっけ?」

 イェルミエルに意識を乗っ取られていた間のことは覚えていないようだ。

 それでいい。変に覚えていれば混乱させてしまうし、普通の人間に過ぎない妹を、更にこちら側に引き込むことにもなる。

 コウスケにできるのは、精一杯ごまかすことだけだった。進級を控えて疲れが溜まっているのではないかと心配するキリハにも、何が起こったのか伝えることはできない。

 グラシャラボラスは、いつもより悪い目つきで不満を訴えるようにコウスケへ吠えかかっていたが、それも全て無視した。

 きっと、今この瞬間も近くにイェルミエルがいるのではないかと思うと、コウスケには何もできないのだ。下手をすれば、イェルミエルはサヤの体を使って何をしでかすか分かったものではない。

 負けたと思った。完全にイェルミエルに出し抜かれてしまったのだ。

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