第11話 オシドリ夫婦の涙

「夫の蒼々そうそうが殺されるなんて……」

 喪服姿の女優、空恋慕そられんぼが記者団を前にして言葉を詰まらせた。そしてハラハラと零れ落ちる涙、それが止まらない。

 それでも辛辣な質問が続く。

「蒼々さんが殺害された時間帯に、マンションに出入りした女性が防犯カメラに映ってたとか。その方は蒼々さんの愛人のようですね、ご存じでしたか?」

 こんな問いに対しても、さすが大女優、シャキッと姿勢を正す。そして「夫に愛人がいたかどうかは、私は知りません」と切り返した。

 だが記者は「おしどり夫婦だったのに、裏切られた。そんなお気持ちでしょうか?」と、しつこく愛人問題にフォーカスし、食い下がる。

 恋慕はこれを無視し、深々と一礼。そしてくるりと踵を返し、奥へと去って行った。


 芸能界きってのおしどり夫婦、空蒼々そらそうそうが高級マンションの一室で刺殺された。この不幸にファンたちは同情の念を抱いた。

 されども世間はむごいもの、芸能界の愛人絡みのこの事件に興味津々だ。TVでは特集が組まれ、大騒動となっている。

 その報道によると……。


 当日、朝から恋慕は郊外にあるアトリエへと出掛けた。展覧会への出品予定の油絵を仕上げ、夜11時にマンションへ戻ってきた。

 そして、そこには胸をナイフでぐさりと刺された蒼々が血を流し、絶命していた。

 捜査一課はすぐに男優・空蒼々刺殺事件本部を立ち上げ、初動捜査に入った。

 その検死報告によると、死亡時刻は夜の9時。

 そしてその30分前に、蒼々の愛人、ルラという女性がマンションの部屋へと入り、1時間後に出て行った。

 これらは防犯カメラ映像により確認された。


 ルラはまさに重要参考人、刑事たちは行方を追った。

 しかし、見つからない。

 なんらかの形で事件に関わる愛人が失踪した。こんなセンセーショナルな報道が続く。

 だが、進展の糸口が見つからないまま1週間が過ぎ、捜査員にも焦りが出てきた。

 そんな状況下で、さらにだ、空恋慕が忽然と姿を消したのだった。


 蒼々が殺され、かつルラと恋慕の二人の女性が行方不明。こんな異常事態を受けて、俳優仲間の狐山神夫きつねやまかみおがカメラの前に立った。

「おしどり夫婦の空ご夫妻に降り掛かった一連の不幸な出来事、痛恨の極みであり、早期解決を望みます」と訴えた。

 そして横に寄り添う妻の椿子つばきこが、おしどり夫婦然としてポロポロと涙を零してる。

 こんな芸能ニュースを、息を凝らして見入っていた百目鬼刑事、フーとなんともやり切れないため息を一つ吐く。

 今日の百目鬼はまことに冴えない。これを見かねた部下の芹凛こと芹川凛子刑事、「こういう時は、事件の最初から洗い直しましょ」と提案した。


 確かにその通りだ。迷路に迷い込んでしまった時は、とにかく原点回帰だ。

 ヨッシャと頷いた百目鬼、「もう一度、ルラが映った防犯カメラ映像をチェックしてくれないか」と早速指示を飛ばした。

「OK」、芹凛はあえて明るく返し、さあっと暗室へと消えて行った。そしてしばらくして、芹凛が転がるように走り出てきた。

「映ってる女性は――愛人のルラじゃないです!」

 えっと驚いた百目鬼、間髪入れずに「じゃあ、誰だよ?」と。

 これに芹凛は「変装した恋慕です。画像を拡大してチェックしたところ、指に青色のペイントが付いてました」と声を震わせる。


 朝から絵を描いていたという恋慕、百目鬼もビデオで再確認すると、確かに恋慕だ。

 それにしてもさすが女優、上手く変装したものだと妙に感心してしまう。

 その後、気を落ち着かせた二人は、最近入手した情報、すなわち恋慕と狐山神夫が恋仲だという破廉恥な噂も採用し、この犯罪のストーリーを組み立て始める。

「さっ、芹凛の推理を聞かせてくれ」

 2時間ばかり考え抜いた芹凛、コーヒーを入れながら語り出す。


 大女優としてプライドの高い恋慕は、狐山神夫の妻・椿子から告げられた、恋慕の夫・空蒼々にルラという愛人がいると。

 これで頭に血が上った恋慕、まずルラをアトリエで殺害し、死体を床下に遺棄した。

 それから恋慕はルラに変装し、マンションへと向かった。そして狐山神夫との己の不倫は棚に上げ、自分に対し愛を貫けなかった夫を刺し殺した。


 恋慕を、こんな犯行へと誘導したのは神夫の妻の椿子。

 椿子は知っていた、夫が恋慕と密通していたことを。

 その天罰にと、事件1週間後に椿子は恋慕を殺め、死体を隠した。

 一方神夫は、すべて明るみにすれば、あなたは俳優を続けられなくなるよ、と妻の椿子から脅され幇助した。

 椿子は不倫絡みで、ライバル夫妻を抹殺し、自分たちこそがおしどり夫婦という世間から褒め称えられる名誉を空蒼々夫妻から奪い取った、ということでしょう。


 ここまで読み解いた芹凛だが、「とは言っても、元々この2組はおしどり夫婦、なぜこんな醜い色恋沙汰を……、起こしてしまったのでしょうか?」と首を傾げる。

 これに百目鬼はギラリと眼光鋭く言い放つのだった。

「本当の鳥のオシドリは、毎年相手を変えるんだよ。だからこの2組は、情欲な鳥の――まことのオシドリ夫婦だったということだ。さっ芹凛、椿子の嘘の涙を曝きに行くぞ」



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