Ⅳ-b・稲川家だった人々・後
「店長、もしかして調子が悪かったりします?」
どんなに疲れていてもやって来る月曜日。いつもと変わらない週の始まりであるはずの今日、一つだけいつもと違うことと言えば、マラックスが不調なことである。
昨日、帰宅してから就寝まで、いつもどおりに家事をこなしてくれた彼は、今日になって本調子ではないと言い出したのだ。恐らく、昨日はコウスケのためにずっと気を張っていてくれたのだろう。つくづく気の良い悪魔である。
普段はこっそりマラックスに頼む調剤作業も、今日はコウスケと清水目だけで行わなければならない。もたもたと軟膏を練っていると、不思議そうな表情の三井に、体調の心配をされた。
「月曜だから憂鬱だけど……なんで?」
「いえ、いつも、もっと早く調剤していると思っただけなんです」
確かに月曜は仕事したくない気分ですよね。一人で納得した三井は、それ以上言及せず仕事に戻っていくが、作業速度の変化に気付かれてしまったコウスケは、少しばかり肝を冷やしていた。
同時に、マラックスが薬局業務においても、随分貢献していてくれたことを実感する。
「俺はマラックスに給料を出した方がいいのか?」
「それ、私が貰っても、結局コウスケさんのものになるんですけど」
仕事中、かなり真面目に考えていた――仕事内容に基づく時給まで考えていたコウスケの提案を、マラックスはいとも簡単に蹴る。
確かに、金銭を与えても使うあてはないし、貯金するにしても口座はコウスケ名義で作られるのだから、彼の言うことは正しい。
「どうしたんですか、突然」
「いやぁ、今日マラックスが薬局の手伝いに来れなかっただろ?そしたら、いつもより仕事が遅いって言われちゃってさ」
「ああ、なるほど。どうせ頂くなら、お給金より魔力がいいですね」
「え、やだ。魔力本気で吸われると、めちゃくちゃ具合悪くなるじゃないか。いや、あれは最悪死ぬな。それぐらいひどかった」
マルコシアスの『炎のつらら』を図らずも使うことになった日を振り返る。
悪魔ならば生命に等しい魔力を失っても、やがて魔力は回復し元の姿形を得るが、魔法使いはあくまでも動物の体だ。魔力と繋がった生命は、どちらを失っても片方を補うことができない。
あの時、コウスケはまさに魔力を限界まで吸い出されるという恐ろしい経験をした。今までマラックスやノームに安易に与えていた魔力が、本来どういうものであるかを、まざまざと感じたのだ。
「それにしても、やはりお父上はすごいですね」
「え?どっち?マサヤさんの方?」
「はい。天使にあれだけの魔力を吸われても元気なのでしょう?」
「ええ?」
一体何を言い出すのだろう。マラックスの言うことが、一つも理解できない。
「ちょっと待て。あの天使、マサヤさんの魔力を奪ってるのか?」
「ええ。あの翼から放った雷を見れば分かります。あの天使は、勝手にマサヤさんの魔力を吸い取って、自分の力にしています。恐らく、信仰集めとやらのために、あの教会を選んだのも偶然ではないのでしょう」
「天使って、魔法使いの魔力を吸えるのか?」
悪魔と同質のものを天使が吸収するとは思えず、コウスケは驚愕の表情のままマラックスに問いかける。
「そうですよ?ご存知だと思いますが、私たち悪魔の多くは、キリスト教における異教の神や、布教以前に根付いていた土着の神です。ですから……」
「そうか、キリスト教で『悪魔』と定義されているだけで、根っこの部分は近いんだな」
「そういうことです。……まあ、だからと言って、勝手に、しかも一方的に魔力を吸い上げて良い理由にはなりませんけどね」
コウスケとマラックスの関係を共生と例えるならば、マサヤとイェルミエルは寄生だろうか。多量に魔力を失う恐怖を覚えたコウスケにとって、一方的に奪われてしまう行為は恐ろしいものにしか感じない。
「ぞっとしないなぁ……気付かないうちに、すっからかんにされちまうかもしれないなんて」
その割にはマサヤはさして不便を感じていない様子だったことを思い出す。
「やっぱり、母さんが言うだけあって、マサヤさんって優秀な魔法使いになるはずだったんだろうな」
「……もしかしたら、気付いていないかもしれませんが」
「うん?」
