さくらさく

ちとせあめ

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 自分の足と足の間から生まれてきた人間、小さな人間、これはほんとうに人間なのか。頭なんか脳味噌入ってんのかと思うぐらい小さいし、指なんか少し力を入れたら折れそうなぐらい脆く見える。これはほんとうに人間なのか。


「ぼくときみの子供だよ」

 そう言って嬉しそうに醜く顔を歪めて笑う彼は、私が生んだ子供の父親で、私の血のつながった兄だ。あの日犯されてから私は兄のことを兄と呼ばなくなった。うっかり呼んでしまうと酷く殴られてその後にまた犯されるからだ。

 いつからか腹が膨らみ始め、目立つようになると兄は更に興奮して私を犯すようになった。私には何が善いのかわからないが、兄は殊更に「善い、善い」と云った。

 桜の咲く頃に、子供が腹から出そうになると兄はどこからか産婆を連れてきた。もう麻酔でも麻薬でも何でも打ってくれ、というぐらい痛く、兄に初めて犯されたときも痛かったが、そんなもん屁でもないぐらいとにかく痛かった。

 いっそ腹を喰い破って出てくればいい、そして私と兄を喰い殺してくれればいい、そう願いながら産婆の言うとおりにしていたら子供の泣き声がした。どうやらふつうに生まれたらしい。

 私は何だかつまらないような、安心したような複雑な思いを抱きながら「よく泣くね」とだけ言って眠った。

 子供はとても小さかった。子供だから当たり前だが、産婆が「小さい」と何回も言うから本当に小さいのだろう。当たり前だと私は思う。血が濃すぎる。兄は自分と、妹である私の血を継ぐ子供のことを猫可愛がりした。子供は女だった。

 きっとこの子供が大きくなったら兄は子供を犯し、孕ませ、また子供を生ませる。兄は自分が大好きだから、自分の血が濃ければ濃いほど「善い、善い」と言うのだ。

 私がそれに気付いたのは子供が生まれてすぐだった。兄は一日中布団から起き上がれない私を気紛れに犯し、気紛れに飯を食わせ、気紛れにトイレに行かせた。兄はその僅かな時間以外はずっと子供を抱いていた。その愛し方は今までの私に対してのものと同じで、私はぼんやりとそれを見つめていた。


「名前は桜にしよう」

 兄は私にではなく子供に対してそう言った。子供は兄ではなく横たわる私にじっと目を向けていて、その黒目がちな目を見た瞬間、私は悲しくなってしまった。

 不思議だった。私はあの日犯されて兄が兄で無くなったように、私は人間じゃなくなったはずなのに、とても悲しかった。


 その夜、桜を抱いて家から飛び出した。何かあてがあったわけじゃない、どうしようもない悲しさのせいで衝動的に桜を抱き上げたらとても暖かくて、気が付いたら裸足のまま外にいた。腕の中の桜は目を覚ましていて、泣きもせず私を見つめている。


「もう、終わりにしようね」

 私は誰に向けて言うわけでもなくそう言った。高いビルの屋上は寒くて、桜を風から守るように抱きしめる。


 暖かい、暖かい、暖かい。

 涙が自然と流れてくる。

 桜は生きている。

 私も生きている。

 これはほんとうに人間だ。

 私もほんとうに人間だ。


 兄の暗い足音が今にも聞こえてくるような気がした。もう躊躇いはどこにもない。私は桜を抱いたまま、冷たいコンクリートの屋上から飛び降りる。

 地面に叩きつけられる、その途中で、咲き誇るさくらの木を見た。






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さくらさく ちとせあめ @ameame13

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