第24話 裏切りを愛する女たち

 アーティスト・花嵐風月はなあらしふうげつのマネージャー・金橋夕子かなはしゆうこは花嵐居住のマンション内で頚動脈をかっ切られ――、失血死。

 ネットニュースの書き出しはセンセーショナル、そしてあとを続ける。

 駐車場に入庫した住人が柱の陰に倒れる女性を発見した。辺りは血の海。

 110番があり、急遽捜査本部が立ち上げられた。

 被害者は金橋夕子、午前1時頃に殺害された。

 天は二物を与えず。されど花嵐風月には4つジーニアスが授けられた。

 その証拠に4つの異分野、つまり小説家/画家/書道家/クラシックギターリストの道を究める才媛として知られている。


 しかし、天才は一夜にして生まれる訳ではない。

 出生不明の幼い風月を引き取り、ここまで献身的にサポートしてきたマネージャーの金橋がいたからこそだと言える。

 こんな女神を犯人はいかなる動機で殺害したのだろうか。取材先から急遽戻った花嵐風月が遺体に泣き崩れたのも当然だ。

 また当局からの第一報によると、高級マンションのセキュリティーは高感度の防犯カメラが随所に配置されており、万全。

 それらの映像によると、不審者の敷地内への出入りはなく、犯人は事件以前からマンション内にいて、今も留まっていると推察される。したがって犯人逮捕は時間の問題だと言える。


 この報道から1週間が経過した。

 本事件担当の百目鬼刑事、デスクから外をボーと眺めている。そこへ部下の芹凛こと芹川凛子刑事がそっと近付き、張りのない声でボソボソと。

「犯人逮捕は時間の問題って? いいえ、とんでもない難事件ですよね。凶器は未だ見つかってませんし、住人全員を尋問しましたが、容疑者らしき者は見当たらない。怪しい者の出入りもずっとありません。私たちの捜査が生ぬるいんでしょうか」

 これに百目鬼は「多分な、まだ核心に触れてないかもなあ」と重い。

 しかし一転、カッと目を見開き、「解決のためにキーとなる疑問は何か、それを芹凛の感性で3つ抽出してくれ」と指示を飛ばす。

 私の感性でって、芹凛は信頼されているのだと感じ、どことなく嬉しい。そこで軽快に「イエッサー」と返し、熟慮するのに都合が良い薄暗い資料室へとそそくさと入って行った。


 30分後、芹凛がツカツカと上司の前へと進み出る。

「コーヒーでも入れましょうか」

 いつもの言葉だ、百目鬼にはわかってる、考えがまとまったのだと。

「コーヒーより先に、3つの疑問を聞かせてくれ」と催促する。

 これに芹凛は親指、人差し指、中指3本を立てた。百目鬼は、こいつ外人みたいな仕草をするオナゴだなあと驚くが、芹凛は気にも掛けず親指から1本ずつ折って行く。

  1.風月の過去は?

  2.凶器は刃物か?

  3.一人で4分野の活躍、それは可能か?


「ヨッシャー、これらの大きな疑問に対し、答えは何か、もっと深掘りしてみよう」と百目鬼は方向付けた。

 当然二人は徹夜となり、そして朝一のコーヒーを啜りながら調査結果をレビューする。


  1.風月の過去には

    関係者の不審死が3回あった。

    いずれも風月は旅行中であり、

    今回と同じくアリバイは成立した。


  2.凶器は刃物ではない。

    爪でも殺傷できる。


  3.天才、

    レオナルド・ダ・ヴィンチでも

    楽器の奏者ではない。

    一人で4分野を窮めることは

    人間として不可能。

    必ずゴーストがいるはず。


「ヨシ、ここから仮説を立ててみよう」と百目鬼が親指を立てた。

 しばらく沈思黙考、その後芹凛がコーヒーもう1杯いかがと問い掛けると、百目鬼が話してみろと目で促す。芹凛はこれに応えて、推理を滔々とうとうと述べる。

例えば、

 花嵐風月、姉は風、妹は月の名を持つ双子の姉妹だったとしたら……。

 ただ戸籍は風月の一つだけ、となれば本事件はあり得る。

 その経緯はいきさつ

 貧しい二人でも見かけ上一人になって振る舞えば、アウトプットは凡人の倍以上に見える。

 親が姉妹を捨てるに当たって、この宿命で生きて行けと出生時にきっと仕組んだのでしょう。


 その後金橋に拾われ、

 風は小説家/画家、月は書道家/ギターリストとして開花する。

 今回の事件は、風が現場を離れ、ギターリストの月が爪を研ぎ、頚動脈を引っ掻いた。

 我々は風月が一人だと思い込んでいたため犯人に辿り着けなかった、のでは。


 百目鬼からパチパチと拍手があり、芹凛はホッ!

 だが間髪入れずに「で、動機は?」と直球が飛んでくる。芹凛はうっと詰まるが、ここは鬼女刑事の勘と意地で言い放つ。

「風と月は魔女の子供で、世話になった人を殺す。要は裏切ることが大好物。これを餌に生を高めて行く、そんなさがを持つ魔物なのよ」

 怒りを抑えられなくなった芹凛に、百目鬼は「じゃあ、その終焉は?」と軽く訊く。


 この問いに芹凛は目をパチクリとし、「裏切りを愛する女たち、最後に風と月が殺し合い、裏切りが強かった一人が最強の魔女になるってこと……、ですか」と。

 この一瞬辺りの空気がひんやりとしたようだが、百目鬼は「さっ、魔女狩りだ!」と吠え、鬼の目をギラつかせながらすでに走り出してしまっているのだった。


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