「今のコウスケさんの魔力は、相当のものですよ。記憶の封が解けたことで、今までよりも魔力が底上げされたようですね。もともと、両親が魔女と魔法使いという理想的な血をお持ちであることも確かですけれど」
「そうなのか?でも、あんまり自覚ないなぁ。じゃあ、マルコシアスやルシファーでも何とかなる?」
「ふむ。今まで十の力しか使ってこなかった魔法使いが、自分に万の魔力があると知った途端に百の力を使えるようになると思いますか?」
「あ、訓練しろってことか!」
「そうなりますね。まずは、いつもより多くの魔力を使うことに慣れないと。ジョギングだって、いきなり何十キロも走れないでしょう?」
「何でも訓練、練習なんだなぁ」
「学問と一緒です。魔術にも、王道はないですよ」
悪魔なのになかなか現実的なことを言う。
ぐうの音も出なくなったコウスケは、面白くなさそうにテレビのスイッチを入れた。すぐに魔術の熟手になれる手段は、そうそうないようだ。
「でもさ、そういうことならば、マサヤさんから魔力の供給をできないようにすれば、イェルミエルの力を下げられるってことだよな?」
「ええ、まあ、そうですね。……何か、あてがあるんですか?」
「ない。でも、ちょっと思いついた」
本当に些細なひらめきだったが、コウスケは実行するべく、次の土曜日には薬局に『本日臨時休業』の札を掛け、一人、稲苗町へ向かう電車に揺られていた。
今日はサヤの後をつけているわけでもないし、マラックスもいない。行く場所と目的を告げれば、敏い悪魔はわざわざついて来ようとはしなかった。今頃、部屋の掃除でもしているだろう。
コウスケがやって来たのは、稲苗聖教会。実父・マサヤのいる教会だった。
予め連絡をした時に教えられた裏口へ回り、チャイムを鳴らす。すると、間もなく内側からドアが開かれた。
「……いらっしゃい」
「お邪魔します」
穏やかな表情で大きくなった息子を迎え入れるマサヤに、あまり父親の実感はない。コウスケにとっての『父』は、矢幡の姓をくれた人物の方だ。
それでも、先日の再会をきっかけに幼少の記憶が解かれてしまったせいで、目の前の男にも父性を感じてしまうのだ。もっと幼い頃、声や肌で知った父親の記憶だった。
「この間は、ありがとうございました。これ、つまらないものですが……」
「ああ、ご丁寧にありがとうございます。かえってお気遣いいただいて……」
話す言葉さえ他人行儀になってしまう彼に会いに来たのには、勿論理由がある。倒れていたところを介抱してもらい、あまつさえ汚れた服を洗ってもらったことへのお礼とは別に、目的があった。
「それで、電話で仰っていた用事とは?」
「はい、えっと、その……はっきり言わせていただくと、魔法使いになるつもりはありませんか?」
マサヤの表情が強張る。
「……キリハから聞いたのですね。いえ、ああなっては……話さないわけにはいかなかったかもしれません。記憶も、戻ってきているのでしょう?」
「はい。母から、あなたが魔法使いとして才能のある方だと聞きました。俺は今、少しずつ魔術の勉強をしています。正直なところ、才能に恵まれている先輩に教えてもらえれば、すごく嬉しいですし助かります」
半分本当で、半分嘘だった。
才能豊かな魔法使いから魔術を習えるならば嬉しい。しかしそれ以上に、マサヤが神父の役職を捨てて、魔法使いとして使い魔を持てば、イェルミエルが吸い取るはずの魔力が使い魔へと渡り、結果的にイェルミエルを遠ざけることができるのではないかという算段があった。
「本当に、それだけですか?」
「えっと、……はい」
どきりと心臓が跳ねる。まるで見透かされているような問いかけだ。まるっきり嘘ではないのだから、怯む理由はないはずなのに。
「申し訳ありませんが、お断りさせてください」
「どうしてですか?魔法使いなんて、誰にでもなれるものじゃないんですよ?勿体無いと思わないんですか?」
人は誰でも、魔女や魔法使いになれるわけではない。かつて日本に渡ってきた魔女たちから引き継いだ血と魔力が魔法使いたらしめるのだ。
最初の魔女たちがやって来てから数百年の時が経ち、今では魔力を持つ親を持っても、才能が開花しない者も少なくないと聞く。
望んでもなれない者がいる、望んでも手に入れられない力を既に持っているのだと、マサヤには考えて欲しかった。
「……あなたは、魔法使いになれて幸せなのですね」
