5個目

「あんちゃんさ『最初の人』らしいよ」



 そう同窓会で聞いたから会おうとした訳ではない。その少し前から気になって調べてははいたんだ。眠り込むあんちゃんの姿が今でもはっきりと思い出せる。彼女はチャージャーのアイマスクを使うようになった。側にいた私はが嫌いだった。チャージャー害のニュースが出た時真っ先にあんちゃんを思い出した。なんでかってあのあんちゃんを普通だとは思わなかったから。チャージャーにとられた、ずっとそう思っている。私の癒しは彼女とくだらないことを話すこと、カラオケでバカ騒ぎすること、悩みを相談したりすることだった。だから私もチャージャーを使ってみたりしたけどどれもしっくりこなくて、あんちゃんの声が聞きたかった。だけどあんちゃんは眠って動かない。充電チャージしているはずなのに充電が切れたスマホみたいで。最初は悲しかったけどそのうち私をイライラさせた。そして私はとくに何も言わず彼女から距離を置いた。他の子もいろんな形のチャージャーを触ったり着けたり塗ったりいじったりしていたけど、あんちゃんは眠るチャージャーだったから、同じ教室でも気まずくもなかった。彼女は冬に入ると学校に来なくなり、卒業式にも出なかった。私はいつしか彼女を忘れていた。それでもニュースで被害者が増加しているという話を聞いて、彼女が真っ先に浮かんだ。どこにいるか調べてみたけど特定できなくて、もしかして重症なのかと思った。その通りだった。




 〇〇〇〇〇〇





 自分をコントロールできないのは自分の力がどれくらいか知らないからだ。測ってみる。身体測定、スポーツテスト、学力試験、免許、資格、面接、オーディション等。そこで測られる能力は本当に正しいのか。持って生まれた才能だとして、果たして一生あるものなのか。才能が開花する可能性は増やせないのか。個人の能力には限りがあるのか。適材適所の基準はない。能力を伸ばすこと、それを考えた末に俺が思いついたのが、このチャージャーだ。




 〇〇〇〇〇〇




 俺は猫に出会って涙が流れた。その猫は手を伸ばした俺から逃げようともせず抱かれた。その時ふと猫カフェの店員さんを思い出した。あの人たちも猫が好きだっただろうに、俺みたいになっていないかなと。チャージャーにより確かに悩みは解消された。いや悩まないようにされたんだ。しかし俺は虜になり猫カフェにも行かず、本物には会いに行っていなかった。なんでそんなことにすら気づかなかったんだろう。なんて癒されるんだ、お前飼い猫だろう、ご主人は誰だ?なんて話しかけながら撫でる。涙が止まらない。泣けないと思っていたのに。



「すいませんその猫、私の」





 〇〇〇〇〇〇





 あの日。文化祭の日。忘れもしない雨の日。私はお母さんに嘘をついた。ビンボーとクラスで呼ばれていた。お母さんが無理をして中学校に通わせてくれたから辞めたいなんて言えなかった。何をされたとかこう言われたとか今でも思い出すことはある。でもそれをかき消すくらいの思い出ができたから、私はそれでいいと思っている。文化祭の日、私は制服も体操服もびしょ濡れになって早退しようとした。その時に服を貸してくれるでもなく、濡らしたいじめっ子を責めるでもなく、私と一緒に早退して自分の家に招いてくれたのが彼女だった。シャワーや私服を貸してくれて制服も体操服も洗濯してくれた。汚い私を見て嫌がったり笑ったりせずに何も言わずに泣いてくれた。私たちは友だちになった。そしてたくさん笑いあった。




 〇〇〇〇〇〇




 俺はここ何年かで久しぶりにゆっくりとしている。この施設のホールと呼ばれる食堂兼多目的スペースで、スクリーンに映し出されるオリンピックの映像を観ている。



「フライ競技、なんと2位!素晴らしい記録です!銀メダル!!」



 だいぶ大勢がスクリーンの前に集まり談笑中だ。俺のいるここは芸能・スポーツ階男性棟と呼ばれ、昔テレビで見たことのあるやつらがゴロゴロいる。まあ俺もその一員だけど。夜になると一部のやつらがまくら投げをしていたりする。スポーツとは言えない程度のレクリエーションもある。それにしてもスポーツ中継を見るなんて何年ぶりだろうと思いながらここで座っている。偶然隣にいたやつが俺のファンだったという、声をかけてきてすぐ口をつぐんでしまった。ここではなんとなく以前の活躍を話しづらい。俺は気にしないと言って好きな曲あるかと何気なく聞いた。



「そうか、そうだな…どれも好きだけど、俺みたいなスポーツ馬鹿にはあの曲だよ、ほら『夢の中へ』ってやつ!」





 〇〇〇〇〇〇




 私が彼を好きになったのは進化でもチャージャーのせいでもない。私のせいだ。惚れっぽいし短気だし泣き虫だし、我慢がきかずすぐ感情が溢れ出し、決めたら行動に起こさないと気が済まない。私は友だちは多い方だったけど水たまりのような付き合いばかりだった。だから私の怒りも悲しみも重い扱いをされず、私の想いをわかってくれる人などいないと思っていた。それでいいと思っていた。私はいつしか深い関わりをすることを避けるようになっていた。もちろん家族の影響もあるけれど。それなのに彼女と彼女の家族はとても言葉では言い表せない想いをくれた。一瞬をひと時を大切にしていた。私が遠ざけていた恋愛に気持ちを向けたのも彼女で、ふざけて作った歌と変装グッズの服や帽子、そして一緒に試したチャージャーのイヤホンも私を助けてくれた。彼女との出会いがあったからこそ私は今の私があると思っている。





 〇〇〇〇〇〇




 あんちゃん?


