12個目 おしまい
おしまい
まあそこで終わらないのものだけど。
俺は鈴木、店長だ。猫カフェとペットショップを経営している。俺はまだ中毒性の高いチャージャーを愛用し中毒になってしまった。その日々を綴った日記が本となり、発売されそこそこ売れた。その売り上げと協力者の助けを借り、店を開くことができている。そして店の猫目当てでなおさんと今でも仲良くさせていただいている。猫も嫌いじゃなくなった、という相変わらず素直じゃないなおさん。そういえばなおさんも小説を書いているらしい。らしいというのは実際になおさんの口から言ってもらってないからだ。なおさんはいったいどんな小説を書くのだろう。気になる。だけどどうしても聞くことができない。
大人気音楽雑誌のコラムの仕事が来た。一応アツスズというペンネームで細々と活動はしている。まだ決めていないのに、やこがなおさんに話してしまった。
「そんな大きい仕事もしてるの?」
「してない。でもほら進化について悩んでた日記を本にしたから」
「そっか、だからあんたの本、気難しいの多いのね」
「そう、でも今は店もあるし今回は断るかな」
その時のなおさんの顔。信じられないものを見るような顔をされた。
「やらないの?」
「やってくださいよ?」
やこからも言われる。最近やこも聞いている音楽。また中毒になるんじゃないのかと世間から批判もある曲だ。というか歌手か。なおさんの友だちの旦那らしくて、また施設でも歌っていたことのある人、さらにユキチ隊の音楽隊長だ。
「や、やります」
「絶対読むから」
少し悩んだが実際に会ってみることにした。
「あ!鈴木さん!」
「ああ、京子さんお久しぶりです。秋さん初めまして、鈴木と申します」
「こちらこそいつも京子がお世話になってます」
「早速ですが本名ですか?」
「秋 晃っていうんだよ、あきあきら。変だから自己紹介したくなくて、いつもあきって」
「京子、俺が質問答えなきゃ意味ないでしょ?」
「あ、そっか」
なんだか微笑ましい夫婦だ。年の差もあるがまあ今の時代さほど珍しくもない。今は秋 京子さん、か。
「京子がどうしても一緒に行きたいと、」
「大丈夫ですよ、本当は文章書くだけで会わなくてもいいんです。俺が無理言ってスケジュール合わせたんですから」
秋さんは元はシンガーソングライターだった。今はバンドの一員として曲作りに励んでいる。ボーカルとして歌うことは以前より減り、ギターを鳴らしている。
「以前より歌う回数が減ったのは、やはり中毒のことを気にされているんですか?」
「いえ、今は自分が歌いたいという気持ちより歌を届けたいという気持ちの方が大きいからです」
「それで楽曲提供も多いんですね」
「はい。新人歌手発掘!みたいな感じのも好きで」
「今後は音楽を支えていきたい、と」
「そうですね」
「ファンはあなたの声が聞きたいみたいですが?」
「よく言われますよ、中毒になってもいいから歌ってとか、ギターをやめろとか」
まあだから俺のところに音楽雑誌の仕事が来たんだけど。最近は進化や中毒を肯定するのも否定するのもよくない、そう言われる世の中へと変わっている。いつだって誰かや何かに都合のいいように世間は動いていく。
「でも今は自分がやりたいと思ったものを、好きにできる世の中なので、たとえもう一度中毒になったとしても、俺はそんな自分を認めていきたいです」
「たしかにやりやすくはなったかなあ」
「あとあんさんの話、してもいいですか?」
「はい、あの最初の被害者と呼ばれている、なおさんのお友だち」
「最近仲良くさせていただいて、」
「そ、そうなの?」
京子さんが心配している。大丈夫、これは多分、
「今度あんさんのダンスに合わせて曲をつけることになったんです。その宣伝もかねて、」
「抜け目のないやり手ですね」
「それがなおさんから頼まれまして」
「なるほど」
こういうことが増えていくにつれ、あの人への気持ちは恋心から憧れや尊敬のようなものへ変わっていくばかりだ。それで俺に書かせたかったのか。なおさんのお願いとあらば、やっぱりやらなくちゃいけないと思うよな。重ねて京子さんからもお願いされた。そして2人で手を繋いで帰っていく。むう、俺もやこを連れて来ればよかったな、ちょっと変な気分。
「やこー?どこにいる?」
「はいはい、おかえりなさい、どうしたんですか?」
「ん?」
「いつもなら、間延びしたただいまー、なのに」
「見せつけられたんだ」
「あらまあ、何を?」
「変なこと妄想してない?やこ」
「うふふ」
「あの夫婦見てると大抵のことは大丈夫だと思えるなあ。京子さん、だいぶ結婚の時いじめられたらしいし」
「あら、そんなこと言ったら私たちもなかなか変わってますけど」
「まさか、いじめられたのか?」
「だから、私はロボットなんですから大丈夫ですって」
「大丈夫なわけあるかよ」
やこにはロボットだからといえばなんでも済むと思っている節がある。もう少し俺の気持ちもわかってくれ。いや俺もやこの気持ちをわかっていないんだろうなあ。ロボットになんて、なれやしないし。ああでもあの管理人に頼めばできないことでもないのかな?