「……そう、思います」
『幸せ』という単語にコウスケは戸惑う。
魔法使いをしていて幸せか――考えたこともなかった。そんなことを聞くなんて、マサヤは幸せを見出せなかったのだろうか。
「神父という仕事は、幸せなんですか?」
意趣返しのつもりで、マサヤに問うた。コウスケにコーヒーを注いだカップを渡しながら、
「幸せですよ。人の幸せを願える仕事は、幸せですね」
マサヤもまた自らの立場を幸せだと言った。
「魔法使いだって、誰かの幸せを願うことができると思いますが……」
「そうですね。それに、自分でそのために行動することだってできるでしょう」
「ならば……どうして、魔法使いという立場を捨ててまで、神父になったんですか?」
「その力故に、でしょうか」
「力?確かに、魔術は普通の人間にとって『奇跡』にも等しいものですが、敢えて遠ざけるほどのものでもないのでは?」
魔術は便利で役立つ、格好つけた言い方をすれば、暮らしを豊かにしてくれるものだとコウスケは認識していた。
「そうです。聖書では主のもたらす『奇跡』と同じものを、たった一人の人間が行うことができるようになるのです。恐ろしいことだとは思いませんか?」
恐ろしいと言われても、なんだかんだ随分な期間、魔法の世界に身を置いてきたコウスケとしては、今更何も感じるものはない。
最近はマルコシアスの『炎のつらら』の威力を間近に見たくらいだが、それも、マサヤの言う恐ろしさを引き出すものではなかった。
「私は自分のような弱い生き物が、身に余る魔術を使うことが恐ろしいのです。私の気持ち一つ、さじ加減一つで、いくらでも周囲に影響を及ぼせるなんて……子供に拳銃を持たせるようなものではないですか」
「そんなことで、魔法使いをやめたんですか?」
「そんなこと?」
あ、まずい。マサヤの人となりを理解していなくても、彼の声に怒りが滲んでいることはすぐに分かった。
「自分は絶対に、正しい判断のもとに魔術を使えると言い切れますか?利害が絡んだ相手を貶めないために、魔術を使わないと言い切れますか?何もかもが嫌になった時、魔術で誰も傷つけないと言い切れますか?」
「……」
「分かっています。私がこんなことを考えるのは、自分自身を信じられないからなんです。どんなにどんなに考えても、魔術が誰かに及ぼした影響が本当に良かったのか、確信が持てない……だから、絶対的なものにすがりたかったんです」
「……すがった相手が、神だった……ということですか?」
マサヤは頷いた。魔法使いとして抱え込めなかったものを、神なる者に背負ってもらうことを選んだのだ。
教会で讃える神は、全能とされる。この世の始まりから終焉までを知り、善悪さえも彼の者の手の平の上だと言う。マサヤはその神を信じることで、自分の行動を肯定しようとしたのだ。
万能神を信じている、彼の教えに従っている。だから、自分も正しい。彼の教えどおりに生きていれば、間違いなどない。常に正しくいられる――コウスケには理解の及ばない安心を手に入れる引き換えに、マサヤは魔法使いの生き方を捨てた。
「そんなの……!」
「分かっています。私が弱いからですよ……自分で考え、行動し、その結果を受け入れることを恐れたのです」
「そんな人間が、人の幸せを願えるとは思えません!」
「私だって!」
コウスケとマサヤはお互いの怒鳴り声を始めて聞く。
「私だって、そう思っていました!けれど、今私が安寧を覚え、穏やかに生きることができているのも事実です!私が得たものを、同じ悩みを抱える者のために、教会で説くのはおかしくはないはずです!」
「良いものも悪いものも、自分で考えて決めることを放棄してるのに!?自分は何でもできる神ですって言う奴のこと信じてるのに、自分のことは信じられないのかよ!」
「……そうです!」
「……」
もうだめだ。彼は、父は自分と完全に違う道を歩んでいるのだ。コウスケが怒りを引っ込め、どんなに請願してもマサヤは二度と魔法使いになることはないだろう。
「……ごめんなさい」
「……いいえ。あなたが、望んで魔法使いになり、後悔していないのならば……いいのですよ」
キリハによろしくお願いします。そう言って、マサヤは暗にもう帰るように示す。カップの底のコーヒーを飲み干した。
「すみません、お邪魔しました。もう帰りますので」
