君のチャージャーは何かな?

新吉

0個目

 充電が切れて真っ暗になったスマホは、鏡代わりくらいにしか役に立たない。どこを押しても指でつついても、叩きつけても優しく撫でても、なにも答えてはくれないのだ。



「ねぇ、聞こえてる?」



 隣にいる友達に声をかける。ぐったりと力なくうつ伏せになっている。彼女はあんちゃん、私の友達。充電チャージが始まってしまうと何をしてもなにも答えてはくれない。眠っているだけなのに、前みたいに揺さぶっても簡単には起きてくれなくなった。そのうち休み時間を過ぎて授業中も眠るようになってきた。反応のないあんちゃんはつまらない。だから嫌いなんだ。ちょっと前から流行りだしたこのチャージャーが。だってまるで、



「機械みたいなんだもん」



 ねぇあんちゃん。今まで楽しそうにしてたじゃん。人間やめたいってこういう意味だったの?



 もちろんチャージャーに助けられることだってある。チカラの源、エネルギーが湧いてくる気がする。発明者って人の気持ちも分かる。でもこれはやり過ぎなのではないでしょうか。こんなものなくったって普通に生きていたのに、普通の高校生だったのに。高3の夏にはもうあんちゃんから距離をとるようになっていった。




 〇〇〇〇〇〇




 あの頃欲しかったものが

 今も欲しいかと聞かれたら

 そうでもない

 あの頃足りなかったものが

 今も足りないかと聞かれたら

 そうかもしれない


 何があればいいんだろう

 どれだけあればいいんだろう

 どうすればいいんだろう




 〇〇〇〇〇〇




 あーお金が欲しいなぁ、と呟きながら周りを見渡して自転車をこぐ。快晴。うだるような暑さの中、日焼け対策をしても焼けてしまうこの身分を呪う。進化した人たちは日焼けしないらしい。いいなー、雲ひとつない空を思い切り飛びたい。



「やっほー!!」



 あんなに小さい子でも対象者に入ったから、楽しそうに空を泳いでいる。お父さんの後ろで怖がっていたのに、コツをつかんだのか今はスイスイと泳いでいる。そのうちに見えないくらい高くまで飛んでいった。首が疲れてふと視線を戻すと着信が来ていた。自転車を止めて自転車道真ん中で返事をする。どうせ今の時代この道路を使ってるのは自分かおじさんくらいだし。



「何?今汗だくなんだけ」


「これ聴いて!!!」



 爆音で耳元に流れ出したので変な声が出る。音量を調節して彼女のイチオシの曲を聴く。いい曲だけどどこか寂しい曲で。歌手も知らない人のようだ、甘い声の男の人。



「いい曲だわ、癒される〜」



 素直に答えると電話の主は満足そうに言った。



「あたしのチャージャーなの!!!」




 〇〇〇〇〇〇




 あー王子かっこいいなあ、キリッとしててそれでいてあの人懐っこさ。店の前でお見送りしてくれる、まさに王子。そしてヤフくん。ここの入り口狭いのに。どうやって中に入ったの?店員さんは子猫の時からここにいるからですよと教えてくれた。なかなか起きてくれないヤフくんを撫で回す癒しのひととき。




 〇〇〇〇〇〇




 あなたはストレスが溜まったらなにをしますか?


 私は空を飛びます。



「人類が空を飛べるようになって5年が経ちました。今ではスポーツとして楽しむ人も増え、次回のオリンピックへ種目が追加されるのではと話題になっています」



 スーツを着たサラリーマンがネクタイを外しメガネを外し、空を飛び会社へと急いでいた。ネクタイやマフラーのような長いものを巻いたり、持って空を飛んではいけません。アクセサリーはつけてはいけません。荷物を落としてしてはいけません。小学生でも教わる空の交通ルールである。進化した人々は空を飛び、小さな傷は自分の力で治せるようになった。他にも細々とした能力や弱点とも呼べる副作用があるが、大半は時代の変化を感じながらも便利になった自分の体を楽しんでいた。もちろん事故やスピード違反も多く、それを取り締まるために、白バイならぬ白トビが結成される。子どもの脇見飛行による追突や墜落が増加し、年齢制限、飛行教習、飛行区域が設定されドームが作られた。飛行機との兼ね合いものあり、飛行時間以外はドームが解放される仕組みになっている。地上の渋滞も減り、航空規制も次第に仕組みが整ってきた。


 しかし貧富の差はなくならず、どうしても金銭的、社会的問題から『進化』できない者がいた。進化できないものたちは以前より便利になった社会で空を見上げて暮らしていた。




 〇〇〇〇〇〇




 隣にいるあんちゃんに声をかける。



「あんちゃん、暑いね」



 あんちゃんは眠そうな目で私を見る。うちわとか扇子とか持ってくる子もいるけど、私らは下敷き派だ。こだわってはいない。



「うん。学校の冷房壊れてんじゃないの?」


「そーかも」


「あー、人間やめたい」


「なにそれ?犬も猫も暑そうだよ」



 まーねと言う彼女の短くて明るい色の髪が、夏の、夕方の、生ぬるい風で揺れた。



「やめるーあつい」


「やめるのやめた!にんげんになりたい!とか後で言わないでよ?」


「言わないよ。あ、進路人間以外!」


「バカでしょ!」



 と、2人して笑った。私もあんちゃんも進路なんてこの先のことなんてそんなに深くは考えていなかった。いやあんちゃんの本音はわからない。本当のところは誰にも。先生がもう高校2年生だから考えなさい、と未来さきの話をして一枚の紙を渡された。私はそんなのわからない、ただ今はくだらない話をしたいとそう思っていた。

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