第36話

 母さんと食事を取ってすぐに部屋に戻ろうとすると声をかけられた。

「シルビアさんだっけ?もう帰っちゃたの?」

 なんとか誤魔化そう。

「うん、食事には誘ったんだけど家遠いし夜遅くになっちゃうからね」

「送ってあげれば良かったのに、何やってるのよ」

「ごめん、なんか一人で帰りたいみたいだし、そうしたんだ」

「あんた薄情ね。無理にでも送ってあげれば良かったのに」

「あはは、ごめん。今度来るときは送っていくよ」

 そう言って俺は階段を上がっていった。

 なんとか誤魔化せたけど今後どうしよう?

 ウェインさんがこの世界に来ることが無ければ問題は起きないのだけれど、それは難しいだろう。

 ならウェインさんの世界に長くいれば話し相手として満足してくれるんじゃないだろうか。

 俺はそう思うとウェインさんのいる部屋に戻った。

 部屋に入るとポテトチップスを食べながらゴロゴロしているウェインさんがいた。

 スカートの見えそうで見えないラインが絶妙だったが、だらしないことには変わりなかった。

「ウェインさん俺良い事を思いつきましたよ」

「急に張り切ってどうした?それに良い事とは何だ?」

「ウェインさんは話し相手が欲しかったんですよね?」

「そうだがそれがどうした?今は山城がいるからそれは解決した問題なんじゃないのか?」

「そうですよね。でも何も俺の世界で話さなくても言い訳じゃないですか。だったらウェインさんの世界で話し相手になれば良いじゃないですか?ラーズラーズさん達の時だって結構話していたし、今度からそうしましょうよ」

「ふむ、確かにジェネレーションタワーを登っている時は1人で話し相手が毎回召喚で呼んでいたし、今後もそうしたいのだが…」

「だが、何ですか?」

「ここの世界が気に入っている」

「それじゃあ困りますよ。俺はウェインさんのいる世界に興味がありますし」

 この言葉は嘘と言えば嘘だが旅をしていて楽しい部分もあったので、完全な嘘とは言えない。

「そんなに興味があるのなら当分は私の世界に行ってみるか?」

「はい、お願いします。そうしてください」

「しかし、コンビニは楽しかったし、もう少しここにいたいのだが」

「ウェインさんのいる世界に行けばこちらの世界の時間は止まっているし、成長した俺もその時の時間に戻りますし、こっちの方が得ですよ。そうしましょう」

 ウェインさんは腕を組んで考え込んでいる。もうひと押しだ。

「それに弱体化した呪いの事もあるじゃないですか?」

「確かにそうだが別に困るほどでもないし、向こうの世界の仲間達と旅を続ければいずれ見つかるだろう」

「そんな悠長に構えてたら一生女の子としてちょっと弱いまま生活することになりますよ」

「それもそうだな。山城も私の世界に行くのだから長い旅になるがこうしてこっちの世界にたまに戻るのもいいではないか?」

「それだと俺が困るんですよ。だからしばらく、そうウェインさんの呪いが解けるまでウェインさんの世界についていきますよ」

 長い旅になるがこっちの世界は時間が止まることだし、どうにでもなるだろう。

 俺はそう思うと旅に出る決心はついた。

 何かしらの経験は残るから自分にとってもプラスになるかもしれないので、ウェインさんの世界にしばらく行って来ても大丈夫だろう。

「わかった山城がそこまで私の世界に興味を示してくれるのは嬉しいし、しばらく、いや、呪いが解けるまで私の世界に行こうではないか」

 どうやら答えを出してくれたようだ。それも俺にとってベストな回答を。

「そうと決まったらさっそく今から行きましょう」

「まだこのポテトチップスを完食していない。旨いからもう少し待ってくれ」

「はやく食べ終えてくださいよ」

「ぐぬぬ、わかった。急かすな」

 さて、そうなると俺のいる世界にはしばらく帰ってこれないわけだ。

 名残惜しいが元に戻ってきた時にはいつもの学校生活になるわけだ。

 記憶だけが残るから戻ってきたときに復習の勉強くらいはしとかないとまずいな。

 今は夜の7時だから今から異世界に行けば明日の日曜日には勉強に注げられるし、なんとかなるだろう。

 さらば俺のいた世界、俺はしばらくウェインさんの世界で過ごすことになるだろう。

「山城、ポテトチップスが食べ終わったが、お前の世界に帰りたいときはいつでも言えよ。すぐに帰れるんだからな」

「はい、俺もポテトチップスとはしばらくお別れです。行きましょう」

 ウェインさんは呪文を唱えて辺りが緑色の光に包まれる。

 俺は瞼を開けた時には夕日の草原が広がる光景になっていた。

「あれそういえばウェインさん」

「なんだ山城」

「俺の世界に行ってウェインさんの世界に戻るには時間がかかると言ってましたよね?」

「ああ。そんなこと言っていたな。アレとは別の転移魔法を使えるようになっていたんだが、話していなかったか?」

「初耳ですよ。今聞きました。もう何でもありですねウェインさん」

「この呪文は魔力の消費が激しいので使うのはかなり疲れる。なので今日はここでテントを張って休むことにしよう。今の私だと一歩歩くたびに体がだるくなる」

「そうですか、モンスターが襲ってくる可能性がありますね」

「魔法陣を張っておくからそこから出ない限りは目の前にオークがいても襲って来ないだろう」

 想像するだけで怖い光景だが襲われる心配がないのなら問題ないだろう。

 俺はウェインさんの出した空間からテント一式を準備して寝袋に入った。

「山城腹は減らないか?」

「さっき夕食を俺の世界で食べたでしょ?大丈夫ですよ」

「そうか」

「あっ、そうだウェインさん約束事があります」

「むっ、なんだ約束とは?」

「俺無しで俺の世界に行かないでくださいね。俺1人でこの世界に生きていくことは難しいというより不可能に近いんですから」

「わかった。そういうことなら約束しよう」

 これでウェインさんは俺の世界に行くこともないだろう。

 そう思うと瞼が重くなってきたので俺はウェインさんより先にテントの中にある寝袋に入って寝た。

 冒険はいよいよ明日からだ。なんとかウェインさんの呪いを解いて別れなければならない。

 俺の世界とウェインさんの世界を切り離すために必要なことだ。

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