4個目
人を好きになったからといってその人をどうしたいわけでもない。ただ好きでいられればいい。私はある人を好きになった。その人がいないと生きていけないとまで思った。だけど、生きていけないなんてことはない。自分の人生においてどれだけ大切な人だとしても、生きていけないなんてことはない。私も彼も健康なんだから。助けてもらわなくても1人で立って歩けて生活できる。だからお互いがいなくても生きていける。だからこそ離婚も別居もある。ともに生きることは一緒に隣を並んで歩いていることに過ぎない。結婚も妊娠も出産も育児も主婦も介護も、幸せかどうかは別。言ってしまえば好きな人じゃなくてもできる。恋と愛は違うと誰かは言った。私の母だったかもしれない。そして母は全部やったけど幸せだと感じたのはわずかな時間だけだったと言って、そしてその一瞬で満足することができなかったと家から出て行った。お父さんは私のせいだと言った。私は家を出て1人で暮らした。
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俺は実は若い。ワカゾウというやつだ、だけどもう終わりのような気がしていて、どこか焦っていた。最初の女子高生のあんもそんなことを言ったような気がする。俺はもっと長くいろんなものを作りたかったが終わりがきても仕方がないと思っていた。犯罪者と言われても、救世主と言われてもどっちでもいい。俺は作り方を考えているのも好きだ。作り始めるのも作っているのも完成させるのも好きだ。作り終わって眺めているのも好きだ。完成品が自分の元を去っていき、これから何を作ろうかと悩む時間はどうしても嫌いだ。悩んで考え込んでしまうから、時間がだいぶそれに費やされるから。何を作ろうか、決めてしまえば楽しいし面白いし好きなのに。なんでもいいのに、悩み続ける。作らなくてもいいのに、作ろうとする。そのくせ人から言われたものを作るのは苦手なんだ。
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落書きの猫が俺を見つめる。
俺はこの施設に来て始めて管理人という人に外出願いを出した。いい人だった、きっと進化していない人だと思う。俺は真っ先に猫カフェに行ったがビルになっていた。自宅に行ってみたが飛行教習所になっていた。職場はあったが違う会社が入っているようだった。俺はコンビニに立ち寄ってニュースとおやつを買った、店員のロボットは俺の持つ古いお金を嫌な顔せず新しいものに両替してくれた。ブラブラと歩いていたら出会ってしまった。
懐かしいあの瞳が俺を見つめる。
久しぶりに見た本物だった。
〇〇〇〇〇〇
私の家は壊されることになった。いつかそうなると思っていたからそんなに驚かなかった。明らかに周りとは違う家。あっという間に崩れていった。あんなにしっかり立って私たち母娘を守ってくれていたのに、本当に一瞬だった。そして集合団地に私の地区の進化していない人たちは集められた。仕事もクビではないらしいが休暇をもらった、給料は出ている。職場に来なくてもいい、仕事をしなくてもいいんだそうだ。なんだかよくわからないけど職場の人がひそひそと話していた。私は新しい家でお母さんの手伝いをしたり、近所のおじいさん、おばあちゃんたちのお世話をしながら昔話を聞いて過ごした。面白い話をいっぱい聞いて、話して、配給される食材で作るおいしいご飯とお菓子を食べてお茶を飲んだ。なんだかすごく幸せだった。みんな懐かしいといって泣き出した、よくわからないけど私もつられてもらい泣きをした。
友だちからの返事は来ない。今は会いに行けない。あの涙もろい彼女は今何をしてるんだろう。私は今泣いている。ふとあの日を思い出す、私のために泣いてくれたのは彼女だけだった。あの日を私は忘れない。でもそれ以上に彼女と笑った日々を思い出す。今も笑って楽しくやっているといいなあ。
〇〇〇〇〇〇
俺はステージの上で倒れた。そして大きな病院に運ばれた。そのあとは施設へと連れて行かれた。以前とは違う普通のところだった。普通ではなかった。だけど研究所ではない優しいにおいがした。俺はしばらくぶりに声を出した。歌わされた詞ではなく施設の管理人という人に話をするために。
「俺は歌わなくていいのか」
管理人は呟いた。好きにしていいよ、そういって笑ったその人に会ったことがあるような気がしたが思い出せなかった。すぐ疲れて眠ってしまった。嫌な夢を見た気がするが起きたら思い出せなかった。それでいいような気がした。
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今はチャージャーと言われているけれど、私はだいぶ前からその歌手が好きだった。チャージャーなしでは生きられなくなった人のことをチャージャー
