62_MeteoriteBox_21


 に喋ったこと以外にも覚えてもらえたり……


{おかえりジェミ}


「……あれ?」


 私は椅子に座って考え事をする姿勢でベンチに腰掛けていた。見晴らしの良いベンチだ。音と空気から世界が私に溶け込む。足元ではジェミーが実体化して短い片手をあげている。挨拶ポーズを返す。ただいま。えっと……なるほど、思考が途切れず続いたまま箱の中に入って、私の登場ポーズは箱側が適当に設定してくれたようだ。


「……」


{……}


 ジェミーが何も言わない。それに私からどうぞという顔をしているので、今回は私から喋る番のようだ。丸い点が二つだけの表情で読み取れるようになった私も私……じゃなくてジェミーの補完もあるのだろう。


「ダテマルくんの声は聞こえてたよ。音声設定したままだったからさ」


{ダテマルに言おうかどうか悩んだジェミ。でもそのままにしたジェミ}


「私が彼のことを見極めるために?」


{そうだと思うジェミ}


「大丈夫、ダテマルくんのことは信用してたよ」


{なら良かったジェミ}


 私もジェミーがそうあってくれて良かった。


「それを踏まえてなんだけど、またダテマルくんに会おうとしたら選別テストを最初から受けなきゃダメ?」


{抜け道が無いわけじゃないジェミよ。まあ私がダテマルのところに行って少々強引に引っ張ってくることもできるジェミ}


「……それはそれは」


 中々物騒なことを言うけれどきっと本当にできるのだろう。私が一度彼に会っているからなのかも。ジェミーによると、ジェミー側からなるべく効率的に話をすればダテマルくんは諸々の経緯をすぐに飲み込んでくれるはずとのこと。ただ、やはり私自身のことをダテマルくんが直接見ないことには彼から私への直感的な信頼は得られないらしい。納得かな。レンズを通して、あるいは電子の身で、アナログで粋なことを私たちは言う。


{ダテマルに会いに行くジェミ?}


「と思ったんだけど――」


 ジェミーに一緒にベンチに座る(立つ?)ように促し、巨大な柱と見紛う槍状の機構が何本か突き刺さった美しいノイズ混じりの景色をしばし眺める。そうだ、あの槍は隕石を防ごうとする側の装置なんだっけ。

 思えば、空を行く鳥の姿は無い。雲は私の知るそれと変わらない程度に不規則を魅せる自然の規則を模しており、風もまた無機質にアトランダムに通り過ぎる。空の色は昼時の薄青色のままだ。ふとジェミーの方を見て思わず吹き出しそうになった。ベンチの上で足を収納して座っているような感じになっている。


{何ジェミ}


「ごめんごめん座り方が面白くて。……ジェミー、時間が見たいな」


{このままでいいジェミ? 時計ジェミ?}


「じゃあ時計で」


 そこまで伝わったのかと驚いた。そう、この仮想箱に入ったばかりの感覚をなぞろうと思っていた。私は立ち上がって、ジェミーはブラウン管テレビの形を崩し緑の粒子となって私の左手首に消え、


[01:54:00]


 ある基軸に乗って流れている時間数字が腕時計を付ける位置に浮かび上がった。1秒と思しき感覚で一番右の数字が絶えることなく書き換えられていく。


{戻っていいジェミ?}


「うん。ありがとう」


 ジェミーは再び実体化して私の隣に立……座る。このベンチは二人で座れるのである。


「私が気付けていなくてジェミーが知っていることがあるのかって、ジェミーに聞いていいと思う?」


{いいと思うジェミよ}


 即答だった。本当に……? そんな情報が無いからということではなく、結局は私次第だからということか。


「ではジェミー様」


{それはダテマルだけでいいジェミ。じゃなくてダテマルも言わなくていいジェミ}


「ジェミー、私に……あ」


 そうだ、ヒントをもらう前にまず巨大な槍を見に行かないと。それなりに大きな試していないことが残っていた。


「やっぱり先にあれを見に行っていい?」


{もちろんジェミ}


 ジェミーの快諾を合図に万能腕時計に戻ってもらい、石造りの階段を降りる。右曲がり角に差し掛かる際に踊り場でストップステップ。


{寄り道ジェミ?}


「うん、折角だからできることは試しておこうかな」


 土も木々も残る公園の舗装された道を外れて芝生の上を歩くのと似た進み方をすると、奥には妙に可能性を感じさせる存在が待っている。ゴミ箱のようなオブジェクトの周りにいくつか落ちているペットボトルをあるべき場所へ納めた。繊細な結晶回路を思わせるポールの出現を確認して、彼に今一度問いかける。その前に挨拶を。