「……あ、あの」
一礼して今度こそ去ろうとするコウスケを、今度はマサヤが呼び止める。
「私は……もうあなたに父としても魔法使いとしても、接することはできません。けれど、一人の人間として付き合うことはできます。なので、これは稲川マサヤ個人からの伝言と思ってください」
「?」
「もし、何かあったら弟月市の葛姫稲荷神社に行って、私の名前を出しなさい」
「……はあ?」
マサヤと葛姫稲荷神社と、一体どういう関係があるのだろう。
尋ねるより早く当のマサヤが屋内に戻っていってしまったため聞くことはできず、今はただ頭の中に留めておくのみにした。
「……はー、失敗かー」
実父が魔法使いを辞めるに至った経緯は分かったが、本来の目的はそれではない。むしろ、神父として生きる意志を強固にしてしまったようだ。
溜息を吐いて教会を見上げていると、
「あんた、何しているのよ」
背後から、不躾に呼びかけられた。
随分な言い草だと思って振り返ると、そこにはマラックスが追い払ったはずのイェルミエルが立っていた。
「げっ!」
「げっ、て何よ!イェルミエルの家の前で、何してるのよ!?」
返答によってはただでは済まさない、と仁王立ちするイェルミエルだが、その背中には羽がない。そのせいで、至って普通の少女の格好に見える。
「……羽が無い?」
「あんたの使い魔が大穴あけちゃったからでしょ!お陰で今、治療中よ!」
やはりあの攻撃の威力は相当だったらしい。苛立ちを隠さないイェルミエルは、しかし攻撃手段がないせいで余計に機嫌を悪くしていた。
「治療中なのに地上にいるとは、ご苦労なことですねー」
「イェルミエルがいなくても、教会には悩みを打ち明けに来る子羊たちが来るからね。イェルミエルは仕事熱心なんだから!」
コウスケの嫌味をものともせず、自賛して鼻を高くしているイェルミエルは、勝手に機嫌を悪くしたり良くしたり忙しい。
だがコウスケは、彼女の態度が僅かに軟化したのを見逃さなかった。
「なあ、地上で活動するのは、止められないか?」
「えー、何言ってんの?バカなの?」
イェルミエルは、明らかに馬鹿にした眼差しでコウスケを見返す。
「イェルミエルの仕事を奪って、あんた何かする気なんでしょ?」
「違う。あんたに不利なことをするつもりはない。真面目な話なんだ」
「……一人の悩める子羊として、私に直接訴えたいことがあるなら聞くわよ」
不審な眼差しでコウスケをまじまじと見つめた後、イェルミエルはコウスケに傾聴の姿勢を示した。周囲にマラックスが、彼女に危害を加えられるだけの者がいないことが奏功したようだ。
「あんたがその『悩める子羊』の願い事を聞くのに一生懸命なのはいいけれど、本来あった縁までこじれさせてるのは知っているのか?」
「知ってるわよ、それくらい」
コウスケは目を剥く。知らずに行動していたならば、まだ仕方がないと思っていた。なのに、イェルミエルは知っていると言うのだ。
「じゃあ何でっ、いや……そのせいで、起こらないはずの事件が起こることになるとか、誰かに迷惑をかける結果になることを知っていて、そんなことできるのか?」
「できるわ。結ばれながら共倒れして破綻する恋も、片方が自殺して終わる恋も、ぜーんぶ成就させて来たわ。これからだって、イェルミエルのやり方は変わらない」
「……もっと沢山の人の生命を脅かす事件に発展すると知っていても、聞き届けるのか?」
「勿論よ」
「な……っ」
躊躇いなく答えたイェルミエルに、コウスケの方が戸惑う。人間とは違う存在とはいえ、大勢の生命をないがしろにする選択には、少しくらい後ろめたい反応をすると思っていたのに。
「あのね、何度でも言うけどイエェルミエルは人間の……ううん、イェルミエルの仕える全能の主を信仰しない人間の命なんて、どうでもいいの。イェルミエルに恋の願いを叶えてもらおうと教会にやって来る人たちだって、自分の利益のために訪れるだけ。主への信仰のために来る人なんていないわ。でも、だからこそ、その後どうなってもどうでもいいの。分かる?」
小首を傾げてコウスケを覗き込まれた。無邪気な表情は、自分の考えに一切の疑問も抱いていないことを如実に表している。
「もし、死んでしまっても、良い信者と認められれば審判の日に復活して、イェルミエルたちの神の国へ行けるもの。死んでても生きてても、人の命は同じよ。全てが決まるのは、この世の終焉の日だもの」