人型のチャージャーがあるという噂が流れたのは私がファンとして彼とよく話すようになったあたりだった。彼女の代わりをしてくれるロボットから子どものかわり、奥さん、友だちと様々で、ニュースでよくやっていた。ロボットが人間の代わりとして働き始めているが、生身の人間の方がいいに決まってる。私は友だちといろんなチャージャーで遊ぶのが好きだった。進化が当たり前になった今では、チャージャーは身近なおもちゃのようなものに戻っていた。効力を抑えて作られていて、いい感じに楽しめる。人のソウジュクカだか教育の進化だ、可能性の拡大だとかで若くてもいろいろなことが許可されるようになった。堅苦しい考えの人は未だに反対しているけれど、いろんなものが進化していく中でだいぶ安全になり、チャージャーも進化も安全だとされた。私は進化の注射を受けに行った。友だちは進化できないけれど、だからって関係ない。差別している人の神経がわからない。
私は進化してから前よりも積極的に彼に声をかけることができた。より仲良くなれたけど彼は音楽のことしか頭にないようだった。私は彼を支えなくちゃと思った。歳だって私の方が年下で子どもにしか思われてないのかもしれない。それでもいい、ただ好きでいられればいい。彼とご飯に行くようになったあたりでスポーツ選手やアーティスト、芸能人とか社長さんが一斉に検査を受けることになった。長期間入院する人もいたみたいだけど、彼は検査入院だけで帰ってきた。すぐ帰ってきたからたいしたことなかったんだと安心したのに。もう前のようには歌えなくなっていた。なんで他の人は気がつかないの?声は変わらない、変わらないけどあんな辛そうな苦しそうな歌い方をする人じゃなかった。私が好きになった理由も飲みすぎてフラフラしていた時に優しくて甘い声に誘われたからだ。なんてていねいに想いを込めた歌い方だろうと思ったからだ。私は悲しかった。誰も気づかないことも、彼もそれに気づいていても歌をやめられないことを。そしてそんな彼から離れられない私も。
進化ってそういうことなのか、考えることをやめれば人は進化できるなんて、一体誰が考えたの。何かに打ち込めばそれだけで進化するなんて。彼は音楽、私は彼に、そのうちに彼のことしか考えなくなっていった。彼としか連絡を取らず、彼のことを思いながらご飯もお風呂も入って眠りについた。彼のためを思えば彼を休ませなくてはいけない、そう思ったのは多分彼のファン、彼をチャージャーとして生きている人の中で私だけだったようだ。彼に話に行った、何度も。そのうちに警備員に追い出されるようになった、それでも私は彼が好きだった。ライブを壊すことはできない、彼が悲しむから。喉を枯らすこともできない、彼が悲しむから。でも休ませなくては彼はきっと死ななくても死んでしまう、いなくなってしまう。私は彼のことを考え続けた結果、彼を倒れさせることにした。病院に行けば休める、怪しい検査をされるのも怖いけどしばらくは音楽を休める。私は密かに裏社会で有名になっていたその人に頼んだ。私のチャージャーを助けてください、と。掲示板の管理人さんはすごくいい人だった、きっと進化していない人だろう。すごく丁寧に私の思いのたけを聞いてくれて、返信をくれた。私は彼の休息を願った。
私は変装して会場に入って、彼の歌声を聞かないようにイヤホンをしてホールの外の椅子で騒動を聞いていた。それも掲示板の管理人さんから言われたことだ。彼の曲を聞いて癒されないなら、彼の体と心を心配して休めていないなら、曲を聴かずに待っていて。久しぶりに目にも耳にも彼を感じないでいた。心がちぎれるんじゃないかというくらい心配したが、彼は入院して安全な施設に入ったと聞いた。まだしばらく会えないと言われたが、その人のいうことならなぜか信じることができた。よかった、彼は無事でゆっくり休めている。それだけで私はだいぶ気が楽になった。ホッとしたのと同時に会場に入った時に使った変装グッズとイヤホンと聞いていた音楽を思い出して、久しぶりに彼のこと以外を考えて笑った。そして泣きそうになった。涙が出ないことに気づいて、私は病院に行ってそのあと施設に行った。その施設は私にも休息をくれた。私は彼がいなくても生きていた。あたりまえだ。みんな1人でも生きていける、そんなことはない。だから誰かを好きになる。好きな人の幸せを願って生きていた。きっと彼もこういうところで休むことができている。私はそう信じることができた。だから私の退院は早かった。
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