第13話 夜光姫
都会から遠く離れた山里、夏の夜空には天の川が横たわり、地上の清流では蛍が群舞する。平家の落人たちが細々と暮らしてきたと言われる小さな集落で、殺人事件は起こった。
「この川縁で、夜に光るもの、それは蛍だけです。だけど昨夜、向こう岸の草むらでポーポーと妖しく光ったのですよ。何だろうと見に行ったら……、倒れられてました」
第一発見者の
蜻蛉は村興しのためこの村で観光部門を担当しているという。いずれにしても黒髪に抜けるような肌を持つ。
なぜこんな山峡の地に、これほどまでの典雅な女性が暮らしているのか、とあらぬ想像を巡らせる。
そんな美姫に百目鬼が目を見張ってると、部下の芹凛こと芹川凛子刑事が走り寄ってきた。
「百目鬼刑事、被害者の身元がわかりました。今絶頂のトップアイドルのユーリンです」
芹凛がゼーゼーと息を切らせてることから、百目鬼はこれは大事件だと察した。そして思い出した、仏さんの顔をTV画面で見たことがある。確か不可解な歌を唄っていたと。
ユーリンは覆い茂った草むらの中で、舶来の皮ベルトで絞殺されていた。
そこには犯人の指紋が残され、
さらに蜻蛉が見たという夜に光った物は、近くに捨てられたユーリンのスマホであり、それが着信したためだとわかった。
ユーリンと平イズミ、芸能界では訳ありの仲との噂がある。そんな二人の密会デートで、この蛍舞う幽玄の世界を訪ねたのだろう。
「有名人だと前もって聞いていましたので、まず私の家でおもてなしをさせてもらいました。それから暗くなって、仲良く川へと出掛けて行かれましたわ」
蜻蛉が二人の行動をこう証言した。
そして他に何人かの村人たちが口々に、最初腕を組んで歩いてらっしゃったけど、途中から激しい口論になったようで、男性が女性を無理矢理引っ張って橋を渡って行かれました、と話した。
もちろん捜査本部は平イズミの行方を追った。しかし、イズミの姿はその夜から忽然と消えてしまったのだ。
ユーリン、恋人平イズミに絞め殺される。
動機はユーリンの二股か?
証拠は揃った。殺人鬼となってしまったイケメンに、もう明日はない。
多くのファンから、雲隠れを止め、早く自首を! との声が上がってる。
こんな報道が連日繰り返されるが、事件の進展は見られない。デスクで脳みそを絞る百目鬼、うーんと呻き、芹凛に告げる。
「もう一度蜻蛉を洗い直そう」と。
「あら、美人だから?」
芹凛がこう冗談で返すと、「バカモン!」と大目玉が飛んできた。
こんなやりとりの後、二人は再度現場へと戻り、丹念に聞き取りをし直した。
そして捜査本部へと戻ってきた芹凛、「平貴蜻蛉は平家の落人の娘、あんな大きな屋敷のお姫さんだったなんて。さらに驚くことに、村人さえも会ったことがない、蜻蛉には双子の姉、
百目鬼はわかってる、芹凛がほぼ推理を組み立て終えたのだと。さあ言ってみろと目で指示を飛ばすと、今日の芹凛は違っていた。
「こんなおどろおどろしい因縁話しは、まずは刑事のお考えを聞かせてください」と睨み付けてきた。百目鬼はボス、ここは部下の手前引き下がれない。
苦いコーヒーをぐいっと飲み干した。それからあとボソボソと語り始める。
平貴家は由緒ある平家の末裔、家系を守る必要がある。そこで深窓の麗人、長女の蛍子に婿を迎えたい。
そこへ平家に関わりがあると思われる平イズミがユーリンと現れた。これは千載一遇、村人たちは一丸となりユーリンを絞殺した。
もちろんイズミの指紋が付いたベルトを使って。
こうして平イズミを犯人に仕立て上げた。つまりイズミの未来を剥奪したのだ。
あとは世を捨て、落人となり、平貴家の蛍子と暮らして行くしかない。
言い換えれば、現在イズミは屋敷の座敷牢で飼われていると考えられる。
さすが百目鬼、この鋭い推理に芹凛は感心した。
されど基本的なことがわからない。
「なぜイズミが犯人でないとわかるのですか?」と直球を投げた。
この問いを真正面で受けた百目鬼、あとを続ける。
「草むらの中で光ったユーリンのスマホ、その着信はイズミのケイタイからだった。もしイズミが犯人だとしたら、すでに亡くなり、草むらに転がるユーリン、そんな女になんて電話しないだろ。誰かがイズミのケイタイを取り上げ、蜻蛉が
「じゃあ、平貴家を守ろうとする村人の誰かが……、いや犯人がってことね」と芹凛は一旦頷くが、「蛍子は別名、夜光姫と呼ばれてるらしいわ。そのせいか、草むらのスマホまで光らせるのだから。こんな哀れな平家の落人のために、このままそっとしておいて上げるのも良いかも」と感傷の言葉を漏らしてしまった。
これに百目鬼が鬼の目をギョロッと剥いて指示を発する。
「リアルに戻れ。今夜は闇夜、だから夜光姫がよく光って見えるはず。さっ芹凛、着いてこい、蛍狩りに行くぞ!」
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