「それより、ご飯できてますよ」
「なあやこ?」
「はい、あつしさん」
俺の名前は鈴木 淳。先の見えないロボットとのお付き合いも今日で終わりにしようと思う。
「結婚しよう」
言った、言ったんだ。しばらく間があって、やこは目をパチクリさせる。
「それは、両家の親に挨拶したり、結婚式もして、ドレスも着て?」
「おう、やこの好きなようにしたらいい」
「そうですか」
「やこ?」
「ではもう結婚している夫婦としてこのまま一緒にいましょう」
ん?
「式は挙げないの?」
「はい」
「なんで?」
あ、
「「ロボットだから」はなしだよ!」
「なし、それ以外の理由を述べよ」
綺麗にハモる。困ってしまった様子のやこ。俺は少し複雑な変な気持ちになる。
「自分に自信がないんですよ。あつしさんのそばにいるのも。だけど離れたくないから」
そこでやこは俺を見つめる。ぱっと見ただけではロボットとは気づかない。
「だからあつしさんのお手伝いができたらと、私はあつしさんのものですから」
「俺はやこのものじゃないのか?」
「はい。そんな風には縛れません」
「そんなことじゃ、どっかに行っちゃうぞ」
少し冗談交じりに言った言葉にも、過剰に反応する。ビクッとした体が固まる。
「やこ、どうしたんだ?」
「わ、私は危険な思想を持たないように作られています。あああ、危ないことはするな、と。わ、私は今、危険なことを考えてしまいそうで、それで、だから、ロボットなんです」
「手を出して」
今にも泣きそうな、泣かないロボットの手を握る。冷たい。
「やこ、俺はお前が好きだよ。だからそばにいたいし結婚したい。式を挙げなくたっていい、挙げたっていい。個人的にはドレス姿を見たいけど」
「あつしさん!」
抱きしめると結構な力で振りほどかれた。
「好きだからってロボットに縛られてもいいんですか!簡単なんですよ、あつしさん1人を外に出さないことくらい。家に閉じ込めるくらい。あつしさんが出かけるたびにそんなことを考えて、そんなロボットとそばにいるんですよ、あなたは。私は、あなたが他の誰かと一緒に結婚してしまったら、私は、その人を、きっと、きっと、」
そんなに悩んでいたなんて、知らなかった。やっぱりロボットにだっていじめもあるんじゃないかと思う。それにたしかに仕事以外も1人で出かけることは多かった。やこはやこで買い物に行ったりしていたけど。やこをもっと外に連れ出せばよかった。一緒にもっと。
「あつしさん!」
ビー!!!と警戒のような音が鳴る。やんわりと抱きしめているやこの首の後ろのあたりから聞こえている気がする。
「やこ、落ち着いて、俺の顔を見て」
「はあ、はあ、み、見れません」
まだ警戒音は鳴る。どうしたらいいんだ、これは、故障か?俺のせいだ、だめだ、落ち着け。落ち着いて、やこを落ち着かせるんだ。大丈夫、大丈夫だから、
ドンッ!!
だいぶ頑丈な作りの家の、鍵のかかった玄関が勢いよく開いた。
「やあやあ大丈夫?」
「管理人!」
「鈴木淳、とその恋人ロボットやこ。異常アラームが鳴ってたから来たけど、どうしました?」
「えっと」
やこも目を見開いて驚いている。あとで聞いたら親に当たる彼にやんわりと抱き合っているところを見られて恥ずかしかったと。
「なるほど、完全に夫婦げんかか」
「まだ夫婦じゃないです!」
「こらやこ、危ないことはするなと命令しただろ、それに俺が作ったロボットにはもう停止命令を出したはずだ」
カチン、ときてしまった。
「何勝手に命令してんだよ、俺のやこだ」
「勝手にじゃないよ、作ったんだ」
「なんで作ったのに動かなくするんだよ」
「戦争とか犯罪とかに使われないため。俺の作ったロボットにはそんなことできないけど、みんな改造が好きだから」
君もね、そう言われる。俺はそんな技術持ってないと言い返そうとするが、やこに止められる。
「そうです、もうあつしさんに改造されました。だけど今回みたいに自分を制御できなくなったらどうしたらいいですか?」
「ははっ、そしたら俺がここに来るよ。俺が来れないときはなおが来るよ」
な、なんだそりゃ。
「故障したら俺しか治せないしね」
「な、やこ嘘ついたのか?」
「だってすごい心配してたから」
「なになに?」
「電気屋に持ってけって」
「こらやこ!そんなことしたら本当に改造されるよ」
「すいません」
しょんぼりするやこが心底可愛かった。親と好きだった人に痴話げんかを説教されるのは嫌だとお互いに納得し、この際だからと日頃の不満を言い合って、まあ騒動は収まった。管理人はやこの警戒音の音量を下げて、定期点検だからといって体を調べていった。
どうしようもう体まさぐってるようにしか見えないんだけど、やこもくすぐったがってないから本当点検なんだろう。変な気分。ああ、これ嫉妬だ。そして玄関の扉がちょっとオシャレに鍵も頑丈に変わっていた。知らなかったけど。
「鈴木!これこれ、買ってきた!」
「もーなおさん、忙しいからやこと見て」
「私だって忙しいですよ、1人で見てください」
「なんだよ、この店だって宣伝してあげてるのに。なになに、『好きにできる世界』アツスズ氏衝撃のタイトル、だってよ。あ!あんのこと、紹介してくれてる、ありがとうね!」
「い、いえ」
「こら、デレっとしないでください」
「あいたっ」
「あいかわらずラブラブだなぁ」
めでたしめでたし
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