 そこにいたのはあんちゃんで私の嫌いなあんちゃんだった。だいぶ明るかった茶髪も黒くなって、それを気にしていなくて、よく喋る口が閉じて高い声じゃなく息が漏れるだけで、一緒にダイエットしてたのに必要ないくらいに細くて白くて、だからもちろん大きな瞳が開かれることはなかった。私の嫌いなあんちゃんはいつも眠っている。笑った顔も怒った顔も泣いた顔もしてくれなくて、しゃべってもくれない、反応してくれない、死んでいるみたい。


 あんちゃんの家族も似たような感じになっていた、お母さんもお父さんもお兄さんも空っぽみたいで、あんちゃんと同じくいろんなところをたらい回しにされて今はこの施設で療養中だという。中でもお兄さんの友だちがチャージャーの発明家らしくてそれであんちゃんが『初めての人』になってしまって、お兄さんはあんちゃんよりも状態が悪いらしい。あんちゃんは眠っているだけだけど。そして施設で療養中ではなくて、実験中だったことをすぐに私は知ることになる。そしてそこで発明家先生に初めて会うことになる。


 夏は日焼け止めを塗らないと進化した人に笑われてしまう。私は進化していない。したくない。だからこまめに塗る。その日も施設の休憩所で塗りたくっていた。あんちゃんと再会してからほぼ毎日顔を見にきて声をかけにきている。実験施設から療養施設へ本当に移ることができたけれど、あんちゃんは未だ眠っている。そのうちに施設のいろんな人と知り合いになっていった。1人の女の子から聞かれた、どうして進化しないんですかと。



「私はどのチャージャーもしっくりこなくて、進化だって注射が怖くて。それにおばあちゃん子だったから、新しいもの好きじゃないの」



 私は簡単に言った、その子は若くて今の時代ではもう成人の歳、大人びていた。まだ進化していないであろう友だちに会いに行くために療養していてその友だちと私が似ているという。まただ、そこで私は違和感を覚える。



「会いに行ってね、私と話していたってその友だちの代わりには絶対になれないから」



 その子の涙を見て羨ましいと思ってしまった。回復している他の人たちへも羨ましいと思うようになってしまっている。これはいけない、その日はすぐ自宅へ帰った。夏の日差しが変わらない、いや強くなっていると思う、人を焼こうと躍起になっているように感じる。自宅では寂しさを埋めるために猫を何匹か飼っていた。正直に言うと猫よりも犬派だ、犬は芸も覚えるし私のあとをついてくる。舐めてもくれるし毛だって猫ほどは抜けない。爪もあんなに痛くない。ツンデレはわかるけど私が嫌っているのを感じているのかだいぶツンツンされている。私は猫に邪魔されながらパソコンを打つ。今はだいぶ古いタイプになってしまったがこれを使う。なぜかって新しいパソコンは中毒性が高いからだ。私は進化したり中毒者になるわけにはいかない。仕事をしてお金を稼ぐことすら進化のおかげで普通でなくなった。以前の普通がずれた今、戻すことはできなくても立て直したい。そう考えている人たちの集まりが裏の社会にはある。私の仕事はその人たちとの関わりを持ちながら国のお偉いさんの1人の秘書をすること。私は仲間にスパイと呼ばれているが私はこの二重生活をスパイ行為だと思ったことはない。私は嘘をつくのが得意だ、友だちだってうわべだけで付き合える。あんちゃんは気の知れた仲で馬鹿話もできて、そしてあんちゃんにだけは自分の黒いところをさらけ出せた。だけどあんちゃんはチャージャーにとられてしまった。私はどんどん自分の中の黒い塊が大きくなっていくのを感じていた、そんな私の大学時代は世界では激動の時代と呼ばれている。チャージャーによる中毒者やそれを使った陰謀で世界が黒で満ちていた。今だって変わらない。それに国の人たちはチャージャーや進化の被害者に対して、異端者やうまく進化できなかったはずれ者としか見ていない。今この国にはあんちゃんのような療養者が数えきれないほどいる。私たちの仲間が必死に施設を増やしている。人手が足りなくてロボットも総動員している。みんな必死に生きている。国の人も施設の人も療養者も加害者も、そしてロボットも。だけど私はどこかそれを現実でないような気がしてならない。私も私でないような気がしてならない。どこか他人事な気がするからこの二重生活が送れる。嘘が得意で人を簡単に信じない私は、この世界ですら嘘のような作り話の小説のような気がしてならない。



「にゃんてね」



 猫はパソコンを打つ私の腕の間をするりと抜けといく。

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