「こんにちは覚えるくん」


「こんにちは」


{こんにちはジェミ}


「こんにちは」


「覚えるくん、今いくつ覚えている?」


「3つ覚えているよ」


「覚えていることを教えて?」


「分かった、お話しするね」


『①ミーちゃんは狭いところが好き』

『②私の役目はもう終わり。でも撤去からはしばらく守ったよ』

『③僕に付けてもらった一人だけに教えられる名前』


「おしまいだよ」


 ひとまず別の誰かがこの間に何かを覚えさせたということはないようだ。私専用のゲームのセーブデータなのだと考えれば納得がいく。さて、覚えるくんは4つ目を覚えるときにどうするのだろう。


「覚えるくん、1つ覚えて欲しいんだけど、どれかを忘れないといけないよね?」


「うん。忘れるものを選べるよ」


 よかった、できれば最初から彼が覚えていた2つは消したくなかった。


「ちなみに、一度忘れたことは思い出せるの?」


「忘れたことは思い出すことができないよ」


「りょーかい。じゃあ、3つ目の、あなたが付けてもらった名前を忘れられる?」


「うん。3つ目の覚えたことを忘れていい?」


「いいよ」


「忘れたよ」


 ジェミーが黙っているので理由を聞くと、私と覚えるくんのやりとりはやっぱり面白いので黙って聞いていたいとのこと。覚えるくんに再度覚えていることを喋ってもらい、ちゃんと最初の2つが残ったことを確認した。


「それじゃあ、今から私たちが喋ることを覚えて欲しいんだけど、いいかな?」


「分かった、覚えるよ」


 私たち。つまり複数人は可能なようだ。


「ジェミーしりとりをしよう」


{え? しりとりジェミ?}


「さよう、しりとりでございます」


 勿論ジェミー相手に勝とうとしているのではなくて、覚えるくんにできることとできないことを確かめるため。


「じゃあいくよ。リンゴ」


{ゴマジェミ}


「む……」


{……次にハルカから何を聞かれるかよく分かるジェミ}


「……もしかすると私は必ず“ミ”から始まる言葉を探すことになるのかな」


{取れなくはないジェミよ。取れなくはないジェミ。でもよほどのことがない限り付けるジェミ}


「んー何回か取ってなかったっけ……?」


 ジェミーを象徴するその語尾を。まあしりとりを完成させるかどうかはともかく。


「覚えるくん、今の私たちの会話を覚えてくれる?」


 ゴミ箱型のオブジェクトとその横の小さなポールを見つめる。緻密で綺麗な模様だ。回答は――


「今のあなたたちの会話を、覚えたよ」


「やった」


「ふむふむジェミ?」


「それじゃあ今覚えていることを話してみて?」


「分かった、お話しするね」


『①ミーちゃんは狭いところが好き』

『②私の役目はもう終わり。でも撤去からはしばらく守ったよ』

『③「ジェミーしりとりをしよう」 {え?しりとりジェミ?} 「さよう、――


 驚いたことに声は完全に私たちのそれそのものだった。普段はあまり聞く機会のない他人に聴こえている自分の声はともかく、そっくりなジェミーの声が再生されたのだから間違いない。私が覚えるくんに頼むところまでが記録されていた。


「ありがとう覚えるくん」


「どういたしまして」


{なんだか私がしりとりの勝負を諦めたみたいになっている気がするジェミ}


「……覚え直してもらう?」


{……いいジェミ}


「そ、そう。えっと次を試すね。覚えるくん、“私のこと”は覚えられる?」


「その覚え方はできないよ」


「だよねえ」


 想定通りと言えば想定通り。


「すると私が覚えていることを覚えて、というのもできないよね?」


「うん、その覚え方もできないよ」


「だよねえ……」


{なるほどジェミねえ}


 少々残念だけどこれも想定通り。抜け道は色々なところにあるのかもしれないけれど、こんな大胆な手段はダメですよということだろう。そう、私は覚えるくんの役割を調べたのだ。人物そのものを覚えることができるかどうか。ともすれば誰かの記憶を保持できるかどうか。箱の中へ入り直しても何かを保持していることは特別に思えたし、今もそれは変わらない。ただ、それとなく隠されているからとは言え箱の中の物語が始まってすぐの位置にあるのだから、キーパーツになりえないと言われれば私は反駁の材料を探しに行くことになる。隅々まで演出に拘った文化祭の出し物のお化け屋敷で見つけた職人芸の小物にたまたま入れ込んだ、そんなところかと想像する途中で、過ぎた未来の技術と言葉を媒介に選んだ何者かに結論付けを邪魔してもらった。


{ちなみに今更になるジェミが、覚えるくんは他にもいるかもしれないジェミよ}


「……そうなの?」


{かもしれないジェミ}


 私がまだ何かを諦めていないのが伝わったのだろうか。ジェミーは私をフォローするような情報をくれた。そう、それが各個世界にとってではなく私にとって特別であるかどうかならば、私が決められるのだ。例えばどこかに隠されている二人目の覚えるくんが、全ての謎への回答を記憶していることだって現時点では無いとは言い切れない。


「ジェミーもありがとうね。……あれを目指しますか」


 街に突き刺さる大槍を指差す。


「はいジェミ」

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