「だから、大勢の人が死んでも気にならないっていうのか?」
「ならないわ。異教徒なんていくら死んでもイェルミエルたちが流す涙はないの」
コウスケは理解する。
イェルミエルたちにとっては、人間は単純に二種類しかいないのだ。すなわち『自分たちを信仰するか否か』である。
非常に大雑把で明確すぎる線引きだ。自分たちの都合を隠しもしない、冷酷な基準がそこにあった。
「……よし、決めたぞ」
「え、何なに?イェルミエルの前に跪いて命乞いをして靴を舐める?あ、私普段は靴履いてないんだった!ともかく、使い魔持ちの魔法使いがひれ伏すなんて、大歓迎よ!」
「誰がするか!お前なんかのせいで事件が起こるなんて、被害に合う人たちが気の毒すぎるわ!絶対、防いでやるからな!」
「!っ……やれるもんならやってみなさいよ!後で謝っても、塵になるまで許さないから!!」
二人が別れ際に交わしたのは、宣戦布告にも等しいものだった。
「……」
「おかえりなさい、どうしました?」
帰宅の挨拶もしないコウスケをマラックスはいつものように迎えてくれる。思った通り、家の中は隅々まで掃除されてピカピカになっていた。
「……あの、天使に会ったんだ」
「え!?大丈夫でしたか?何かされませんでした?」
「うん、大丈夫だ……でも、あー……何にも上手くいかなかったって言うか……」
「何があったって言うんですか?」
マラックスは心配で仕方がない様子だが、彼に外出の本当の理由を伝えずにいたコウスケは、気まずいやら申し訳ないやらで、立つ瀬がない。
「……教会に行くって、俺言っただろ」
「ええ、久し振りにお父様に再会されたのですから、積もるお話もあったでしょう」
「あの……実は、それだけじゃなくて……俺、あの人に魔法使いに戻ってもらえないか、相談するつもりだったんだ」
マラックスが体全体で息を吸い込み、
「……随分な無茶を……」
深く長い溜息を吐いた。
やはり、相当無茶なことをしようとしていたのだと、コウスケはようやく理解する。
「こ、断られたけど!でも、あの人のこともイェルミエルのことも、今までより理解できたと思う」
「……そうですか。その、……なかなか頑固な方でしたでしょう?」
「え、うん」
どうして、そんな知っている風に言うのか。問うより先に、マラックスが口を開く。
「ずっと前、コウスケさんが生まれて間もない頃、私の……マラックスの一人は、マサヤさんの話を。召喚者が魔女会に出席するのに付いて行った時に聞いたんですよ。数雨百年に一人と言われるほど魔力に富む逸材なのに、魔女会にも入らず使い魔も持たず、ふらふらしている野良魔法使いがいる、と」
「野良って、ひどい言われようだな」
「まあ、あまり良い意味ではありませんでしたが、当時の魔女会では何かと話題に上がる有名人でしたよ。その後、キリハさんと結婚され、本格的に魔法使いの世界から足を洗っていたとは知りませんでしたが」
「有名だったのかー」
キリハも優秀だったと評価していたが、魔女会でも名前が上がっていたとなると、かなりの才能が見込まれたのだろう。
「魔法使いの一人としては、その才能が惜しいと言うべきか、妬ましいと言うべきか」
「まあ、その才能が、今はただの天使の餌になっていると思えば誰だって……あ、そうそう!イェルミエルと会ったんですって?何かあったらどうするつもりだったんですか!?」
「あいつと鉢合わせたのは不可抗力の偶然だったんだって!それに、無事だったし、な?」
しまった。話題を逸らしかけていたのに、思い出させてしまった。
それなりに疲れて帰ってきたのだから、今はお説教は勘弁して欲しいというのに、マラックスはお小言を止める気配を見せない。
「そんなの結果論じゃないですか!だいたいですね……!」
「はい、もう、本当に深く反省しています。反省しているので、もう一人悪魔と契約します」
「……え?」
こういう時、ただ下手に出てもマラックスには効果がない。
ならば、変化球を投げてやればいいのだと、コウスケは彼との生活の中で学んでいた。この使い魔は、意外とアドリブに弱い。
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